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やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
33/87

農村の町

     8


 早く開けろとばかりに、ルルが扉の(わき)で待っていた。どうやら、納屋(なや)の一角が馬房(ばぼう)になってるらしい。

「皆さん、うっかりしてたわ。鍵! 頭上注意、行くわよ」

 垣根のずっと向こうから、さっきの農婦の声がして。空にキラッと光るものが。メジャーリーグの外野手か。

 ネジェムがジャンプして、キャッチ。しかけたのを、横から(かす)め取る。

「あほう、その手で(さわ)るな」

「おおっ。我が、これほど動けるとは」

 聞いちゃいない。確かに、なかなかの反射神経と運動能力だ。

「行ったー?」

「はーい。確かに受け取りました」

 納屋(なや)に馬車を引き入れる。干し台はさすがに外だ。作業場らしい、長い(のき)の下。

「ネジェム。それ置いたら、こっち来い」

「うむ。こうか、こうであるな」

 並べ方にも、本人にしかわからない(こだわ)りがあるらしい。

 マスクを(はず)してやると、やっと。臭い、と言い出した。()れなくても操れるはずだが、こんな些細(ささい)なことで能力全開も(なん)だ。手袋の(すそ)から慎重に、裏返(うらがえ)しながら(はず)す。

「コレよ、このやわらかく伸びる素材は何であるのか」

「ゴムの木の樹液を固めたものだな」

 本来は。

「そんな名前の木が、あったであろうか」

「呼び名は違うかもしれない。あとで、探してみよう」

「ぜひぜひ」

 井戸まで連れて行き、持参した石鹸(せっけん)でよく手を洗わせる。当然、自分も洗う。

 ブルーノが、(から)水筒(すいとう)(たる)を持ってくる。

「わるいな。ブルーノ」

「いいえ。リュウイチ様こそ、大変でしょう」

 確かに。でぇい、せっかく洗った手を服の尻で拭くんじゃない。ひよこ頭を(つか)んで、ふと気付く。

「ネジェム。首のところ、どうした?」

「なんぞ?」

(なん)か黒い。(すす)でも(かぶ)って、ないよな」

 めげない女が見せる、一瞬の表情。すぐに他人事のように笑い飛ばした。

「いかん。すぐに忘れてしまう。だが、コレのおかげでだいぶ楽になった」

 拘束衣の(そで)で、首を(ぬぐ)う。言われてみれば、そこも(すす)けたように黒い。腕や肩に、やけに顔をこすり付けるな、とは思ってた。

「身動きできなくなった我を見たであろう? はじめ、汗のように細かに肌に浮いてくるのだが」

 ふつうに()いたのでは落ちないらしい。風呂に入っても駄目って、きついな。

「しばらくは(まだら)で見れたものではないのだが。一週間もすると黒い膜のようになる。そこで」

 完全に固まる前に脱ぐんだとか。(へび)か。

「この機を見るのが、なかなかに難しく。また、壁の凹凸で必ず擦り傷を(こしら)えてしまう。だが」

 服の(そで)をぴんと張って、くるりと回る。

「もう、その心配はない。コレよ、感謝いたす」

 拘束衣が好きなんじゃなくて、素材が重要だったんだな。

「着替えは、(えり)もあった方がいいか」

「そうしてたも。どのような仕組みであるのかも知りたいが」

 耳を澄ます仕草(しぐさ)。ルルの(いななき)きに反応したようだ。

「確か、馬の尾で釣りができたはずである」

 ネジェムは弾むように、駆け戻っていく。いまのところ、自分の持つ知識の確認を優先してるようだ。フットワークが軽い、っていうより、落ち着きがない。

「おーい、()られるなよ」

「動物の(あつか)い方は心得ている(ゆえ)、心配無用」

 遠ざかる声。全然信用できない。ルルの我慢に期待。

「リュウイチ様。ネジ先生は、大丈夫なのでしょうか? 何か、気を付けるべきことがあればお教えください」

「うーん? 害の部分はもう出切ってるよな。これ以上悪くはならない、と思う」

「はぁ。害ですか」

「食いすぎると、歳を取る」

「そのようなものがあるのですか?」

 オレは、自分の推論を()(つま)んで話す。当然、ブルーノも口にしてるわけだが、覚えてないらしい。まあ、ふつうは赤ん坊の時の話だ。

「確かに、卵は黒く。また、門の中に大量の黒いものが浮遊しておりました」

「ネジェムは上か、帰ってきてからも。相当食ったんじゃないか?」

 本人が自覚してるかどうか。夢みたいなもんだって、言うしな。あ、でも誘引の気のことは知ってた。認識してるだけじゃなく、名付けたのがネジェムって可能性も。

「つまり、大量に摂取したものが、少しずつ排出されていると」

「あくまで、想像だが。観察か何かに夢中になって、脱皮するのを忘れたんだろ」

「それで、あの有様ですか」

 さすがのブルーノも、(あき)(がお)だ。

「オレのつくった服を着てれば、心配ないらしい」

「さすがは、リュウイチ様です」

 いや。深く突っ込んでこないのは助かるが。その辺、どう折り合い付けてんだ? 面倒なことになりそうで、聞けない。

 通り掛かりに腕を伸ばして。地面に落としたままの、手袋だけを回収。(あと)は雨に任せよう。

 水はすでに、ブルーノが用意してる。中二階(ちゅうにかい)に大量の(わら)があって、オレはそれを馬房に落とすだけでよかった。ルルと馬車を納屋(なや)に残し。コテージに移動したところで、降り出した雨。夕刻になって()むどころか、ますます雨脚(あまあし)が強くなる。そんな中、町長(みずか)ら夕飯のお裾分(すそわ)けにきた。

「ありがとうございます」

「いえいえ。妻が張り切っちゃって。とても二人では食べ切れないから」

 ピザで言えば、LLサイズを四等分したうちの三切れ。分厚(ぶあつ)いミートパイだ。スパイシーな香りがたまらん。

「冷めないうちにどうぞ」

 農夫姿の、気さくな男だ。コテージにあるものも、納屋(なや)にあるものも、好きに使っていいという。

「奥さんも、そう言ってくれたが。こちらの住人はどこへ?」

「ああ、そのこと。五十年くらい、若い夫婦が住んでいたんだけど」

 このたび円満離婚して、元夫は夢の旅暮らし。元妻は念願の街暮らしを始めたのだとか。よかった、って言っていいのか? まあ、火サスのテーマ曲が流れてたオレの想像よりはいい。

「長く滞在してもらえるとうれしい。でも皆さん、それぞれ目的もあるだろうから」

 町長は、麦藁(むぎわら)製の蓑笠(みのかさ)かぶって、戻っていった。折り紙ならぬ、折り布に使われてた(のり)。原料の産地は聞き出してあるが。あれを見たら、期待するよな。

 さっそく、かぶり付こうとしてるネジェムの頭を(つか)む。

「いただきます、くらい言え」

「なんぞ?」

「食前の挨拶(あいさつ)だ。食後は、ごちそうさま」

 オレ自身、意味がよくわかってないからか。うまく伝わらない。

「ようは感謝だ。どういう形でも構わない。ブルーノに食前のお祈りをしてもらってもいいし」

「神などおらぬというのに」

「いいえ、おります」

 普段の(おだ)やかさをかなぐり捨てて、ブルーノが抗弁する。 

「どこにおるというのだ」

此方(こちら)

「ストップ! まずは、飯だ。ブルーノ、祈るのか祈らないのか」

「はい。申し訳ありません。僭越(せんえつ)ながら、私が先導させていただきます」

 お祈り自体はさっと終わった。パイうま。

 一口、二口食べて。二人共、気持ちが()いだらしく。冷静に話し合ってます。ええ、神について。

 ネジェムは、科学の子だな。まだ、記憶に穴があるようだが。すべての生き物は、一つの何かから派生した、って言ってる。彼女によれば、門も、この世界を形作る階層も、人工物なのだそうだ。へぇ。

 どの時代にも神は出現している。そう主張するブルーノも。決して狂信的ではない。日々の営みを優先したマイルドな解釈。まあ、多宗教のごった煮だし。自分にだけ厳しく、周りは特に困らない。オレ以外。

 ああ、視線の圧力が。食ってるだけじゃ、駄目らしい。

「コレは、どのように思うか?」

「リュウイチ様のお考えを。ぜひ、お聞かせください」

 自分だけの習慣でいいものを。余計なこと言ったな、オレ。

「えーと。結論から言うと」

「ふむ」

「はい」

 そんな期待されても困る。こいつ等、大人だし、学者だし。未就学の子供に、サンタクロースっているの? て、聞かれたら。迷わず、いる、って答えるんだが。

「いると言えばいる。いないと言えばいない」

「どういうことであるか、コレよ」

「大変むずかしく、私には理解が(およ)ばず」

 うん、適当に言ってるだけだから。

「大体な。神をどう定義どうするかって話」

 あとは、自分たちで考えてくれんかな。

「ふむ。ソレの考える神とは、超常的な存在で、世界を創ったとされるものであろう。この世に起こることは、すべて現象に過ぎぬ。その法則を解き明かしたいとは思っているが。(ゆえ)に、我は神はおらぬと言っている」

「いいえ。私は、考えを改めました。神は確かに、大きな力をお持ちですが。むやみにそれを振るうことはありません。元より、私たちの誕生に関りはなかったのではないでしょうか。どういった経緯で、慈悲を与えてくださることになったのか、わかりませんが。その時々、私たちに、とても近しい形で存在されるのではないかと。啓示(けいじ)を与えられるのは、極稀(ごくまれ)で。(おおむ)ね、ただ見守ってくださいます。厳しくもあり、また、それが優しさにつながる御方です」

 ものは言いようだな。そのまま(いち)宗教立てられそうで、背筋がぞくぞくする。

「まるで、見てきたように言うではないか」

「はい。いまも、目のま」

 げふげふ。

「つまりだな。信仰心は、誰もが持ってるわけだ。ネジェムにとっては、科学が神と言えば、言えるだろうし」

「む。また、我の知らぬ言葉を。コレよ。科学とは、なんぞ?」

「う、うーん。あらゆる事象に名前を与え、数値化し、掌握(しょうあく)しようとする学問」

 たぶん。

「まさに、我のしていることである。それを、神とするのか?」

 いないと言う割に(くわ)しいよな。否定するために勉強したわけでもないだろう。何千年も、ずーっと同じ考えって方がおかしい。

「ネジェムの育った国だって、たくさんの神を信仰してたはずだ」

「うむ。コレは、よく知っておるな」

「そうなのですか?」

「大抵は、自然を信仰することから始まったんじゃないか?」

「そうであるな。太陽の温かさ、風の力や、水の必要性、大地から植物が生まれ出るのを()()たりにして。そこに神秘を感じるのは、わからぬでもない」

「はい。生きる上で、絶対に必要なのですから、神と言えば言えそうです」

「それぞれの心の中に、いろいろな姿をした神がいる。話し合うのはいいが、否定はしない方がいいぞ」

 (ろく)なことにならんから。

「あい、わかった。それを踏まえて、とことん議論しようではないか」

「望むところです。神の偉大さについてならば、一晩中でも語れます」

 何やる気になってんだ。止めなきゃとは思うんだが。面倒くさい。ほんと、勉強好きだな、この二人。オレは、もう寝よう。

 白熱するテーブルから、そうっとフェードアウトして。ストーブ(わき)のベンチで就寝。火は入ってないし、必要な気候でもないが。気分的にあったかい。

 ふっと、目が覚める。毛布掛けてくれたのは、ブルーノだな。ラグに転がってる、毛布の(かたまり)がそうだろう。奥の寝室にはダブルベッドがあったが。当然、ネジェムに(ゆず)ったはずだ。

 にもかかわらず、(かたわ)らでごそごそしてるやつ。夜這(よば)いなら。困るが、ちょっと嬉しかったかも。中身はあれでも、むちむちの美女だ。

 その美女さんは。人の(まぶた)を開いて、眼球をチェック。起きる心配とか一切(いっさい)なしか。ついで、鼻を()まんでくるのは? ああ、口を開かせようとしてるのか。こっちの連中って、必要もないのに、やけに上の世界を模倣したがる。ネジェムでさえ、そうだ。肺使わなくても呼吸できるんだ。そんなの無意味だろ? ああ、ネジェムは、皮膚呼吸できない時間が長いのか。

 昼間の身のこなし。足音の忍ばせ方。明かりなしで、人を検査しようとするとか。陸(がわ)の能力を網羅(もうら)してるのは間違いない。(ただ)しその牙は、ナイフ。ひやりとする。拘束衣の真価を発揮させる前に、皮子が動いた。完全密閉(みっぺい)されて、無言で倒れるネジェム。ストーブに当たった刃物が硬質な音を立てる。

「どうされました?」

 さっと起き上がったブルーノがマッチを()る。カンテラを(かか)げて、何をどう解釈したのか。即座に戦闘態勢(たいせい)。どこに持ってた、それ。独鈷(どっこ)っていったか。

「この神敵を排しますか?」

 延々(えんえん)語ったせいで、信仰心に火が付いてんのか。ネジェムが白目()いててよかったよ。そういう言葉って、後に残るから。

「私が、浅はかにも救いを求めた結果、御身(おんみ)を危険に(さら)すことになりました。とはいえ、リュウイチ様のお救いになった命です。ご許可をいただきたく」

 あ、そういう考え方。真面目な奴って、さらに命懸(いのちが)けで()びそうで怖い。

「選択し、実行したのはオレだ。ブルーノが()()む必要はない」

「ですが」

「いや。ネジェムに、そういうつもりはなかったんだ。まあ、落ち着け」

「はい」

 (かま)えは()いたものの、目付きが尋常(じんじょう)じゃない。こいつを怒らせるのは()めよう。もっと怒ってるのが皮子だ。

「皮子さん、ありがとう。でも、それ以上やると死んじゃうよ。そうすると、誘引の気を吸ってもらえなくなって、オレが困る」

 するすると、透けたが膜が床を進み、オレに(まと)わり()いてくる。

「ご苦労様」

 おお、めんこいのう。オレと同じでナイフ苦手なはずなのに、体張ってくれたんだ。ありがたいし、うれしい。内心、ちょっと怖いが。あれ、やられたら、さすがにオレも死ぬ。

 息を吹き返したネジェムが、落ち着くまで、まだ時間掛かりそう。まあ、彼女の場合は、トラウマもあるか。

 驚愕(きょうがく)しててもおかしくないブルーノは、意外に冷静。(うやうや)しく、頭を下げてる。皮子に、だよな。

「ブルーノ。紹介が遅くなったが、相棒の皮子だ。彼女には意志がある。そのように(あつか)ってやってほしい」

「承知しました。死者を思わせる清浄な気配を感じておりました。神、いえ、リュウイチ様を(した)うのも当然かと。ブルーノと申します。力(およ)ばぬことも多くありますが、リュウイチ様に(つか)えさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 先輩(あつか)いされて、皮子は上機嫌(じょうきげん)だ。清浄って言われたしな。皮子さんって呼んでいいよ、だって。

「はい、皮子さん」

 おおっ。意思疎通できてる。ブルーノはいままで、よほど自分の力を抑え付けてたんだな。こっちは、大丈夫そう。

 問題は、あっち。

「こ、怖かった」

 震えながら、涙と鼻水()らしてる。少しは、反省してくれるといいが。

「やりたいことがあったら、先に口にしろって言っただろう?」

「気になりだしたら、眠れなくなった。朝まで待てず、起こすのも面倒に思おて。我がわるかった、許してたも」

「どういうことですか?」

「ネジェムは、調べたかっただけなんだ」

「はい?」

「欲しいのは、血か?」

「う、うむ。そうである」

 よかった、そっちで。(さば)きに来たかと、半分は(うたが)ってた。アーニャにも、やったしな。えーと、皮膚が硬化しないように。血糖値測るんだ、って自分を(だま)す。何を切ったかもわからないナイフを使うのは嫌だ。服の(はし)を変化させてだな。痛くない、痛くない。ってぇ。震える手が差し出す小皿に、ほんの少し血を()らす。

「赤い」

 (しぼ)り出すような声。

「黒いとでも思ったのか?」

「そう、そうである。我の血は黒い(ゆえ)

 なるほど。

「いや、赤いとは思うぞ。試してみようか」

「うむ。頼む」

 もう一つの白皿に、数滴の黒い液体。問題なく鉄臭いが。ブルーノも皮子も驚きの感情を持って見ている。

「黒いであろう?」

「触れる必要はない。その服の(そで)(かざ)したら、どうなるか。やってみよう」

「う、うむ」

 黒い粒子が、ゆらゆらと立ち(のぼ)り。吸着される。

「赤。我の血が、赤い」

 静かに涙する女を責める気にはなれない。落ち着いたところを見計(みはか)らって、皮子を紹介する。女同士の関係に口は出さない。怖いから。

「これは、なんぞ?」

 迂闊(うかつ)な口を()くネジェムに、皮子が全身を広げて威嚇(いかく)

「怖い。我が悪かった(ゆえ)、それは(やめ)めてたも」

 物(あつか)いしないこと。皮子さんって呼ぶこと。他にも皮子はいろいろ注文をつけていたが。いいのかわるいのか、意志疎通できない。どの道ネジェムに守らせるのは無理だろう。大人な方が、引いた。その都度(つど)、駄目なものは駄目って言う、とか。エリマキトカゲっていたよな。

「見れば見るほど、不思議な存在である。あれこそ原始か、もごもご。皮子さんとやらを調べてみたいのだが」

「ネジ先生。()りていませんね」

 (あき)れるブルーノに、寝室に押し込まれてた。

 そう、まだ夜なんだよ。あーあ、寝よ寝よ。

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