表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
42/87

巨獣


 二人の推測からも、オレの感覚でも。居残り組は、命に別状はない。ただ、数キロメートル先で愕然(がくぜん)としてる。

 どんな形にせよ、力を振るったようには感じられない。祈祷師のあの自信は(なん)だったんだ?

 隊長の奥の手は、覚醒(かくせい)の実だったらしい。影から伝わってくるイメージは(くじら)。村での話が、不完全な形で伝わった可能性は十分にある。

 力強くなっていく鼓動、呼吸、意志。のんびりしていられない状況だ。

「ブルーノ。オレの気配を追えるか?」

「はい。この森が、町ほどの広さであるなら、十分に可能です」

「よし」

 駆け出して数歩で、(なな)めに()えた木の(みき)を駆け上がり、枝から枝へ飛ぶスタイルに移行。ネジェムが少し遅れて、同様に。地を駆けるブルーノは、人としては速い部類だ。

 でも、急ぐ必要なかったな。向こうもこちらに気付いたらしく、猛スピードで近付いてくる。

「来るぞ」

 大振(おおぶ)りの枝の上で停止。大声で知らせるも、後続(こうぞく)は止まることなく。むしろ足を速める。

「さっきまで、前の皮子くらいだったよな」

 襟元(えりもと)から飛び出した仮足(かそく)が。芽吹いたばかりの葉っぱを次々(たた)き落とす。昔、遅かったとか、失言でした。

 眼下に広がる影。落葉の影が()まれる。粒子状になった新緑が消えた。

「リュウイチ様」

 恐怖に(とら)われた声。はっきり聞こえる距離まで来ていたが、そこで動けなくなっている。ネジェムは(なな)め後ろの、さらに後ろの木の上。

「コレよ」

 オレには見えないが、想像は付く。毛皮の障壁。

 巨大な影が、数枚の葉っぱの分だけ拡大する。そのための一時停止。

 ずっと遠くからでも聞こえてた。猫が親を呼ぶ声。そうか、(きつね)ってそういう風に鳴くのか。

 地面に降り立つついでに、その影を自分の影に仕舞(しま)う。(おびただ)しい数の生き物の形。合間を枝葉や木の実の影が埋めている。プラモデルのゲートみたいな(つな)がり方だ。すぐ切り離される。オレが仕舞(しま)えたのは、(くま)(おおかみ)だったもの。細かなものが(いく)つか。前に踏み出し、もう二つ取り込んだところで、影が逃げる。自分の影を伸ばして取ろうとしたが失敗。本体は動かず、数十メートル先で、こちらの(すき)(うかが)ってる。

 圧力が消えたとみえて。ブルーノとネジェムが、警戒しつつも(そば)に駆けてくる。

「御無事ですか?」

「ああ。そっちこそ」

 いくら探求心があっても、顔が白くなって当然の事態。

「巨獣の中から(あらわ)れるとは、どういった理屈であるのか」

 ネジェムにペタペタ触られた。ブルーノは地面に座して、足に(すが)り付かんばかり。それは、やめて。心配なのはわかるが、反射的に蹴倒(けたお)しそう。

「いまは、どこに見える?」

 二人の注意は(はる)か上に向く。よく逃げ出さないな。

「まずは深呼吸をして。ブルーノは視覚よりも、気配の方に集中してみてくれ。(おも)に地面だ」

「はい」

 素直に目を(つぶ)って、(あた)りを(さぐ)る。

「ネジェムは、周囲の木を見てくれ。間隔(かんかく)はそう広くない。巨獣はどうやって、その間を移動しているんだろう。この大木より足が長いにしても、休む時はどうする?」

 二人共、頭でっかちだから、この説明で十分なはずだ。

「なんと、実体がないのであるか?」

 ネジェムは目を細めて、森を透かし見ている。相変(あいか)わらず、巨大な(けもの)として目に映ってはいるらしい。

 妙な研究の果てに、生み出したものじゃないかとか。本気で疑っていたんだが。驚き、恐れてさえいる感情に嘘はない。興味津々(きょうみしんしん)、ちょっぴり楽しんでいるのも、ネジェムらしい。

「理解をすると、()けるような感じであるな。気を抜くと、わかっていても(だま)されそうである」

「わかりました。私たちの頭が、勝手に像を補完しているのですね。巨大なのは影のみ。本体は、あちらです」

 ブルーノが指し示す先。毛皮は黄金色に輝いているが。サイズはあくまで普通の(きつね)だ。

黄狐(きこ)であったか」

 大きすぎて全体が見えないってのは、本当だったらしい。ニャーニャー鳴いた(あと)、右へ左へ軽やかに飛び跳ね、着地。

「なんぞ、(しょく)したいらしいが」

 自分が(ねら)われてるって自覚がない。

 この(きつね)。影のお化けみたいになってるが。本当に食いたいのは別のもの。ネジェムはその(かたまり)みたいなものだし。オレ達の衣服もそうだ。ただ、オレの支配力の方が強い。

「来るぞ」

 避難させてた影を一気にこちらに寄せてくる。ブルーノが咄嗟(とっさ)に突き出した錫杖(しゃくじょう)が崩れ去った。正確に言うと、杖部(じょうぶ)だけ。

「わるい、ブルーノ。うっかりしてた」

「とんでもございません。十分に守っていただいております」

「コレの用意せし衣服でなければ、我らも()(ぱだか)になっていたのであるな」

 なっても全然、気にしなさそうだけどな。

 こちらも負けじと、()れた影はすべて取ったが。一面、花弁(はなびら)か。表層にあるのは()え。食えるのが有機物の死骸(しがい)。その影、限定と見た。影に触れ、影を取り込み。間違いなく力にしているが。どう考えても、腹に()まらない。

 寝惚(ねぼ)けていれば、遠かった感覚。びりびりと脳を掻き回す影を、(いく)つ取り込んだのか。目覚めたから、何が変わるわけでもない。むしろ認識できるだけしんどい。

「ずっと一人で、腹減らしてる。他人事とは思えないな」

 腹ぺこの獣は、影を後方に回しつつ。(あきら)めた様子はない。平たいから圧迫感はないが。その上に実体を想像すれば、巨大(くじら)が可愛く思える。

「それは、我も痛いほどわかるが」

 ああ、大先輩がいたね。

「それこそが生き物の本質である。(なさ)をかけて放っておいては、かえって不憫(ふびん)

 予備動作もなくダッシュして、本体に飛び掛かる。ネジェムの影を得る方法に思い至ったのか。ひらりとかわした、向こうもやる気になっている。格闘技(かくとうわざ)など存在しない。本能に突き動かされた(メス)二匹の競演。

 (オス)二匹は、呆気(あっけ)にとられていたが。やれることをやることにする。体格差もあって、いまのところネジェムが有利に見えるが。どちらも食った分だけ、ただの人や狐じゃない。

 材料の出場所(でばしょ)(なん)で隠してたんだっけ? ブルーノが見てる前で、影の中をごそごそ。ネジェムから(ゆず)り受けた(かたまり)を一部、取り出しつつ錫杖(しゃくじょう)に成形。刃物じゃないからか。思いの(ほか)よくできた。しっかり重みがあるし、おかしな(たわ)み方もしない。杖頭(じょうとう)が龍って、何かで見たまんまだが。

「長さはどうだ? いくらでも調節きくけど」

 もう、オレのやらかすことでは動じない。

「丁度良いです。有難くお借りします」

 身長プラス、(こぶし)一個分ってとこか。(うやうや)しく受け取ったブルーノが、軽々と振り回す。音もなく迫ってきた影の()ぎ目を、石突(いしづき)で見事に()ち切る。オレは、慌てて影を伸ばして回収。放って置くと、数秒で元に戻りそうだ。

「すごいな。よく、あんな小さな所に当たる」

「お恥ずかしながら、修行が足りず。(なん)となく相手の弱点がわかる程度なのです」

「いや、十分だ。続けてくれ」

 どんなに(つな)ぎ目が少なくても、所有者は向こう。伸ばした影では力負けする。(じか)に踏むか、触るか。それまでの間、押さえていてくれたら助かる、くらいに思っていたが。ブルーノは影の動きを読んで、大胆に切り取る。オレは、離れた所から回収するだけ。

 元が巨大だから、なかなか終わりは見えないが。一人で、ちまちま影踏みするのに比べればな。

 木々が、時に足場になり、(たて)や隠れ場所にもなる。

 (きつね)さんは、ネジェムと(たわむ)れながら、影も動かす。命()けなのに、(なん)でそんなに楽しそう?

 一人じゃないから? 皮子に教えられて、ほろりとする。

 ネジェムが本体の注意を引き。ブルーノが影を切り離すほどに、狐は老いていく。明らかに毛艶(けづや)がわるくなり、気付けば白狐(びゃっこ)。動きも鈍くなっている。

 呼吸も(あら)く、ちょっと(くず)れたスフィンクス(ずわ)り。ネジェムもさすがに息を切らしている。どっちも、おばあちゃんなんだよな。ブルーノは、まだ余裕がありそう。

「やっぱり、鍛えてるだけあるよな」

「リュウイチ様の御力に寄るものです。相手の真の姿が見えず、武器も衣服も奪われた状態ではさすがに。それを避けながらとなると、戦い方も変わってきますし」

 保安隊に同情すること(しき)りらしい。

 弱っていく動物に対しては、憐みも感じているが。何を優先すべきか。確固とした意志を感じる。

 白髪(しらが)(きつね)(せつ)なそうに鳴く。

「森を(から)にしても満たされぬ。其方(そなた)に、なんぞ(しょく)せる物があろうか」

 空腹のあまり、それを食べるしかないって状況も。食べ続ければどうなるかも。ネジェムとオレは、身をもって知ってる。違いは、寿命があるかないか。運よく、別の選択肢が生まれたか。白狐(びゃっこ)の足元には本来の影だけ。これまでの体と生命を支えていたものは、もうない。

「そうであるな。それしかなかろう。だが、それ以上(しょく)せば、老いはさらに進み、寿命を迎えることになる。よいのか?」

 大いに通じ合うものがあったらしい。ネジェムが涙目で振り返る。

「コレよ。我から出た、あの黒きものをこやつに少々、分けてやってはくれまいか?」

「いいよ」

 思うだけで、足元に黒いボール状のものがごろごろ。さすがに味は付けられないが、ゴムでは気の毒。食感は卵の殻に戻せたと思う。

 狐は、警戒することなく寄って来て、二個半食った。ちっとも旨くないはずなのに、満足そう。地面に腹這(はらば)いになって、目を閉じる。あっけない。

「生き物は、死すれば終わりである。わかってはいるが、なんぞ(せつ)ない。もう、こやつは同士のようなもの(ゆえ)。せめて毛皮を形見(かたみ)(もら)い受けようと思うが。その前に、ソレよ。経文(きょうもん)の一つも上げてやってたも」

 無神論者のお願いに。ブルーノは軽く目を見張っただけで、静かにお経を上げ始める。オレも自然に手を合わせていた。(なん)か、()って(たか)って(いじ)めたようで。大抵(たいてい)はこっちの都合なんだよな。本当に、ごめんなさい。成仏(じょうぶつ)してください。

 ふと、視野が明るくなる。

「え?」

 白狐の体を構成するものを、(つな)ぎ止めてた部分。黒い粒子が、昇るように消える瞬間を見た。しゅん、って音も聞こえたような。

「おお、神よ」

「な、何を(いた)すか、コレよ」

 歓喜と抗議の声が響くより早く。残された半透明の皮に、皮子が(おそ)い掛かる。

「アレまで。山に登る際の装備にしようと思おたものを。ひどいではないか」

 いや、あんたの方がひどいと思う。

 存在のしっかりしたものが、五枚はあったかな。その他は早くも地面に溶け込んでいる。

 すごい? 一枚で、十枚分? よ、よかったね。

 皮子の感情に同調しつつ、いまいち実感が()かない。

「ほんとに、オレのせいか?」

「他に誰が()ろうか」

「ブルーノも祈ってたじゃないか」

「私はただ、残された者の心を静めるのみ。(いにしえ)の故人をお送りくださったのも、リュウイチ様であったのだと。いま、遅ればせながら理解しました」

 あ、なるほど。あの時は石棺に隠れていたが。これと同じことが起こってたのか。他にも何か、些細(ささい)なことだと思うんだが。頭の(すみ)でもやもやしてる。

「このような力を振るえる御方は、他におりません。皮子さんの気配が清浄な理由がわかろうというものです」

 すでに同化しているのを感じ取って、言うことはそれだけか。変に博愛主義を気取らないのは、好感が持てるが。

「宗教家として、思うところはないのか?」

「生命は(めぐ)ると習いました」

 続きを待ったが。え、以上? 

 それどころではなかったらしい。ブルーノは、込み上げてくる何かと戦うように全身を震わせる。日頃の冷静さをかなぐり捨てて、空に向かって叫んだ。(のち)、こちらに向けて五体投地。

「神は偉大なり」

 その一言で、オールオッケーか。変な方向に()(ぱし)らなければ、幸せかもしれん。

(じつ)(ところ)。ソレは随分(ずいぶん)大げさであると思おていたが」

 うん、うん。

「我は、気配など感じられぬ(ゆえ)。ただ、後光が差しているように見える」

 がっ。(なん)だ、それは? 自分の腕を上げても、そんなものは見えず。下を見ると、うわっ。めちゃくちゃ影が濃い。いま広げてあれこれするには時間が足りない。今夜は徹夜だぁ。

「ミャー」

 こっちのごたごた、そっち退()けで。皮子は、狐型になっていた。おおっ。

「完璧だな、可愛いな」

 いままでのつるつるぽよんとは違う。ふっさふさのもっこもこだ。家猫には(およ)ばないなんて、思っていたが。中身が皮子となれば、話は別だ。

 感動の再会って場面に、割り込んだ者がいる。金色の毛皮を堪能(たんのう)するのは、しばらくお(あず)け。

「アレよ、その毛皮を我に」

 飛び掛かったネジェムが、あっという間に真空パックされてた。

 勝手はせぬよう、ころさぬよう? なかなか加減が難しいのだと、得意気(とくいげ)な皮子。あ、少し厚くなってる。頃よいところで解放。再び狐に。やっぱり可愛い。オレは、遠慮なく抱っこ。()いで、なでなでさせてもらう。

「我は宇宙の真理を見た」

 いや、それ死にかけただけだから。

「お陰で思い出したのである」

「へぇ、何を?」

「どうも我は、この世の穴を()まらせてしまったようであるな」

 さっぱり訳がわからないが。

「この森に対する、妙な忌避感(きひかん)はそのためであったか」

 一人で納得。世界規模で、大変なことを仕出かしていてもおかしくないんだ。この人は。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ