羊毛の町
9
湖に沿って、道がカーブしていく。右手に広がる湖面は、今日も静か。
橋を渡る。欄干はないが、馬車でも渡れる、木製の頑丈な橋だ。
ごつごつとした岩肌。涸れ川のようだが、底の石に丸みはない。堀なら、幅といい深さといい、そこそこ本気。上の世界の建売住宅が、楽に納まるんじゃないか? 別の町に入ったと、言われなくてもわかる。
緩やかな上り坂。轍の目立つ道と、丘陵地帯。一見、緑広がる雄大な景色だが。草丈は低く、硬い種類らしい。ひさしぶりに幌馬車を引くルルの気分が、下がる一方だ。
丘を下ると所々、林がある。上ると、岩場が目立つ。人工物は柵くらい。堀と道に面したものと、林を囲うもの。家がない。おっ? あの遠くに見えるのがそうかな。
「ネジ先生は、大丈夫でしょうか?」
ブルーノが、相当にくたびれた風情で、人の心配をする。確かめ算を頑張ってたからな。
使用者たち曰く。大きな動物は、眠るまで時間が掛かる。自然、多く香を吸い込む。小さなものはすぐ眠るから、さほど吸い込んでいない。危険はないそうだ。
どちらかといえば小さな動物であるネジェムは。目は覚めている。ただ、体が動かないらしい。口もきけないが、この状況を面白がっている。
「半時もすれば、動けるようになるんじゃないか?」
オレは、軽食を食べ終えた。カチカチのパンを牛乳に浸したもの。林檎、じゃなくてアッフル。
「申し訳ありません。そのようなものしか、ご用意できず」
「いや、十分。ごちそうさま」
あのどさくさの中で、ここまで気を遣えるのがすごい。急ぎの仕事だからって食事を抜くのは、わるい癖だな。牛乳が、驚くほど美味しかった。
「こちらの町にも、寄っていかれますか?」
「ああ。一度、ちゃんと休もう。また一週間ほど、滞在してみようか?」
「はい。では、そのように」
だんだん大きく見えてくる建物。形は、遊牧民のゲルを思わせる。直径が十五メートルを超えているが。オール木造で、たくさんの窓がある。三階建て。こっちの生活水準と技術のバランスってどうなってるんだ?
あちこちに点在してる灰色の塊も気になる。何なのか見当はつくが。それにしては嵩があり、黒っぽい。
街道を逸れて、建物へ続く道を行く。オレは、ルルに希望を伝えるだけ。
駐車スペースと思しき場所に、着くか着かないかのうちに、男女二人が、建物の中から現れた。両開きの扉を開くと、門のように見える。競うように、大股でずんずん来るから。来てわるかったかなと、いくらか不安に。
鋭い目つきで見るのは、互いのみ。こちらには満面の笑みを向ける。
「ようこそ、羊毛の町へ」「ようこそ、いらっしゃいました、羊毛の町へ」
ハモって、ばらけた。
一瞬にらみ合った後。すごい勢いで話し始める。少々のことでは崩れない笑顔、張りのある声。営業トークだろうことは、雰囲気でわかるが。二人の話をいっぺんに聞けるほど、オレの頭は優秀じゃない。ぼーっとしてると、ブルーノが翻訳してくれた。
「どちらもが、羊毛の町の町長であると名乗っています。羊毛が入り用であれば、男性側に。羊毛を使った糸、布、衣類などが入り用であれば、女性側に頼むとよさそうです」
なるほど。
「えーと、町長さん」
「はい」「はい」
「具合のわるい者がいるので、休ませたい。泊まれるところがあれば、一週間ほど泊まらせてほしいし。ないのであれば、馬車を停めて野宿をしてもかまわない場所を教えてほしい」
「こちらへどうぞ」「こちらへどうぞ」
鏡合わせの動作で、開いた門を示す。遠慮なく、馬車ごと進ませてもらった。
「体調の悪い方は女性ですか?」
さすがに声のトーンを落として、女性が尋ねる。
「ああ、ちょっと寝てれば治ると思うけど」
「この住居は、女性の暮らす区画と、男性の暮らす区画に分かれています。どちらにも空き部屋はありますから、お好きな方へお泊りいただけますが。お連れが女性ですから、こちらの区画にご一緒いただいた方が、安心ではないですか?」
「それで、あなたたちは構わないのか?」
「はい」「はい」
町長を名乗る男は、若干、悔しそうではあるが。病人がいて、しかも女性ならばと、引き下がるつもりのようだ。




