おさんどん
ネジェムは、人の首にしがみ付く力に続いて、しゃべる機能を取り戻した。
それまでも、意志疎通はしていたが。話せるなら話すというのが、最低限のルールらしい。
競う二頭の所へ連れて行けと言う。
「ふむ。馬は地表に出た部分だけ。羊は根まで食すのであるな。それぞれの食した総量を計算しようではないか」
つまり、レフリーね。その足を務めている間。ウール用の洗剤の開発を依頼したが。返ってきたのは、生返事。
「あの透明な塊を再現する方法を考えていたのだが」
まあ、いまの生活水準で、求められるものではないようだ。オレだって、別に潔癖症ではないんだが。自分たちの分だけなら、汚れの影を見極めて、引き剥がせばいいと気付く。
「コレよ、聞いているのか?」
「はいはい」
草食動物たちの食事は時間が掛かる。計測は、また後程。それはそうと。
試験管もどきを、なぜ、オレが作っているのか? 竹を節の上で切るだけだが。
「そこに、土台となるべきものを黒い塊で。容器に入る大きさにするのは、もちろんのこと。こう、丸みを持たせてであるな。そこに透明な何ぞやが溜まるようにせよ。それ以外の面は、別のものに変化させると、なおよい」
「はいはい」
未知の物質を調べる下準備。その分野では当たり前のことなのか。まず培養しようとは、恐れ入る。
そうこうするうちに、完全復活。
「ご苦労であった」
竹の容器に、黒い型と水を入れたものを幾つも用意。環境を再現するべく。そこに、何も加えないもの。土を入れたもの。草を入れたもの。
「うむ。備えあれば」
例の固形燃料がここで登場するとは。実験はすべて幌の中でやっている。誰に迷惑かけるわけでもないけどさ。
ブルーノは、手洗いに行くにも、羊の群れが付いて来る。水場まで誘導してほしいという、男町長の頼みを快く引き受けていた。泉から流れ出る小川の淵で、羊を洗うそう。言われて見れば、泥とか、埃とか、糞とか。いろんな汚れが五年分こびりついてる。
女町長は、羊の毛を梳いていた。
「焦っちゃ駄目なのよー。優雅に、優雅に」
自分に言い聞かせながら。カーダーというらしい。大きなブラシを二本持ち、左から右へ、毛を梳きながら移していく。持ち替えて、くり返し。くり返すことをくり返す。
おおー、ふわっふわっ。ほんの少しの量を梳くのに、めちゃくちゃ時間と手間が掛かる。先はとっても長い。
暇人は、昼餉の用意でもしよう。
「主食になるものがあったら、少しわけてもらえませんか。よかったら、皆さんの分も調理しますけど」
「お願いします。流麗にー」
女町長、手を動かしながら、足で、貯蔵庫の場所を示す。仕事モードだからか、それが地なのか。お互いに変な遠慮をしなくてすむから、気が楽。
「あるもの好きに使ってください」
台所スペースの手前の床。木の扉を引き上げると、地下への階段。ちょっと怖いが、わくわくする。
それなりに食材も持ってきてるが。また硬いパンというのも。
あった。あったよ、米。小麦粉と同じくらいストックしてある。ここのメンバー、半分はアジア系とみた。他には芋類が少し。腐りにくい野菜もあるが、手を出しにくい量だな。持参したものを使おう。
とても気になる、発酵してるにおい。甕の蓋を開けると、味噌。隣には漬物まである。
大きな升で、米を掬う。とりあえず研いで、吸水せねば。浮かれてるのに、よく思いついたと、自分で自分を褒める。
「ここで煮炊きして、におい大丈夫ですか?」
「んー。いつもしてるし、大丈夫じゃないですか。いーち、にー、さーん」
製品へのにおい移りとか、気にしないらしい。うん、まあ、いちおう火の元には煙突が付いてるし。田舎の香水っていうか。様々なかほりが、普通に漂ってる。
裏口の左手にある台所。焼物の水甕と、石の流しと、木の調理台。土の竈。懐かしい感じ。
胸を張って料理好きと言えるほどじゃないが。時間のある時は、土鍋で米を炊いてた。熱源が薪なのがネックだが。羽釜を見たら、やるしかあるまい。なにせ、醤油があるし、酒もある。ささがきゴボウと、鶏肉の代わりに鯨ベーコン、彩に人参。うおーっ、絶対失敗したくない。お焦げよ、うまくできてくれ。
後は漬物切って、みそ汁くらいしかできないが。
たまらなく食欲をそそる香り。まだ、出来上がらないうちに、女町長さんが、ふらーっと立ち上がり。手を洗って、どんぶり持って側に立つ。も、もう少々お待ちください。
外にも十分広がっていたらしく。颯爽と現れたブルーノが、配膳を手伝ってくれた。
「いただきます」「ありがたくいただきます」「今日の糧に感謝を」「いただくのである」
呼びに行こうと思った時には、全員が席に着いていた。両町長、お疲れの様子だが、どこか晴々とした雰囲気。
「どうぞ、召し上がれ」
味見はしたが、再び緊張。よかった。いままで料理した中で、いちばんよくできた。
「む。これは毬実の根であるか?」
「あ、すまん。断りもなく。半分はエイトに渡したから、あと四本半しか」
「よいのである。発見して喜びのあまり、堀りに掘ってしまったが。考えてみれば、いま、痛みは感じない。害もなさそうであるし、これほど美味であるなら、食した方がよい」
「どうも」
今度は、きんぴらを作ってみよう。確か、鷹の爪が調味料と一緒に。
「さすがはリュウイチ様です」
「お、おう」
噛みしめるように味わってくれてるのはいいが。お代わりなくなるぞ。
皆に、うまいうまいと褒められてわるい気はしない。
でも、なんとなく。仕事に集中したいから。おさんどんを確保する作戦なんじゃないかって。穿ち過ぎか?
忘れなかったこと自体、驚きだが。ちゃんと審判しに行った、ネジェムによると。二頭はいい勝負だったらしい。
「草が噛み切られた、また、引き抜かれた範囲から。それぞれの食し方を考慮して総量を割り出し。体重差も計算に入れた結果である」
男町長はネジェムが、羊を持ち上げたことに驚嘆してる。普通は、馬の方だよな。
「あの子が、人に体を触らせるなんて」「これは、希望が」
喜んでる町長さんたちにはわるいが。ネジェムを普通の人と考えると、えらい目に合うよ。羊の方も、勝負に拘って我慢しただけかもしれないし。
双方、引き分けを告げられて、熱が冷めたわけではなく。この方法で勝敗を決する不毛さに気付いたらしい。野生の草食動物なら、寝てる時以外は、ほぼ食ってるもんな。
別の方法で勝負することを約束して、一時、休戦。他の羊たちは、ボスのご機嫌と食事をとるのに忙しいらしい。
ネジェムが、羊の洗い方を誉めていた。一時間ちょっとで百頭、丸洗いしたとは。それは、すごい。
絶対、手伝ったに違いないと思ったが。ブルーノは手出しさせてもらえなかったらしい。
「こつがあるんです」「変なところ、掴んでしまうと危ないんです」
それは、そうかもしれないが。
一頭につき三回、川に投げ込んだって。え? 自ら入るやつもいたらしい。




