歌い出しそうな隊長
うちの目覚ましは、相変わらず乱暴だ。夜が明けようかというところで、タイミングはわるくない。わざとやってるわけじゃないよな?
畑で適当に収穫。井戸端に運ぶ。ブルーノが水を汲んでいた。仕組みは、村にあったのと同じ。支柱が身長の倍はある、シーソーだ。ブルーノは盥にせっせと水を空け、すぐに大きな笊を持って来る。
「お使いになりますか?」
「お、助かる」
日増しに増える竹細工の一つ。洗った野菜を乗せていく。
「この笊、いくらで売れると思う?」
「七百ミミだったら買うわ。細切り大根とか、赤茄子干すのにちょうどよさそう」
町長夫人も起きてきて、顏と手を洗う。
「後はわたしに任せてちょうだい」
笊ごと野菜を手にする。
「この方が調子いいのよ。お客様扱いは昨日で十分」
てきぱきと朝食の支度をはじめる。昨晩同様、先の住人の置き土産や、オレ達の持ち込んだ竹製の食器に、微妙な表情を見せるが。自宅に取りに行くよりまし、と判断したようだ。包丁の切れ味には、感嘆すること頻り。
ネジェムごと布団を隅に寄せ、ストーブに火を入れるくらいはしよう。後ははっきり、邪魔よ、と言われたので。ブルーノは錫杖を持ち出し。オレは、引っ付き虫の皮子と散歩。時々、個人の時間も持つようになったが。ぺったり、まったり。やはり、この距離がお互いに安心。くねの花を摘んで蜜を吸ってみせると、皮子もすぐに覚えた。半透明の仮足をほんの少し伸ばす。自ら木に取り付いて、ここら一帯、舐め尽くすことも可能だが。オレは甘やかしたい、皮子は甘えたい。人の手を薄っすら覆って、オレが花を摘む端から蜜を取り込む。甘い? よかった。たまに苦いのあるから、気を付けろよ。
折角いい気分だったのに、不快な音を聞いた。発生場所は隣家の居間。生垣の花を間引きながら、だいぶ近くまで来ていた。隣とはいっても、畑を挟んで百メートルは離れている。周囲を窺い侵入。庭木に登ったのは、習性としか言いようがない。開け放たれた窓から、うろうろ歩き回る男が見える。ラスクが甘くない、チーズが薄っぺらい、果物が酸っぱかった? オレからすれば、朝食まで用意されてたことが驚きだ。高が皿一枚、されど。物に当たるにしても、壊さないようにしようか。
感情を読むまでもない。居もしないものをと言いながら、祈祷師を連れてきた。ビビる気持ちは大いにわかるが。この嫌な感じ。影の二、三枚も剥がせば薄まるか?
影の玉を取り出して、蛇をイメージする。するする伸びていく紐状の影。薄明りの中、さほど目立たない。隊長の影に接触。たぶん、その場に縫い付ける方がよほど簡単。忙しない動作に合わせ続けるのに、少々てこずった。えーと、自動操縦? 慣れれば何てことはない。
町長夫妻を罵倒した後は、本日の予定を表明してる。どうやら、森固有のものを持ち帰ると、箔が付くらしい。
蛇の口で、影の端を捲ってみる。全部で九枚。ここまで少ないのは初めてだ。注意深く探ると、一枚一枚、別のものを司っているのがわかる。しかし、これが流動的。混ざり合ったり、入れ変わったり、一定しない。躊躇してるうちに、機を逸した。
次に、恐れの感情が浮き上がった瞬間。一枚、引き剥がす。続いて傲慢さを一枚。記憶の断片とか、プライドの欠片とか、わずかに混じっているが、仕方ない。影の紐ごと回収。
自分に何が起こったのかわかってない。数秒の硬直の後。
「おおっ、俺は何をしてしまったんだぁ」
オーバーアクションで苦悩し始める男。身振りと言い、声の張り方といい。いまにも歌い出しそうだ。やってしまった感が、半端でないが。詫びを入れさせるには、ちょうどいいんじゃないか? うん。
何か騒いでるようだと言って、両人にご足労願う。町長は、寝癖が付いたまま。
「何があったんだい?」
「せっかく脂が溶けたところなのに」
二人の声を聞き付けたのか、隊長が走ってきて、片膝を突く。右腕を彼方に伸ばし、左手は胸に当ててだな。
「おおっ、町長さん、奥さん。昨日は失礼を致しました」
詫びの言葉から始まって、滔々と。自分の愚かさと、さらに皿を割るという罪を重ねた自分を罰してくれとまで言う。
「えーと?」
「軽いのに諄くて鬱陶しいわね」
影は薄くなってるのに、目立つ。おかしいな。皿を弁償したところで。枝の影伝いに、剥がした影を戻そうと試みる。ぴったり重ねても馴染まず、中に仕舞うしか方法がない。影の濃さは戻ったが、言動は滑稽なまま。引き剥がした時点で、オレに所有権が移ったのか。嫌だな。
「迷惑の掛け通しで心苦しいが。俺は行かねばなりません。保安隊の任務を果たすことは、俺の使命なのです」
相手の困惑は見えないし、言葉も聞かない。
「いざ、行かん! 必ずや、巨獣を仕留め。皆さんの平穏な生活を取り戻すと、ここに誓おう」
やる気なく手を振る町長夫妻に見送られ。隊長、出立。
「まあ、金貨はありがたいわ。あのお皿、罅が入ってたのよね。これで、新しいのが十枚は買えるわ。そんなに必要ないけど」
嫌な奴の態度が急変した訳を、理解する努力なんかしない。賢明な女性は、スカートの裾を上げて、すたすたと戻っていく。
「すぐ出来上がるから。ご飯にしましょう」
「そうしよう。食べれば、頭も回るようになる」
腹が先に返事をする。自分持ちの影を埋め込んだせいで。道化の動向が手に取るようにわかるも、気にしなければ、気にならない。ネジェムなんか、存在すら忘れてるし。他の人たちの間でも、何か迷惑な人いたね、って扱い。
「お代わりあるわよ」
カチカチになったパンと、採れ立て野菜で炒飯。いける。
梅干しを干すのに丁度よさそうな笊が二枚、一回り小さく深みのあるのが一個、売れた。包丁も欲しいと言われたが、餞別に貰ったものだしな。街の鍛冶屋を紹介しておく。
ネジェムが丸めて干してる、バイオ燃料から。水の影だけ見極めて、剥がす。無機物の方が、はっきり分かれていてやりやすい。一気に完成したのはいいが、やはり元に戻すことはできない。無理に影を仕舞う必要はないか。燃料に存在感があっても仕方ないし、どこにあるか把握する必要もない。紙や、ドライフルーツに応用できそうだが。この世界、急いでもあまり意味がない。




