アッフルの木
昼まで少し間があるはずだが。あれだけ動いたんだ。
「それはそうと、我らも腹が減らぬか?」
言い出しても不思議はない。暢気といえば暢気だが。この町やあの街の連中なら、巨獣退治を頼むにしろ、引き受けるにしろ。ちゃっかり腹拵えしてから出発、とか有り得る。
オレ達が一般的な町民なら、それを待つだろう。一度森を出て、巨獣がもういないことを報告し。公の機関の調査が終わるのを待って。
新たな商材を求める調査隊と考えたらどうだろう。我先にと、危険など顧みず森に分け入ってもおかしくない。
「別に指名手配されてる訳じゃないが、衛兵とは会いたくないし」
「それは我もそうであるな」
「リュウイチ様の御力について、ご許可をいただければ、いくらでも証言いたしますが」
ああ、うん。相当盛って話してくれそうだよな。
「いや、やめとておこう。面倒事はごめんだ」
「承知致しました。慈悲深き御業を広く知らしめることができないのは残念ですが。賞賛や対価はもちろん、感謝の言葉すらお求めにならない、その姿勢に感じ入りました。もっとも、このようなことは、言い触らさずとも自然に伝わっていくものです」
えー、それは困る。
「ブルーノやネジェムの手柄ってことでどう? 表彰の一つもされそうじゃないか」
二人そろって、首を横に振る。
「少しばかり貢献したとは思っているが。事実でないことを誇る意味がわからぬ」
「私も同意見です。また、善行と祈りは見せるためであってはならないと、あらためて心に刻んだ次第です」
こういう些細なことで、一緒にいられるかどうか、決まるんだろうな。押し付けられないのは残念だが、ほっとしたのも確かだ。こうなれば、さっさと片付けて町を出よう。
「森を出ず、このまま次の目的地に行くこと、賛成ではあるが。何分、力が入らぬ。コレよ。少しばかり、この木を老いさせてたも」
何か、無茶言い出した。
もともと採集は短時間の予定。弁当など用意していない。荷物は川向こうに置いてきたし。どの道、生食できるものがない中途半端な季節。冬なら柑橘類が。あと一、二カ月でベリー系が食べ頃になるんだとか。
ネジェムの指差す白い花は、角度によって所々ピンク色に見える。
「植物が、根でもって水を吸い上げることはわかっている。我らとて、水だけでは生きられぬ。いわば、根が口である木は、地中の腐った動植物を吸うのであろう。どうであるか、コレよ?」
「うん。それは、そうなんだが」
「しからば、先の狐と同じことである。あの黒きものを木に吸わせれば、あの花が実になるのではないか?」
森の木々に生気がないのは、何百年も肥料になるものを、狐に一掃されてたから。その上、草にしろ木にしろ。種が落ちる端から影を持って行かれたら、増えようがない。森の内部は古木ばかり。春だから一応、花咲かせてみた、って感じで。少しだけこの周辺に活気があるのは、弱い皮が土に溶け込んだせいか。
「何年も時を進ませてはならぬ。確か、五カ月程であったか」
やるってことで、決まりらしい。ネジェムの食いたい意志が強すぎて、腹の虫がつられる。
「まあ、やるだけやってみるが。そう上手くいくかな」
生物の授業を思い出しながら、手を翳すと。影から黒い霧が立ち上った。一先ず、ゴムボール一個分を両手の間に停滞させる。
「コレよ、この木の根元に」
ネジェムの指示に従って、地面に浸透させていく。こっちが根毛を探り当てるかどうかというところで、吸い付かれた。うわっ。木なのに動物みたいで、何とも言えない。
目に見える変化はなし。全然、足りないようだ。追加しようとして、やっと気付いた。手の影からも出せるんじゃ? 出た。枝と同じだけ、根も張っている。両腕を前に突き出したまま、木の周りをゆっくり大回り。どう見ても、怪しい儀式だ。周囲の木々にも多少の影響が。
「やめよ。そこまでである」
ネジェムの声に、はっとする。とにかく微細に、って集中してたからな。群がる根の少し上で切り離し、残りは回収。
満足気な顔が向いている先。ぽつるぽつりと生った、青い実が膨らみきるところ。あっという間に色付き始め、それが全体に行き渡る寸前で停止。
ブルーノが十字を切る。
「よきかな」
ネジェムは、するすると幹を登り、次々実を投げ渡してくる。
「ネジ先生。私は、これだけあれば十分です」
「オレも」
「そうであるか? 相変わらず無欲であるな。であれば、後はすべて我のもの」
しゃくしゃくいい音が聞こえてきた。ネジェムはすでに限界以上に歳を取っているし、寿命もないから気にならなんだろう。
じっと精査したが、残留物は認められず。
「大丈夫そうだ。いただこうか?」
「はい、いただきます」
かぶり付く前に手で割ると、皮子が断面を舐めていく。
小ぶりで酸味もあるが、味が濃い。喉も乾いてたし、旨い。
「わるいが、後は歩きながらでいいか?」
「ならばコレよ、袋を用意してたも」
両手で持てる分では足りないらしい。材料は、まだある。幌より薄い、キャンバス生地にしてみた。
「おお、これはよい。紐を引くと口が締まり、背負うこともできるのであるな」
一番下の枝から伸ばされた手に渡すと。数分でいっぱいにして、降りてきた。途中、枝を折って、落ちそうになったのはご愛嬌。
もともとネジェムのものだ、文句はないが。ポータブル風呂が一つ作れるくらいは、注ぎ込んだ。気になる木は大きい。採れたのは、握り拳大の実が二十個弱。
「では、行こうではないか」
林檎を齧りつつ。勢いよく手を振り、歩き始めるから。わかってると思うだろ?
「ところで、我は、どこに向かえばいいのであろうか?」
奇跡的に方向は合っている。
「このまま真っ直ぐ」
ネジェムが言い出さなくても、様子を見に行こうと思っていた。全体から見ればかなり狭い。森の中央に、探査を受け付けない場所が一カ所ある。




