温泉
がんばれば、五人は浸かれる湯船だ。とにかく水を流入させ、濁った水を取り去る。何度かくり返すと、目に見える汚れはなくなった。水の量を調節。大き目の石を置いたり、外したりするだけだが。湯の割合が増えるにつれて、白濁してくる。
勢いで引いてはみたが、安全に入れる成分なのか。いきなり自分で試すのは勇気がいる。
皮子が、一枚、部下を差し出してくれた。太っ腹。いや、これは誉め言葉で、ふっくらって意味では。いつも、ありがとう。すいーっと、一枚皮が浮く。
問題ない、いい湯? でも、ちょっとぬるいらしい。水の流入量を減らす。
テスト入浴。ふっ、ふっ、ふー。こんなこともあろうかと、石鹸を持参。桶や手拭いはつくれるが。泡が立たない、それ以前に溶けもしない、白く四角い何かって何だろう。
ふぃー。かなり開放的だが。周りには、誰もいないし、いても羊だし。
「女性たちは、目隠しがあった方がよいでしょうね。空き部屋にある衝立を借りて、置いておきましょうか?」
「そうだな」
リラックスしているせいか、形が定まらない皮子さん。濡れた狐も、ぽよぽよの球形も可愛いが。アメーバ状に揺蕩われると、なんかこう、揉み洗いしたくなる。
造っておいてなんだが。風呂に入るのに、片道三キロメートル歩くのはどうなんだ? ブルーノは、大した距離ではないと言っているが。
滝の近くに露天風呂を設置したことを伝える。喜色を表した町長たちは、それぞれ礼を言い、オレたちに先に入るよう勧めた。すみません。すでに堪能済みで。
お言葉に甘えて、ネジェムを連れて行くことにする。
「我は、あとでよい」
本人曰く、いいところらしい。実験対象を塩まみれにしてるな、うん。
「滝があるぞ」
「水が落下するのであろう。見事な光景であるとは聞いているが」
もう一押し。
「虹が見られるかも」
「行こうではないか」
お供はそれぞれ、三連の衝立を二基ずつ抱えて行く。
薄っすら五色の靄が見えたのは、冷水の滝の方。柵をくぐり、崖から身を乗り出すネジェムを支えるのに一苦労。ロープをつくって引いてるだけだから、それほど力は必要ないが。気が気でない。
「うーむ。鍵は、水の粒であろうな」
気の済むまで眺めた後。ずりずり後退してきたと思ったら、服を脱ぎ出す。何のための衝立だ。
ブルーノはさりげなく、後ろを向き、何事か思案中。ネジェム相手なら、そりゃオレだって平然としていられるが。
そういえば、この手の話題で動揺した姿は見たことがない。それがデフォルトなのか、年の功なのか、修行の成果なのか。振ってはいけない気がする。意外にオレ自身、聖職者を神聖視してるのかもな。
「溢れ出たものを川に戻すようにしましょうか」
「そうだな」
言われてみれば、周囲が水浸しになっている。川原だから気にしないと言ってしまえばそれまでだが。利用者の立場に立てば、ちと不愉快。
夢中になって溝を掘っていたら、ネジェムに着替えとタオルを要求された。あ、ごめん。
再び、汗をかくにしても。一度流した後だと、だいぶ違う。
「お先にいただきました」
ぎくしゃく歩いてる男町長を見るに。馬車でも出した方がいいんだろうか?
「そんな甘やかさなくていいですよ」「動かないと、なお固まってつらくなるから」
連れ立って、風呂に行った。湯船一つですが、境界ないですが。だ、大丈夫な関係なんだよな?
ネジェムが、皿に乗った透明な欠片を示す。さっき塩まぶしてたやつだな。
「舐めてみよ」
「しょっぱ」
予想通り。でも、あれ?
「染み込んでるのか」
表層に付いているだけなら、一舐めした後は味がしないはず。いつまでもにじみ出る、塩味。
「それを、ここに」
水の入った竹製のカップ。中に落とし込むのと同時に、少し水飲んだけど、大丈夫だよな?
「もう、よき頃か。もう一度、舐めてみるのである」
スプーンを渡してくれるのかと思ったら。ネジェムが慎重に欠片を掬い上げ、もう一つの器の水ですすいでから差し出す。かぷ。
「味しない」
「で、あろう。先にすすいだ方の水を味わってみるのである」
「ちょっと、しょっぱいかな」
「触れたものが溶け込む。真水で濯ぐと、抜ける。面白き物体である」
今日の報告は、以上らしい。外へと駆け出して行った。羊の糞を集めて、喜んでる。うん、もう何も言うまい。
しばらくすると、自主的に食事の準備をはじめた。びっくり。これって、成長なのか?
ブルーノは一早く、小麦粉を捏ね終えていた。いまは、竹を編んでいる。材料をあれこれ別なことに使って、わるいとは思うが。謝っても、どうぞお気になさらず、って言われそうだし。どこかで補給しないとな。って、それはもしや、蒸籠か? 明日の朝が、楽しみだ。
「これも、美味しいですね」「もとの生活に戻れなくなりそう」
ネジェムが作ったのは、具だくさんのオニオンスープグラタン。本人は、ごった煮チーズ乗せって言ってたが。焼きたてじゃないパンを上手に消費して、その点でもうまい。
「そういえば、話を聞きそびれたままで、すみません」
「ああ。いいんです。毛刈りをしてくれたら、安く羊毛を卸しますって狡い提案で。こちらこそ、すみません」
この時ばかりは、女町長も一緒に頭を下げる。
「本当にすみません。この五年間。同じことを、いろいろな方にお願いして。でも、誰にも引き受けてもらえなくて」「いや、挑戦者自体は、少なくはなかったんだ」「でも、あんまりひどいことしようとする人には、お引き取り願って」
様々な感情が、こみ上げてきたようだ。
「でも今回は、普通に取引できそうですね」
微笑みかけると。決して純粋なだけではない、笑みが返る。大将が勝負してるうちに、子分たちを刈ってしまおうという算段。そちも、わるよのう。
「はい。ぜひ、そうなるように願っています」「希望が湧いてきました。ありがとうございます」
思惑通りに事が運べば、大きな取引になる。金がないわけじゃないが。商品知識のない、相場も知らないオレたちには荷が重い。第一、百頭分の羊の毛、五年分って、どれほどの量になるやら。
コウモリは、すでに飛び交っている。伝聞の内容はどうしようか。
素人考えだが、手仕事に対する評価が低い気がする。エイト商会は、良心的な方だとは思うが。できるだけ、生産者に利益を還元。また、それが続くようするには。
えーと。場所と商品名を、ペコ宛に。無事、街を抜け出したとはいえ、堂々、名乗る気はない。羊毛の町。エイト商会。羊、羊毛、毛織物、と何度も連呼。全方向に、満遍なく発信しておく。




