筋肉痛
食後のお茶あたりから、町長たちの様子がおかしくなった。特に男の方がひどい。顔をしかめて、立ち上がるのも難しい。
食事のせいかと焦ったが。
「五年もさぼったせいよ。情けない」
そういう女性の方も、湯飲みを持つ手が震えている。
ああ。ひどい筋肉痛の前兆か。それでも、仕事を続けようとするから。
「これ、よかったらどうぞ」
ゴボウもとい、毬実の根を勧める。
「ありがとう」「助かります」
あきらかに無理してる笑顔。使い方は知ってるらしい。洗ったものを適当に折って噛む。
今更ながら、ネジェムに確認すると。痛み止めとは言っても、薬効は微妙。痺れるような苦味で、痛みから気を逸らすのが目的らしい。
「ゆっふり、ゆっはりー」
ぎこちなくカーダーを操る女町長。
男町長は、伝い歩きをしながら。ハサミの点検をしたり、必要なら研いだり。羊毛を納める箱を拭いたり。何かとやることは多いようだ。
手伝いの申し出は、丁寧に断られた。
「すでに色々お世話になっていて、こんなことを言うのも何ですが。できることは自分たちできちんとして、素材なり製品なりを、できるだけ高く買っていただけたらと」
なるほど、道理だ。何事にも線引きは必要。
それでも、いつの間やら家にまで上がり込み。掃除や、ドアノブの取り付け、子供の宿題までやるのが営業マン。
「また、食材を分けてもらえると助かるんですが。その代わり、食事の用意くらいはします」
「どうぞ、どうぞ。こちらこそ助かります」
それぞれが、こっそり愚痴ったことには。どちらも料理が苦手。うん、そうだと思った。素人レベルの飯に、あの喜びよう。
筋肉痛に効くものはと考えて、風呂事情を聞く。
一応、入浴設備はあるが、狭い上に、稼働するのは冬場だけ。どうも、羊毛の洗浄に重きを置いた造りで、人間の方がおまけらしい。いまの時期は、湖に張り出した小屋で、水浴びするのだとか。
こっちの風呂を出してもいいが、気になることがある。
ネジェムは、初めてのところだからって、不安がるような女じゃない。ブルーノとオレは、男区画の部屋を借りた。
「地図、描いたか?」
「はい。こちらに」
さすがというか、何というか。羊たちの面倒を見ながらも、やるべきことはやっている。
三階であるのをいいことに、ジオラマつくって答え合わせ。一応、自分の体で隠してるつもり。ブルーノは嬉々として、新しい情報を書き込む。この頃、文字も増えたな。
女町長さんは一階で、根気強くお仕事中。精神を落ち着かせるためだろう。苦い根っこを噛みながら、不明瞭な歌を歌っている。
「谷の向こうに、かなりの熱源があるようだが」
「おっしゃる通りです。近付いて、確認したわけではないのですが。こちらの模型にありますように、農村の町に流れていた川が、渓谷へと姿を変えています。そこへ、この小川が流れ落ち。対岸のほぼ正面に同じような流れがあって。そちらは常時、湯気が立っているそうです」
「それを利用していない理由は何だ?」
「向こうには毒の風が吹くから、立ち入るべからずと言い伝えられているそうで」
あ、ガスか。話、聞いてよかった。思いつきで突っ走ったら、危ない、危ない。
「渡らない限りは、大丈夫なんだな」
「そのようですが。なぜでしょう?」
「毒に重さがあるんだろうな」
「あ。谷間に落ちるので、こちらは無事なのですね。すっきり致しました。教えてくださり、ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
いい加減な説明で、恥ずかしいくらいだが。相変わらず理解が早い。
川原に穴を掘っていいか、尋ねると。女町長は首を傾げ、肯いた。
「いいんじゃないですか?」
絶対、何するかわかってないよな。
「問題あるようでしたら、すぐ埋め戻しますので」
同じことを男町長にも言う。双頭って、こういう時、ちょっと面倒。
持ち出したのは、竹を数本とスコップ。以上。
ブルーノが手伝ってくれるらしい。
ネジェムは幌の中で、透明な欠片を使って何やらやっている。
朝が弱いんだから、食事の支度をするなら、必然的に夜だよな。順番からいっても、朝はブルーノ。昼がオレ。ネジェムには、直前にもう一度、言った方がいいだろう。
羊たちは等間隔に散らばって、草を食べていた。まあ、何より優先して当然のことだ。
派閥が、はっきり目に見えるな。白くふんわりした連中は、ブルーノに近付きたそうにしながらも。一等汚れた一頭を気にして、下を向き続ける。六頭は、ボスを心から慕っているのか、自分たちも汚れたままだ。
この分だと、勝負は明日か。
ずいぶん良いお育ちなんだね、って嫌みを言われたからか。ルルも、文句を言わずに、ここの草を食べている。
谷は深かった。吹き上げてくる風もあって、やばい、と一瞬、思ったが。危険地帯も安全地帯も、科学的な理屈じゃなく。この世界の仕組みがつくってる気がする。
よくよく探れば、見えない壁。いや、膜か? 小石を投げて見る。透明なカーテンは破れもせず、撓みもせず、異物を通した。
あれだけ偉そうに説明しておいて、撤回。きまりがわるいが、伝えねばなるまい。大袈裟に感心され、感謝される。
とにかく、渡らなければいいんだよな。対岸は、こちらと似た地形ながら。あるのは岩と石と砂利ばかり。
やることは単純だ。川原に穴を掘り、表面を石で固めて、水を引き込めるようにする。崖っぷちに向かって掘る溝は、温泉を引くためのものだ。
竹を繋ぐ。鉄の棒をつくって、節を抜いたものを四本。形としては、特殊警棒を伸ばした状態。竹の太さを段階的に変えて、嵌め込めるようにしたが。ずるをして、影同士を留めた。最悪、二、三日もてばいいんだが。
柵の向こう側に出て、湯気が立つ流れの端に、先端を突っ込む。じつは、いちばん力がいる。これで、こちらの太い竹から、湯が出でこなかったら、大笑いだ。温度が低すぎても同じ。
幸い、適当にやったことが、適当だった。




