学校訪問
経文唱えて、ブルーノは落ち着いた。ループしないでよかったよ。
促されて、オレも腰を上げる。
会議の終了まで、小一時間。教師たちは互いに汚点を論い。結論を出すのに、一週間はかかるそう。
「お気を煩わすことになりましたが。あと四日は、進展なしかと」
「人の心配してて、自分は大丈夫なのか?」
「私もいまのところ、特に制限は受けておりませんので」
「なら、いいけど」
五階に下りると。幾重にもなる壁と床が、喧騒を遮る。どの学部も三人から、多くて十人ほど。大掛かりな工作や実験をする時は、別の場所を使い。普段は、二間続きの一室で十分なんだとか。
生徒たちがやってくるのは四時以降。つまり、夜学だな。仕事しながら学ぼうなんて偉い。
開いている扉を指し示すと、ブルーノが肯く。こそっと入ってみた。生徒間で通じる。他者の意見求む、って合図らしい。
おお、可愛い。水車の模型だ。軸を延ばして、突起を付け。大麦、もとい米麦の精白に成功してる。閃いた、っていうより。上の世界で見たんだろうが。そこはオレと同じ。詳しい仕組みは知らなかったと見える。小さな石臼が所在なさげにぽつんと。さ、さみしい。
方程式というものが存在しない。一桁ずつ足し算と引き算をくり返している薄板。端に、歯車を描いてみる。わかるか? まあ、わからなくても、ずっと考えてれば、いつかは思い付くだろう。がんばれ。
ウェルカムな、もう一室。
「長期保存が可能で、すでにある干し肉やドライフルーツとは違うものを目指すのだと、聞いております」
洗って伏せてあるのは、まな板、包丁、すり鉢、蒸し器? 白っぽい、年輪の目立たない板切れ。
「蒲鉾か?」
棚に並ぶ木箱。覆いを捲ると、大当たり! 嬉々とするオレとは対照的に。ブルーノは、袂で鼻と口を覆い。皮子は一言、腐ってる。よくよく見れば、表面に黄ばんだ滑りが。あー。こっち冷蔵庫ないからな。室内は思いのほか涼しいとはいえ、年中温暖な気候だ。あわよくば味見をと期待した分、よけいに残念。
「だにが、あどばいうば、ございまずが?」
「これやってるの、知り合い?」
「あい」
「うーん。塩はもう入れてるよな。蒸した後、もう一回表面焼くか。最初から、油で揚げるとか? それでも三日持つかどうか」
紫外線で表面を殺菌、真空パックなんて無理だよな。そうか。
「まったく別物だけど。缶詰なら保つかな」
「がんづめどば?」
猛烈に臭ってるっぽいのに、よく逃げ出さないな。あ、オレが部屋から出ればいいのか。
廊下へ出て、扉を閉める。
ほっとしたように、手を下すブルーノ。皮子は、部下から酸素を取り込んで、自分は難を逃れていたようだ。
さて、缶詰の説明とな。むずかしい。中をコーティングした、イージーオープン缶しか知らんもん。その上、多くの固有名詞が違う世界で、鉛の毒性とか説明すんの?
「まずは瓶詰でいいか」
うん、丸投げしよう。
「煮沸消毒とか、遮光とか。アーニャが保存のノウハウ持ってるぞ」
商品パッケージ。液体の場合、ちっちゃな樽が主流だ。少しお高くなると焼き物。その上がガラスか。
アーニャはコルク栓を使い、さらに木蝋で固める。品質保持って点でも群を抜いてる。
「あれって、学校で習ったわけじゃないのか?」
「どうでしょう? とりあえず、薬学部に相談することを勧めてみます。それで駄目ならアーニャを訪ねさせます」
「うん。それがいいと思う」
押し付け成功。って、アーニャ、薬学部だったんだ。
「他の学部と、そんな仲悪いわけでもないんだな」
「最後の手段といったところでしょうか」
笑うしかないのか。
「ところで、リュウイチ様。なぜ、煮立てたり、日光を遮ることで品質を保つことができるのでしょうか」
えー? 超絶面倒くさいが。とっとと知識を渡さないと、何かすごいって誤解されたままなんだよな。
「ええと。目に見えないくらい小さな菌、細菌ってものがいて。数が少ないうちは問題ないんだが、増えると食品を劣化、つまり腐らせるわけ。その細菌は熱に弱いんだ」
非常にざっくりした説明だが。ブルーノって、オレより頭いいんだよな。
「さようでしたか。生もので食中りを起こすのは、そういうわけだったのですね」
さようです。きらっきらの目が続きを促す。
「えーと。日の光には、有益なものも多分に含まれてるが、物質を劣化させるものもあるんだ」
「ええ?」
あ、わりと信仰系にはまずい情報か。フォロー、フォロー。
「劣化っていっても、それで細菌を殺したりもできるんだが」
表情和らいだ。って、なぜここまで気を遣わねばならんのか。
「まぁ、それくらいだから強いわけだよ。食品も傷むくらい」
さらにいい加減になる説明。
「私たちも日々、光を浴びていますが、大丈夫なのでしょうか?」
本当に賢いなっ。
「そうだな。水の中なら光は弱くなるし。獣は毛皮で皮膚を保護してる。オレたちは日に焼けることで、害のある光線が体内に入らないようにしてる」
「なるほど。そのような仕組みだったのですね」
答案用紙に、三角すら貰えなさそうだが。
「ご教授、感謝いたします。どうぞ、資料庫はこちらです」
とりあえず、ほっ。
「おおっ。けっこう持ち帰れるもんだな」
四階の一角に、三室分ぶち抜いたくらいのスペースがあって。棚には、仕分けもされないまま、埃をかぶった品々。
「所有者の好意による寄贈と、引き取り手のない物が持ち込まれるケースとございます」
配偶者や友人に残すこともあるだろうが。基本、子供いないからな。
「これ、触っていいのか」
「はい、ご随意に」
何の権限があって、許可してんだ? まあ、こんな保存状態じゃ、誰も価値を見出してないのは明らか。
長く放置されたわりに、くすんでないペンダント。
「これ、銀だろ?」
なんちゃってじゃないデザインで。細かな傷がついてる。これでイミテーションだったら、笑えるが。
「え? これが千ミミ銀貨と同じものなのですか?」
銀で通じたのはいいが。きれいすぎて偽物扱いか。
「いや、硬貨の方が混ぜ物してあるだろ」
いぶし銀状態で格好いいが、わずかに赤っぽい輝き。
「そ、そうなのですか? なぜ、そんなことをするのでしょう」
「え? えーと。強度が増して、加工しやすくなるんだったか」
誤魔化すように、ロケットを開くと。素直にブルーノが驚く。
「そのような細工がされているとは、思いもよりませんでした。その上、この小さな中に人の顔が」
「細密画みたいだな。すっごい細い筆、えーと筆記用具で見たまま忠実に描いたんだろう」
美化されてこれだとしたら。う、うーん。写真とはまた違った存在感がある。
次に目に留まったのは、古ぼけた小箱。単なる物入に見えるが。それにしては少しだけ重く。底も厚い。納められてた巻き鍵を、底板裏面の穴に差し込む。
突然、流れ出した音楽に、またもやブルーノが肩を揺らす。ちょっと、楽しくなってきた。
「なぜ、そのような小さなものから、これほど多彩な音が出るのでしょうか」
「んー。こう、かな?」
中蓋、簡単に外せてよかったよ。構造は一目瞭然。
「金属の櫛を、小さな疣々が弾いていますね。櫛の歯の長さが違います。それで、音が違うのですか。しかし、回る仕組みが。ああ、水車に似ています。先程、リュウイチ様が描かれたのと同じものがここに」
次々理解を示していく。
「水車は水の流れによって回ります。こちらはリュウイチ様が回されましたが、なぜ、鍵を外しても回り続けるのでしょうか」
じっと、観察しているうちに停止。
「ああっ」
残念そうに声を上げる。
「巻いてみたら?」
「はい。これは、右巻きと決まっているのですね」
何度か、巻くことと停止をくり返して。何がしかの動力を溜める仕掛けがあるに違いない、とか言い出す。天才か。
「ゼンマイっていう。こう、ぐるぐるぅっとした形のバネで。鯨の髭を使うんじゃなかったかな」
視線に負けて、おぼろげな記憶を披露する。
「なるほど。反発の強い素材が、元に戻ろうとする力を利用するのですね。これは、すごいですね」
こんなんでわかる奴もな。でも、あれ?
「時計、使ってるよな? あれも、似たような仕組みだったと思うが」
ブルーノは、困ったように眉を寄せる。
「あれらはすべて、不思議の町からの輸入品なのです」
ふ、不思議の町?
「大変、高価なもので。私たちは仕組みを調べるどころか、おいそれと触ることもできず」
めっちゃ、ぎりぎりネジ巻いてたわ。オレも構造なんてわからん。昔、ボンボン時計を分解したものの。元に戻せず、こっぴどく叱られた思い出が。
「次、行こうか」
「お誘いしておきながら。リュウイチ様のお役に立てず、申し訳ありません」
実のところ、各学部がかなり持ち出しているのだと、ブルーノは肩を窄める。後に残されたのは、錆びた髪留め。いまにも朽ちそうな弓。言語学部が押さえてるのか、活字系はなし。まあ、あったとしても、読めない確率が高い。
「いや、オルゴール見付けたし。十分じゃないか? 応用すれば、かなり作業効率上がるだろ」
「はい、ありがとうございます」
おかげで詳しい説明をパスできる。
あとは、皆が行ってた時代や国を感じるくらいかな。さほど期待もせず、見て回っていると。
「おっ」
これ。かなり本気で欲しい。
「リュウイチ様。それは、何でしょう?」
「溝そろばん、ってやつだと思うけど。いや、オレも本物は初めて見た」
緑青吹いてるが、ちゃんと動く。一桁から七桁まで順に、ゆっくり足し算、引き算をくり返して見せると。ブルーノは直ぐに理解した。この人、なんで宗教学部に入ったかな。
「すばらしい道具です」
「本当にな」
二千年前から使ってたとか。ローマ人、世界を征服しかけただけのことはある。
「水車の模型つくってる奴に、教えてやるといいかもな」
「はい。先程のオルゴールなる小箱共々、必ずやそのようにいたします」
勢い込んだかと思えば、急に落ち込む。
「これだけのものを眠らせておくなど。私たちは何と愚かなのでしょう」
「いや、まあ。足るを知るってことで。幸せならいいんだ、幸せなら」
拝まれた。あれだな。適当な言葉が、占いみたいに作用してる。聞く者の知識とか、思考とか、奥深さを映す鏡。
そういや、鏡ないな。手鏡くらい、誰か持って来てもいいはずなのに。
「リュウイチ様。まだまだ伺いたいことは山ほどございますが」
山ほどか。
「勉強会の時間も迫っておりますので」
そうだった。ドクとも約束してるしな。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
場所を移して。オレが食堂のマスターに事情を説明している間。ブルーノは、ドクと話し合い。自分が世話する中で、心身共に安定している者は他の祈祷師に。特に心配な者たちは、ドクに任せることにしたようだ。旅立ちに向けて、オレ以上に、ちゃんと考えてる。
勉強会でも熱心に学び、発言もしていた。ただ、なんか。少しだけ無理にはしゃいでるような。
帰り掛け。道が分かれるところで最終確認。
「嫌なら無理に付いてこなくていいんだぞ?」
「とんでもない。是が非でも、お供いたします」
必死の形相は、いかにもブルーノらしい。
「何か心配事があるなら、聞くけど」
それを想像しただけで、真っ青になるようなこと。
逡巡は一瞬。
「まったくもってお恥ずかしい話ですが。私は、試験の間が恐ろしく、中へ入ることもままならないのです。もし、リュウイチ様に立ち会っていただけるのであれば、何とかなるかもしれません」
なんですと? 思わずじっと見つめる。ブルーノは真剣だ。そうじゃなかったことなんてない。
書類がないから、何彼に付けて立会人が必要なのもわかる。
「まあ。それくらい、いいけど」
引き受けたはいいが。お受験の時、保護者ってこんな気持ち?
オレのせいで不合格になったら、どうしよう。




