医師の忠告
初心者と思しき女が、カフェの呼び込みをしていた。
「淹れたてコフィ、いかがですか」
可愛いというより、優しいお母さん系。
「米麦のリゾット、おいしいですよ」
即、入店。どっちに引かれたって? 両方。
無理言って、食器を借りてテイクアウト。食べ終わったら速攻、返しに来ますんで。
建物の陰でいざ、食おうとしたら。家無し男が寄ってきて、マイ器を差し出す。
「半分でいい」
どっかで何か食べた後らしく、木目が際立ってる。ちょっと足りない、ってやつ?
「おう」
言われるままに分ける。
「何でも、教えてやるからな」
図々しくも、この飄々とした感じ。いいよな。
「とりあえず、食おう」
野菜たっぷりのリゾット。出汁が利いてて旨い。
さて、肝心なところ。米なのか、麦なのか? 前世で言う、もち麦でした。残念だが。まあ、これはこれで。ぷちぷち、全部噛まないと気が済まなくなるから。少量でも満足感がある。体にも良さそうだ。
「いま、街から出るとしたら。何、持っていく?」
「丈夫な麻布」
迷いのない答え。粥が半分だから、理由は教えないそうだ。
「わかった。持っていこう」
いまから食べ物を追加したり、金を渡すのは違う気がする。
男が歯を見せた。最後の一粒を指で取って口に入れる。
「ごちそうさん」
急きもせず。ことさら無頼を気取るでもなく、自分の速度で去っていく。何百年たっても、オレは、ああは成れないんだろうな。
昼時にわるいとは思ったが、ドクを訪ねる。
「あら。リュウイチさんの所に行ったんですよ? 擦れ違いね」
アニソンさんかな? 少し待つように言われる。軽食も勧められたが。
「さっき食べたばっかりだがら。気持ちだけ、ありがとう」
五分もしないうちに、ドクが帰宅。
「無駄足、踏ませてわるい」
「いや。アーニャにも用があったし、いいんだ。よかった、来てくれて」
昼飯もまだだろうに、診察室に誘われる。
「頼むぞ」
しかも、盗聴防止付き。なんだ? ドクの話は端的で、わかりやすかった。
「僕が以前、所属していた学術研究会が、リュウイチさんに興味を持っている。医師で発汗の仕組みを研究している者がいて。彼女に、誘引の気の抑え方について、意見を求めたんだ。そこから話が伝わったらしい。すまない」
深々と頭を下げられた。
「いや。別に、ドクが謝るようなことじゃないだろう。むしろ、ありがとう。あれからも、いろいろ調べてくれてたんだな」
「いや。結局、解決方法も見つからないまま。患者の秘密を漏らすだけになってしまった」
公的のものではなく。自分で自分に課してる決まりのようだ。
「反省は後で、勝手にやるとして。まず、僕はその学会を脱退している。理由は、その集まりが閉鎖的で、いま苦しんでいる人たちの役に立っていないと思ったからだ。もちろん、学問を発展させることも大事なんだが。得た知識を抱え込んで、風化させてしまっているのが実情だ」
ちょっと困ったように首を傾げる。
「自分でも、批判してるように聞こえるが。公平に話しているつもりだ」
「ああ。わかってる」
オレのために語ってるってこともだ。
「僕たちは、人の秘密に触れる機会が多い。信用の置ける人物だと、世間では言われる。自然、役所や議会とも密に遣り取りする者が出てくる」
何か、見えてきた。女村での情報と、誘引の気の残滓があるっていう、オレ。すでに点線で繋がってる。うわぁ、やばい。ドクが、話してくれてよかった。
村であったこと。どこまで知ったのか、口にしない。オレに質問する気もないようだ。知りたがりのくせに。言えない理由があるのか。ブルーノと似たような?
「実は、役所の内情に詳しい人から。気を付けるようにって、言われた」
「そうか、よかった。そういう忠告をしてくれる人がいるんだな。ただ、公の機関とは、別の線で動く者もいるから。より、注意してほしい」
「学会って、話を聞くだけじゃないんだな?」
ドクの眉が寄る。
「探求者は、困った性質を持っていて。知る為なら、かなり危険なこともする。大半は理性も持ち合わせてるが、全員そうだとは言い切れない」
「生きた人を使った実験もするのか?」
冗談めかして言ってみたが、ドクは肯定も否定もしなかった。
「少なくとも数十種類の検査を受け、百以上の質問に答えることになるだろう。リュウイチさんが、人体の構造や、世界の成り立ちに興味があって。同じ手法で探求したいと思っているならまだしも。苦痛だと思うよ」
確かに。途中でキレそうだ。
「一方で、万に一つの可能性ではあるが、知る機会を奪うことになるから。正直、いまも悩んでる。僕だってリュウイチさんと、そういう探求ができるなら、ぜひお願いしたい」
ははっ。やっぱり、ドクはこうでなくちゃな。
「誰よりリュウイチさんが、答えを知りたいだろう。安全が保障されるなら、何を置いても勧める。だが、彼らはまだ、あまりに未熟だ」
眩しいものでも見るような目。
「かく言う僕もそうだ。それでも、この手で触れていいものと、そうでないものはわかる。あれこれ理屈を並べてはみたが。リュウイチさんのためと言いながら、実際は彼らのためでもある。手に余るのが、目に見えている。現状、平和に生きているのに、いまここで無茶をする必要はあるかい? 身勝手な理屈で、本当に申し訳ない」
触れるな危険? ハザードシンボルでも付いてんのか、オレ。
でも、そうだな。卵生が当たり前の世界に、臍を持つ奴が一人。天地がひっくり返るようなことだろう。
もし、体を弄り回されて、我を忘れて怒ったら? 少なくとも、椅子を蹴飛ばすくらいじゃすまない。
はぁー、大丈夫だ。何てことない。距離を置けばいいんだ。
「ありがとう。言いずらいことを言ってくれて。幸いって言ったら、おかしいが。オレ、商会の仕事を請け負って、街を出ることにしたんだ」
ドクの顔が、ぱっと明るくなった。理解が早くて助かる。
「ああ、それがいい。仕事ならば、うん。突然、街を出るのも仕方ない」
肩の荷が下りた、って感じ。同類を嗤う気はない。小心者万歳! よくぞ話してくれた。
「もし、役所から人がきたら、オレの症状とか、これまでの経緯も正直に言ってもらってかまわない」
情報操作済みだし。それでドクの負担が減るといいんだが。
「気を遣わせてわるいな。必要ならそうさせてもらうよ。白を切る自信はあるんだが。副役所長には、太刀打ちできそうにないから」
やはり、切れ者か。味方なら心強いが、今回は敵陣。
「それで、質問があるんだが。答えられる範囲でいい」
「何だい?」
「この街にある学校。ドクも卒業してるだろう? その学会と関係があるのか?」
「大半が卒業生だ。分野が違えば顏も知らない、なんてざらだが。口伝えに知識を引き継いでいくから、縦の繋がりは一生消えないと考えていい」
ってことは、学校側もかなりのことを掴んでて。それに伴った動きがあるんだな。どういう形なのかは不明だが。
「それから、ブルーノって祈祷師を知ってるか?」
「ああ。彼は、昔から一生懸命で好感が持てる。僕も意見を求められたことが何度かあるよ」
顔見知りだった。
「ちょっと、わからないんだが。それだけ勉強熱心で、卒業できないものなのか?」
「いや。彼くらいになれば、いつでも試験を受けられるし、合格できるだろう。すでに街公認の祈祷師だから、気にならないのかもしれない。街の外に出るなら、卒業していた方が有利なんだが」
「有利?」
「巡礼中の祈祷師は、托鉢が命綱だ。学校の卒業生なら、行く先々で、その地を治める長が客として迎える。彼らも卒業生だがら。そのことにプライドを持っていて、中退者には当たりが厳しい傾向にある。扱いが雲泥の差だっていうな」
こっちにもあった学閥。これは、命令してでも卒業させるべきか?
「本当に、いろいろありがとう」
「いや。大したことはできなくてな」
人の罪悪感を利用するのは、どうかと思うが。誰でもいいわけじゃない。そもそもオレは、これを頼みに来たんだ。
「お世話になりついでに、もう一つ」
「どうぞ」
まだ始めて数日だが、と。自分たちの活動を説明する。ドクが、食堂の主人を知ってるなんて、ますます好都合。
「こっちの勉強会はアットホームで、物足りなかもしれないが。よかったら時々、顔を出してほしい」
「文字。それを使いこなせば、患者の話を混同しなくなるし、治療の効果を検証しやすくなるな。いや、僕の方からお願いするよ」
今日からさっそく行く、って。よかった。ドクは服装からして、アロハ~なんだが。正直、挨拶しか聞き取れない。一割くらい英語と、別の響きも混じってて。時間はものすごーくかかるだろうが、何とかなるだろう。
うん、後は任せた。




