二人の町長
入ってすぐ、広々とした中庭。吹き抜けで、屋根は開閉式らしく、かなり明るい。中央の少し高くなっているところは、井戸か。
門? 玄関? 正面入口からの通路と庭には、石畳が敷かれている。壁際の数メートルは板敷きだが、土足らしい。ちょっと残念。
ほとんどが作業スペースらしく、間仕切りは少ない。六人掛けのテーブルを四台ずつ、二塊に寄せてあるのが、作業台にもなるんだろう。椅子は全部で二十一脚。それ以上の数が、壁際に片付けられている。
それ以外で目立つのは、人が二人は入れそうな木の箱だな。結構な数が積まれているが、最近は使われていないようだ。
左右の壁に沿って、それぞれ階段があり、二階以上が住居部分。一部屋は四畳ほどで。家具は、寝台と収納棚のみ。
階段を境に、手前が男性区画、奥が女性区画だと言われたが。意味あるのか?
部屋同士は板で仕切られているが、曲線を描く廊下との間に壁はなく、中庭から全室、丸見え。せめて、手すり子をもっと密にしてくれんかなと、臆病なオレは思う。
示された位置に、ルルが馬車を停めると。ブルーノが手早く馬具を外した。建物の裏手に馬房があるらしく。そこが彼女の寝床になる。
「柵の中だったら、どこに放しても構いませんよ」
女町長が、裏口を開けてくれる。
「丘向こうには、泉もありますし」
えっ、まさか穴じゃないよな? 思わず、幌の中を覗き込む。違う、とネジェムは断言。本当だろうな。わずかな疑いを残したまま、胸を撫で下ろす。
「ルル、行ってきたら?」
夜はともかく、広い場所の方が気持ちいいだろう。飲食にも困らない。渋っているのを、ブルーノが促す。
「私も共に、周囲を見学させてもらってよいですか?」
「祈祷師様」
二人共、それなりに信仰心があるらしい。オレ達のためにはじめた、水の汲み上げを中断。男町長も、手を合わせて会釈する。
ただ、次の言葉が出てこない。張り合ってた割に、視線で遣り取り。覚悟を決めたように、揃って肯いた。
「どうぞ」「見てやってください」
ルルは、不満たらたら外に出て行く。この辺の草は、そんなに不味いのか?
町長の部屋は、それぞれ一階にあり。それ以外、棚に荷物のない所なら、どこでも使っていいと言われた。ネジェムの希望に副って、布団ごと三階に運び上げる。なかなかの眺め。怖いけど。それを堪能できるように体の向きを調整して。一先ず、お役御免。
他の住人がいるなら挨拶を、と思うだけで終わる。どこかで、お仕事中? 棚の埋まり具合を見るに、男七人、女十二人は、確実に住んでるはず。
自分で頼んでおいて何だが。
「見ず知らずの連中を、自分たちの住居に入れて大丈夫か? こちらは、助かったが」
「盗られて困る物なんてないです。いえ、皆さんを疑ってるわけじゃないですよ。エイト商会の方ですよね」
幌馬車の側面を指差す。思いのほかって言ったら失礼だが、情報通。わぁ、駄目な時に限って、ため口きいてた。
「よく知ってますね。まだ、それほど浸透していないかと」
困ったように、女町長が笑う。
「私たちは、素材なり製品なりを商会に買い上げてもらわないと、生活が成り立たないので。それなりに、アンテナは張ってます」
もしかして、どこの商会の誰さんでも、通り掛かればとりあえず、キャッチセールスしてるんだろうか。
足洗にどうぞと、男町長に盥を差し出され。女町長には、茶を勧められる。どちらを断っても、角が立ちそうだ。
「ありがたく」
当たり前だが、羊毛を扱っていても、手拭いは木綿なんだな。
一息吐いたところで、女町長さんが、遠慮がちに品物を出してくる。はい、拝見します。しないではいられない圧を、背後からも感じます。次は、自分の番だっていう。
「防寒用の下着ですか?」
「そうなんです。いままでのものは重い上に、関節が曲げにくくて。ちょっと着ているだけで、疲れてしまうものでした。こちらは肌触りも重視して、毛布などとはまた違う、選りすぐりの毛を使っています」
「触っても?」
「どうぞ。何でしたら試着もどうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
よかった、衝立あった。折りたたみ式。主な材料は、木の皮か。
小声で揉めてるのか聞こえる。男の方は、残り少ない羊毛。無難に毛布を作っておけばよかったんだと言い。女の方は、挑戦するべし。手間を掛ければ掛けただけ、高く売れるはずだと主張する。
どうやらここは、初夏の陽気。いくぶん汗ばみながら、冬物の試着。汚しちゃわるいので、薄い下着をつくり、その上に。お、サイズぴったり。動作確認してるうちに我慢ならなくなって、脱ぐ。触って、伸ばして、透かしてみて。真似してつくってみた。見た感じは同じ。着心地もわるくない。でも、保温性は本物の方に分がある。よし、買おう。
「いかがでしたか?」
心配そうに手を揉みしだく女性。ちょっと時間かけすぎたか。
「素晴らしいです」
お世辞でなく。着た瞬間、暑っ、となるってことは、冬にはちょうどいいはず。思ってたよりずっと軽いし、よく伸びる。チクチクもしない。
「毛糸の紡ぎ方から違うんでか?」
「そう、その通りです」
わかってくれましたか、と。琥珀色の瞳が潤む。
「人様の悪口を言うようで、何ですが。ある商会の方には、羊毛の量をケチっているだけだって怒られたり。きつく編めば編むほどよいと、勘違いなさってる方が多いんです。もちろん、隙間が空きすぎれば、風が通って寒いでしょうが、そこは、編み方も工夫しまして」
「はい、わかります」
つまり、これは機能性下着。よいものに出会った。
「おいくらですか?」
「え?」
「え? 売り物ですよね」
自信を持って作ったはずが。散々、駄目出しされたんだろう。これほど早く価格交渉に入るとは思ってなかったらしい。
「は、はい。さ、三千ミミでいかがでしょう?」
がんばって吹っ掛けているようだが。この出来で、それは安すぎる。かつてオレが愛用していた下着は、上だけで五千円超えてたもんな。財布に優しくなかったが、それだけの価値はあった。五年は着たから元、取れてるよな。
「では、上下合わせて六千ミミですね?」
一応、商人の端くれってことになってる。それでなくても、安く買えるに越したことはない。
「ええっ、あややややっ」
何、その可愛い慌て方。どちらかといえば、クールビューティーなのに。
「じょ、上下合わせて、三千ミミです」
あ、そう?
「では、その値段でいただきます。それから、同じサイズのものをもう一組と、連れ二人に合うサイズのものを二組ずつ」
簡素なテーブルをはさんで、向き合っていた女町長さん。ふーっと、上体が後ろに倒れていく。焦った。椅子に背もたれがあって、尚且つ、すぐ立ち直ってくれてよかった。
「ありがとうごさいます。ありがとうございますっ」
向こうが、逃したくないと思ってるように。オレも、この商品をぜひ、ここで購入しておきたい。どうやら、他では手に入らないようだし。入るようになった時には、きっと倍以上の値段になってるはずだ。
「せっかくご注文いただき、大変申し訳ないのですが。あと二組分しか羊毛がないのです。その上、毛をすくところから始めます。この作業ができる者には、戻った端から、全力で従事させますが。すべてを仕上げるのに、四日は掛かってしまいます」
歯車さえ存在しないことを考えれば、めちゃくちゃ超特急。
「今回は仕入れではなく、個人的な買い物なのでかまいません」
外で必要以上に、もこもこしてるものについて、とか。この男女は夫婦なのか、とか。二人して町長を名乗ってる理由とか。あえて聞かない。なぜなら、今週は休暇と決めたから。駄目、絶対、よけいな面倒! そもそも、ないものねだりする気はない。
「その間、こちらに滞在させていただいても?」
「もちろんです」
「作る工程を見学させていただいても?」
さすがに流れで、うんとは言わなかった。特許ものの技術だもんな。オレなら見ても、さっぱりわからないと思うが。何となくでも把握できれば、もう少しましなレプリカがつくれるんじゃないかと。何しろ、洗濯の手間が。
「あ。そういえば、洗濯はどうすれば?」
「は?」
「洗濯です。着ると汚れるでしょう? 何しろ下着ですし」
長らく化学繊維に頼って、生活してきたオレだ。ただ、子供の頃。母親が父親のラクダの下着を縮めてしまったとかで、揉めてた覚えが。
「そ、それは。これの下にリネンの下着など、別のものを着ていただいて。そちらの方をまめに洗っていただくしか。こちらは、こすったり、叩いたり、揉んだり。特に熱いお湯で濡らした状態でそうされてしまいますと、フェルト状になってしまい、元に戻りませんので」
「おお、フェルト。あの織ってない、ふわふわのやつですね?」
「え、あの。織っていない、ごわごわのやつです」
「え」
話の一部に齟齬がある。わるいのはどう考えてもオレだ。常識知らず。
「でも、これ純白って言ってもいいくらい、きれいですよね」
表で、限りなく黒に近い灰色になってるやつが、こうなるんだよな?
「それは、白土をぬるま湯に溶かして、根気強く洗うんです。軽く沈ませるようにしながら、何度も。先に手でごみを取らないとならないし、濯ぎも一度では済まないし。乾かすのにも気を遣います」
この冷静に冷静にと努めながら、声に力がこもる感じ。オレというより、男町長に聞かせてる?
「大変なんですね」
まだまだ、聞いた以上に、手間が掛かるに違いない。買い叩きとか、言われたりしないよな。
「その白土で、出来上がった製品を洗うと、どうなりますか?」
「汚れは落ちますが、小さく硬くなります。ぎしぎしします」
あ、これは実際に失敗した人の表情だ。
油が抜けすぎるのが問題なのか? 素人だから、よくわからん。あとは学者に投げよう。そうしよう。
「取り扱いには注意しますので。連れの分を一組ずつお願いします」
「承りました。見学の方もどうぞ、お気の向かれた時に。退屈されると思いますが。あの、嫌味とかそういうわけではなく」
あー、そういう心配が先に立つくらい、長い道のりなんだ。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
ずいっと、男町長が身を乗り出す。
「いただきます」
今度は、何が出てくるのか。




