動物フィギュア
取り敢えずブルーノは、町長に知らせに行かなければならない。ネジェムは、昼食を摂りに帰りたがっている。オレだって、残る気なんてなかった。
「リュウイチ様。そのお姿のまま、皆の前にお出ましになられるのですか?」
訝しげにしながらも、青い瞳が輝いている。えーと?
「いつも、これだし。いまさら格好付けても」
「その神々然とした光を背負ったままで良いのかと、問うているのである」
「あ」
ブルーノならまだしも、ネジェムにまで指摘された。
「後から行く。というか、エイト達が来るまで、これの番をしてるよ。その間に何とかする」
「そうですか。そうですね。では、なるべくゆっくりと行ってまいります」
見るからにがっかりしてる。それでも忠告してくれるんだな。
「どのようにすれば、その光を納めることができるのか、もごもご」
知識欲が食欲を上回り始めたネジェムを、引き摺って行ってくれたのも有難い。
さて。前回は、強引に球形にしたが。いま、試してみたいことが。
影から影を取り出したところで、意味はない。どこか別の場所に隠しても、使用済みのパンツを置いてきたみたいで落ち着かない。どうせ自分の影に戻すことになる。
自身の影を引き延ばす。ただ延ばすのではなく、できるだけ成分を限定してみる。手始めに、巨大な狐の影から取った、猪の影。少し別の物が混じっている。長いこと一緒に置かれて、同化したんだろう。いまのオレでは、これが限界。
「どう?」
オレは影しか見えないから、皮子に教えてもらう。ちゃんと猪が見える、って。ただ、背中に三本、幼樹が生えてるそう。ふ、ふうん。
オレの影から、影の紐で繋がってるそれを、きゅーっと縮める。あるべきものがあるべきところに、無理なく無駄なく収まるように。
「できた」
小スケールのミニカーサイズ。猪のフィギュア。毛の一本一本、蹄の形までリアル。確かに、背中にちょこちょこ生えてるが。これは、これで。いいなぁ、こういうの大好きだ。黒一色もいいが。じーっと、探すと色素らしきものが。それを表面に引っ張り出す感じ。着色って、言っていいのか?
「おおっ」
格好いい。次、次はこの辺にしよう。同じ要領で、作業を進めていく。一度目よりスムーズ。出来上がったのは、頭に花の乗った、白兎だ。
願望が出たのか、紐もテグスみたいになって目立たない。二つとも、ずっと眺めていたいが。時間もないことだし、しぶしぶ自分の影に仕舞う。
本当は一個一個、楽しみながらつくりたい。一日中でも飽きないだろう。
皮子に確認を取る。オレが影を引き延ばしても、あの狐のように体が大きく見えることはない。
一先ず、空き地いっぱいに広げる。倒れたままの動物や、木々、穴にも影は掛かる。どうなるか、興味と不安があったが。気にする必要はなかった。映る対象に合わせて凸凹しても、影が重なっても。影は影だし、別の影と混ざることはない。
ブルーノが切り取った通りに、薄っすら境目が見えた。ガイドがあると、だいぶ楽。それでも、分けるだけで時間が掛かる。紐を付けるのだけは忘れないように。
ここからは全体を意識して、同時進行。縮小しながら立体化。ざっと見た限り、植物と混ざってるものが多い。キメラっぽいのもちらほら。あとで愛でつつ、色を呼び起こそう。楽しみだ。
爪ほどの大きさのものも多い。何百という数を数えもせずに、影に仕舞う。
影の濃さに、問題はないように見える。何か、ごちゃごちゃ混ざっているが。これは前に、訳も分からず処理したせいだな。影の玉を取り出してみると案の定、同じ状態。気付くと、気になる。
取り敢えず、すべてを広げて、自分とそれ以外を分ける。それ以外を球形にしたら、当然、前より小さい。ビー玉サイズ。
そして、自分の分。影用を確保して、その他は、リアルな自分型フィギュアに。気持ちわるいが、怖いもの見たさというか。皮子が喜ぶ。他のものより、一回りは大きいスケール。思わず圧縮。こちらが気絶してる間に。皮子はきゃっきゃ、人形遊びをしていたらしい。はい、色ね。はい、出来た。仕舞うよー。影は、普通になった。
後光もない? よかった。
皮子と、周りを見て回る。採集物の見張りをするとか言ったな、オレ。でも、何か近付いてくれば、気配でわかるし。あんなでかくて重い物、迎えが来るまで放って置いても、大丈夫だろう。
「ほしいの、あったか?」
新たな部下を探しているが。生き死に関係なく、皮にしたらすぐに消える弱い個体ばかりだそうだ。そんなことまでわかるとは。成長してるんだな。うんうん。
意外に早く片付いたとはいえ、竜巻があってから小一時間は経っている。軽症だった動物が回復するには十分。うろつき始めるやつがいてもおかしくない。言い訳するなら、一仕事終えて、油断していた。地面付近しか、警戒してなかったのだ。
視線を感じるなぁ、と顔を上げ。熊と目が合う。え? 思わず二度見。五、六メートル先の木の上。なぜ、そんな細い枝に、片足ずつ乗せていられるのか。立ち上がれば背丈はオレと変わらなそうだが、体重は倍以上ありそう。さらに細い枝を手繰り寄せて、若葉を食ってたようだ。
邪魔してごめん。ちゃんと謝ったぞ。どこぞの誰かのアドバイス通り、後退りしたが。背を向けるのが早すぎたのか。背後でぱきぱき、わさわさ音がする。えーっ、降りてこなくていいのに。
走るスピードでは負けないが。地響きが怖い。それ、足音ですか? 次第に距離は開くのに。においを追って、一向に諦める様子がない。勢いで駆け抜けてくれないかな。手近な木に登ったが。相手は賢い上に、木登り上手ときた。
木の幹に掛かる爪の厚いこと。胸には白い毛。生き物って、どうしてこう大きく見えるんだろう。
それなりに落ち着いていられたのは、向こうに、オレを食う気がないから。食料をめぐるライバルとして排除する気、満々。危険なことに変わりはないが。体重の差は、登れる高さの差、じゃないのか?
皮になっちゃえば弱いくせに、とか。悪態を吐きながら、皮子はオレに引っ付いてる。そうそう、そうやってしっかり掴まっててね。武器を使う前に、さっきの影を嗾けてみる。
ちっちゃな模型から元の影へと、溶かしながら広げる感じ。思ったより簡単に言うことを聞いてくれる。
オレには見えていないが、影はそのように操れてる。突然現れ、牙を剥く狒々に、熊が怯む。行けると踏んで、前進させる。思いの外、早く反撃が来て、本物でないことがバレた。再び空を掻く大きな手。頻りに鼻を蠢かせ、ないのに見える狒々を凝視。目、わるいのか? 嗅覚は犬の七倍って、聞いたことがある。
これ以上、登れないだろうとは思いつつ。オレの精神が限界。枝の揺れにタイミングを合わせて、隣の木に飛び移る。びびりにしては、よく頑張った。
グォー、とか怒られてもな。牙は長いし。もこもこなのに、全然かわいくない。
熊の年生なんてよくわからないが。毛艶とか、目付きとか。まだ若い気がする。皮子の言う、強い弱いは、生きた年月に関係があるんだろうか。
さすがに頭からとはいかないが、降りるのも速い。諦めて、どっか行く気はなさそうだ。
これならどうでしょう。突然現れ、自分に向かってくる数十匹の獣の姿。
着色まだなのは黒い? なるほど。
頭がいいだけに無視はできなかったらしい。だぼんだぼんと筋肉入りの毛皮が揺れる。小さくなって行く後ろ姿を見て。ほっとしてる場合じゃなかった。捕獲した方がいいのか? この辺りは、しばらく餌の少ない状態が続く。川くらい渡るかもしれん。
一層で経験済みとはいえ。長らく猛獣と接していない町民が、いきなりこれはきつかろう。
枝から枝へ飛び移り、鞭を伸ばす。最初から、こうすればよかったんだが。実験優先って、誰かさんみたいで嫌だな。
放すか、駆除か。その後、有効利用か。判断は別の連中がするだろう。文字通り、ぐるぐる巻き。それでも唸って、動いて、怖いったらありゃしない。距離を保って、ずるずる引き摺る。
もう、穴の近くで大人しくしていよう。




