真夜中のダンス
真夜中の単独行動。ただ何となく、一人になりたい時や、目的があるけど、連れがいてはまずい時。今夜は、後者。
ベルデと話したあたりから。何ていうか、こう。はっきり言えば、むらむらーっと、しなくなった。感覚がなくなったわけじゃない。コントロール、違うな。薄らいだ、和らいだ? うーん、そう、遠退いた。人も、皮子も、馬も、羊も、もっといえば、蟻んこも、同じような存在なんじゃないかって。何視点だ、これ? 鳥肌が立ちそうになって、考えるのをやめる。
ともあれ、少しでも危険があるなら、誰も連れて行きたくない。皮子でさえ、置いてきた。臍カバー用に二枚、部下を借りたままだから。気付くのは、彼女がいちばん早いだろうが。
目標が見えた時点で、皮子に声を掛けられる。心底、驚いた。腹に貼り付いているうちの一枚。
え、え? どうやら、離れていても瞬時に、部下と入れ替わることができるらしい。
すべてが皮子、自分を幾つもに分けているともとも言える。ただ、いつも部下のことを呼び分けてるし。オレは決まった一枚と、それが本体だと思って会話してた。
どれにでも取って代われるし、最悪、部下として切り捨てることもできる?
駄目だ、頭がこんがらがる。
入れ替わったとして、そいつは皮子の記憶を持ってるだけで、皮子じゃないんじゃないか? 完全に消えてしまうより、いいが。そんな状況は、想像するだけで泣きたくなる。
こそばゆい。つんつん、肩を叩いてるつもりか。
大丈夫? 全部、私?
目の前で、二枚とも皮子になって見せる。別々に存在してるのに、気配も意志もまったく同じ。
本当に大丈夫なんだな? 何かまずいことがあったら、その能力使って逃げてくれよ? なぜ、返事をしないんだ。困ったな。うーん、わかった。そんな状況にならないように気を付ける。
ともかく、すごいんだな。
えっへん。胸を張っているようなのが、可愛らしい。
オレは皮子に、自分の考えを説明する。
まず、気になったのは風呂だ。間に合わせに造って、数日もてばいいくらいに考えていたが。やはり風呂は、あった方がいい。ここに住み続けるわけじゃなくてもだ。
すると次は、湯を引いてる配管が気になる。全体を見渡した時、明らかに浮いている。橋を掛けて、その下や脇を通せば目立たないが。そうすると、人が渡る。それでなくても、竹の管は早々に壊れるだろう。危険と言われていても、向こう側に渡る者が出てくるかもしれない。
見えない仕切りがあるから、大丈夫だとは思うが。可能であれば、危険を取り除いておきたい。もちろん、無理はしない。
許可が下りたので、さっそく自分一人が渡れる橋をつくる。当然、欄干あり。恐る恐る渡る。
崖っぷちから二メートルほど入ったところ。硬くもなく、冷たくもなく。ふわりと自分の熱が反ってくる、薄い膜のようなものがある。
影から防護スーツを出して、皮子ごと着用しながら、持参したフィルターと繋ぐ。これの性能が、どこまで通用するのか。思い付いた時は、こわっ、やばっ、って気持ちの方が強くて、実行する気はなかった。しばらく考えて、駄目なら、あの障壁を通れないんじゃないかと気付く。
そんな細かなことを判断するものが、どこに、どんな形であるかは謎だが。確かに、通していいものとわるいものを識別してる。そして、それはオレたちを守るためにある。
そっと手を伸ばすと、通った。そのまま、何の抵抗もなく全身が入る。フィルターを開発したやつは天才だ。ただ、完璧ではない。どうやら、空気中を漂う有害物質の濃度が、想定をはるかに上回ったようだ。あっという間に、フィルターが目詰まりして、強制送還。すいーっと、自分の体が並行移動させられていく感覚は、ちょっと怖いけど面白い。さりげなく方向転換させて、前進するように調節してくれるのは、どんなサービスなのか。ただ、境界で顔面を強引に止められて、むち打ちになるかと思った。それより、呼吸のことを考えて、焦る。落ち着け、まだ数十秒は大丈夫だ。手足を伸ばすと、それは問題なく境外に出る。顔か。っていうか、フィルターだな。原因は、目詰まりした有害物質。えーと、後ろを向いて。尻から出よう。フィルターを最後に残して、防護スーツを変形。顔先で閉じ、その向こうで切り離す。できた、出られた。慌ててスーツを開いて、呼吸。
向こう側に落ちてるフィルターはどうしよう。影をとるか。真っ暗闇だが、どこにあるか見当はつく。小さな影の玉を取り出し、糸を伸ばして。うん、これは問題なく向こう側に抜ける。フィルターの影を回収。あっ。一緒に毒の影までとって。これはいけるんじゃ、と調子に乗った。蜘蛛の巣状に、伸のばせるだけ伸のばす。地に落ちる、不要な物質の影を剥がしまくったが。やはり元を断たなければ、意味がない。
まだ、ろくに検証してないんだが。影から、ありったけの影を取り出す。傍目には、ただ遊びたいだけの子供だよな。何となく、やだなーと目逸らしていたが。オレを使ってくれよと、猛烈アピールされてる気がする。ううーん。わかったよ。自分フィギュアを取り上げる。
さて、こいつをどうすればいいんだ? 感覚で操作してみよう、なんて。最新式の端末か。とりあえず圧縮を解いて、さらに膨らませてみる。形状を保とうとすると、中身がすかすかに。何か足さないと、穴あきそう。
こっちが対処する前に、そいつは手近なものを飲み込み始めた。ああっ、それはまだ着色してない鳥さん達。木の実をネックレスみたいに掛けてたり、小枝を組んだ巣に納まってたり。続いて、綴り合せた木の葉を着てる虎。ロープをファッショナブルに巻き付けた鹿。
どういう混ざり方をしてるのか、明らかにオレなままスケールアップ。一つ一つでも、丸飲みなんて無理な大きさなのに。幾つもまとめて口に放り込んでる。
ちょっと欲張り過ぎじゃないか? いまさら言っても、どうしようもない。皮子カウンターは、六百二十四を数え、残りはゼロ。あちこち微妙に凸凹してるのを、軽く圧縮して整えてやる。等身大の自分が立っていた。
うわぁ、ぞくぞくする。皮子さん、そんな興奮しないで。あれ、オレじゃないから。いや、オレなのか?
ただ突っ立ってるやつの、右腕を動かそうとしてみる。あ、スムーズに動くね。視界も共有できるのか。つい、変な格好とかさせてみたくなるが、姿オレだからな。自重。え? なんか、感謝された? まさかな。気のせい気のせい。
じゃあ、行ってみよう。敬礼された。うえぇぇぇ? そんな操作してないよな?
境界膜を抜けて、すたすた行く奴。もしや別人格? イェス、マスター。やめて、やめて、オレ日本人だから。はい、主。それも駄目だ。主よ。主でいい。
傍から見れば、完全に危ない人だ。幸いにして、と言っていいのか。影の精神構造は単純だ。喜と悲しかない。こちらの操作に対する反応も、諾か否しかないみたいだ。
あー、心臓ばくばくしてる。汗かいた。ダメージ受けてる本体と連動することなく、さくさく進む影の人。有線だが、蜘蛛の糸をイメージした影は、まだまだ余裕で繰り出せる。切れないよな? 急に不安になって、手元で実験。大丈夫そうだ。
地形は、牧場とよく似ていた。土が積もり、草が生え、所々に林ができれば瓜二つ。中央にいちばん高い丘があり、その麓に泉が湧いているところまで同じ。ただ、こちらの泉は沸き立ち、丘の四方八方から、見えない毒が噴き出ている。
こちらで探知する限り、地表は特に熱くなかった。影は、明らかに温度を感じてない。それはわかっているんだが。湯気の立つ川を避けて、北上させていたはずが。気を抜くと、すぐショートカットしようとする。
ああっ、だからそこに入ったら熱いんだって。遠回りしていいから、少し離れて。そうそう、左に大回りして進みなさい。はい、主。喜々とした感情が伝わってくる。
オレが心の中で悶えているうちに、該当箇所に到達したようだ。小高い丘の頂に、影が立つ。その真下。地表から五キロメートルほどの地点。オレの知ってる機械とは違う。未知の装置とも思えない。信じられないくらい高密度の塊があった。直径は一メートルほど。それなのに、いや、だからこそ、このパワーなのか。
処分に困って埋めたって印象が強い。一瞬、誰かさんを疑うが。今回、それらしい素振りはなかったな。
何はともあれ、この熱量は大事だ。残したい。毒はいらん。
ごつごつとした岩場に、両手を突いてもらう。オレたちを繋いでるのと、同じ太さの影を地中に伸ばすよう指示。硬い? 影にはちょっと荷が重いかもしれない。こう、色々ある物の隙間を通すイメージで。説明しながら集中すると、自分の両手を伸ばしているような気になる。実際、生身の手だったら、大火傷どころか蒸発してる。ビー玉大の影を使い切った後は、泥水と毒を仕舞って濃くなった分を引き延ばし。それでも足りない分は、君から出してくれる? はい、主。体のどっかに空洞ができてるみたいだが、動作に問題はないらしい。
よし、捕まえた。第一印象は、硬い、重い、熱い。少なくとも、これまでかかわったことのある物質ではない。
影を通して精査。驚くべきことに、この塊には百一枚の影があった。しかし成分は、ほぼ固定化されてる。これは楽だ。毒と感じるものを一枚一枚剥がしながら、影を通して吸収していく。最後の一枚、これだけが厄介。毒の成分と、何か別のものが半々に入り混じってる。救いは、それが液状じゃないこと。例えるなら、色の違うビーズが混ざった感じ。ええ、選り分けますよ、一粒一粒。大雑把にやって、失敗した反省から。影に頑張ってもらう。結局のところ、オレも神経を使うから。まあ、疲れた。
できた。達成感を共有して、影が喜んでる。ガスの噴出は止んだ。温泉は、問題なく湧き出してる。もう、帰ってきていいよ。なぜ、悲? まだ、働きたいのか。酔狂な奴。じゃあ、空気中に残ってる毒の影、回収してきて。諾。
どうすればいいかまでは、考えられないようなので。本人から引っ張り出した影の塊を、虫取り網の形にして持たせる。もちろん、フィルターほどの性能はない。影を圧縮し、実体化したものにできる影。これが役に立つ。あとは、自動操縦で問題ない、のか? 腕振り回して、踊り狂ってるように見えるが。
毒は低いところに溜まるって、アドバイスをすると。効率よく動くようになった。一時間ほどで、帰還。うん、お掃除ロボットみたいだった。
「お疲れ様」
いくら相手が、オレで、影で、どういう存在なのかわからなくても。あれだけ頑張ったんだ、労うくらいする。
また、悲? 違う、うれし泣き?
飛びついた皮子に、いい子いい子された後。ぼろぼろフィギュアを吐き出し始める。見た目はあれだが、苦しそうではない。体がどんどん小さくなっていく。解放された動物たちに、変化はないようだ。虫取り網は、オレが解除しないと駄目なのか。固定してた何かを外して、変化を巻き戻す? 意外に面倒。鳥と虫の集合体だった。その何十倍ものフィギュアの山。皆、動かない。元の大きさに戻ったオレも動かない。何も伝わってこなくて。なんか寂しい。
皮子が遊びたそうにしてたけど。また後でな。約束して影に仕舞う。オレも、ちゃんと仕分けしたり、着色したり、眺めたりして遊びたいよ。
何はともあれ、お疲さま。全体を見渡して、最終チェック。毒なし。忘れ物なし。
何、皮子? あれ貰っていい? って。ああ、もう必要ないからな。
どうするのか。疑問に思って、見ていたら。境の膜に這い寄り、部下にした。おおっ。そういうことだったんだ。
??? 自信を持って行った、皮子の方が驚いてる。
聞いて納得。あの広大な領域をカバーしていたのが、一枚の皮だったなんて。
ある程度の判断はできるし、能力は素晴らしい。しかし、固有の意志はなかったそうだ。
渡り終わった橋を影に仕舞ったところで。ブルーノが駆けてきた。カンテラを掲げて、必死の形相。
「リュウイチ様。御無事でしたか」
突然に現れた、強力な気配に驚き。跳び起きたらしい。
言われてみれば。皮子が膜を片付けるまでは、向こうを探知しづらかった。
「いえ、リュウイチ様の御力であれば、退けられぬものなどないでしょうが。万一ということもあります。どの道、私では大してお役には立てませんが。どうか、黙ってお一人で行かれるようなことは、しないでください。この度は本当に、胆を冷やしました」
珍しく詰るように、苦言を呈してくる。寝巻としても使っている、白い長襦袢が闇に浮かび上がって、そっちの方が怖いと思うが。いまは、言わない方がいいよな。
「ごめん。次からは、ちゃんと言ってから行く」
オレも逆の立場なら心配する。反省。
「危ない真似もしなように気を付けるし」
極力。でも、何があるかわからないからな。
「だから、もしもの時は、後を追ってくれたりするなよ」
ブルーノは、どこまでもお供します、って言いそうだが。仮に、次の何かがあるとして。同じところには出ないと思うぞ?
「まあ、そういうのは教義で禁止されてるだろうから、大丈夫だよな」
「確かに、それは禁忌とされていますが」
なぜ、そこで区切る。
「しないって約束してくれると、オレも気が楽なんだが。ははっ」
「冗談にもそのようなことは、おっしゃらないでください」
自分のじいちゃんより年上の男を泣かせてしまった。
皮子に対して、オレも同じような気持ちを抱いたのに。すみません、配慮が足らなくて。皮子にも、めちゃくちゃ怒られた。
なのに、気持ちは変わらないんだよな。不安は残るが、そこまで面倒見られない。彼の生命力の強さと、他者への慈愛と、責任感の強さを信じよう。
やっと落ち着いたブルーノに、簡単に経緯を説明する。
毒の風はなくなって、これから発生することもない。その確信が持てたので、境の膜を皮子が取り除いた。
影男のことは、言いそびれた。まだ、自分でも飲み込めてないことは、とてもじゃないが人に説明できない。
「さすがは、リュウイチ様と皮子さんです。これほどの力を発現させられるとは」
ブルーノ曰く。鍋一杯の湯を沸かすのに掛かる、時間と薪の量を思えば。あれほどの湯量を誇る流れの源に、この気配があるのは当然。
「このこと、町長たちに伝えた方がいいと思うか?」
ブルーノは注意深く、考えを巡らす。
「どんなに優れたものを与えられても、手に余ると、人は不幸になるように思います」
「そうか、よけいなことしたかな」
「滅相もない。そのような意味では。いま、彼らには、仕事以外に目を向ける余裕がないのです。いずれは、与えられた恵みに感謝することでしょう」
そうか、時期か。言われてみれば前世では、タイミングが悪くて失敗することが多かった気がする。
「わかった。黙っていることにしよう」
何をどうやったんだ、って聞かれても答えられないし。
興味があれば何とかして、向こうへ渡る者が出る。その時、すでに危険はないわけで。あとは好きにすればいい。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
羊だけじゃなく、町の住人にも寄り添ってる。
わざとではないんだが。オレもネジェムも、枠からはみ出ることが多いから、常識人は大変だろう。大変だろうが、がんばってもらわねば困る。きっと、周りの人たちが。
「こっちこそ、いつもありがとう。気を遣わせてわるいな」
「とんでもないことでございます。これからも誠心誠意、努めさせていただきます」
今回、いちばん実入りがよかったのは、皮子だ。手に入れた皮は、たったの一枚だが。彼女は、隔壁を形成できるようになった。通したいものだけ通せる。逆を言えば、通したくないものは通さない、あの透明なカーテンだ。部下を一枚使うだけで、町を覆うこともできる。サイズは自由自在。
これで、ネジェムに何かあっても大丈夫?
うん、ありがとう。本当に、よかったね。
この体質を思えば、大いに助かるんだが。ひやっとしたのは、オレだけではないらしい。遠くでネジェムが、くしゃみをした。




