えんぴつ
灰から作った溶液で、茹でてみた。出来上がったのは、白い不織布。これはこれで使える。薄め、厚め。ハガキサイズから、A2サイズに届きそうな大作まで。こつこつ試した分だけ、在庫が増える。
紙漉き? オレには、まだ早かった。
塩茹でしたものを都合三枚、重ねるのがよさそうだ。糊を付けつつ、敷き詰めれば。強度は増すが、インクが乗らない。相変わらず、折り紙には向かないし。
「それは、なんぞ? 我に貸してたも」
「どうぞ」
風車、片手に駆け回る。息切れ。大丈夫か?
「風の力を利用できぬものかと、船の帆を考案したのは、我であったか? これは、また、よい。水車に代わる、新たな動力が。もごもご」
考察は済んだようだ。
「ネジェム。紙をもう少し丈夫にしたいんだが。かぴかぴにならない、糊みたいなものに心当たりないか?」
「硬くせず繋ぐのであるな。よし、桶を持て」
ネジェムの指が示す。林のそこかしこで、木に絡まってた。根元でも、小指くらいの太さ。
「黒豆の木である」
蔓草にしか見えないが。一年中、枯れないから木なんだそうだ。瑞々しい緑。白い花がちらほら。莢の中には、黒い実が二つ透けて見える。村にいた時は、常夏だからと思っていたが。うん、深く考えるのはやめよう。
「それは食せぬ。炒っても、茹でても。五、六粒も口にすれば、腹を下すことになる故」
「味は?」
「大豆を淡白にした感じであるな」
「教えてくれて、ありがとう」
言われた通り、二股に分かれた蔓の一方を切ると、少しねばつく液体が溢れる。絡んだ相手が成長すれば、千切れるとか。他に使い道はなさそうだ。
「これを使うと、脆く繋がる」
「へぇ。ネジェムも何かに使ってるのか」
「そのこと、少々困っている。それを集めた後でよい。見てたも」
五カ所で採集。その足元で今朝、採集したばかり。
納屋の木工台が、ネジェムの作業スペースになってた。軒下では、例の干し台がいまだ現役で、隣にコンロ。うーん。
これは、オレも欲しい。背負える小さな箪笥。ネジェムが取り出したのは、黒く細い棒だ。直径三ミリ、長さは十センチくらい。
「煤と混ぜて乾かし、炙ってみた。コレの持つ、墨とやら。そのまま書ければ面倒がなくてよいと思わぬか?」
どう見ても、鉛筆の芯だ。許可を取って、紙に線を引く。硬さは2Bくらい。
「すごいじゃないか、ネジェム」
興奮したら、折った。
「ごめん」
「よい。それ自体、我が欠いたものである。混ぜ物をすれば、硬くはなるが。それでは書くことができぬ」
オレが考案するまでもない。薪の中から比較的、軟らかいものを選んで加工する。
「ネジェム、糊を煮てくれないか?」
「あい、わかった」
がんばって一本分削った。途中で後悔。外側にしろ溝にしろ。ナイフが道を逸れたがる。
「ネジェム、よくこんな真っ直ぐ、同じ太さにできたな」
手が黒かった覚えもない。
「何を感心している。コレのおかげである」
ネジェムが示す水鉄砲。ひっくり返した椅子の脚には、紐がぴんと張ってある。ほんと、頭がやわらかい。やわやわやわ。よし、あれだ。
とりあえず、パーツを糊でくっ付ける。
「よき考えではあるが、どうやって使うのか?」
まだ完全には乾いてないから。端から削って使うと答るだけ。
「早く、試したいものである」
「もう一つのやり方を試すから、ネジェムも手伝ってくれ」
いちばん大きく、均一に仕上がった紙。芯の長さに合わせて切る。
「よいのであるか?」
「これから、もっといいものができるだろうし。ネジェムだってそうだろ? 使うために作ってる」
「そうであった。過去は利用し、前へ進まねばな」
芯を挟み込む場所、途中、終わりの計三回。糊で線を引きながら、きつく巻いていく。
出来上がったのは、ちょっと太めの紙鉛筆。長さは十五センチほど。まだ、芯はある。手のひら大の試作品、試し書きしたものも投入。どの道、糊で貼り付けるんだ、問題ない。ネジェムも、黙々と取り組んでいる。
「後は大丈夫か?」
「うむ」
一生懸命だからこその、生返事。
新しい紙を仕上げよう。塩茹でし、水に晒した明日草を、とろみのある樹液に浸す。葉脈が横向きになるように並べ。次は縦。いちばん上の層は、また横。辺の長い方向をより丈夫にしよう。
「うむ、ちょうどよい」
自分で仕上げたものを、律儀に見せに来たのかと思いきや。笊に並べて、ストーブの近くに置く。薪を足し、鍋を掛けるネジェム。甘い香りが漂い始めた。
オレは、叩き終わった紙を台ごと外に運ぶ。戸棚と壁の隙間で、埃を被ってた石の、のし台。草を敷き詰め、叩くのに丁度いい。乾いてから、不揃いな端を切り落とすと。四十センチ掛ける五十センチ程の紙が出来上がるって寸法。
そのまま乾かすつもりだったが。表面つるつるだしな。失敗覚悟で、濡れたままの紙を剥がす。樹液のおかげもあるのか。これは、行ける。
人の持ち物を拝借。すみません。快諾するってわかってて。張り板は二枚。表だけで、計八枚の紙が干せる。スペースがあれば、埋めたくなるよな? とりあえず、摘んである草の下準備を。金盥を再びストーブに掛ける。どうせ鍋の番してるんだ、ネジェムに頼もう。
「塩は、ここに置いとくから。これ薄緑色になるまで茹でて。こっちの、盥の水に突っ込んどいてくれ」
「うむ、任せるのである。豆汁に浸けるところまでやっておこう」
緑色に見える組織も、紙の成立に一役買っているらしい。水に晒しすぎたら駄目ってことか。
ネジェムが煮詰めてる、鍋の中身。見た目は、只の湯。四リットルくらいあるか。時々、鍋の位置を変えながら、水分を飛ばしてる。
屋敷林荒らし、再び。あ、豆汁も必要なんだった。何か、旨そうな名前。
「これも頼む」
「うむ」
久々に筋肉痛になりそうだ。叩きまくってるうちに、一枚目が乾く。やはり、日向は違う。材料の関係もあって。計九枚で打ち止め。
「ネジェム、昼飯にしよう」
「いただこう」
ブルーノは、自分の弁当を作るついでに、オレ達の分も用意していった。存在自体は知ってたらしい。海苔は巻いてないけど三角だ。
「ソレは、コレを慕っているのであるな」
そうですか。おばあちゃんから見ると、そんな微笑ましい表現になりますか。
「これで、よかったのか」
思わず、自問。
「人生は長いのだ。そういう時期があってもよかろう」
含蓄ある言葉を、ありがとう。
四時間、煮詰めて出来上がったシロップは。百ミリリットルあるか、ないか。紙鉛筆の礼にくれるという。
「ありがとう」
でもオレ、ちょくちょく甘いもの食べなくても平気な人。次に作った時、もらう約束をして。差し入れの礼に、隣の奥さんに届けさせる。ついでに、頼み事をひとつ。
「我に使いをさせるとは」
もごもご言いながら出掛けて行ったが。しばらくして、口の端に食べ滓を付けて帰ってきた。幸せそうで何より。
「全部、消費したのか?」
「半分である。先方が、それを掛けて食せと言うのだから、仕方あるまい」
食いしん坊ではあるが。幸運の使者にもなり得る。
「石の台のこと。昨今、あないに厚き物を使う者はおらぬ故、持って行ってよいそうな」
やった。
紙は強度を増し。丸めようと、強引に折り畳もうと、剥離する心配はなくなった。相変わらず、折り目は付かない。もう、利点として受け入れよう。表面を石で擦ることもできる。より薄く、滑らかに。クラフト紙だ、これ。
「これはよい、コレよ」
ネジェムも、鉛筆と紙の相性の良さを認めた。木簡にも書けるが、こちらは指で擦っただけで薄れる。
保存に向かないことを認めつつ、ネジェムは小躍りしてる。
「これを乾ペンと呼ぼうと思うが、どうであろうか?」
「いいんじゃないか?」
非常時に役立ちそうだ。




