エイトと象
吊り橋近くの木陰に、木箱が置かれ。竹簡と紙が広げられている。
旅の支度を整えたのはブルーノだ。それがなくても、エイト商会の店員と、多少の面識はあったかもしれない。会計担当と額を合わせて、確認作業をしている。
それを眺めて、面白がる会頭。
「祈祷師に金勘定、させるとはな」
「この中で、いちばん真面目なんだ」
「違いねぇ」
おい、子分ども。そこは笑うところじゃないぞ。事実だけどなっ。
熊を眠らせた香の正体を探るべく。香炉に近付きすぎたネジェムがどうなったかは、言うまでもない。
「新しい筆記用具、いいじゃねぇか。俺は、こういうのを期待してたんだ。これからも頼むぜ」
奇を衒わず、少しずつでも、皆様の生活の向上を目指します? うまくはないが、いい内容のコピーだ。
大人だって、褒められるとうれしい。偶然、手にした珍品より。いろいろ試して、こつこつ仕上げたものを評価されたら、尚更。やっぱり、人を使うのがうまいよな。
先へ先へ考えが及ぶエイトは、荷馬車を二台、引っ張ってきていた。一台目ですでに、件の器と欠片を送り出している。他に、動けない動物のうち、積み込まれたのは肉食獣限定。毛皮だけでもいい値になるが。生きてるとまた、変わってくるんだとか。他の階層に運んだり、当然、売ることもあるが。保護活動的なこともしているらしい。
馬、ロバ、荷車、組み立て式の橇。方法は色々あるが、道なきところを行く時は、背負子を使ったり、差担で運ぶ。基本、人力。
「お前は、調査隊員だろうが。自分の仕事をしろ」
自称が追認され、荷運びは免除。っていうか、禁止? エイトに付いて回って、穴だらけの説明をするはめに。
「これが、穴か」
何人かは覗きに来るが、ちょっと感心しただけ。エイトの指示を受けて、運ぶべき荷物の方を注視。あちこち行ってるだけあるな、と思ったら。従業員の一人に、あの鯨を見た時の方がびっくりしたと言われた。
「ガラスか?」
エイト達の評価は高い。なにせ大きい。気泡がまったくない。いまは存在しない技術で作られたものか、まったくの別物か。議論しかけて、オレを見る。彼らに、学者や探求者のプライドはない。知ってるやつがいるなら、聞いた方が早いってわけだ。
「少なくともガラスじゃない」
欠片を見せたせいもあり。必要以上に慎重になっているのが問題だ。
「これくらいは大丈夫だ」
その辺の石を両手で持って、ぶつけて見せる。
「ぎゃーっ」
オレだって、そう思いながらやったが。男達の悲鳴の方が、心臓にわるい。
透明な器は、梱包用の革で幾重にも包まれ、括られ。木材で等間隔に囲まれ、括られて。地面をゴロゴロ転がされていった。
ネックは吊り橋。保安隊二十人の重さに耐えたんだ。重量的には余裕だとわかっていても。前後二人だけで、バランスを取りつつ移動する。オレなら嫌だな。怖くって。
「あの器だが」
「器って大きさじゃねぇけどな」
確かに、夏場とか中に入って寝たいくらいだ。風が通らず、かえって暑いか?
「水か、それにとても近いものだって、ブルーノが言ってる」
「水ぅ? これもか」
ポケットから取り出した、大きな欠片をエイトが覗く。
「氷じゃねぇしなぁ」
「詳しいことは、これからネジェムが調べる。そっちでも当然、そうするだろうが」
「まぁな。売りました、流れて消えましたじゃ、話にならねぇ」
言いたいことが即、伝わるのはありがたい。
「早々変化することも、消えることもないとは思うが。いや、ネジェムがそう言ってる」
「まあ、そういうことにしといてやる」
相変わらず、わるい顔だ。ブルーノが町長にしたのと同じ説明を、オレがした時も、そうだった。
「一年間は様子見だな。安心しろ。そう、がつがつせんでも、うちは潰れねぇから」
エイトが見回り、運ぶと決めたものは、もう見当たらない。今回は、町民の安全を優先したが。それ以外は、できるだけ自然のままに。片付けもしてないから、竜巻直後と、あまり印象は変わらない。
「風の柱か。同じようなんが毎月あるなら、無意味かもしれねぇが」
目印の岩を穴の数メートル手前。四方に置くよう、指示を出しながら。エイトは惜しそうに、脚を折った象を眺めている。
「一週間くらいで治るって聞いたが?」
「それはそうなんだが。こいつばっかりは、意思疎通できるやつが見付からなくてな」
古くは象使いがいた、と伝承にはあるそうだ。
「専用の鞍作ったり、手綱付けたり、色々試してはみたが」
こちらの意向を伝えることすら儘ならないんだとか。
「象って、皮膚が分厚いから。こう、ちっちゃな鎌みたいな、尖がりで突いて、方向を指示するんじゃなかったっけ?」
「何っ?」
目付き、怖いから。いまだ高鼾の学者を盾に。
「って、ネジェムが言ってた気がする」
「それから? 他には何かねぇのか」
「えーと。ジャガイモ、じゃない。茄子芋とか、アッフルが好物らしい。普段は、木の枝ぁ? とか、根っことか、草とか。季節の野菜なんかも食べる。あと、水浴びが好きで」
でーんと横たわって、怪我が治るのを待ってる象の気持ち。こんな痛い思いするんだったら、多少、人間に扱き使われても、安全安心で、美味し物が食べられる暮らしがしたい、そうだ。
「慣れれば荷運びも、人乗せるのも一生懸命やるって。いや、らしいよ。賢い個体は、人間の言葉もかなり理解できるとか」
意向を汲んで売り込んだら、感謝された。ふて寝しながらだけど。
「よし、こいつも確保だ。丁寧に扱え」
隠しきれない声の弾み。馬や牛と同じ。使役動物として欲していたのも事実だが。ベテランの商人が純粋に、大きな生き物に憧れてる。他の連中も見た時は、すげぇ、でけぇって、はしゃいでいたが。
「ボス。いくら何でも、それを運べってのは」
「しゃあねぇ。尻に、うちの印を描いとけ」
よかったね。焼き印じゃなくて。
「二人、見張りに立っとけよ」
「はい」「うぃっす」
こっちの話を聞いていたらしく、散らばっている枝葉を集め始めた。
象さんは、こんなに痛いのに食べられないわよ、とか。ぶちぶち言っていたが。行儀の良さそうな男が懐から出した、昼飯の残りかな。焼き芋が呼び水になって、猛然と食事を開始した。
男達は、慌てて相談。周辺の下枝を下す許可を町長に求めに行くらしい。鼻の動きに何かを感じたらしく、荒っぽい感じの男は、ついでに水を運んでくると答えている。見張りっていうか、飼育係だな。
吊り橋の脇に陣取ってる二台目に、爆睡中の熊を積み。いかにも、これが戦利品でござい、という体を成す。調査隊を名乗らせるための要員も、連れてきていて。オレ達には、さっさと出発しろと言う。
「俺も早々に、ずらかる」
つまり、ここにオレ達はいなかった。建前だってことは、皆わかってる。愛馬に跨ったエイトが、衛兵と擦れ違ったところで、普段の付き合いがものを言うわけだ。
「いろいろありがとう。助かった」
「なぁに、こっちは商売だ」
町長も意外に曲者。人の良さそうな顔をして、正直だけが美徳だとは考えていないらしい。オレ達にとってはいいことだが。ペコとはまた違う、知性を前面に押し出した女と。商会員を週に何回、手伝いに寄越こしてくれれば、何分の一の値段で野菜を出荷するとか。紙と乾ペンは、どれくらいの水準で仕上げれば、これくらいの値を付けるとか。のんびり話し合ってる。
もう一つ、オレが頼んだのは。街一番の調香師へ、あの欠片を少量、分けること。水が形を保っている物なら、吸水性ポリマーみたいな使い方ができるかもしれない。
「あ。あと、これ。象が食べるようだったら」
もっと早く気付けばよかったんだが。
「おう、毬実の根か。そうか。すまんな」
エイト達も、たまに世話になるそうだが。案外、必要な時には見付からないらしい。




