紙づくり
道端の除草作業に勤しんでた、ルルは。はじめは渋ったが。頭絡を外す約束をすると、喜んで付いてきた。
牧場が、ゴルフ場のように見えるのはオレだけか。芝の代わりに牧草が生え、ホールごとに囲いがある。日によって放牧する場所を変えるようだ。
メンバーは、牛、馬、山羊。あとは番犬がちらほら。はじめての環境でいじめられやしないか。要らん心配だった。ルルがいちばんでかい。やる気も十分。メンチ切るのは止めようか。
昼食前に屋敷林を散策。なぜ皆、歩くだけで満足しない?
オレは、納屋にあった、蔓製の背負い籠を持ち出し。目当ての草を次々、採集。日常生活でそんなに必要か? そこは拡大解釈で。千切れば千切っただけ、次の葉が出てくるし。いまは親指ほどのものが、明日には手のひら大になってるから。
新芽を丁寧に摘んでるのがブルーノ。木を傷つけて回ってるのがネジェム。ちょっとした古墳くらいある屋敷林。誰がどこにいるかは、把握してる。
丸っこい肉厚な葉は見当たらない。オレが知ってるのは観賞用のもの。本来の目的に適う木は見分けられない、と知ると。ネジェムは見事なふくれっ面。その上、あるとすれば高温多湿のところだろう、なんて言われれば。そりゃ怒るよな。
「そういうことは、もっと早く言うのだ」
しかし、そこはネジェム。
「これまでも空振りなどよくあった、はずである。コレよ。他にも有用なものがあるであろう。樹液に関する知識を吐き出すのだ」
即座に思い付くのは、漆とメープルシロップくらい。
ネジェムは、まずは検証だと言って。竹で簡単な採集キットを作り。目星を付けた木々の間を巡回。はっきり言って、オレより器用。そして、根気がある。
「コレよ。この分では、容器が足りなくなる」
木をいじめなくても集められるものが、かなりあるらしい。
「あれ、まだあるだろ? あー、成分に影響が出たりするのか」
「いや、あれは水も通さぬし。刺激物と混合したり、加熱するなどしなければ問題なかろう」
ネジェムの心配は、別のところにあった。
「竹簡が作れぬのは困る」
「そういうことか。なら、木簡って言って。他の木でも薄く削れば」
「我としたことが。年生を重ねると頭が固くていかぬな」
「それだけ好奇心旺盛なんだ。十分やわらかいだろ」
「そうであるか?」
研究と名の付くものに関わってれば、こんなにもご機嫌。
「それはそうと、コレよ。そんなものを大量に集めてなんとする?」
「紙を作ろうと思う」
「紙とはなんぞ?」
「竹簡より薄くて軽くて、使い勝手がいい筆記用具だな。たぶん、できると思うんだが」
「尻拭き草でか」
ひどい名前だな。
「ネジェムの育った国には、なかったのか?」
「我は知らぬ」
ということは、ネジェムが生まれたのはさらに前か。
「リュウイチ様。私は、お先に失礼します。昼食の準備に一時間ほど掛かりますので。その頃に、ご帰還を」
「あ、うん。わかった」
そうは言っても、採るもの採ったし。食事を終えた皮子を回収して、帰る。
集めてきた草。見た目は、白い大きな|大葉子。乾燥させても柔らかく、それなりの厚みがある。
そのまま使える気がして。一度、書いてみた。羽根ペン貫通。墨と筆を使うも、にじみまくって何を書いたかわからない。それでいて、踏まれたくらいでは破けない。あきらめるには惜しい素材。パピルス方式で行けると思うんだが。
一部は手洗い用に干し。数十枚を水に浸ける。沈まない。勝手口の脇にあった石を有効活用。もしや漬物石か? スポンジみたいに水は吸うのに、頑固そうな繊維。いや、早々、溶けても困るんだが。
「ネジェム。石鹸って、どうやって作るんだっけ?」
「むう。どうであったか」
さっそく鋸を使いながら。少しずつ思い出してくれて助かった。
「まず、木と草を燃やす。草の根を足すとなおよい。その灰に煮え湯を注いで一晩置き、うわ水を油に混ぜるのだ。ったと思う」
「ありがとう!」
さっそく畑の草むしり。ざっと濯いで泥を落とす。日当たりの良い場所に広げたところで呼ばれた。
「ご飯ですよ」
おかんだ。こっちは、完全に子供だな。
「遅いのだ、コレよ」
「わるい、待たせた。いただきます」
ネジェムもフォークで器用に食べる。鯨ベーコンの入った、山菜うどんのようなラーメンのような? とにかくうまい。
食後。ネジェムは樹液に夢中なので。オレも、紙漉きならぬ紙叩きを。とりあえず、やってみないとわからない。
「リュウイチ様。私にも、お手伝いさせてください」
「ああ、頼む」
ストーブ周辺の床石が丁度良さそう。まず、拭き掃除をして。水に浸けておいた葉の、繊維がなるべく互い違いになるように重ねて、叩く叩く叩く。ブルーノには木槌で試してもらい。オレは束子で満遍なく。
「リュウイチ様。このままですと、繊維が道具に付いてきてしまうようです」
「あ」
麻の筵を出してきて、思いきって切る。葉をサンドして再開。
当て布が、きれいに剥がれるのを喜んだのも束の間。オレが叩いたものは、肝心の葉同士もぺろり。不出来な葉脈標本のようで心許ない。しかも、薄っすら緑色。麻布の染みも、よく見ると緑色がかっている。
「白い葉から、不思議ですね」
「そうだな。オレ達の血が赤いのと同じことかな」
「なるほど、そのように考えると合点がいきます」
説明できもしない、光合成とか口走らないでよかった。
「木槌の方がいいみたいだな」
「そうですね」
ブルーノの方は、完全に一体化。何とか裏側の麻布だけ、剥がすことができた。盛大に毛羽立っているのを、手で押さえて均し、そのまま乾かすことにする。ほんのりエメラルドグリーン。変色せずに残ってくれるといいな。
「私が余計なことを申しました。当初の通り、道具に付くのは気にせず叩き。後に表面を均した方が、落ち着くように思われます」
現実的な進言を受けて。もう一度。叩く回数をそれぞれ変えて、さらにもうニ度ずつ。ビニール。作り出す自信はあるが。こちらにあるものだけで仕上げたい。
「うん。いいんじゃないか?」
手漉きセットで作ったハガキみたいな風情。敷石から剥がそうとしたが。せっかく絡み合った繊維が、間延びしそう。
「ストーブに火を入れて、先に乾かしましょうか?」
「頼む」
すみません。手間かけさせて。
見てると、生乾きのうちに手を出したくなる。別のことをしよう。
麻っていうと。昔は、つんとくる埃臭さと、ちくちくが気になった。技術が進歩したのか。ひと手間掛けるのが当たり前になったのか。いや、違う世界だった。
とにかく、これなら行ける。筵を二枚縫い合わせて。中に藁を詰めてだな。上にもう一枚、麻布敷いたら、アルプスの少女気分。あれ、干し草だっけ?
想像以上に、ふかふかしてる。足がはみ出るのはご愛嬌。
「これ、いいな」
「左様ですね」
村で一通りのことは習うが。それにしても、ブルーノの運針は早くてきれい。もう一人分作っているのは。自分も欲しいと言って、譲らないやつがいるからだ。あなたに寝室を譲ったから、オレたちがコレ作ってるわけで。
「落ち着く匂いである」
うん。ブルーノが、ハーブ入れてたしな。
「暖かで、ねむ」
春とはいえ、直射日光の当たらない場所は、ひんやりする。ストーブの温かさもあって、お昼寝に最適らしい。
ひとりでに丸まってた紙を。ブルーノが裏返し、重石をしていた。いかん、オレまで寝てたか。
「ありがとう。ブルーノも、試しに何か書いてみてくれ」
羽根ペンでも何とか書けた。葉脈に引っかかるし、にじむけど。フォントサイズ四十八ポイントで、ぎりぎり読み取れるか? やはり、叩くだけじゃなく。きちんとプレスしてから乾かしたものが、この中ではいちばん高品質。残念ながら、薄茶色に変色してしまった。
「このような筆記用具もあるのですね」
「まだ、不完全だけどな」
紙って言っていいのか。どちらかというと、不織布っぽい。
「我は、竹簡の方がよい」
目をこすりながら宣言するネジェムに。ブルーノも、はっきりとは言わないが賛成のようだ。
「原材料がわるいのか? そうだな。紙を作る時は、明日草とでも言えば」
「そういうことではないのである」
「販売をしていく上では、重要なことと存じますが」
どうやら、使い心地やイメージよりも。紙ってものの、見た目、その頼りなさが問題らしい。あー、いま、紙幣が発行されても受け入れない感じ?
当分は竹簡作りに精を出すべきか。
「あ、地図を作製することを考えますと。一続きであることは、大変に魅力的です」
フォローありがとう。そうだな。的を絞れば、筵を台紙にしたものに、一考の余地が。
「それはそうと、コレよ。赤斑の樹液は、あのままでは濾すこともできぬであろう」
漆のことだな。
「かぶれなかったか?」
「うむ。そこは、気を付けている故」
「ならいい。ゆるくする方法は、知らないんだ。わるいな」
「よい。探求すること自体、楽しみである。まずは、熱してみるか、それとも。もごもご」
ネジェムとオレの違いだな。
同じように、足りないものがたくさんあるんだろう。紙もどきは、折り畳んでも、すぐ開く。爪で扱き、反発されながら思う。まあ、いっか。それで救われることも多いが。学者や職人にはなれないな。
「現状を肯定するための実験も、時には必要なのである」
実感こもり過ぎだ。
ネジェムに蹴られて目が覚めた。ブルーノも、この寝相に起こされたのか。
一緒に生活すると、わかることがある。祈りに始まり、祈りに終わると思ってた。早朝、ブルーノは体の鍛錬をしていた。何、それ? 格好いいんですけど。錫杖の頭部には、布が巻いてある。
気配で気付いたのか、錫杖を突き。片手で祈られた。いや、挨拶な。
「おはようございます」
「おはよう。邪魔してわるいな」
「いいえ。もともと修行に組み込まれていたものの、私は形ばかりで。先日、その重要性を思い知りましたので、遅ればせながら鍛え直そうかと」
一通り終わったそうなので。予定通り、蒸し風呂へ。ネジェムは当分、起きないし。黒い汗をかく女を、公衆浴場に誘えない。
湖の畔。パン屋の二階がそうらしい。もとは週に一度、持ち回りで。町、全戸分のパンを焼く施設だったんだとか。どうせなら上手いやつに任せようってことになり。週一が、週ニに。どうせ薪を燃やすなら、その熱を利用しようと、蒸し風呂を開始。見た目は、石積みの一階部分に、そのままコテージが乗った感じ。
乾式サウナか。息苦しくて、ちょっと苦手。居合わせた二人の男に、許可を求めると。面白そうだからやってみろ、と言う。他にもいろいろ兼業してるらしい、パン屋の主人に事情を話し。桶と柄杓を借り受ける。
水が蒸発する音。座ったままする打ち水が、楽しそうに見えたらしい。僕も、俺もとやりたがる。いままさにパンを焼いてる窯に積まれ、さらに煙突を囲む溶岩石は、冷める様子もない。もうもうと上がる蒸気。充満することはないが。あっという間にオレ好みのサウナに。居合わせた連中にも好評。
それにしても、この匂い。胃袋を直撃する。パン屋の策略か。
「あら。今日はまた、面白い趣向ね」
なんと、混浴でした。どうせ皆、平然としてるんだろ? やっぱりな。一応、男は手拭いで腰を覆ってる。女はプラス胸を隠してるが。
「見ない、お顔だわ」
ちょっと恥じらう仕草をされたら、もう駄目だ。
「オレ、用事、思い出した! 先、帰るから。ブルーノはしっかりあったまって。帰りにパン買ってきてくれ」
「しょ、承知しました」
オレの剣幕に、反射的に肯いたって感じ。
「お先に失礼」
外階段を下りる余裕もなく、張り出したランディングから湖面へダイブ。うおっ、いろいろ縮んだ。
ろくに水気も拭わず、身支度。ダッシュで借りてるコテージへ。
もう、自重なんてするかぁ。それでも、残りかすみたいな自制心で、選んだ場所は納屋の中。ありったけの素材を取り出し、加工。結構、使ったつもりだけど、まだその十倍は残ってる。何なの? 多少、冷静になりながら、とりあえず影に仕舞う。
目の前には、ポータブル風呂。ネットで見てたやつの完全なパクり。
ほんとの材質は知らんが。陶器っぽく見えたから、そうした湯船。足を曲げれば、三人は浸かれる。側面の上部と下部に、ステンレス製のパイプが繋がっていて。くるくるコイル状になってる内側で薪を燃やすと、湯が沸く仕組み。
まだ体の中でくすぶってる勢いのままに、井戸端に運ぶ。水を掻い込み。ストーブから持ってきた燃えさしに、小割と、白い木の皮を添えて点火。中くらいの薪数本と、太い薪を五本も燃やせば、それなりに温かくなるはず。煙突付けたり、受け皿付けたり。火加減調節する蓋を付けたりしてるうちに、気が治まった。
あー、油断した。異界は危険がいっぱいだ。
「なんぞ、面白きものが!」
風呂に感動しろよと言いたいが。そこはネジェムだ。
「なるほど。熱された湯が上に行く仕組みを利用しているのだな」
「探求もいいけど、風呂入れ」
「うむ、うむ」
生返事のまま、服を脱ぎ出した。こう開けっぴろげなら、何とも思わん。まあ、目の保養ってのは否定しない。
急ぎ、竹竿と筵で目隠ししたが。その前に、とっくに湯に浸かってる。掛湯とか、そういうところはちゃんとしてるんだが。
「コレよ。少々、熱いのだが」
「はいはい」
井戸で水を汲んで薄め。着替えを用意して。あ、特製タオルを渡すのが先か。
「すみません、遅くなりまして」
ずいぶん長風呂だなと思っていたら。次々やってきた町の住人につかまって。略式のミサを取り行ってきたらしい。半裸でか? 有髪のブルーノを見て、遠慮していたところ。裸の付き合いで、垣根が取り払われたってとこか。町でも、有名な祈祷師なんだな。
茹蛸みたいになってるから。さらに、入浴を勧めるのは酷というもの。一応、風呂を作ったことを報告する。
「さすがは、リュウイチ様です」
全面的肯定って、すごく安心できるんだが。癖になりそうで怖い。
「入るのは、次の機会の方がいいか?」
「はい。ただ、残り湯を洗濯に使わせてください」
「どうぞ」
そういえば、オレとネジェムは洗濯不要。
「ブルーノにも、服、作ろうか? 洗濯、面倒だろ」
「ありがとうございます。ですが、私には過ぎたものです。これも修行ですので、続けさせてください。湯を使えるだけでありがたいです」
前世の癖が抜けてないことを、ちょっと反省しつつ。風呂を堪能し、用意された朝食を食べる。我ながら、いい身分だ。
ルルの送り迎えはオレ担当。見張り番の男は、いい子だよ、とルルを褒めるが。若干、顔が引き攣ってる。
早速、ブルーノが洗濯してた。オレみたいな、ものぐさはせず。盥に湯を掻い出し、使ってる。ベッド、もう誰も使わないよな。シーツくらい洗っとくか。
「ブルーノ。物干し台、使うよな?」
もちろん、ネジェムに用意したあれじゃない。もともとこの家にある設備だ。
「いいえ。私は、これがありますので」
幌馬車に乗せてた私物。
「もしかして、洗い張り用の?」
「よくご存じですね」
大きなまな板だと言われれば、そうかなとも思う。どちらかといえば。ブルーノが、食事を用意しながら煮てた糊が、気になって気になって。食べても怒られないだろうが、我慢した。あれ、乾いたら、また縫うんだよな?
「道理で裁縫、上手いわけだ」
「いえ、私などは。ただ、鍛えられました。早さと出来を競わされ、最下位になると。お経を上げながら、街の外を四周しなければならなかったので」
「へ、へぇ」
それは、遠くを見るような目になるよな。よく、いまだやる気になる。本来そんな、ちょくちょくやることじゃないだろう。確認すると。やはり日頃は、洋服と同じ。そのまま洗って干すらしい。
オレは久しぶりに、ふみふみ。物干し台に竹竿を渡して。これが、本来の使い方か。どうせなら、布団や毛布も干したい。太めの竹、三脚にすれば行けるか。
綿の布団って重かったよな。こっちの毛布も、そう。何の毛、織って。いや、織ってはいないのか? 原料も、製法も、産地もわからん。ブルーノに聞いたら、恐縮された。
「ネジェム。毛布って」
二度寝してるやつは布団ごと、外のテーブルに干しておく。




