レース
夜中、灯りが漏れないように衝立たてて、何かごそごそやってるな。こっそり外に出ていく奴もいるな、とは思ってた。まさか、寝ずに仕事をしてたとは。
朝食の席でする、皆の言い訳。
「近年まれにみる慶事でしょう」「興奮しすぎて眠れなくて」「眠れないなら、仕事しないともったいないから」
「ベルデの晴れ舞台だ」「どうせ寝ないなら、柵を立派にしてやりたくて」「石も拾ってやった方が、安全だと思ったんだ」
注文の品は仕上がってるわ。レース場は立派になってるわ。
目の下に隈はりつけて、まだなお興奮気味。もう、行けるとこまで行ってみよう。彼らにとっては、五年ぶりの祭りみたいなもんだ。
外に出ると、ルルやベルデはもちろん。他の羊たちまで、なぜか、走る気満々。毛を脱いで、体が軽い? そういや、すでにあちこち駆け回ってるね。
「馬も加えて、百八頭いるのであるから。十二頭ずつ走らせて、九レース行えるのである。それとも六頭ずつ、十八レースにするのがよいか」
ネジェムは意外にも、ルルとベルデを同じコースで、同じ距離、走らせるつもりでいる。騎手がいないから、ドッグレースのようなスタイルになるが。スタートラインがゴールラインにもなる、一周、四百メートルほどの楕円形。
羊は、思っていたよりずっとアクティブだし。ルルは体は大きいが、サラブレッドとは違う。これは予想が難しいぞ。
ウールの下着。仕上がっているならと、支払いを済ませて受け取る。その金を二十一等分して、それぞれが馬券を購入。あ、呼び名は羊券でいいです。っていうか、札? 儲けたいとは誰も思ってなくて。羊を応援したい気持ちが、前に出すぎ。
健康のためにも運動させたい? どうせやるなら気持ちよくがんばってほしい? なるほど。
朝食時に、ネジェムが喜々としてした説明、一発で頭に入るなんて。ほんと、こっちの人たち優秀だな。
女性たちが、自分のスカーフや、リボンを出してきて。首に結んでやっている。彼らは一頭一頭、見分けがつくらしいが。レースとなると、わかりずらいからな。化学染料がない以上、ぼんやりとした色なのは仕方ない。ただなんとなく、赤・青・黄・緑・白・黒の順で、一から番号を割り振ることで落ち着く。
オレは急遽、竹を割って、札を量産。ブルーノが付いてれば、羊は落ち着いて行動するし。案外って言ったらわるいが、頭がいい。
内輪の遊びみたいな感覚で、のんびりはじめた。スタートは、羊の胸の高さで、水平に保っていた細竹を振り上げる。オレが。
羊たちは、よーいドンを理解した。ただ、頭ではわかっていても。実際に棒が上がると、驚いて固まったり、後退るものもいる。彼女らの背後の地面を叩くと、弾丸のように飛び出して行って。先行していたものより先に、ゴールラインに達したりする。レース予想の難易度が上がって、盛り上がる人たち。ずるいとは言わないんだよな。
スイッチ一つで開閉する、スターティングゲートを知る身としては、思うところもあるが。何であれ、事の初めはこんなものだろう。
一レース終ったら、目印付け替えて。払戻金も出す。儲けた人が、次のレースの札を他の人の分まで買ってあげたり。走り終わった羊を撫でまわしたり。終始なごやか。ただ、羊が走ってる瞬間だけは、必死に応援。
「ウヌー」「ノウアゼチシシャセ、がんばれー」「パイスプレゼチェ、行けー」
一着になった羊には、花冠を載せている。いつの間に作ったんだ? 確かに、林にたくさん咲いてた。見た目は、大きめのシロツメクサ。
冠ったままの羊は少数派で。多くは、もしゃもしゃ食べていた。喜ぶ女達。
「シャイゼチの、スタートダッシュはすごかった」「トレイゼチシドイの、追い上げこそ見事だったわ。ねえ、あなたもそう思うでしょ?」
お願い、目印の色で言って。
気付くと、ギャラリーが増えてた。二十人くらい。
「先日は、大変お世話になりました」「こちらこそ。本日も、ご足労いただきまして」
レースの合間に。ブルーノと挨拶を交わしてる、きりっとしたお姉さんは誰だっけ? あ、エイト商会の会計さんか。
ちゃっかり、札を握りしめて。って、金に物言わせて、かなりの枚数を買っている。他の連中も同類らしい。札の数、足りるかな。
「うふふ。いま、街の外で、女性たちの竹馬競争が流行っているのです。この形式は行けますわよ。主催者は、決して損をしない仕組みなんですもの。あっと、よだれが」
こんな感じの人だっけ? ま、まあ。金落としていってくれるなら、いいか。
レースの仕組みに喜び、羊の速さに興奮し、ネジェムの計算の早さに感嘆している。
「私も、計算には自信がありましたが。彼女には負けますわ」
他は男ばかり。一人はエイト商会の従業員だが。視線でビシバシ牽制し合いながら、レースを真剣に楽しんでいる。
そして、いよいよ、ルルとベルデの登場。他は、ベルデ親衛隊ともいうべき、毛刈りされていない六頭のうちの四頭。二頭は、先のレースで、ワンツーフィニッシュを決めている。
部外者も、これが特別で、ラストのレースだとわかるらしく。興奮は最高潮。
オレは礼儀上、あとはまあ、確かにルルが勝つと思って一枚。ルルの体格を見て、つぎ込む商人たち。ベルデは羊としては大きいが。体重一トン越えの馬に比べれば、小さい。町民は皆、ルルに感謝しつつ、ベルデ一択。
勝負が付くのは、あっという間。ベルデが勝った。羊って、速いんだね。
落ち込むかと思いきや。ルルは清々しく、敵の勝利を祝っている。ベルデはベルデで。カーブの多いコースは、小回りの利く自分に有利だったとか、何とか言って。ルルを認めている様子。
よくがんばったと、羊たちを讃える町民たち。町長たちはどこかと言えば、二人して、オレの袖を引いていた。
「あの、以前取引をしていた商人が」「私たちの窮地に、何の役にも立たなかった商人たちが」
オレは、ざっと自分の意図を伝える。
「この町の有利なように。ご自分たちで、選んでください」
「でも、これだけお世話になったのに」「そうです。エイト商会さんに買っていただくのが筋というもの」
「もちろん、すべての条件を考慮に入れて。良いと思えれば、ぜひ選んでいただきたいです」
ただ、これからの町と、羊のことを考えてくれと念を押す。羊、強し。
「わかりました」「お任せします」
許可も取ったし。オレは、興奮さめやらぬ、商人たちに向かって声を上げる。
「こんにちは。私は、エイト商会の調査隊を任されております、リュウイチと申します。以後、お見知りおきを」
ほんとは覚えなくていい。むしろ忘れてほしいんだが。誰だかわからないやつの言葉は、基本、人は聞かないから。
「皆さん、羊毛を仕入れにいらっしゃったことと思います。私もそうです。そこで、提案があります。決定ではありませんので。ぜひ話を聞いていただいて、それから、皆さんのご意見を伺えたらと思います」
面白がってる女性が一名。顔見知り故に信用してくれてる男が一名。あとは、興味深そうにしてるのが少数派で、大半は胡散臭げにオレを見ている。まあ、お互いに出し抜きたい相手だ。
オレの提案は簡単。入札。
「まずは、買い取り額をこちらから、町長さんに伝えます。その他の条件、羊毛で買い取るのか。毛糸や、織物や、その他の製品に加工したものを買い取るのか。その場合、何をどれだけの量、いくらで買うのかも伝えます。私たちは、お互いの提示する金額や条件を知りません。むしろ、話し合って調整することを禁止します」
「あんた。何の権限があって、そんなことを言うんだ」
そりゃ、言われるよな。
「権限はありません。あくまで提案ですので、もっとよい案があれば、ぜひご教授いただきたく」
「私は良いと思うわ」
「それは、身内の言うことだから」
「いえ。私も、いま初めて聞きました。でも、私、こういうの大好きです」
「商売だぜ。好き嫌いの問題じゃ」「しっ。あいつ、エイト商会の大口蛇だ」「え? あれがか」
なんか、すごい二つ名持ってるな。
「先程のレースと同じですわ。情報を集め、精査して、予想する。自信のある方だけ挑戦すればよいのです」
お株うばわれた。ぜひ、そのまま頼みます。あ、でもこれだけは。
「参考までに。私が個人的に購入した、こちらの町の新商品を資料として提出します。皆さん、実際に見て、触れて。提示額や条件の参考になさってください」
一組の下着を奪い合うように、手にする商人たち。
大口蛇さんも真っ先に手に取り、翳し、においを嗅いだ後、頬擦り。縦横に引き延ばして、肯く。他の連中が持って行くにまかせた。
「すみません。わざわざ来ていただいたのに、このような状況になってしまい」
「あら、一緒に働く仲間ではないですか。そんなに畏まった話し方をしないでほしいですわ。私自身は、普段からこういった物言いなので、もっと砕けてなどとは言わないでください」
そこだけは、ブルーノと一緒か。印象は、白と黒くらい違うが。
たくらみ顏の美女が、声を顰めて、伝えてくる。
「あれを見られただけでも、十分、来た甲斐がありました。先程も言った通り、さっそくエイト商会主催で開催してみせます」
「でも、確実に儲けられるところで、利益が減るのは嫌でしょう。腹が立たないか?」
「あら、うふふ。私、勝つ自信ありますから」
小声だったのはそこまで。胸を張り、声を上げる。
「あら、困ったわ。私、一年分の羊毛だとばかり。五年分を一遍になんて、持ってきたお金で足りるかしら。町長さん、うちを信用していただいて、後払いというわけにはいきませんの?」
さっそく情報操作か。これなら心配あるまい。
「それを言うなら、うちだって」
「そうだ、五年分なんだ、一年ずつ五年かけて払うって手も」
「皆さん、そういうことも含めて、お伺いします」「どうぞ、散かっていますが、建物の中へ」
さっきまで賭け事をしてたせいか。何が何でも買って帰るぞ、って熱気がすごい。この分だと、匿名性のない変則的な方法になるだろう。文字が普及してないのが痛い。数字は書けるし、絵柄で示すって手もあるが。はじめてのことだし、これでよかったかな。
「ネルグイ。疲れてるところわるいけど。内緒話するから、手伝ってくれる?」
「はーい。ひさしぶりだから、うまくできるかな」
一息で、異次元に連れて行かれるような、不思議な響き。喉歌ってやつかな? たぶん、彼女は話し声を周りに聞かせないように、打ち消せるんだと思う。探知妨害まではできていない。
覚悟を決めた町長たちに、後は任せよう。
「ベルデすごかったね」「あの毛の量であの走り」「毛を刈ってたらもっと速かったんじゃないか?」「それは言ったら駄目だよ」「そうだ。俺達のせいで毛刈り嫌いになったんだし」
微妙に落ち込んだところで、一般は気楽なものだ。あくびが次々うつっていき。その辺にごろごろ寝転がり始めた。
「まあ、あとは何とかなるよ」「だよなぁ、もう刈れないと思った毛が刈れたんだし」「あたし、もう駄目」「うん、おやすみー」
ほんとに皆、寝たよ。
「ちなみに確認ですが」
うおっ、びっくりした。
「入札に行ったんじゃなかったのか?」
「私、憚りに行く途中なのですわ」
それはまた、ずいぶん遠回りな。含み笑いに、妙な迫力がある。
「通りかかったついでに尋ねます。先程の衣類は、何に使うもので、いくらで買われたのですか?」
あ、すごい。こうだろうって思い込みだけでは動かないんだ。
「冬、寒い時期に下着として着る。ただし、洗濯ができないから、さらにその下に別の素材の下着を着ないとならない。上下一組で、三に丸が三つ」
「洗濯ができないとは、どういうことですか?」
「あの製品に合う洗剤がない。熱い湯を使ったり、揉んだり、擦ったりしても、フェルト状になって縮んでしまうそうだ」
「わかりました。教えてくれて、ありがとうございます」
後ろ姿をしかと見送った後も、つい、周囲を確認。
慣れた気配が近付いて来る。思わず、ほっ。
「おかげで、楽しかったのである」
ジャンケンにも、相当はまってた。すべての流れを数字で把握する作業は。ネジェムにとっては、未知への挑戦であり、最高の娯楽だろう。羊競争で出た利益をすべて町に渡すつもりでいる。
うん、いいんじゃないか。ブルーノにも異論はないようだ。
「あるべきものがあるべきように納まり、さらに素晴らしい光景が現れる。私はひたすら感動しておりました。さすがは、リュウイチ様です」
平常運転。これを聞かないと、落ち着かなくなるなんてな。




