コース造り
朝、起きると。大きな馬と羊が駆け回ってた。元気だな。
ネジェムはまだ寝てるから、審判がいない。予備戦みたいなものか? 互いに、なかなかやるじゃないかと、ますます気合が入る。
ご飯、食べよう。期待の中華まんはうまかった。ネジェムもちゃんと起きてきて、もぐもぐしてる。
二頭が、駆けっこしてることを伝えると。首を傾げた。
「体格のあきらかに違うものを競わせるのだ。コースを作り、距離を厳密に設定せねば、勝負にならないであろう」
もしや、そのコース造りをさせられるのか。それより先に、林に行って、木を伐り出してくるように言われる。なぜ?
ネジェム主導で、今日の勝負は、荷物引きに決定。すいぶん協力的な、その訳。どうやら、あれこれ計算するのが楽しいらしい。競馬の仕組みを教えると、ますますのめり込んだ。
というわけで。本日は、ばんえい競争。馬羊混合のレースです。
毛刈りを断行する為なら、少々の無茶は聞き入れる町長たち。木を切る許可は、すぐ下りる。
一応、斧は持ってきたが。オレ苦手だし、ネジェムはやる気がない。仕方がないので、ロープをつくって、近くの木々と結び。影をすっぱり切り離す。同じ手法で枝を落とし、長さを自分の身長の倍ほどに揃える。
ずるずる引き摺ってくるのは、ネジェムとオレ。ほら、ブルーノは羊保育園の保父さんだから。
片や。直径、約三十センチメートルの丸太が八本。ばらけないように縄で括るのに、いちばん時間が掛かった。直径、約二十センチメートルの丸太を一本あてがわれた、ベルデは不満そうだが。生木は想像以上に重いぞ。これ以上のものを引かせる方が、不公平だと思う。馬具を流用するのはわかるが。その小さめなのはどこから? なるほど、ロバ用なんだ。
丘がそのまま使えるから、ネジェムは線を引く位置を指示するだけ。ええ、引きますとも。
見学したそうにしながらも。いまこそチャンスと、男町長は毛刈りを始める。女町長は昨日の続き。どちらも本調子ではないが。こっちは手伝える技術がないし。あったとしても、プロとして、そこは譲らないだろう。
まずは一頭。解放され、牧場に出てきた。おお、君はそんなにスリムだったのか。鳴き声も相まって、山羊にしか見えない。
こちらはこちらで。騎手もいないのに、ようやる。勝負が付かず、二本目のレースに突入。ネジェムの計算意欲を満たすために、オレたちは小遣いを賭けてる。まあ、ブルーノの分は、勝手にネジェムが設定しているんだが。オッズと、生き物の躍動を目にすれば、それなりに気分が高揚する。
そんな折、町長たちに強力な助っ人が。
「ただいま、帰りましたぁ」「つっかれた」「やっと、我が家」
建物の正面が騒がしくなり、出迎えた女町長と話している様子。しばらくすると、男七人、女十二人が丘を越えてくる。
ギャラリーが増えようが減ろうが気にしない。自分たちの勝負に夢中な二頭を横目に、挨拶合戦。
「お世話になります」「この度は、本当にありがとうごます」「よろしくお願いします」
「ふむ。コレと似た容姿の者が多い」
ネジェムの言う通り。日本語を話している者はいないが、半数がモンゴロイド。基本的に美形なのはもう諦めたが、凹凸の少ない顏、落ち着く。
町長たち同様、レースの模様を気にしながらも、仕事に戻っていく。
どんな集団にも大抵、料理上手がいる。今日の昼食から、オレたちはお役御免。ほっとしつつ。追いかけて行って、醤油の壺を渡す。味見をした彼女は、狂喜乱舞。毬実の根も、調理してくれると言う。
十人強が加わって、羊毛の加工は、一気に進む。
男たちは、さっそく毛刈り。早々に襲ってくる、腰の重だるさに呻きながらも、鋏を動かす。一人は、切れ味の落ちた刃をひたすら研いでいた。
観念しても、怖いものは怖いし、嫌なものは嫌。それはよくわかるぞ。ブルーノが離れると、羊たちが動揺する。乞われて、近くで見守っていた。そこはブルーノだから、頼まれればお祈りしたり、お経を上げたり。人間の方もずいぶん安らいだみたい。ラジオとかない世界だもんな。農作業のお供に、一人の祈祷師? 冗談にでも言えば、なんて罰当たりなと、信者たちに怒られそうだ。すべて出尽くした後。本人はまだ納得がいっていない、讃美歌を披露。それがいちばん喜ばれた。羊にも。居眠りするやつまで出始めて、エンドレスで歌わされてたな。
昼飯に呼ばれるまでに。男衆は、なんと百頭近くの毛刈りを終えていた。すごすぎ。皆が前屈みで、右手、もしくは両手をぶらぶら振っている。
女衆は、糸紡ぎに突入したらしい。やはり両腕をぶらぶらさせている。
風呂は、皆に歓迎された。二グループに分かれた女性陣が、時間差で出発。
結局、獣たちは勝負がつかず。ベルデが食事に戻ってくれば、羊たちは散る。十分に成果を上げた男連中は、温泉で体を労り。その後、かけっこのコース造りを手伝ってくれた。なるべくアップダウンの少ない、広々とした場所を選ぶ。岩場も除外。オレは、コースの内側に、適当に杭を打って。ロープでも張ればいいと思っていたんだが。作り始めると、凝り出す病持ちばかり。ほぼ目的は果たしたのに、なぜ、こんなことまでするのか? 答えは、決してベルデが憎いわけじゃないから。
多くの者たちが見切りをつけて、町を去る中。敢えて残った精鋭たち。羊への愛が半端ではない。
「もっと負担のない方法があるなら、そうしてやりたいが」
バリカンとか、まだまだ先の話だよな。何かを皮下注射して、服みたいに羊毛を脱がす映像を見た記憶もあるが。ネジェムでも無理だろう。
羊に優しい人たちは、食うに困って。この数週間。泊まり込みで、農業の町へ出稼ぎに行ってたんだそうな。それが毎年の恒例行事とか、聞いてるだけで涙が出る。
「給金が現物支給なのは、助かるんだが」「運ぶのがな」
二頭のロバに荷物を山積みにして、自分たちはそれより多くを担いで帰ってきたらしい。それで、ろくに休憩も取らず、本業に突入。終わっても、こんなことさせられて。
「何か、すみません」
「いやいや。おかげで毛刈りができました」「本当に、まさか、こんな日がくるとは」「本当に、うれしいです」
汗がしみるなぁ、と皆が服の袖で顔を拭い出す。本当に、お疲れ様です。




