西門より
何を期待したわけでもないが。門の向こうが、またも岩壁とは予想外だ。皆、その手前を右に折れるか、そちらから現れる。どんな道があるのやら。
アーニャは、ドクから。オレが街を出る必要性を聞かされてた。
「だからって、急に。寂しいよ」
まさか、泣かれるとは。
「何、笑ってんの。リュウイチのばか」
ボディーブローを叩き込まれたが。頬は緩んだまま。まあ、許せ。いつか定年を迎えた時に、年若い女の後輩が泣いてくれたらな。って、割と本気の夢だった。
「アーニャも来るか?」
どうせ来ないんだろう、なんて愛想のないことは言わない。
「アタシは行かない。街が好きだし、居心地いいし。仕事があるから」
行けない、じゃなくて。行かない。
自分より少しだけ高い位置にある頭に手をのばす。
「な、何?」
「自立した女は、格好いいな」
「ジリツって?」
乱れた髪を、オレの方が気にしてる。
「自分で稼いで、人に迷惑かけずに暮らすことだ」
迷惑ってあたりはちょっとアレだが。まあ、誰にも迷惑かけずに生き死にするやつはいないわけで。
得意そうに鼻を鳴らして、胸を反らす。もう、目が赤いだけだな。
「いつ出発するの?」
「明後日の昼。って、一応は決めてるが」
「お話会があるのに」
「あれか。じゃあ、一緒に聞きに行って。そこから出発するかな」
エイト商会の店先ではじめたものが、人の寄りが良すぎて。場所を移しての公演と相成った。関係者面する気はないが。覗きに行ったら、聞かせ方をもう一工夫って話に。どうなったか、ちょっと気になる。
「アーニャには、本当に世話になった。礼に、何かほしいものあるか?」
「なんで、リュウイチは。ジリツした女にもの買い与えたがるかな」
それは、姪っ子かわいがる気分?
「餞別の意味なくなっちゃうでしょ」
「あー、うん。ほんとありがとなー」
旅に必要なものは、それで揃うのが理想らしい。でもな。何だ、あの呪いっぽいの。何が必要か、本人に聞けばいいものを。あくまで送る側が、自分が旅に出るとしたら絶対に持っていく第一位を送るという。ちなみに、アーニャはパンツをくれた。ビキニタイプ。履く日がくるかね。
翌々日。連れ立って、中央広場へ行くと。色とりどりの頭がびっしり。柱が邪魔で舞台が見えないんじゃ? って場所にも、陣取る人たち。
「せっかく来たんだから、アタシ、前の方に行く」
「オレはここにいるよ。はじまってから、皆の邪魔するのわるいから」
「うん。じゃあ、いってらっしゃい。街に戻ったら、うちに寄ってよ?」
「ああ。その時は、泊まらせてくれ」
「絶対だよ?」
あきらかに無理してる笑顔。胸の前で手を振った後。人混みを掻き分けていく。
銅鑼が鳴り響き。不安定な太鼓の音が続く。緋毛氈を掛けた舞台を、ゆるく蜷局を巻いた龍が守ってる。
「むかーし昔の、その昔。あるところに、とある男が一人」
繊細なのに良く通る声。色鮮やかな着物と相俟って、小鳥みたいだ。小拍子代わりのカスタネット。群衆は驚いたり、溜息を吐いたり忙しい。
店先では、同じ小話を定期的に繰り返していた。今日は、流れるように話が進む。
「リュウイチ様。そろそろ」
ブルーノが、そっと声をかけてくる。積極的に使うようになったら、気配察知の範囲が広がったらしい。
「ああ」
話も丁度、旅立ちの場面。前の方で、大泣きしてるやつがいる。可愛いな。
拍手が根付いてないのが、ちょっと残念。
興行に人を取られてか、街中は閑散としていた。
「準備、任せっぱなしにしてわるかった」
「いいえ。リュウイチ様は何かとお忙しい身。私は、細々としたことが得意なのです。これからも、お任せください」
ブルーノの方が、普段からよほど忙しかった思うが。オレは、挨拶回りと称してぷらぷら。合間に工作したり、買い物したり。
「こちらです」
西門の脇にある、駐車スペース。古くなく、新しくもない幌馬車が停まってる。幌には堂々、エイト商会のロゴが。
「遅いではないか。我は、この奇妙な模様が気になって、気になって。そこな者たちに尋ねても埒が明かぬ」
「待たせてわるい。それについては、道々説明する。とりあえず出発しようか」
ネジェムを押し上げ。馬車の番を兼ねて、相手をしていたらしい、エイト商会の従業員と挨拶を交わす。
「またの、お越しを」
いつも、ため口なのにな。最後はきちんと送り出してくれる。
「幌ばかり見ておったが。何故ワゴンをこのような形に。ふむ。これで海とやらを渡るのだな」
「違います」
ちっともしんみりしない旅立ち。有難いことだ。
ブルーノが御者を買って出た。オレはしばらく、馬の横を歩く。乗馬用より、二回りは大きい。名前はルル。この道、二百年のベテランで。エイト商会の支店へだったら、目をつぶってでも着けると豪語してる。どのような勤務形態を希望するか聞いてみると。明るいうちはいくらでも歩く。ただ、一時間に一度、十分から十五分の休憩がほしい。あと、美味しそうな草を見つけたら道草食いたい、とのことだった。
ハミと手綱共々。お役御免になったブルーノと、景色を堪能したいネジェムが、並んで座ってる。荷物に紛れるオレ。ネジェムが頻りに振り返る。
「して、して。あれは何であるのか?」
街門を出て、右に曲がるとゆったりとした上り坂。幌の陰から覗き見る、壁も天井も路面も、岩なのは相変わらずだ。馬車が擦れ違える道幅はある。対向車もちらほら。側溝があるせいで、追い越しづらいらしい。乗馬男の乗り物を煽る、ルルの嘶きを聞きながら。まずは、ロゴの説明から。
指輪印章のデザインが、殊の外お気に召したエイトは。さっそく店の正面にでかでかと掲げ。馬車や値札にまで使用し出した。あの頭の柔らかさ。感心させられるばかりだ。
「確かに、そのように個人や店を識別するものがあると便利です。売り手側は、下手なことができなくなりますし。求める側は、目当てのものを探しやすいでしょう」
ブルーノは、すぐに理解を示した。オレはただ、自分の封蝋印を自慢したかっただけなんだが。ネジェムは人の営みよりも、デザイン自体に興味が向いている。
「なぜ、八の字が横を向いているのか?」
無限大って意味付けは、エイトいちばんのお気に入りだ。
「ふむ。して、上下の囲みはただの線ではないな」
「ああ、それは。ブルーノが教えてあげれば?」
「わ、私ですか?」
いまだ及び腰のところ。かわいそうかな、と思わないでもないが。旅は続く。慣れるしかない。
「で、では。アルファベットの説明からいたします」
二人が荷台に場所を移したので。御者台はオレのもの。
「このびろびろしたものは、なんぞ?」
「これは竹簡といって。リュウイチ様が発明なさいました、大変にすばらしい」
急に口が回るようになったブルーノに注意。
「ブルーノ、文字の学習な?」
「はい。申し訳ありません」
歌のお兄さんと化したブルーノが三度くり返すうちに。ネジェムは、読み方はほぼ覚えた。
「なるほど。これは音を表記するものなのだな」
「その通りです」
ジリジリと羽ペンを使う音がする。
「このような形のものならば、我も見たことはあるのだが。もしや、これも文字であったのか?」
「はい。象形文字ですね。それらが簡略化されて、このように」
「我は呪いの模様とばかり。人の言うことを鵜呑みにして、馬鹿にしていた我が馬鹿であった。ソレよ、しかと覚える故。教えてたも」
「はい」
ブルーノはブルーノで。ネジェムが覚えてる限りの、ヒエログリフを教わってる様子。二人共よく酔わないな。サスペンションも何もない。これで読み書きするのはきついと思う。
見通しの利かない、緩やかな左カーブが続く。つまり、大きく螺旋状に上っているのだが。何周したか定かでない。岩のスロープが突然に途切れたら、外だった。
オレは、目の前に広がる田園風景を眺める。まっすぐな轍。畑、コテージ、屋敷林。これをワンセットとして、どこまでも規則正しく並んでる。不規則に出来上がった街の反省を生かして? いや、生かしすぎだろう。まあ、実り豊かで、空は青い。
「雲がある」
感動を伝えようと振り返るオレを。二対の目が不思議そうに見る。どちらも街を出たことはあるらしい。
「この、農村の町までですが」
「我も」
ジョナサンさん、みたいなネーミングも気になるが。
「雲があるってことは、雨が降るってことだろ?」
「なんと。説明を求めたいことが増えるばかり。まずはローマ字とやらを覚えてしまう故。その後、雲と雨の関係を頼む」
「私にも、ぜひ」
初めての道を行くのに、こんな暢気でいいのか。いいんだな。
「ソレは、我も半端にしか覚えておらぬ、古き文字を記して何とする?」
「学友が収集しておりますので。足らない部分を創作すれば、使用することも可能かと。ネジ先生はそのようには?」
ネジェムは、装飾的な表記に未練はないようだ。
「ああも手間をかけては、我の思考に追い付かぬ」
天才のジレンマだな。だいたい、教授なんてものは字がきたない。
「視覚的には美しいですよ」
また、何か思い付いたのか。ブルーノのフォローにも上の空。
「ソレの話す言葉は、明快である。かつて、使っていた者がいたような、いないような?」
自分とは、また違った特異さ。オレはすぐさま、ネジェムをスカウトしたが。実際、連れてくるのは無理だと思ってた。大物すぎる。
まず、守役会が囲い込みに入った。学校とかかわりはあるものの、まったくの別組織。学校が事実上、捨てて行ったネジの像を、維持管理してきたのは我々である、ってことだ。
対して、学校側。学長の地位を空けてあるのは、まさにこの時の為、と主張。また、役所にしても、街のはじまりはネジあってこそ、と言う。
オレのことなんて、吹き飛んで。ますます結論出るのが遅れそう。ちょうどいいや、と思っていたら。
半日もしないうちに、ネジェム返品。引き取ったのはエイト商会。出発までの間、衣食住すべての面倒を見てくれた。
「俺はなぁ、年寄を大事にしねぇ奴はくそだと思ってる」
エイトの意外な一面。連絡が来た時は、ほんと驚いた。
つまり、ネジェムは記憶に難あり、ってことらしい。仕方ない。少なくとも三千年は生きてる、ばあちゃんだ。オレなんか、去年のこともよく覚えてない。
オルファは、ネジェムをかばって相当がんばったようだが。像の中から現れたからといって、本人である保証はない。大先生の教え子、学長代理を認識できないのだから、本物ではない。街の歴史について、まったく知らないのだから、ネジではない。って、結論。
いや。最初から覚えてないと思うよ、この人。
すでに、オレのことは、コレ。ブルーノのことは、ソレ。まだ様子見してるが。皮子を紹介すれば、たぶん、アレ。
いま、発音練習しながら猛然と書き取りしてる。いつもこの調子なんだろう。夢中になったら、槍が降っても気付かない。蟻んこも人も同じ。
ルルが、旨そうな草見つけた、って。勝手に、道端に馬車を停めてる。飼い葉桶も、折り畳み式の台もあるんだが。オレ、馬具の着脱、ちゃんと習ってなかったな。
「ブルーノ。わるいが教えてくれ」
「はい。お任せを」
ちっとも面倒がらない、ブルーノはいい先生だ。対して、オレは駄目生徒。えーと、腹は腹帯、ハモが頸で。これは取り敢えず、そのままでいい? 先に舵棒を外して。お、こっちもか。すべての手順を巻き戻せばいいわけだが。教わる側から忘れる。装着するにも、先生の手を借りることになりそうだ。
ルルはご機嫌で、草を毟ってはもしゃもしゃ。今更ながら、ブルーノに確認。柵の向こうに入らなければ、むしろ歓迎されることらしい。ちょうどいい、こっちも弁当を食おう。
「ネジェム。飯にしよう」
「うむ」
生返事だな。まあ、移動中に食べてもいい。こっちは、せっかくだから外で。お先にいただきます。
「リュウイチ様。この旅の目的や、決まり事などございましたら、お聞かせください」
「んー。一先ず、街を出るって目的は達成したからな」
「はい、そうですね」
「ブルーノはやりたいこととか、行ってみたいところとかあるか?」
巡礼者に支給される錫杖を、包みも解かず、荷台に積んだままにしている。らしくないといえば、頭を剃るのもやめた模様。まあ、本人が決めたことだ。オレが口を出す筋合いじゃない。
「私は、この旅の間にできうる限り、リュウイチ様の教えを受けられれば幸いです」
「うん、まあ教えられることは教えるえれども」
「我も、同意する。教え、教わるとしよう」
やっと、空腹を感じたらしい。馬車から降りて、草むらに直に座る。拘束衣がお気に入りって、ちょっと。ツナギにピンクのリボンで、極力マイルドにしたが。泥が、とか。虫、キャーッ、とか言わないのは楽。
「ネジェム。いいこと言うな」
「年生の功というやつだ、もごもご。ぐほぃ」
ブルーノがすかさず、水筒の水を注いで差し出す。
「ふぃ、すまぬ」
まるきり子供のような年寄だな。
「んじゃあ、簡単なルールを決めよう。いま、オレが思い付くのは。おかしいと思ったら、その都度言うこと。我慢しないこと。やりたいことは、とりあえず言ってみること。あと何かあるか?」
「皆の意見が合わなかったら、どうするのだ?」
「リュウイチ様の意見であれば、私は従います」
それは、我慢じゃないのか?
「そうだな。まず、話し合って。譲れるところは譲る。別に急ぐ旅じゃないし。それでも、合わなければジャンケンで決める。どうしても合わない、嫌だと思ったら、わかれても別にいいと思うぞ」
「道理。合理。コレよ、気に入った。して、ジャンケンとは、なんぞ?」
ネジェムはハマった。子供のように何度も繰り返させる。
「不思議なり。勝敗を予測できるにも関わらず。我は、運など信じぬが。これには、そんなものが介在する可能性が」
小難しいこと考えてた。
報告、連絡、相談。義務付けようかと思ったが。ブルーノは端からできてるし、ネジェムにはちょっと無理そうだ。まあ、彼女が相当勝手に動いても、ブルーノは気配で探せる。オレの探査能力もある。
結局、いつもの行き当たりばったり。
「コレは、愚か者たちから逃げていると聞いたが」
「そう言うネジェムもな。大体なんで、誰もネジの姿を知らないんだ?」
「我は、あきらかに人と違った故」
仮面やマントで容姿を隠し、数百年毎に名乗る身分を変えていたんだとか。かつて老いた女がいたらしいと、自分で自分のことを教えてたのか。その行動原理。わかる気がする。
「面白い生き方してるな」
大きな目がぱちくりする。
「言われてみれば確かに。我ながら、なかなか」
悦に入ってる。彼女の言う、愚か者たちから見て。ネジ本人と断定できないまでも、関係者には違いない。いろいろ知識を引き出したかったろうに。あの、のんびり屋たちが、ここまで早い対応。
「他にも、何かやらかしただろう?」
わぁ、いい顔。
「なに。牛の糞をこたねてやっただけのこと」
ブルーノは、小さく祈りを捧げる。憐みの情? こっちにも認知症ってあるのかね。でも、こいつは確信犯だぞ。
「燃料か」
「なぬっ。わかるのか」
なぜ、残念そうにする? ああ、人の嫌がる顔を見たかったのか。悪ガキだ。
「乾燥させて暖を取ったり、煮炊きに使うんだろう」
「そのような、使い方が?」
「薪がなければどうするか。生活の知恵って、すごいよな」
牛の糞とか平気で言ってた女が、急にもじもじし出す。
「ならば、コレは知っているか? 我の記憶では、屁も燃えたはずなのだが。これが実験をした上での結論なのか、まだ、推論の段階なのか。わからなくなってしまった。これは事実か、否か」
ああ、そうか。気が遠くなるほど生きて。その上、どれだけ長くミイラになってたのか知らないが。どこまでが本当にあったことで、どこからが自分の妄想なのか。不安に思って当然だ。
「オレも実際に見たことはないが。実践した奴によると、ほんの一瞬だが、爆発的に燃えるらしいぞ」
「むん。それはぜひ、我も」
立ち直りが早くて何よりだ。
「いや、いきなりはやめた方が。容器に溜めて、藁のストローか何かで」
慰めてたはずが、何言ってんだ、オレ。そこへ丁度良くというか、運悪くというか。ルルがボロを。すぐに駆けて行こうとするネジェムをブルーノに止めさせた。蠅より早いって、どうなんだ。
「やりたいことを口にする。我は、まず馬の」
「どうどう。反対はしない。ただ、防備はしなさい」
即席のマスクと、手袋をさせる。
「この素材は、なんぞ? とりあえず、いまは丸める方を優先する。あとで、教えてたも」
「はいはい」
まったく、退屈する暇もない。
馬車に貼りつけるのは、さすがにまずい。売るほど持ってる竹竿と革紐で、簡単な干し台を作成。上に張った布は、ジュートって言ったか。トウモロコシ貰った時の袋もこれだった。一畳ほどの大きさで三百ミミ。けして高いわけじゃないが、こんなことに使うとは。孟を笑えない。
さて、これをどこに固定すれば、いちばん被害が少ないか。防護スーツもフィルターもなし。呼吸は楽だが、こういう時きついな。風上に回って、声を掛ける。
「ネジェム。干すのはここな」
「なんと、気の利く。コレは、よい」
傍らには、ソフトボール大のがゴロゴロ。
「平たくして、真ん中へこませた方が、速く乾くんじゃないか?」
「む。確かに。しかし、あまり薄くすると割れるかもしれぬ。牛とは違って、もごもご。よし、何種類か作って比べてみようではないか」
通り掛かりの農婦然とした女。眉を顰めるかと思いきや。
「あれま。お街の人も、そんなことするのねぇ」
からからと笑って、三件先のコテージを指し示す。
「あなた達。空き家があるから、泊まっていきなさい。これから大雨が降るよ」
地元の人の天気予報は的確だ。言っているそばから冷たい風が吹いてくる。
「家賃は如何ほど、どちらにお渡しすればよいでしょう?」
「いいわよ、空いてるんだから。どうせ片付けなけりゃならないし、あるもの好きに使てちょうだい。あ、わたし、町長の妻ですから。気遣い無用よ。隣に住んでるから、困ったことがあったら声をかけて」
空が暗くなってきた。もう一刻の猶予もない。家に駆けてく奥さんに続いて、ルルが先に避難する。おいおい。
この非常時に、くさいなんて言ってられない。干し台は、ワゴンの背面に括り付け。まだ、ぎゅっぎゅやってるネジェムの襟首を掴んで、御者台に誘導する。
「リュウイチ様、そのような」
や、これがいちばん早いし。馬車を引くのは苦じゃない。第一ブルーノには、別の苦行がね。
「ネジェムがバランス崩さないように、支えてやってくれ」
「はい」
ブルーノは多少迷って、やはりネジェムの襟首を掴む。両手があれだし、まだ一つ持ってるからな。
「んー、どうであったか。おお? そうか、そうであった」
ネジェムは、うんうん唸った後。晴々とした様子。
「コレよ。馬のものは、いかにも元が草らしい。同じものを食しながら、牛のものが違うのはなぜか」
何を言い出すかと思えば。
「反芻するからか?」
「なに、反芻とな。言い得て妙な言葉である。彼奴らは一度食うたものをだな」
一くさり講釈を垂れて、満足そうに溜息。いろいろ思い出せてよかったな。でも、それはそれ。
「ネジェム。その手でそこらに触ったら怒るからな」
「あい、わかった」
返事だけはいい。
「ブルーノ」
「はい、お任せください。きちんと見張っております」
へんに期待はしてない。ようは定期的に、誘引の気を除去してくれればいいわけで。あとは、気楽に余生を楽しんでください。って、寿命ないんだっけ?




