空気で遊ぼう
心ゆくまで休み、遊び、食べた後は、お勉強だ。
ネジェムは口を漱ぐのもそこそこに、浮き輪を使って、ばちゃばちゃやっている。よく、うえっ、ってならないな。食事中、泳ぎを教えてくれと言ってきたが。まず、浮けないことにはな。ネジェムのことだから、その前に、別のことに関心が移る可能性は高い。
「ブルーノも水浴びしてくれば?」
片付けくらいは、やっとくよと言ったのだが。
「もう少し、経ってからにします」
まあ、普通はそうだよな。海苔なし梅干しおにぎりに、冷や汁かけるとか、考案者は誰だ? いつになくお代わりを重ね、おなかがたぽたぽ言っている。にもかかわらず、あと一つ残っているおにぎりが気になる。ブルーノはすでに箸を置いているから、もらってもいいかな?
「リュウイチ様。空気は物なのですね」
言い出したのは突然だが、前々から考えていたらしい。
「うん、そうだな」
肯定すると、ぱっと表情が明るくなる。毒の風が谷に落ちる話と、浮き輪が結び付いた。空気という概念は、すでにあったが、それに重さや形があるとは思ってもみなかったとか。
ブルーノやネジェムに比べると、オレって本当にものを考えてない。一般人なんて、そんなもんだろう。うん、問題ない。
ただ、いろいろ教えるとか、言ったような。こっちの世界のことは、ネジェムやブルーノの方が詳しい。オレは、上の世界の中途半端な知識しかない。しかも、こっちで通用する保証がないときた。ネジェムが実験、実験言うのもわかる気がする。
「うーん、空気か」
「コレよ、この浮き輪とやらを壊してもよいか?」
言うより先に行動するネジェムが、ちゃんと断りにきた。超高齢者をつかまえて言うのもなんだが、成長してる。
「どうぞ」
気軽に答えて。でも、ちょっと待て。意図を聞いておこう。
「水袋を一つずつ破ってゆき。どこで我が沈むか実験するのである」
浮き輪の方は、いくらでも修理できるからかまわないが。ネジェムにナイフを持たせるのは心配だ。ブルーノを付けた。ちゃんと下着を水着にしたから。空気について考察することもできるぞ。
「あ、ブルーノ。紙を一枚、使ってもいいか?」
「もちろんです。もともとリュウイチ様の作られたもの。ご随意に」
おにぎりの具に触れてない部分を取って置き、糊を煮る。ブルーノの持っていた米は、一握りほどになっていて、食うのも自重していたが。羊毛の町で、補充することができた。料理上手の彼女は、お金さえあれば、行商人から買うこともできるし、街に買い物に行けるから、と言っていたが。味噌まで譲ってくれたのは、向こうの気持ちだよな。
側面にナイフを入れると、漏れ出す空気の力で浮き輪が進む。というより、回転することに気付いてから。ネジェムが沈むまでが早かった。実験の目的が変わってる。浮き輪を量産しているところに。ブルーノが、水から引き上げたネジェムと、浮き輪の残骸を運んできた。腹を抱えられて、ぶらんとしていたネジェムが復活する。ベルデが使っていたものと、追加の五つを駄目にする頃には、糊も出来上がり。オレの簡単な工作も、終了していた。
「お疲れさま」
ネジェムの相手をすると、体力より気力を持って行かれる。
「いえ。以前の水鉄砲といい、浮き輪といい。水と空気が、同じような働きをすることに驚きました」
あー、そこまで気付いてるんじゃ、意味ないか。でも、もう作っちゃったし。竹籤にセットした蝋燭に灯をともす。幸い、風は止んでいる。浮力を感じるから、大丈夫だとは思うが。まあ、一か八か。手を放す。よかった、上がった。
「そ、それは。熱して空気を軽くしているのですか?」
「うーん。おしい」
「む。蒸気と同じことであるか?」
「あ、空気も熱するとと膨らむのですね」
「量が増えた分、同じ大きさであれば、低い温度の空気より軽いというわけであるな」
もっと、こう、すごーい。って、普通に驚いてくれないんだな。まあ、楽しそうだからいいけど。
紙を切って、折れないなりに癖をつけて、張り合わせるのは楽しかった。竹を割って扱くのも、下手だが何とかなる。糊を練るのと、灯油コンロを使って、完成品に空気を溜めるのが大変だった。水辺とはいえ、火を使っていれば暑い。手はもっと熱い。火が移らないように気も遣う。もしもの時のことを考えると、木の下でってわけにもいかない。なんでオレ、こんなことしてんだろうって、一瞬、後悔。
皮子が小さな隔壁をつくって、日差しや風を調整しようと、頑張ってくれていたのだが。どうやら、自然界にあって、特に害のないものは遮れならしい。水の流れも同じ。これが災害級になると、どうなるかは、試してみないとわからない。それはそうと、皮子さん。一度、ブルーノがすごい勢いでこっち見たのは、なぜ? オレの気配を遮断して、すぐ戻した? そうか、遮断できちゃったか。はははっ。いや、気にしなくていいよ。皮子のせいじゃない。きっと、あれも通さないだろうから。もしもの時は、よろしく。
「夜に飛ばすと、美しいでしょうね」
ブルーノは、情緒も解する男。ちょっと救われた気分だ。
「紐を付けておくとは気が利くではないか」
水着の美女が跳ねる。格好も思考も実用的だな。
「どこ行くかわからんし、火事になったら困るしな」
一応、左右対称に付けて、重しの石に繋いである。
「いつまで上がっているのか? あれは、紙であったか?」
手で日陰をつくりながら、熱心に見上げている。
「そう。蝋燭が燃え尽きたら、落ちると思うが」
有り物を短く切って使ったから、もって五分くらいか。
ネジェムが駆け出していく。何か思い付いたか、単に自分も作りたくなったのか。幌馬車の中をうろうろ、ごそごそ。
「コレよ。紙がないではないか」
うん、さっき最後の一枚を使ったから。
「また、作るよ」
だから、地図を使おうとするのはやめなさい。さすがのブルーノも怒ると思うよ。
代わりと言っては何だが。ゴム風船をつくって渡す。火のついた情熱は、そうそう冷めるものではないはずだが。ネジェムの脳は、他のことに集中させておけば、少しの間は誤魔化せる。
「ぶ、ふーーーん」
よくわからないまま、強引に形にしたものだ。台所用のゴム手袋くらい硬い出来。それを膨らませるのが、ネジェムなんだよな。なんたって、オレのフェロモン根こそぎ持ってったんだ。あなたの唇と肺活量はどうなっているんですか? そういえば、あの処方の効果は、いつまで続くんだろう。
悪ガキの得意げな顔を見ると、ちょっかいを出したくなる。姪っ子を泣かせて、弟の嫁さんに睨まれたっけ。吹き口を、ぎゅっと摘まんでいる手を軽く叩く。がっ、と。ひどい顔をしたが。直後、勢いよく曲芸飛行する風船に、夢中。
「此度は、絶対に逃すまじ」
軌道を目で追って、犬のように駆け、跳ぶ。ブルーノが、おかんのようにはらはら。
いっつも、この調子なんだ? ベルデがルルに尋ねている。町でも、オレ達の自由ぶりを見ていたはずだが。旅に出てまでこうだとは思わなかったらしい。
そう。だからあんたも、やりたいことがあったら、言ってみるといいわよ。嫌だと思うこともね。
あ。ベルデに旅の注意を伝えるの忘れてた。ルルが付いてるから大丈夫か。木陰はきれいに除草作業が終わり、隣の木の陰も、そのまた隣も同様。




