竹細工ほか
麦畑の緑と、休耕地、野菜畑の長い縦縞。起点となる家屋が五十軒ほど。
ランドとシーが、楽に収まる広さだが。自然農法と言っていいのか。さすがに小麦は、種を蒔いたり、共同で刈り入れするそうだが。後は、ほったらかし。結果、自分たちが食べる分しか作れないらしい。畑は雑草が伸び放題。食べる分と売る分の収穫、イコール、間引きになり。残った分に花が咲き、種が落ちて、翌年もまた、同じ野菜ができるという。遠目には整然としたパッチワークも、斑なのはそういうわけ。野菜や、増えた家畜を交代で街に売りに行き、必要なものを買って帰る生活。
「やたらの行商人から買うんだったら、街へ行った方が安いし、安心できるしね。いやだ、あなた達のことじゃないよ」
外で、ブルーノと木簡作りをしていると。町長夫人がやってきて、一頻り話していった。本来の目的は、ブルーノへの礼を兼ねた差し入れ。
「こんなのんびりした暮らしでも、迷ったり、悩んだり。人間らしいと言えばそうなんだけど。皆、気持ちが安らいだみたい。どうもありがとう」
「おーい、お前や。そろそろ帰っておいで」
垣根の向こうから町長の声がして、その妻は、ぱっと立ち上がる。
「あら、やだ。いつもお前は話が長いって、怒られるのよ」
後ろ姿に、悪怯れた様子はない。
「なんぞ、面白い話があったであろうか?」
寝てるとばかり思ったネジェムが、うつ伏せでこちらを見ている。
「それは、私も気になりました。リュウイチ様は、対岸の町の何に感心されたのでしょう」
ああ、それ。湖の向こう側には、また別の町があるらしく。
「季節が反対ってことは、太陽が動いてるのかなと」
二人そろって上を向く。
「駄目! 太陽を直視すると、目が潰れる」
一人は目を瞑り。一人は手で覆う。素直でよろしい。
「ネジェム、隙間から覗いても駄目だ」
「目が潰れるとはどういうことであるか? どれくらい見ていればそうなるのであろう」
なんか、わくわくしてないか?
「潰れるっていうのは、比喩だ。目が見えなくなる。どれくらい、ってのはオレもわからないが。ちょっと凝視しただけでも、視界が暗くなって、しばらく見えづらいはずだ」
「確かにそうです」
「目玉がひしゃげるわけではないのであるな」
ゾンビ映画、見せたら大喜びか?
「ずっと、頭上にあって動かぬと思おたが。直に見れぬとなると、どう観察するべきか」
寝そべりながら、頭はフル回転。
「太陽が近付くと夏、ということでしょうか」
ブルーノは、全力で理解しようとする。
「ふむ。強すぎる光が原因なのであろうから、適度に遮ればよい。もしくは、影であるな。光源が動けば影も動くはずである」
「すごいな、二人共」
「恐れ入ります」
「馬鹿にしたものではないのである」
着々と積み上がっていく木簡を見て、ネジェムがはしゃぐ。
「記録できるのはよい。思考は整理され、結果も検証しやすくなる故。曖昧なる記憶のせいで、何度、似たような実験をしたことか。確かに、もっと上の層では、太陽が動くと聞いたように思う。地から昇り、地へ沈むと」
「へぇ。朝日や夕焼けが見られるのか」
旅の楽しみが増えた。もっと上にあがれば、月があったり、星があったりもするのか?
「その口ぶりでは、観察しても目は平気そうであるな」
「リュウイチ様。朝日とは、また、夕焼けとはどのような状態ですか?」
見た方が早いが。ネジェムの話だと、もう少し、先のことになりそうだ。
「地平線や、水平線から昇る太陽は、大きく赤く見える。沈む時も同じだ。その時の天候にもよるが、空まで赤く染まってきれいだ」
感情が同調しやすいのか、ブルーノは和やかな表情。ネジェムは、ネジェムだ。
「なぜ、赤く見えるのであろう」
オレへの問い掛けじゃない。自問だよな?
「よし、こんなもんかな。使ってみて、改善点を教えてくれ」
丸太から加工する自信はないから、薪を使った。十分に乾燥してるし、使いやすいところだけ使って。あとは焚き付けにしても、罪悪感がない。
「さすがです、リュウイチ様」
自画自賛するならまだしも。真面目な奴に、手抜きを褒められるのは微妙。
クランプを恋しがりつつ。太い薪を足で押さえて、ひたすら縦挽き。馬車に備え付けの工具箱。中身が、日本式の鋸とか、鉋でよかった。ポーチの微妙な段差に、木片を引っ掛け、表面を削る。出来上がった木簡は、三十センチの物差しを少し細くしたくらい。
なるべく木の種類を揃えて、冊にしたが。インクの乗り。ペン先の滑り。カビや虫食い。反ったり、欠けたりしないか。検証は、使うやつに任せよう。
「うむ。それもまた、木簡にまとめようではないか」
それ、書いた本人しか理解できないよな。
ネジェムも納得したので。竹は別のことに使う。紙漉きの簾みたいの。何て言ったか。
まず、材料を同じ太さに削れず。そのために必要な道具の、形状さえ思い付かない。例え、糸の太さが均一だったとしても、オレが不器用。ハードル高すぎ。
上手く行きそうもないことを、手伝わせ続けるのも気の毒だ。
竹ひごの作り方と、ござ目編み。理屈はわかるが、オレはできない縁の始末を教えると。ブルーノは、一個目から、かなり上手く仕上げた。ざる豆腐、作れそう。
「もうニ、三十も作れば、売り物になるんじゃないか?」
「そうですか? ありがとうございます」
商品化を考えて、厳しいことを言ったが。すでに使える。それを証拠に皮子が、欲しい、って。オレに引っ付きつつ、前衛作品には見向きもしない。
「私は蔓を材料にした、籠編みは経験がありますので」
ブルーノの慰め兼説明によると。オレも使った背負い籠などは、各家で手作するそうだ。
「竹籠は、材料をどう手に入れるかが課題ですが。軽く、清潔感があり。湯や蒸気に強いというのもありがたいですね」
ただ楽しみのためではなく。義務でもなく。ブルーノは集中しているように見えた。
「気に入ったか?」
「はい。細かいことは性に合いますし。これならば、日銭を稼ぐ手段となり得そうです」
ブルーノは前々から。祈祷師たちの生活と信仰の在り方に、危惧の念を抱いていたらしい。
「お布施に頼った暮らしは不安定です。そのせいで、その。はっきり申せば、いただく金額、品物の質や量によって、祈り方を変える者が多いのです」
まあ、サービス業って側面もあるからな。
「祈祷師って、街公認じゃなかったか?」
「街に住んでいる限りは、月に五千ミミの家賃補助が受けられます」
「それだけ?」
合掌。
「もちろん、ありがたいことではあるのですが」
「足りないな。最初っから、あちこち呼ばれるわけじゃないだろうし。どうやって生活してたんだ?」
「若い頃は、数人で同居をして。近所の店の手伝いをしたり。伝言を届けて小遣いをもらったり。部屋で祈りやお経の練習をすると、周りに迷惑なので。よく、森へ行っていましたね。ついでに、食料も手に入りますし。獣が怖いので、とば口までですが」
君らはバンドマンか。
「そういえば、ブルーノって何年生なんだ?」
「百八十二年生になります」
当然、上に決まってるんだが。むしろ、ネジェムくらい離れてる方が、気にならない。
「手に職を持ってれば、一心に祈れるか?」
「理想論ですが。もう少し工夫をしましたら。竹簡、木簡作りと共に、他の者たちに教えてよろしいですか?」
「もちろん」
どんどん広めてくれ。そうすれば、いつでも、どこでも、安く手に入る。
「今日は、これくらいにしとこう」
慣れれば大丈夫になるんだろうが。ブルーノの手は傷だらけだ。
「大丈夫か?」
「はい、一時間もすれば治りますから」
そうでした。一応、きれいな水で洗い流すことを約束させて。調理は禁止。
「傷口からの出血で、雑菌が増えるから。食中毒の原因になる」
「そうでしたか。今後、作業は夜に致します」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだが」
材料と道具を万全に整える。さあ、ネジ先生にご登場願おう。スープくらいは作れるはず。メインは貰い物のキッシュだ。
「何故、我が料理なぞ」
樹液をねりねりしてたところを、強引に引っ張ってきたからな。
「コンロの使用に際して、火加減のデータがほしい」
もっともらしいことを言うまでもなかった。
「コンロとはなんぞ?」
灯油を燃料にした、火加減が容易な調理道具に、ネジェムは夢中になった。
「なんと、すばらしい加熱器具であるか」
「リュウイチ様、よろしかったのですか?」
まあ、野営の時に便利だろうと思って持ってきたんだが。
「物質を変化させるにも、状態を維持するにも、微妙な火加減ができた方がいいんだろう」
「よく、わかっているではないか」
予想通り、料理はお上手です。実験っぽいけど。
「日に一回料理してくれるなら、あとは自由に使ってくれて構わない」
「誠であるな。後に撤回などというのは、なしにしてたも」
これなら、ブルーノの負担が減るし。何より、バイオ燃料から気を逸らすことができる。あれは、環境にやさしいが、オレ達の鼻にはやさしくない。万々歳、と思ったんだが。
「私の用意する食事は、お口に合いませんでしたか。確かに、彩りもよくありませんし」
「いや。文句なく旨いし、オレは好きだ」
田舎のばあちゃんの手料理みたいで。茶色いのは醤油のせいです。
「恐れ入ります」
「ブルーノは、休むことも覚えた方がいいんじゃないか? 鍛錬だって、週に一回は、体を休めた方が効果があるし。頭も、たまには遊ばせないと閃かないだろ」
さぼりたい奴のいい訳ともいう。
「コレに言われるとは、ソレも心外であろう」
「は、いえ。お気遣いに感謝いたします」
あれ?
「すまん。オレがあれこれ、言い付けるからだな」
「いいえ、そうではありません。ただ、リュウイチ様が休まれませんのに、私が休むのは」
あ、そっち。
「いや、オレは大したことはしてないし。好きでやってることだし」
「私もそうです」
えー。だらだらしていいって、言ってんのに。
「とりあえず、オレの手伝いはいいから」
「そんな」
ショック受けることか? 今日だけだってことを重ねて確認される。
干してた雑草を点検。そろそろいいか。あ、でも。洗濯物が乾くまで、火燃しは自重しよう。
午後は、水鉄砲を作成。だって、ほら、オレが遊ばないと。
ブルーノは瞑想中。本人は休んでるつもりらしいが、修行にしか見えない。
「それは、なんぞ?」
研究が一段落したネジェムが寄ってくる。漆の使い道を見付けたとかで、ご機嫌だ。
「あれは、物と物を繋ぐのによい。割れた皿も、この通り」
「おお、接着剤か。考えたな」
「ふふ、素晴らしいであろう。もっと褒め称えよ」
その皿。割れたのか割ったのか、気になるところだ。
「して、その筒であるが」
材料は細い竹、一回り太い竹、麻布の端切れ。
「これは水鉄砲といって。まあ、玩具だな」
「遊ぶためだけの道具であるのか?」
馬鹿にする感じではないが。怪訝な表情。
「まあ、やってみよう」
井戸端で桶に水を汲み。装填、発射。
「どういうことであるのか、それは。我にもやらせてたも」
渡すとさっそく、仕組みを解明。
「ふむ。布が隙間を塞ぎ、出口が小さい故。行き場を失った水が、勢いよく飛ぶ。水も、他のものと変わらぬのだな。押し潰そうとすると、押し返す力が働く」
くり返し放水。
「作物への水やりや、消火に役立つやも。それには、どれほどの大きさにすればよいのか。もごもご」
下り立った皮子は。バルーンアートくらいには進化してる。勉強から離れて、遊びだしたのはいいんだが。危うく布団を濡らされるところだった。
ブルーノは、しっかり水を掛けられてた。皮子が、陰に隠れたからだ。ぴくりともしないのは流石。しばらくすると静かに立ち上がり、こちらに近付いてくる。身の竦む思いです。
「私は、頑なだったと反省致しました」
「えーと、それは、つまり?」
「修行はこうでなくては、と。形に拘ることは、むしろ、悟りの境地から遠のいているのですね。お断りしておきながら、何を今更とお思いでしょうが。よろしければ私の分の衣服も、ご用意いただけませんか?」
「あ、うん。いいよ」
堅い、なんてもんじゃないが。彼なりの努力の成果だ。それに、今後、洗い張りをしないなら、糊は不要なはず。
「日常生活を丁寧に過ごすのもいいが。手を抜けるところは抜いて、やりたいことに集中するのもありだよな」
「はい」
街で探した時は、空振り。布は大抵、糊付けされた状態で街に入ってくる。自分たちで行う時は、小麦粉だとか、トウモロコシ粉だとか。そんなんで糊付けできるとは知らなかった。
ブルーノが持っているのは、紛うことなき米。ふっふっふー。今晩、炊かせてもらおう。やる気、出てきてた。
希望を聞きながら、形作る。実際に着物を縫える奴が指導するんだ。きちんとしたものが出来上がる。おかげで、着物のつくりに詳しくなった。
十分に日を浴びた、布団やシーツを取り込む。着ないからって、そのままにしておけないブルーノは、縫物をはじめた。表情は変わらないが。タイムアタックを思わせるスピードと気迫。ネジェムは、草木灰と、煙突の煤が欲しいそうだ。なら、手伝え。
草木を燃やすついでに、湯を沸かす。
只の湯で茹でる。塩を入れた湯で茹でる。浅く茹でる、くたっとするまで茹でる。水に晒す時間を調節する。その過程で確立された、三人に共通の認識。
「これは、明日草である」
一分ほど塩茹でしたものは、若草色に。ネジェムが躊躇うことなく口にする。さすがは、探求者。無表情に咀嚼し、飲み込めない繊維だけを指で摘まむ。
「筋が邪魔である。少々、青臭いが、香ばしいような香りもあり、食せぬ味ではない。様々なものを食してきた経験上、毒もないと思われる」
あ、確かに。ちょっと胡麻っぽい。
「若葉なら、もっと美味しいかもな」
「もしくは、灰汁を使った灰汁抜きをした方がよろしいのでしょうか」
あれ、食べ物の話だっけ? 盥には、でろでろになるまで煮込む分。鍋の方も同じく。但し、塩入り。
早々に、雑草と藁は燃え尽き、薪が灰になるのを待つ間。一人でこつこつ叩き上げる。大した量じゃないが。やばい、にやにやしそう。だんだんコツもわかってきて。昨日より、ずっといい感じ。




