保安隊
皮子は、日がな一日、ポーチでがんばってた。小枝を拾ってきて、紐を結べと言う。猫は雀を獲るもの、って。そういう獲り方はしないと思う。そもそも笊が小さいし。米を啄む雀を愛でて、一向に紐を引かない。まあ、楽しいならいいよ。
ブルーノもあちこちで、協力だか妨害だかをされながら、歩き回ってる。頼まれれば、いつものように祈ったり、話を聞いたりするんだろう。道を折り返したのは、一家の主婦が、夕飯の心配をする時刻。
そんな折。二十数名が、町に入ってきた。隊列を組んで、こちらに向かってくる。のんびりしすぎたか。後悔したのは一瞬。追手なら、来る方向が逆だ。
最後尾の一人が、列から離れ。ブルーノの気配と接触。別段、急ぐ様子もなく並んで歩き。コテージの前で別れた。
「ただいま戻りました」
声を聞き、姿を見て、ひと安心。わるい知らせじゃなさそうだ。
「おかえり。何だ、あの連中は?」
「やはり、お気付きでしたか」
朝から、地図作成のために町を歩き回っていた。疲れてるだろうに、瞳は生き生きしている。
「森の探索だそうです。顔見知りの祈祷師が随行していましたので、話を聞きました」
ブルーノが要領よく話をまとめる。この層には五つの町があり。町長会長のいる花畑の町に、保安隊もいる。罪を犯す者は、ほとんどいないので。害獣の駆除や、火災の際の取り壊し、道の整備などが主な仕事らしい。新人を引き連れて、農村の町の森に入るのは、恒例行事なんだとか。
「巨獣の駆除か?」
「名目は、そうなっています。実際は、遠距離の行進と野営の訓練ですね。森の外縁部限定で探索を行うも、その影すら目撃したことがないそうです」
新人研修か。本職からすれば、お客様扱いだが。十キロの荷物背負って、二十キロの野外行進。きつかったな。いまなら体力面は楽勝。ただ、規律を守れそうにない。
「なんで、祈祷師が一緒なんだ?」
「理から外れた存在に対抗できると。彼自身が喧伝しているようですね」
何ともいえない表情。そんな力はないとわかる上に、自分の連れが尋常じゃないからな。
「いろんな奴がいるんだな、祈祷師にも」
「お恥ずかしい限りですが。皆の精神面を支えていることも確かなので。止めることができませんでした」
「いいんじゃないか。今回も無事に終わりそうだし」
もともと森に、そんな大きな気配はない。
「そうですか。リュウイチ様に、そうおっしゃっていただけて。気持ちが楽になりました」
まあ、まったく問題がないわけじゃないんだが。
「ネジェム。噂の巨獣について、教えてくれないか?」
そこまで野菜を微塵にしなくても、スープは作れると思うぞ。
「我は知らぬ」
「何か、心当たりはあるんだろ?」
「どういうことですか、リュウイチ様」
「真っ先に調査に乗り出しそうなやつが、まったく興味を示さないなんておかしいだろ」
「言われてみれば、そうですね」
「そう、年寄りをいじめるものではない」
急によぼよぼしても駄目。
「吐け」
「ネジ先生、観念してください」
「ふむ。足らぬ連中には苛立つが。聡くあるのも、また厄介であるな」
濾す必要もなく、ポタージュができそう。それとも、ソース? 食材を鍋に移し、ふっと耳を攲てる。
「何やら騒がしい」
「確かに。ちょっと、様子見てくる」
「私もお供します」
「我は、鍋を見ておる故」
ほっとしたように見えるのは、気のせいじゃないよな。
隣家を訪ねると。町長は薪を取りに、町長夫人は水を汲みに、外に出てきたところだった。
「先日は、ごちそうさまでした。どちらからか大勢見えられたようですが。何かお手伝いできることはありますか?」
惚けるとこ惚けた穏便な挨拶は、ブルーノに任せる。まあ、視線で押し付けたわけだが。
「こちらこそ。甘味をありがとう」
明るく応対した後、夫人が声を潜める。
「来たのは保安隊よ。毎年、巨獣駆除の申請をするんだけど。隊長だけは、屋根のある所に宿泊させろなんて。こんなこと初めてよ」
「いつもは挨拶だけして、隊員たちと森の前で野営するんだ」
確かに大多数の気配は、屋敷林の中を、牧場の方へ移動している。
「街の衛兵だったとは聞いていたが。何を勘違いしているのやら」
衛兵? 親切でフレンドリーな印象だが。何事にも例外はある。
「腹は立つけど、一晩のことだし。さっさと夕飯出して、私たちは納屋で寝るわ」
「藁の中で寝るのも乙なもんだよ」
二人して、あきれながらも、事を荒立てまいとしている。
「そういうことなら、こっちのコテージを空ければ」
泊まっててわるいことしたな、と思ったんだが。
「とんでもない。好意で泊めたつもりが、宿泊費まで貰ってるんですからね」
美女に怒られて、うれしい。オレ、正常。
「むこうはあくまで、町長とその妻に威張れば満足なんだから」
「リュウイチ様、寝室が空いております。ご夫妻に、そちらで休んでもらってはどうでしょう?」
「ああ、そうだな。うちの祈祷師が、こう言ってます」
二人共、ブルーノには敬意を払ってる。顔を見合わせ肯いた。
早くしろ、って。どっか小さい奴が怒鳴ってる。顔は見えないが、声と気配は覚えた。
「それでは、また後程」
コテージに戻り、ネジェムに事情を話す。
「それぞれに役割はあれど、身分制度など設けた覚えはない。人が二人以上になると差異を意識するという証明に、もごもご」
相談する相手、間違えた。
「あほう相手に、貶める手間を掛けるのも面倒だ。逆恨みされるのも嫌だし。とりあえず、町長夫妻をちやほやしようと思うがどうだろう?」
「良きお考えと存じます」
チキンな提案に、ちゃんと乗ってくれるのがありがたい。
「ところで、リュウイチ様。逆恨みとは何でしょう?」
あ、恨まないんだっけ? いや、奥さんとか。恨み言は、がんがん言ってた。ただ、そこで止まる精神構造。
「自分に非があるのを認めず。人のせいにして、つらく当たることであったと思おたが」
ネジェムをしても、この程度だ。敵討ちとか、丑の刻参りとか、言っても理解しないだろう。
「そういう嫌な性質を持った奴もいるかもしれないから、用心しよう」
「はい。その上で、不快な思いをされている夫妻の、心を慰めるのですね。さすがはリュウイチ様です。優しい気遣いに、感服致しました」
「ああ、うん」
良く受け取られすぎて、胃もたれする。
「ネジェムも、奥さんの飯は好きだろ?」
「うむ。気前のよい女子である。我も、協力しよう」
そうは言っても、オレの思い付くことなんて高が知れてる。
「まずは、布団かな」
「そうですね。早急に仕上げます」
ジュードの筵を四枚綴って、藁を詰める。ブルーノが。
「料理上手も、たまには上げ膳据え膳。わるくないと思うんだが?」
「うむ。材料さえあれば」
「わかった」
希望通り雉は獲ってくるから。止め刺すのと、捌くのと、料理はお願い。
先に風呂に水を掻い込み、薪に火を付けて。狩り、と言っても。気配を探して、鞭で絡め取るだけ。
ネジェムは畑で収穫してる。やればできる女だ。
寝巻は夫に持たせ。奥さん、手ぶらじゃ来なかった。
「あなた達に食べてもらおうと思えばこそ、いい材料ふんだんに使ったわ」
バターとシナモンのいい香り。見ただけで旨いとわかる。
「前から思ってたけど。これ、街に持って行ったら売れるな」
「そうですね。リュウイチ様がおっしゃっていたように。お話会の一角で売られていたら、喜ばれそうですね」
「お世辞にしても、うれしいわ」
材料がネックなのか。製法を知らないのか。街でも、パイは一般的じゃない。村と街が、賞味期限の問題をクリアできる距離なのもいい。
負担でなければと。数個から、野菜と一緒に売ることを勧めつつ。先に風呂に案内する。オレの精神安定のためにも。急遽つくった、まともな囲い。
「ああ、贅沢させてもらった。週に一回。街に行く楽しみがこれでね」
当然、ポータブル風呂の話になり。量産できるようになったら、必ず届けると約束した。
「ふふ。折角の特性パイも、あんな安酒じゃ、ろくに味わえないでしょうよ。これはいい味ね」
ネジェム特製の、何コーヒーだろう? アルコールは入ってないはずだが。
「あはは、好きにさせてやって。動かないではいられない性質なんだ」
頬を上気させた奥さんは、ネジェムを手伝い始める。ストーブの前で、質問攻め。変わった香りの調味料? あ、醤油か。
全員で囲むには、いかにも狭い。テーブルは夫妻に譲り、こっちはラグの上。ネジェムも正座できるんだよな。オレと同様、五分もしないうちに胡坐へと移行するが。
ブルーノが、短いが感動的な祈りを捧げる。
「ありがたい」
「ああ、幸せだわ」
雉の香草詰め丸煮込み、うまっ。
「この度は、とんだことでしたね」
ブルーノは不満を吐き出せようとしてるみたいだが。それが、うまい具合に情報収集にもなってる。
「まあ、保安隊にしてみれば、居もしない巨獣を探せと言われる。腹立たしいというわけだ」
「だからって、嘘吐き呼ばわりはないと思うわ」
自分たちは見たことはないが、何百年も前から目撃情報はあると力説。毎年、森の恵みを求めて、足を踏み入れるチャレンジャーがいるらしい。
「小山ほどに大きな、四つ足の獣だって言われてるわ」
「黄金色の毛皮で、尾っぽはふさふさしているそうだ」
大きすぎて、全貌を見た者はいないんだとか。出た、と思った瞬間、逃げるよな。
部屋の隅に片付けてあった筆記用具に、町長が興味を示す。木簡と、紙と、乾ペン。それぞれ、作り方と使い方をレクチャーする。いまの生活に満足してるようだ。強制はしないが。もし、余分に出来たら、エイト商会に持ち込むように言っておく。
奥さんの方は、ネジェムとメープルシロップについて、語り合っていた。
「ネジェム。寝る前に、お話を一つしてくれないか?」
話に聞くばかりで。オリジナルは、まだ一度も聞いたことがない。ちょっと驚いたように、目を見開いたネジェムは。快く引き受けた。
「うむ。どんな話がよいかな?」
「そうだな。奢れる者は久しからず、って感じの話があったら」
「あ、それいい。賛成」
奥さんの賛同もあって。ネジェムが肯く。
「そうであるな。では、遠き昔の別の世の。王と妃の話をしよう」
五分ほどの説話だが。実際にあったことだって思うと、怖い話。オレも、前世では考えられないような力を持ったが。気を付けよう、うん。
それを機に、その日はお開き。
「布団って、やわらかぁい。シーツは洗ってあるし、毛布もお日様の匂い。これは、粗末なベッドで就寝中の隊長様に感謝するべき? あっ、はっ、はっ! 」
「しっ。夜なんだから、静かにしなさい」
扉越しに聞こえた高笑い。そうなんだよ。こっちの寝具って。木枠に茣蓙をぴんと張って。いまの時期はここに毛布が一枚。シーツを敷き。そこに寝転がって、毛布掛けて寝る。わるくはないけど。ネジェムが、速攻こっちに移ったのもわかる。
「いろいろ、お疲れ。それで、地図の方はどうだった?」
「はい。リュウイチ様のおっしゃる通り。一先ず、自分なりにまとめてみました」
六枚の薄板には、書き込めるだけの情報がびっちり。性格出るよな。
「ほう。よくも、歩き調べたものだ」
ネジェムも感心しながら覗き込んでいる。
建物、道、畑の配置はもちろん。どこからが上りで、どこからが下りか。立ってる木の種類。川の蛇行具合。浅瀬と思われるところ。気配察知の能力を応用しているのか。位置関係は、驚くほど正確だ。
ここまで出来てれば、後は楽していいんじゃないか?
「地形の探査で協力するって言ったよな」
麻袋から取り出す振り。地表の形状のみを表現した、黒いジオラマ。
「む、むう。見事ではあるが、これを地図に落とし込めというのは、酷ではあるまいか」
オレは、ささやかな丘を輪切りにしてみせる。
「等高線といって。同じ高さを、こう線で囲ってだな」
「そのような表現方法があるのですね。この辺りでは真価を発揮しづらいですが。ネジ先生も目指す山ならば」
「そうであるな。山ならば、どれほど有用な情報となるか」
三人して、じっとブルーノの地図を見る。
「これ以上書き込んでは、何が何やらわからなくなるのではないか?」
「申し訳ありません、情報をどう選別するべきか。その基準がわからず」
「目的別に、二枚か三枚、作ればいい。例えば、一枚目は、道順と、目印になるものを書き込む。二枚目に、山の高低差や川の渡れそうな部分。余裕があるなら、三枚目。畑にどんな作物が植えられているか、森や林における木や薬草の分布。動物の生息域」
おっと。また無駄に、ブルーノの仕事を増やすところだった。
「ごちゃごちゃ言い過ぎた。つまり、一つ目的を決めて。それに添った地図作りをしたらいんじゃないか?」
「そうであるな。ソレよ。それは何の為、いや誰の為の地図であるのか?」
「そうですね。私たちのように、初めてこの地を訪れる人たちの助けになればと思います」
情報の取捨が可能になったブルーノに。昼間仕上げた紙を渡す。
「完成したのですね。おめでとうございます」
「ごめん。勝手に張り板借りた」
「それは構いません。どうぞ自由にお使いください」
「我からは、この乾ペンである。半分はコレに手伝わせたが」
「それを言うなら、紙もネジェムの知恵のおかげで丈夫になった」
互いの健闘を称え合い、あらためて握手をする。
「よろしいのでしょうか。私が使わせていただいて」
「よい。コレも言っていた。使うために作っている」
「うん。ただ、これ消えやすいから。清書っていうか、上からインクか墨でなぞってくれ。乾いたら消しゴムで」
「また、ゴムであるか。消しと言うからには、乾ペンの線を消すのであるな。こうなっては、是か非でも見付けねばなるまい。ボムを」
もういいよ、ボムで。
「ありがたく使わせていただきます」
早速、書き写そうとして。窪みに引っかかって芯が折れた。
「申し訳ありません」
「いや、オレがわるかった。画板を作るのが先だな」
テーブルの上だろうが、床の上だろうが。真に平らなところがない。当面は、のし台か、張り板を使ってもらおうか。




