集団採集
町の住人たちが逞しい。伝聞で数度、遣り取りしたと思ったら。町長宅前に、三十人強、集まっている。
「どうせ巨獣を狩ることはできないんだから」
「いまのうちに採れるだけ採ろう」
威勢のいい掛け声は、性別なんて関係ない。そこへ町長から注意事項。
「あくまで、保安隊がいる間だけだよ。囮、んん。彼らが巨獣の注意を引いてるうちに、手分けして採集しよう。外縁部より奥には決して入らないこと。よいかい?」
小学生みたいな返事。どうやら、毎年やってるらしい。格好いいな、もう。
「ブルーノさん、わるいね」
「一緒に来てくださるなんて心強いわ」
なぜ、オレ達が参加してるのか? 町長が直々に頼んだからだ。稀代の祈祷師に。
「私に獣を退ける力はありませんが。接近を一早く知らせることはできるかと。彼らの安全のためにも、同行しようと思うのですが」
納屋の脇で実験してたら、ブルーノが許可を取りにきた。
「いいんじゃないか?」
謙遜してるが、山犬くらい易々と仕留めるだろう。
「リュウイチ様とネジ先生へ、よかったら一緒に採集を、と託りました」
「そうか。じゃあ、行こう」
保安隊が帰ってから、こっそり森に入るつもりだったが。隊長があれだからな。少なからず責任を感じる。
ブルーノが喜んだのは言うまでもない。
「大変、有り難いことです。リュウイチ様にお越しいただけるのであれば、見張りなど不要でしょうが。引き受ける以上、それに専念しようと思います。採集をお手伝いできないのが申し訳なく」
「え? あ、いや。それは気にしなくていいよ」
いそいそと籠や袋を用意して、カモフラージュというには無理がある。採る気、満々で何かごめん。
起床時から、どこか上の空だったネジェムは、黙って付いてきた。この森と一体、どんな関わりがあるのやら。
牧場を抜けると、左から右へ川が流れている。転がらないよう気を付けながら、土手を下りることは可能だが。身軽な女でも跳べない川幅。水深は浅い所で男の胸ほど。流れも速く、まず渡れないという。それは獣も同じはずだが。土手の手前には防獣用の柵があり、吊り橋は一本だけ。御柱みたいな主塔の根元。祠かと思ったら、斧の置き場だった。
「なぜなのかはわからないが、巨獣は森を出ないんだ」
町の住人で、その存在を疑う者はいないようだ。
そんな大きなものが、いつから存在してるのか、尋ねても。気付いたら居たとか、生まれる前から居たとか。そもそも公に何年って認識がない。今日が何月で、何週の何日目かも気にしてない。自分が生まれて何年目かは、すぐ答えるんだが。
数年に一度、橋を架け替えて、森への道は維持してるから。歴史的に、そういう生活が長かったってことだろう。怖がりながらも、うれしそうな理由。森に入れば、すぐわかる。植物の多様性。屋敷林の比ではない。知識の浅いオレが、ざっと見渡しただけでも。木の芽、草の芽、若葉。食えるものが其処此処にある。風通しもよく、これなら手斧は必要なかったな。
「コレよ。それを貸してたも」
「どうぞ」
カーブのないシャベル。鋤だっけ? 納屋にあったのを持ってきた。こぞって新芽を集める人々を尻目に、ネジェムは地面を掘ることに熱中。直径二センチ、長さ五十センチってとこか。それ、どう見てもゴボウだよな。香りも、うん、間違いない。
「毬実の根は、痛み止めになるのである。我は少々、神経痛の気が、もごもご」
「ああ、そういえば」
ネジェムは薬として捉えているが。オレは、普通に食いたい。幸いと言っていいのかどうか。他の連中は、雑草扱いしてる。
「そんなもの、掘ってどうするんだ?」
「食べる、って。物好きねぇ」
これだけ体が丈夫だと、基本、薬は不要だろうし。どう見ても、美味しそうじゃないからな。ネジェムと代わる代わる掘り続け、十本ほど採集。籠、背負ってきてよかった。合間に、明日草を麻袋へ。黒豆の木の汁は手桶に。危うく、本来の目的を忘れるところだった。
おまけで誘われたわけだが。予想外のものばかり採集するネジェムとオレに、町長はじめ町民たちは、どこかほっとしてる。
ブルーノの姿があるのも大きい。錫杖を鳴らしながら、歩き回ってたはずだが。いま、動いてないな。
「オレは、ちょっと向こう見てくる。皆と逸れるなよ」
「うむ」
無駄と知りつつ、注意はしておく。荷物も預けた形だが。まあ、いまのネジェムは力持ちだし。大事な毬実の根が入ってるから忘れないだろう。
歩きやすい場所は、時折こっそり入る、人の踏み跡。森に獣の気配は一つしかない。例外は、小鳥とコウモリと虫。大半の者の装備は、背負い籠とナイフだけだが。
男女二人ずつが、槍と弓を持って警戒してるし。横に広がるにも、連絡可能な者を等間隔に配置して、超音波での遣り取りは続けている。こっちが心配するほど、油断はしてない。
百メートルも行かないうちに、森の豊かさは消えた。木はある。立派な枝振りの大木も多いく、頭上では、まだ疎らな緑が騒めいている。半分、日が遮られているとはいえ。他所では威勢盛りの雑草が、ちょろちょろとしか生えず、落ち葉も数えるほど。倒木もなければ、折れた枝もない。剥き出しの地面が、ずっと奥へまで続いている。何より、木自体の生気が薄い。
気配を感じたのか、ブルーノが振り返る。
「リュウイチ様、これは」
聡い者なら、動けなくなるほど恐れを感じてもおかしくない。言わば、
「巨獣の通り道かな」
保安隊は、苦も無く森の奥を目指している。枝を落とすことも、蔦を掻き切ることも、下生えを払う必要もない。進行速度は上がる一方だ。その足が、ぴたりと止まった。




