二層の地は一層の空
町の住人たちと採集に来て。町全体の共有財産、って意識を強く感じた。確かに、森では自由に採集していい、と言われたが。それを理由に、全部がめるのは何かが違う。
ネジェムは研究用に、透明な欠片を帽子、一杯分。防寒用として、ミンクモドキの毛皮を欲しがっただけだ。ブルーノは案の上、何もいらないと言う。
これくらいはオレの裁量、ってほどでもないな。水の結晶らしきものを、錫杖の龍に持たせる。デザインの関係で、直径一センチほどのものが二つ。
「はい」
「よ、よろしいのですか?」
「嫌なら、取るが?」
「いえ、そんなことは決して。ただ、この錫杖を私が引き続き、使わせていただいてよろしいのでしょうか?」
あ、そっち。
「ブルーノのためにつくったものだ。ブルーノにあげる」
偉そうなことは言いたくないが。はっきり口にしないと、何かある度に、貸すの返すのってことになりそうだ。
「ありがとうございます。生涯、肌身離さず」
「待て」
これは、注意が必要だ。
「ネジェムも一緒に聞いてくれ」
何度も言うのは面倒だし、かなり恥ずかしい。
「なんぞ?」
「えーと。これからも、オレから何か渡したり、預かってもらったりすることがあると思う。言うのは今回だけだが、ずっと心に留めて置いてほしい。物は、物でしかない。金も同じだ。もしもの時は、捨てて構わないし、誰かに譲ってもいいし、売り払って構わない」
「そんなことは」
「いや、ブルーノは特に注意してくれ。オレから渡されたものだからって、命懸けたりしないこと。無理するのも、怪我するのも駄目だ」
「それは」
まだ、逡巡するか。うーん。仕方ない。
「誓ってくれ」
「は、い。リュウイチ様から与えられたものであっても、もしもの時は、自身の安全を優先すると誓います」
ちゃんと頭では理解してるんだよな。言葉がすらすら出てくる。
「ネジェムはその辺、大丈夫だと思うが」
「うむ。なぜ、我にまで」
「実験とか、探求する対象のためには、無茶するだろう」
「う、うむ」
まあ、言っても忘れそうだが。
「できる限り、自分の方を大事にすること」
「あい、わかった」
本当かな。でも、あまり突っ込むと、自分の首を締めそうだ。
透明で頑丈で、大きな器。結構危ない真似をしたが、きれいに取れて満足だ。手放すのは惜しい気もするが。旅を続けるなら、邪魔になる。これといった使い道も思い付かない。
後始末のこともあるしな。誰がどう巨獣を退治して、何がどうなって大地に穴が開いたのか。ネジェムによれば、竜巻は月に一回、発生するらしい。恵みをもたらすのは確かだが。微妙に発生時期がずれることもあるらしく、前後二日は警戒する必要がある。
そういった諸々を説明し、公の機関を納得させ、どこからも不満が出ないように利益を分配する。考えただけで頭が痛い。これは、あれだ。金の力を持っている奴に丸投げするのがいちばん。
ざっと、こちらの意図を説明すると、二人とも異論はないようだ。
「町長にだけは、ブルーノから説明してもらっていいか?」
奥さんも、気持ちのいい人だし。本当のことは言えないまでも、蟠りのないようにしたい。不可解なことが多くても、ブルーノの言葉なら悪くは取らないんじゃないかな。
「畏まりました。そうですね。巨獣は、寿命を迎えて消滅。その影響か、地に穴が生じた。同行していた学者によると、風の柱は遠い昔には当たり前に存在していた。月に一度、五日ほどの余裕を持って、森への立ち入りを見合わせてもらいたい。また今後、増えるだろう獣への警戒を怠らないように、と。このような感じでいかがでしょうか」
「完璧だな」
オレの意向を踏まえつつ、嘘は言ってない。
「ありがとうございます」
いや、こっちこそ。本当なら、正直に話したいだろう。
ネジェムが、またもや空腹を訴える。
「もうちょっとだけ、待っててくれるか?」
水を飲み飲み、林檎を齧って、休憩してもらう。
強風というほどではないが、常時、風が吹き上げていて。故意に飛び込まない限り、落ちる心配はない。それでも、オレは腹這いになって、穴を覗く。隔壁の厚さは三メートルほど。ずいぶんと頑丈な世界だ。
下層の天井にある仕掛けを見ることはできないが。左手奥に、太陽があるのは間違いない。指向性を持たせてあるのか。眩しくもなければ、熱くもない。
眼下には、衛星画像かって景色。ほぼ真下に街が見える。
「いつ以来であろう。局所的にではあるが、下の層にも雨が降るのであるな」
感慨深そうに、ネジェムが言う。やはり寝そべって、もぐもぐしながらだけど。
そうか、降るのか。雨。
正確には、青の区画に接する街壁から、北に七、八キロメートルのポイントだ。
「虹くらい見えるかもな」
「空に掛かる、七色の帯のことであるな? 何故、雨が降ると、もごもご」
水滴、プリズム、光の波長。単語は思い浮かぶが、それがどう関係するのか、すっかり忘れてしまった。ネジェムのことなんて言えない。
「ここが街で。こっちが村で。あれ?」
探していた竜巻の跡。見付けるには、見付けたが。
下の層は、横長の長方形に見える。なぜかは考えたらいけないんだろう。それが三つの区画に分かれている。左、つまり東が海。真ん中が森で、西が草原。男村は当然、海に面していて。そこから南西方向に女村が。女村から見て、北西に街があり。この三つを線で繋ぐと、正三角形になる。一辺が百五十キロメートルってところか。
男村と女村のちょうど中間あたり。緑が疎らになっている。全体から見れば、ごくわずかな。直径二、三キロメートルの歪な円。
「ふむ。あの辺りであれば、問題なかろう」
偉そうに肯く、ネジェムによると。もともとは、女村の南東あたりが、竜巻の被害地域だったらしい。
「やっぱり、オレが溝を削ったせいか。元に戻し」
「馬鹿を言うものではない。そのままであれば、街を直撃していてもおかしくなかった。よきところを的にしたものである」
「さすがは、リュウイチ様です」
脳裏に浮かんだ光景に、今更ながらぞっとする。本来、穴から真下に向かって発生するという風の柱。
「あぶなかった」
わざとじゃないからと言って、許されることは割と少ない。
それはそうと。この穴、以前はネジェムの言った地点の真上にあったのか。
「一層と二層が、ずれ動いてるってことか?」
「長き時が経ったとはいえ、これほど動くとは。正直、我も驚いている」
うわぁ。大きな地震とか、ないといいが。
「じゃ、じゃあ、このまま弄らないということで」
微調整できる自信なんてないし。
「うむ。それがよかろう」
静かだなと思ったら。ブルーノは懐から取り出した紙に、乾ペンで一層の地図を描いていた。あ、なるほど。薄っすら切れ目を入れて、折れるようにしてるのか。もうそろそろ、描き終わりそう。相当、集中してるようなのに。オレへの賛辞は忘れないところが、彼らしい。
この距離だと、人の背丈は針の先ほどもないが。要は、意識の問題か。頭の中で、街にカーソルを合わせて、拡大、拡大、また拡大。
ついにエイトの気配を捉える。白の区画から街の中央へ。速度はそれほどでもないが、滑らかな進み具合。馬車かな。思考までは窺い知れないが、間違いなく不機嫌だ。
何となく、赤の区画が騒がしい気がする。竜巻のせいか。もう少し集中すれば、詳しくわかるだろうが。いまはこれで十分。
勝手なのは承知で。こちらの言いたいことだけ、思念にして飛ばす。その他大勢に聞かれる、伝聞は論外だ。
そもそも、言葉だけ伝言したのでは、伝わらない確率が高い。言葉を伝達してるつもりで、別のものを伝え合ってるなら、音はなくても伝わるはず。
自信満々ってわけじゃないが。やってやれないこともない、って妙な確信。
『エイト商会、調査隊より業務連絡。農村の町にて。森の巨獣の消失を確認。直後。森の中央に、一層の空と、二層の地面をつなぐ穴を発見。それが原因と思われる、風の柱の発生と消失を確認。採集物の買い取りを求む』
主要な物品のイメージを、サイズ、重さも含めて添付。
『くり返す。農村の町の森にて、巨獣の消失を確認。森の中央に、一層と二層をつなぐ穴を発見。風の柱の発生と消失を確認。採集物の回収と、町への支払いを求む。以上』
こんなものかな。
エイトの乗る馬車は速度を上げ、街の中央でUターン。伝わってくる、気分は上々。後は、任せて大丈夫そうだ。




