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やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
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 開けた場所に出た。門と同等のスペースに、木は一本もない。中央には(くぼ)み。水溜(みずた)まりというには大きいし、湖というには小さすぎる。

 人工物でないなら、クレーターとでも説明するしかない。きれいすぎる円。半ば以上、土に埋もれているが。(ふち)を形作る岩に、()ぎ目はない。

「池であるな」

 見通せるのは、せいぜい水深一メートル。探査できるのは、さらに三、四十センチってとこ。()(かえ)されるというより、(さえぎ)られる。

「底に何かあるな」

「水を()み出しますか?」

 やってやれないことはないだろう。ブルーノくらいの根気があれば。

「待て。まずは、成分を調べようではないか」

 得々(とくとく)と言い出したネジェム。両肩に掛かる(ひも)(つか)み、しげしげと(なが)める。

「試薬が。我の()(ばこ)納屋(なや)であったか」

 林檎(りんご)じゃ、どうしようもないもんな。

 そこで(あきら)めないのが、さすがというか。いちばん原始的な方法。手で(すく)って口に(ふく)む。ある程度、毒に対する耐性を持っていてもおかしくないが。寄生虫とか、どうなんだ?

「飲むなよ。ちゃんと、ぺっしなさい」

 こくこく(うなず)きながら、目を(つぶ)って味わっている。

 皮に戻った皮子が、仮足をストロー状にして、水を吸い上げる。大きな水風船みたい。

「除菌済みの水だそうですよ」

 ぺっ。

「それは助かる」

 別の突起から、ちょろちょろ流れ出る水。ネジェムはそれで手を洗い、口を(すす)ぐ。

「皮子さんは、(あと)で、何か甘いものがほしいそうです」

「あい、わかった」

 三者が、それで納得してる。なかなか興味深い関係だ。

「煮立てて飲めば、問題はないであろう。アレに浄化させてもよい。さして金属も溶け込んでいない、雨水であるな」

「そうか。なら、放っておいても、また()まるよな。使い道がないなら、能力使って全部、()けようと思うが」

 待ったをかけたのは、皮子だけだ。()み上げる水量を大幅に増やして内包。もう、いいよ? 

 力士ほどの体積で、(ふち)からすいすいと移動。なるほど。順送りに体全体を回してるのか。食事をしながら、周囲に満遍(まんべん)なく、ぴゅーっと水を吐き出すのが、可愛い。

 瓢箪(ひょうたん)をつくって渡したら。三つとも、あっという間に満たしてくれた。

()れはしたり。(はち)()の水袋とな」

「ありがとうございます」

 二人共、(かざ)(ひも)でさっそく腰に(くく)り付けている。今回、ちょっと備えが足りなかったと反省。

 少しずつ小型化していく皮子を横目に、衣服を脱ぐ。今回はちゃんと海パンだ。

 池は円形だが。畳に換算すると、三畳ってとこか。音波で(さぐ)った限りでは、魚も虫もいない。()や水草もない。岸に両手両(ひざ)をついて、慎重に足から行く。

「お気を付けて」

「ああ」

 いや、まあ、足付くし。あまり大袈裟(おおげさ)なのも恥ずかしい。ただ、冷たいよう。胸まで水に()かって、足で探るが。硬い、(なめ)らか、冷たいってことしかわからん。

(もぐ)りまーす」

 息を大きく吸ったのは、(くせ)だな。やってから、不要だって思い出す。手で触っても変わらない水の底。見た感じは暗いっていうか、黒いっていうか。

 一先(ひとま)ず、水の影を把握(はあく)して、すべて自分の影に仕舞(しま)う。

「リュウイチ様」

 ほっとしたような声を聞きながら、立ち上がる。肌までさらっと乾いてる。楽。

「ありがとう」

 渡された服を着こんでる間に、ネジェムが飛び降り。ブルーノも降りてくる。一人一畳分あれば、(せま)いってこともないか。

「岩、ですね」

 ブルーノが言う通り、側面は密度の高い岩に見える。しかも、人工的に(けず)られたとしか思えない(なめ)らかさ。上から下へ(なな)めに走る、等間隔の(みぞ)(なん)だ?

「黒きものがあるのは当然として」

 やっぱり、そうか。

「これは予想だにせなんだ。先程の(きつね)とは逆であるな。見えぬがある。これは、なんぞ?」

 ぺたぺた触りながら、(ひたい)を押し付けんばかり。

 確かに、硬い透明なものがある。その向こうは真っ黒で。

「黒いのは、ネジェムと大いに関係ありそうだが。気配が感じられない。ブルーノはどうだ?」

「私もです。言われてみれば、奥にあるのは、試験の()蔓延(はびこ)っていたものと同じに見えます」

 一度、オレが所有したものであれば、喜々(きき)として身に()けるが。元来(がんらい)、身震いするほど苦手なもののはず。

「大丈夫か?」

「リュウイチ様がおられますので、(なん)とか」

 (おお)真面目(まじめ)に言われた。

「あとは、手前にある物のせいでしょうか。清浄とも、無とも違うようですが」

 二人共、見えていないが。オレの知識の中で、一番近いのはガラス。

「一部でも先に()ることはできぬのか? 成分を調べもせずに消すのはおしい(ゆえ)

「うん。ちょっと待ってくれ」

 ネジェムは、水と同じ方法で取り(のぞ)けると踏んだようだが。どうだろう? なにせ、影がないんだ、これ。

「それとも。見えぬのは、水を()けたことと関係があるのか。もごもご」

「リュウイチ様の御力であれば、そのようなことも」

 ぎくぅ。いま、原因と解決方法を考えるから。ちらちら、こっち見ないでください。

 池の水には、十五枚の影があった。オレは、消滅させると決めて、すべての影を取った。

 いずれ影を返すつもりなら、影がなくなっても、水は存在していて。ただ、印象が薄く、知覚しづらくなるだけ。影を戻せば存在感も復活し、同じことを十五回、繰り返すと水は消える。

 (よう)は気持ち一つなんだが。この透明な(かたまり)。さっきオレが、水との区別が付かず、一緒に影を奪ったらしい。

 これ自体を認識してなかった。イコール。滅する気なし、って(あつか)いになるのか。

 無意識に取ってしまった影を探すのは、意外に簡単だった。自分の影に集中して、思い浮かべるだけでいい。他の影を付けたらどうなるか、興味は()きないが。一先(ひとま)ず、影を戻そう。

 ブルーノが声を上げる。触れずにはいられないのは、ネジェムも同じ。

「ふむ。このような姿であったか」

「不思議です。気配は、まるきり水ですね」

「かと言って、氷というものではないであろう。あれは、指が張り付くほど冷たいと聞く」

 影を調べても、やはり水だ。どこにも()ぎ目がない。下の層と密着してる。

 影を取ることはできても。自分のものでない影を操るのは無理。となれば、最後の手段だ。大抵(たいてい)は、これでなんとかなる。そう、(たた)くのだ。

「ブルーノ、薄い部分があるのはわかるか?」

「はい」

「割れるかどうか、試してくれ」

 表面は(たい)らだが、下の黒い層に凹凸(おうとつ)がある。例え一体化していても、卵の殻から派生した物質は、()()う割れないはず。

 水の結晶? どんな形か見当もつかないが。破片(はへん)が鋭利であれば怪我(けが)をする。ブルーノの手甲(てっこう)脚絆(きゃはん)を強化し、ネジェムと共に岸に上がる。

「では、(まい)ります」

 いちばん弱いと思われる場所を、錫杖(しゃくじょう)石突(いしづき)で突く。素人目(しろうとめ)にも、鋭く重い打撃だったが。()(かえ)された。

「力不足で申し訳ありません」

「いや。道具のせいだろう」

 見た目重視で、真鍮(しんちゅう)をイメージしてつくったものだ。杖部(じょうぶ)白樫(しらかし)といい、丈夫だが最強ってわけじゃない。

「突いた時、どんな感じだった?」

「硬い中にも、柔軟さを感じました」

 音も、ガキンとドヨンが混じった感じだった。

「なるほど。ちょっと待ってくれ。あと、錫杖(しゃくじょう)かして」

 ゴムボールを一つ取り出し、あらためて考える。物質を硬くするには基本、圧縮だよな。できるかどうかはわからないが。目標はダイヤモンドの硬さ。ぐぅっ。思わず息を止め、全身が震えるほど力を()める。手は(かざ)すだけ。(にぎ)ってるわけじゃないが。顔が熱くなり、こめかみで脈打つ音が(うるさ)い。

 あー、でもダイヤモンドって、靭性(じんせい)が低いんだっけ? とにかく、原子の結び付きを強固にすればいいんだよな、ってどうやって? (ねば)り、納豆(なっとう)? 駄目だ、それしか思い浮かばない。とにかく丈夫になぁれ。

 ぷはぁ。直径二ミリほどの円錐形(えんすいけい)。小さな(とげ)石突(いしづき)の先に接合(せつごう)する。

「もう一度、頼む」

(うけたまわ)りました」

 ブルーノが心配そうに眉を寄せる。だらしなくてすみません。地に腹這(はらば)いになって、手を振る。

「ちょっと、休めば大丈夫だから」

 気休めでも(なん)でもなく、じわじわと力が戻ってくるのを感じる。

「では」

 ブルーノが、お手本のような型で、錫杖(しゃくじょう)を一振り。

 カシャン。遊環(ゆかん)が立てるより、澄んだ音がして。池の底が粉々(こなごな)になった。

「大丈夫か?」

 思わず身を乗り出す。ブルーノはびっくりしたような顔で、二度(うなず)く。動けなくなってるのは、気配のせいか。

一先(ひとま)ず、上がってこい」

 手を差し出すと。がちがちに固まった動作で(つか)まり、やっと硬さが取れる。

「ありがとうございます。油断しました」

 岸に上がって息を吐く。

「いや、しようがないだろ。量は、この間ほどじゃないにしても」

 入れ替わりに底に()り、透明な欠片(かけら)()き分けて、黒い層に()れる。硬さといい、密度といい。また、気配も。ネジェム由来(ゆらい)、確定。

 肝心(かんじん)のネジェムさんは、申し訳なさそうにもじもじしてたが。

「これが、気配を閉じ込めてたんだな」

 丸みを帯びた多面体を(かざ)すと。

「わ、我に、調べさせてたもっ」

 飛び付くようにして、奪っていった。

「一撃で全部粉々(こなごな)って、すごいな」

 厚いところで五センチはあったようだ。いちばん大きなものの直径がそれくらい。小さなものは五ミリほど。ガラスか、欠け方によってはジルコニアみたいで、綺麗(きれい)だ。

「リュウイチ様のおつくりになった道具が強固なのです」

 ブルーノにも一掴(ひとつか)み渡すと、感心したように(なが)めている。

「コレよ、我にも。実験には数が必要である(ゆえ)

「はいはい。一応、全部、袋に()めておくから」

「頼むのである」

 ネジェムは、欠片(かけら)を目の高さに持ち上げて(のぞ)き。遠退(とおの)け、近付けることをくり返す。()いで手のひらで転がし。

「ふむ。味はなし」

 そこまでは、まあいいが。

「やめ! ()んだら、絶対歯が欠ける」

「そ、そうであるか? む、コレが言うなら、そうなのであろう」

 残念がりつつ、(かたまり)を吐き出した。

「となると、さらに強靭(きょうじん)であるのか。その(とげ)は」

 ネジェムに(せま)られて、ブルーノが錫杖(しゃくじょう)(かば)うように抱え込む。

 食事を終えた皮子が()りてきて、池の底を(さら)う。欠片(かけら)袋詰(ふくろづ)めもしてくれるらしい。ありがとう。いい子、いい子。

「ネジェム。ネジェムの話だと、ここが穴ってことでいいのか? ってことは。このまま、この黒いのを()(のぞ)くと、オレは下の層に落ちるわけか?」

 小競(こぜ)()いをしていた二人が、(そろ)って顔を(のぞ)かせる。

「そうであるな。ぜひ、やってみてたも」

「ネジ先生。そのような危険なことを軽々しく」

「それが、世界のあるべき姿。非難される筋合いはないのである」

 穴を()まらせるのは、どうなんだ?

 用心のためにロープを作り、いちばん近い大樹に結んでもらう。

「じゃあ、行くぞ」

 気合を入れて、足元をすべて所有。ブロック状に切り分けながら仕舞(しま)って行く。しかし、分厚い。行くぞ、とか格好(かっこう)つけておいて。いつまでも終わらないんじゃないかって、不安になる。やっと下が見えた。森の真上だ。感動するべきなのか、ぞっとするべきなのか。空中ブランコを覚悟していたが。そうはならなかった。

「あ、なるほど」

 さっき破壊したのと同じ、五センチほどの透明な層が残っている。黒い(かたまり)の全面を(おお)っていたらしい。そうだよな。そうでなければ気配は()()れだったはず。

「ほう、先程と同じものであるか」

「リュウイチ様。ロープはしっかりと結んでありますし、絶対に離しませんので」

 何より、飛び降りようとするネジェムを、止めてくれたのがありがたい。大丈夫だろうの一言で、行動したくない状況だ。

「ちょっと調べてみる」

 底は(たい)らで、側面に(なな)めの(みぞ)(ふち)凸凹(でこぼこ)も、触って怪我をするほどではない。多少の(ゆが)みはあれど、洒落(しゃれ)たゼリーの入れ物みたいだ。

 一度、影を取ったことで、上側(うわがわ)だけ微妙に(もろ)くなったのか。こちらは(ひび)一つ入っていない。

(うつわ)の形になってる。せっかくだ。丸っと欲しいな」

「リュウイチ様。お手伝いできることがあれば、おっしゃってください」

「うん。そのまま、ネジェムを押さえててくれ」

 吊りクランプどころか、洗濯ばさみすら、まともにつくれない。やっとこでいいか。接触する部分に、ゴムでも仕込んで。

 あ。(はさ)もうにも全然、隙間がない。単純に引っ張って取り出そうとか。あほだわ、オレ。じっくり観察するまでもない。側面と岩が、がっちりかみ合ってる。

 えーと、岩の方を数ミリ(けず)ればいいのか? こっち。いや、こっちか? 岩の影、どこをどれだけ取ればいいんだ。(みぞ)は、意図があって彫られてるっぽいから、なるべく残そう。そもそも、(けず)って大丈夫なのか? 駄目なら(あと)から、ネジェム印の材料で補修を。

「コレよ。言い忘れていたが、この穴は風の通り道。地から空へ風の柱が立つことによって」

 な、なにぃ。時すでに遅し。がたがた揺れ出したのは、つくりかけのわずかな隙間を、空気が無理に通ろうとするせい。

「あほう、そういことはもっと早く」

 風の力は(あなど)れない。どういう仕組みなのかは全くわからないが。出口があるとなれば、下の層から強風が吹き上げ、オレごと(うつわ)を持ち上げる。(みぞ)沿()って、ぐるりと回転。(くう)に放り出された。

 腰に結んだロープが、びぃんと鳴る。乗り物が(かたむ)き、オレだけ先に地面に引っ張られる。

「リュウイチ様」

「コレよ」

 二人が駆けつける前に無事、着地。

「頭、下げろ」

 こちらからもダッシュして、力尽(ちからづ)くでしゃがませる。

 皮子が破片(はへん)の入った袋持参で、オレに(から)み付いてくる。重かった? そりゃそうだ。オレより重い一袋、掛ける三。偉いぞ。ありがとう。

 咄嗟(とっさ)(むち)を出して、落下物の位置と向きを修正。木から解いたロープも同じく。大きく透明な(うつわ)が、(おお)(かぶ)さってくる。衝撃で地面が揺れた。全員が無事、中に納まってほっとする。

 池と同じ大きさ。高さは百五十センチほど。立ち上がることはできないが。座っている分には、圧迫感はない。

 透明なシェルターの外では、風が荒れ狂っている。この揺れ、音。こわっ。

 先端を大きな吸盤(きゅうばん)にしたの、オレだよな? 天井から下がるロープを、指示するまでもなく、ブルーノが引いている。(むち)の方はオレが。全力には程遠いが、だんだん引っ張る力が強くなっていく。

「ネジェム。風の柱って、竜巻のことか?」

「たつとは、なんぞ?」

(りゅう)のことだ。屏風絵(びょうぶえ)で見ただろう? あれが空に昇る形に似てるから、オレの育った国ではそう呼ぶ。風が渦巻き状に空まで昇って、家は壊すし、重いもの。そうだな、馬車でも牛でも巻き上げる」

如何(いか)にも。これは、新たな(しゅ)を新たな地へ運ぶための仕掛けである。というのが、我が導き出した答えである」

 (なん)て乱暴な。ネジェムの言う通りだとすれば、九百キログラム程度の被り物じゃ、太刀打(たちう)ちできない。

「えーと、補強。いや、まずは空気穴か。いやいや、それじゃ、これごと持って行かれる」

 こっちが窒息(ちっそく)するのが先か、竜巻が収まるのが先か。かなり動揺しながら、ない頭を(しぼ)る。透明である利点は、外が見えること。オレの影が、外に出るってことだ。外側の影からワイヤーロープを、つくりながら出す。十字に、いや、もう二本互い違いに掛けて、(はし)をながーい(くい)にして地中深くまで刺す。これだけやれば、さすがに飛ばない、はず。

「リュ、リュウイチ様」

 さすがのブルーノも祈るどころじゃない。一層の地面から、空に届くという規模からすれば、小さすぎる穴。それが五、六メートル先にあるのだ。渦を巻きながら吹き出す空気が見える気がする。実際は巻き上げられた水滴や砂塵(さじん)、いろいろなものが、そう見せているんだろう。若木(わかぎ)や、さらに年を()たもの。小石、一抱えはありそうな岩。(ねずみ)から、(ぞう)まで。

 地面と雲の中間辺りで、それぞれ放物線を描き始めるが。重いものほど、近くに落ちるに違いない。もし、(じか)に当たったら。

「だぁー」

 ありったけの材料を外に出し。(とげ)をつくった要領(ようりょう)で、圧縮しつつ成形。透明にする余裕なんてない。がぼんと、それが(かぶ)さった途端(とたん)、真っ暗。(かえ)し付きの(くい)で地面に固定。(ふち)の下から地面を掘り進みつつ。ゴム製の管を通して、空気を確保。

「コレよ。これでは、何も見えぬではないか」

「ネジ先生。()(まま)を言わないでください」

 ブルーノの(いさ)める声を聞きながら、意識が飛んだ。

 気付くと(あた)りは静かだ。

「お、どうなった?」

「お気付きになられましたか? お体の方は大丈夫ですか?」

 すぐ(そば)に、いまにも泣き崩れんばかりの気配が。

「コレよ、(はよ)う。(はよ)う、これを()けてたも」

「あー、はいはい」

 黒いドームを仕舞(しま)い、ペグとワイヤーロープを仕舞(しま)い。透明な器の片側を持ち上げると、ネジェムが飛び出していく。

「おおっ、おおっ。なんと、力強き光景であろうか」

 やっぱ、感動のベクトルが違うわ。

 細めの木々は、きちんと根っこ側から地面に突き刺さり。その合間に岩や石が(へこ)みを作りつつ、めり込んでいる。傷だらけの動物のうち、枝に引っかかったのは、まだいい方。其処此処(そこここ)に、骨折したり、内ちゃんはみ出てるやつまでいて。

可哀相(かわいそう)だが、あれは(えさ)になるしかあるまい。それもまた、必要なことである」

「骨を折った程度であれば、一週間ほどで、回復するでしょう」

 短く手を合わせたブルーノが、こちらを気遣(きづか)う。

 そうでした。ここは、そういう世界。人が巻き込まれたらって考えると、ぞっとするが。その気配はない。

「生息域を広げるためとか、言ったか」

「そう考えるのが自然である。人は通路を通って移動するが。虫や鳥以外は、なかなかそうもいかぬ(ゆえ)

 したり顏のネジェムに(せま)る。

「その穴が、なんでネジェムの排出物で()まってたんだ?」

「そ、それは、であるな」

 ちらちらと逃げ道を探す女のこめかみを、遠慮なく拳固(げんこ)でぐりぐり。

「いたたたたたっ」

 ブルーノも一切(いっさい)、同情の色を見せない。

「ネジ先生。反省してください」

 しょんぼり正座したネジェムが、こめかみを両手で(さす)る。

「仕方なかろう。あの黒きものを、我は週に一度は()ぐのである。何かに利用できぬかと、いろいろ試してはみたが。(のり)は付かぬし、針は通らぬ。()め物にしようにも、気付くと一塊(ひとかたまり)に固まって、どうにも具合がよろしくない」

 まったく同情しないわけでもないが。

「では、処分をと考えても。煮ようが焼こうが、燃えぬし消えぬ。毒や薬でも変化はなし。動物に食わせたこともあったが、奇行に走る上に短命。尚且(なおか)つ死骸を焼いても埋めても、出てくるのだ、あれが。仕方なく森のあちらこちらに埋めさせていたのは、何百年頃までであったか。だんだん弟子(ども)も、穴を深く掘るのが面倒になったとみえる」

「それで、この(ざま)か。他に何か覚えてることはあるか?」

「風の柱の威力が弱まっているような、と思った記憶がある。気のせいなどと、希望的観測をしたのは、(あと)にも先にもあの時だけ。その点は、探求者にあるまじき態度であったと、大いに反省しているのである」

 違う。全然、考え方が。

 第一、(あと)にも先にもって。覚えてもいないのに、なぜ断言する。

「心中、お察しします」

「うん」

 同情してもらって、気が済むこともある。っていうか、(なぐ)めになるものが、それしかない。ブルーノは、心から言ってるし。皮子からは、パックしようか? って提案が。いずれ頼むこともあるだろう。

「でも、まあ、ネジェムだから」

 ぷつっ。

「そうですね。ネジ先生ですから」

「なんぞ?」

「いや、それだけ量のあるものだ。森以外にも、どこか捨ててた場所があるんじゃないかと」

 門は一つじゃなかった。穴が複数あってもおかしくない。自信ありげなネジェムの持説も、そうでなければ成り立たない。

「どうであろう? 記憶にはないが、昔の我のつもりになって考えてみるに、海などはあり()るであろうな」

「別の階層にも同じようなものが、同じような状態で存在し()るということですね」

 何百年も生きる連中が、忘れ去ってる機構だ。たまたま、成り行きで、(なん)とかなるなら(なん)とかしよう。

「旅の目的が一つ増えたな」

「はい。寛大なる御心に感謝の祈りを(ささ)げつつ、どこまでもお供させていただきます」

「あ、ありあがとう」

 皮子は、部下集めを続けると言う。

「まあ、のんびり行こうか」

「よろしく頼むのである」

 白昼(はくちゅう)。ラバーカップを持った自分の像が立てられる、夢を見た。

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