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やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
27/87

商人の忠告


 一日のうちに、三人の男に忠告された。

 一人目は、ブルーノ。朝の挨拶(あいさつ)を終えて。いつになく()えない表情。

「どうかしたか?」

「ご相談があるのですが」

「あー、じゃあ、上に行くか」

 水桶(みずおけ)は自分で持つよ。

 アーニャが、糸豆(いとまめ)(きざ)んだり煮たりしてるせいで。用もないのに近付く者はおらず。

 空き部屋の一つに、ブルーノを通した。乱雑な様子にも、(ただよ)ってるはずの臭いにも、(まゆ)一つ動かさない。それどころじゃないって感じだな。

「何からお話すればよいか。つまりは、私の通っている学校のことです」

 オレも前々から興味はあった。ただ、場所がな。議事室や役所の上のエリア。あの広報、聞いたら近付きたくない。まあ、対策はしてるから、そこまで神経質になる必要もないわけだが。

「うん。何かトラブルでも?」

「私は、学生の身分ではあるのですが、後輩の指導にもあたります」

 あらためて年生を聞いたことはない。アーニャより確実に上だろう。殊更(ことさら)(ほこ)ることはしないが。教師と同等、もしくはそれ以上の働きはしてそうだ。

「その関係で。学長代理および教師陣の定例会議に、発言権はないながら出席を許されているのです」

「うん」

 なんか、いつものブルーノらしくない。奥歯にものが(はさ)まったような物言いだな、と思ったら。

「会議の内容を他言しないと誓っているので。肝心(かんじん)なことを、お話することができず」

 それでも話そうとするから、(ひたい)に脂汗が。うわぁ。アーニャが嘘吐(うそつ)けないとか言ってたの、オレ、軽く考えてた。こんなに(しば)りの強いものだとは。ブルーノの性格によるところも大きいか。

「うん、わかった」

 (くわ)しくは、わからないけど。

「ようは、オレがその内容を把握(はあく)する必要があるってことだな」

「おっしゃる通りです」

 心底ほっしたように、ブルーノは姿勢を(くず)した。ほんと、珍しい。

「その会議って、毎日あるのか?」

「はい。メンバーの都合によって、時間は変わりますが。本日は、午後一時からございます」

 そういう情報は、口にしてもかまわなんだな。

「構内の見学は、誰でもできますので。たまたま、会議室の近くを通り掛かっていただけないかと」

 つまり、盗み聞きをしろと。

「わかった。前から、学校には興味あったんだ」

「ご覧いただくに(あたい)するものは、まず、ないかと。ああ、資料庫にいくつか、面白いものがあるかもしれません」

「楽しみにしとく」

 お(むか)えに上がります、と言うので。場所はわかるから、と。近くで待ち合わせることに。

 来た時より、ずっと明るい表情で、ブルーノは帰っていった。

 口から出まかせってわけじゃない。用心は忘れず、楽しもう。


 不自然に見えないように、水桶(みずおけ)持参で(はち)の巣探し。

 重い。皮子が入ってるせいもある。底に()れた分だけで満足してるから。まあ、いいか。

 糸豆(いとまめ)蜂蜜(はちみつ)、どっちの方が強いんだ? 不安が(ぬぐ)えず、そのままエイト商会に持ち込む。店が見える前に、肌を(おお)ってる皮子からお知らせ。何、いい匂い?

 おおっ。考えたな、店頭で試食販売してる。その割に客が少ない。まず、立ち止まらない。立ち止まっても、微妙な距離。いままで、こういう形態(けいたい)なかったのか。受け手も、どうしたらいいかわからない、って感じ。

「あ、リュウイチ」

(せい)が出るね」

 軽く挨拶(あいさつ)して、横を通り抜けようとしたのに。なぜ、(そで)を引く?

「うまいこと考えたじゃないか。がんばれ」

「俺達だけで醤油(しょうゆ)味の肉食いまくったの、ボスが根に持ってて。ここにある分、全部売るまで、肉食わせないって言うんだ」

 それ、オレのせいか? 捨てられた小犬のような目で見ないでくれ。

「少しだけだぞ」

「よ、よかったぁ」

 いや、オレが手伝っても、どうにかなる保証はないから。

「取り()えず、これ買い取ってもらいに来たんだが」

「あ、俺。奥に持ってっておく」

 逃がすか。

「新品の前掛け人数分、持ってきてくれ」

「お、おう」

「それから、きれいめの箱に。捨ててもいいけど、きれいめの袋かけてな。清潔な手拭(てぬぐ)い二本と」

 って、一緒に行った方が早いか。

 何に使うのかわからず、右往左往する男に、あれこれ指示を飛ばしながら。いいのかね、と冷や汗ものだ。エイトの(えら)いところは、ある程度、店員に権限を与えてることか。商品を売るためとはいえ、他の商品、無許可で使えるなんて、すごい。

 この格好(かっこう)、顔(かく)せるし気に入ってんだけど。客相手ではしょうがない。フードを取って、パリっとしたエプロンをする。

「余計なお世話するぞー」

「いや、ほんと、助かる」

 なんで、息も()()え? ああ。一人、店頭に残されて。料理は好きだけど、人前苦手ってやつか。とりあえず、よれた前掛けを、新しいのに変えさせる。

 隣の(おけ)で手洗い。さて、やりますか。

 まずは、試食の肉を一口大に切ることを要求する。確かに、旨そうに焼けてるし、皿にフォークも()えてあるが? 道を歩いてて、いきなり手の平サイズの肉、突き出されても。どうしていいかわからんだろ。

 ごっつい(とげ)一束(ひとたば)、百五十ミミ。調理器具売り場に置かれてて。用途を聞いたら、料理する時に食材とめるのに使う、って。名前はまんま(とげ)だが。爪楊枝(つまようじ)、ゲット。肉一切れにつき一本、()します。

「こんなサイズで食った気するか?」

「それは、あくまであなたの感覚です。周りをご覧なさい。美しいお姉様方の、上品な口元(くちもと)を」

 突然の切替えに、目を白黒させる男を尻目に。徐々(じょじょ)に数を増やす女達を示す。あからさまな世辞を、って(いや)がられる可能性もあるが。おちょぼ口を手で隠して、素直に喜んでる。よかった。

 気の強そうな女に(まと)をしぼる。

「こんにちは。お買い物ですか?」

 買い物かご()げてんだ。見ればわかるが、まあ、話のきっかけってことで。

「ええ、まあ」

「勝手に見ちゃってわるいけど。選んだお野菜、みんな新鮮。さては、お料理上手?」

「そ、そんなこともないけど」

「毎日、献立(こんだて)考えるの大変でしょう」

「そう。ほんと、困るわ」

 そこで、さっと、試食の皿を。

「新しい味、試してみません? いつもとまったく同じ食材で、まったく違う味になりますよ。試食ですから、もちろんお代はいただきません」

 はっきり、言おう。オレは営業が下手(へた)だ。(たく)みな営業トークにさらされてない人たち相手だから、まあ、(なん)とか。

「本当? まあ、(ただ)なんて気が引けるわ」

「ほんの一口ですから」

「そ、そうね。じゃあ、いただくわ」

 ありがとうございっ。

「あ、(とげ)はこちらに捨ててください。手がべたついたら、こっちで()いていただいて」

 一人が手本(てほん)を示せば、(あと)に続く者が出る。ああ、よかった。

 調理の仕方の説明は、得意な奴に任せる。朴訥(ぼくとつ)としたしゃべりだが。聞く気になった女たちは、遠慮なく質問してくるから。誠実に答えればいい。

 オレは、輪から()め出されてる、男達の方に、試食の皿を持っていく。

「こんな味は、どう? 酒のつまみにもなるよ?」

「ほんとか?」

「ほんと、ほんと。最近、流行(はや)りの串焼き、知ってる? あれと、同じ調味料使ってるんだ」

「へぇ」

「それに、まあ、これは(ただ)だし。試して(そん)はないだろ?」

 ならば、と。食い付かせるまでが大変。

 徳利(とっくり)に入った醤油(しょうゆ)も、小さいサイズから、ちらほら売れてるようだし。もう、いいかな? オレは、あのコンロがちょっと気になって。燃料、灯油か?

 あー、違う。オレ、(はち)の巣売りにきたんだった。いちばん右手が、専用カウンターのようだ。

「よくまあ、刺されもせずに。こんなきれいな状態で持ってくるもんだ。見付けるのも大変だろう?」

 前より、買い取り価格が上。最初から、こうすればよかったよ。

 代金を受け取ったところで、ペコから伝聞(でんぶん)。エイト、上に来い。って。査定待ちの客が並んでる。(いそが)しそうな店員に、案内しろとは言えない。

「エイトに。上に来いって、呼ばれてるんだが」

 ちょっと首を(かし)げたが。

「まあ、リュウイチだもんな」

 わけのわからない理屈で、奥の階段を示される。

「おじゃまします」

 会う奴、会う奴。一応方向は指示してくれるんだが。迷路だよ。

 (のぞ)くつもりもなく、見えた室内は。それぞれ木製の棚に、糸あり、反物(たんもの)あり。変な仮面や、剥製(はくせい)。骨董品みたいな(つぼ)とか、(よろい)なんかもあった。こういうごちゃごちゃした感じ、とても楽しい。このまま客入れても受けそうな。まあ、人ん()のことだ。

 最終的には気配(けはい)を頼りに。ここ、三階のどっかだと思うんだが。

 開いてるドアを礼儀上ノック。

「おう、入れ」

 執務室だな。居心地よくするための工夫なのか。馬の(くら)とか、水牛(すいぎゅう)(つの)とか。適当に置かれてる感じだが。ちょっとでも動かすとわかる奴もいるし。ぶつからないように気を付けて、机の前に立つ。

「まあ、座れ」

 今度の椅子(いす)は、前より高そう。気取(きど)間柄(あいだがら)でもないので。

「んじゃあ、失礼して」

「こないだも、今日も。持ち込みありがとうよ」

「いや。こっちこそ、いい値で買い取ってもらって助かる」

 わざわざ呼んで、挨拶(あいさつ)でもあるまい。

(なん)か、あったか?」

「こっちじゃねぇ。そっちの話だ」

「オレ?」

 さすがは商人。自分が不利になる約束は、そう簡単にはしないらしく。かなりの情報を流してくれた。

 エイトによると、こうだ。

 一月ほど前に、女村で何かがあった。伝聞(でんぶん)は来たが、内容が荒唐無稽(こうとうむけい)で。議会はとりあわず。

 直接、村から使者が来て。話は聞いたが、やはり腰は重い。とりあえず、広報と伝聞による注意喚起(かんき)

 再三の要請に、やっと調査員を派遣。村人全員から聞き取りを行う。

 持ち帰った情報をもとに、識者に意見を聞き。協議をくり返して。はじめて事実だと認定。

「内容は、さすがに俺も知らなかった」

 はい、過去形。エイトには、ペコが付いてるからな。椅子(いす)から腰を浮かせかけて、思い直した。オレをどうにかする気なら、こんな話はしない。

「いま、わかってることは。あの、訳のわからん伝聞と広報。それが差すと思われるだろう男の一人が、目の前にいるってことだ」

 ブルーノの時と同じだな。エイトにしては、回りくどい言い方。

「思われるだろう男の一人?」

「まず、現れた時期が合う。ふつうの一年生坊主(ぼうず)と比べて、知識がありすぎる。あとは、俺の(かん)だ」

 心臓がうるさい。ゆっくり呼吸して。表情、変わってないといいが。

 女村に生まれた男とオレ。完全にイコールじゃない。

「ふつうより少し、長く上にいただけだ」

「まあ、そういう奴もたまにはいる」

 エイト自身がそうかもな。

 オレは、誘引の気を時々、()()いたことになってる。それを知る人達がいる。むやみに吹聴(ふいちょう)するとは思わないが。そこは黄色信号。

 影が濃いのを、不特定多数に見られた可能性もある。それがオレにつながるか? ブルーノが話すとは思えないが。朝の相談。立場上、詰問(きつもん)されると答えざるを()ないとか? そこも一応マイナスポイントとしておこう。

 (へそ)は大丈夫だ。完璧に隠し切ってる。皮子のおかげだな。もしもの時は、腹見せて抗弁できる。

「議会はいつでものんびりだ。役所の方が動き出してる。まだ、候補を上げてる段階らしいが。そろそろ、そいつらの周辺を()ぎまわって、証拠を積み上げていくぞ」

 議会にも、役所にも、コネがあるらしい。賄賂(わいろ)かな。

 探されてるって。ネッシーとか、UFOとか。宇宙人か、オレは。未知のものに引かれる心理。もしくは恐れから、知って安心したいってのは、わからなくもない。あくまで、対象が自分でなければ。

「それが事実かどうかは置いといて」

「置いとくのかよ」

「捕まえてどうする気なんだ? 投獄して拷問とか?」

「なんつう想像しやがる。んなことするか。まあ。そう、におわせて脅すのがせいぜいだろうな」

 実際、何か罪を犯したわけじゃない。あー、軽い公害にあった婦人たちがいたね。

「何かこじつけて言い出す奴がいても、必ず反対する奴がいる」

 議会はそのようにできている。(なん)でも、議員は十二人。議長を置かず、多数決で決めようとするから。いつも割れるんだとか。意思決定、遅いわけだよ。

 おかげでオレが有利だが。(なん)だ、この飯事(ままごと)感。

「お前は自覚してねぇが、すでに相当、目立ってるぞ」

 おかしい。あんなに、あれこれ頑張ったのに。

「あいつらは、囲い込みてぇんだよ」

 わからん。

 エイトは、根気強く説明する。議会というものの存在意義。

「街が潤うこと。自分たちの地位が保たれること。そのために役立つ人材を(そば)におくこと。奴らが考えるのはそれだけだ」

 出自(しゅつじ)がどうとかより、何をできるかが重要だなんて。文字面(もじづら)は革新的。

 オレがそれを望むなら。多少の不自由さはあるが、恵まれた生活を送れるだろう、とエイトは言った。

「議会が公認するたぁ、そういうことだ。許可なく街を出ることはできない。めちゃくちゃ(もう)かるってことはないが、金苦労はしなくてすむ。そういう暮らしをしたいなら。まあ、そのまま。何もしなくていい」

 信じ込めば、嘘じゃない。それを積み重ねた推論。実は危険な状態、なんてことも、()きにしも(あら)ず?

 エイトの言うことが事実だとして。悪くない条件だが。お(つと)めは、もういいや。

 第一、街を出ていけないから居るのと。いつでも出られるけど居るのは、違う。

(なん)か、しろ? 街を出てけて聞こえるんだが」

 (いや)になった段階で、ぶっちぎって逃げてもいいんだが。一生、ウォンテッドされるのは面倒(めんどう)すぎる。

「出るなら、手助けしてやる」

「円満解決にもってけるのか?」

「なぁに、簡単だ。召喚(しょうかん)される前に、街を出ちまえばいい」

 役所の出頭(しゅっとう)命令を無視するとどうなるかは。アーニャが体を張って示してくれた。どうやら街の外は治外法権らしく。

「でも。それじゃ、帰ってきた途端(とたん)お縄だろ?」

「その頃には忘れてるから大丈夫だ」

 嘘だろ? 一年()つと、すべての案件が白紙に戻るとか。重犯罪がないから、そんな調子なのか。頭の中にしか記録できないし。

 馬車と、馬と。名目上の荷物を用意してくれるって。身一つでも、生き抜けるとは思うが。過信は禁物か。街門の外がどうなってるかわからない。必要になる予感。

「まだ、できてないが。孟の作る(かんざし)三本で買うっていうのは?」

 議会を思いっきり悪役に仕立てて。オレを脅かしてもいいのに、そうしない。悪い奴じゃないが、あんまり借りは作りたくない。

「馬鹿たれ。くたびれた馬ならともかく。馬車がそうそう買えるかよ」

 値段を聞いてびっくり。丸が一つ違ってた。

「だから、やるわけじゃねぇ。貸すだけだ」

 それが、怖いんだが。背に腹は代えられんってやつか。

「もちろん、(かんざし)は買い取るぞ。孟と言えば、屏風(びょうぶ)っていったか。明日から、店の前で披露(ひろう)する。一度くらい見にこい」

「ああ、うん」

 できたんだ。じゃあ、さざんがきゅう、そのあと三日。いくらなんでも、そこまでの猶予(ゆうよ)はないよな。

(かんざし)の他に、孟に頼んでるものがあって。それは売らないけど。送料払うから、オレが行く先の支店に届けてくれないか? ()の道、荷物の輸送は頻繁(ひんぱん)にするんだろ?」

「あ? どういうこった」

「街中でも。知り合いに頼んで、伝言とか。ちょっとした品物を届けてもらうだろ? あれを長距離。有料で、そのかわり確実に頼むってこと」

「そんなもんが商売になんのか。ああ、なるな。よし、やろう」

 話が早い。(あと)は、あれだな。

(かんざし)売った分の金、預かってて、どこの支店でも引き出せるようにしてくれないか?」

 山賊なんて、いるかどうか知らんが。他所(よそ)へ行ったら、嘘()きに注意。オレ、(だま)されやすいから。

「こりゃあまた、無茶で、おもしれぇことを」

 この場合、残金は(あと)で照らし合わせるにしても。本人を証明するのが大変だ。

 やはり、サインか印鑑か。拇印(ぼいん)は困る。人前で押せないし。

 識字率が高ければ、筆跡を見分けることもできるだろうが。いまはまだ無理だ。

 木や動物由来の材料で、印鑑もいいけど。オレ、封蝋印(ふうろういん)(あこが)れてたんだよな。中でも指輪印章。ワックスを(あぶ)る手間が掛かり。あとは、見本を各支店に配っておかないとならないが。

 適当なデザインを薄板に描いて説明したら、エイトも作ると言いだした。

「やっぱりな。お前みてぇな奴は、好きにさせてた方がいいんだ」

 損得勘定うまいが、それだけでもない? よくわからん。自分の感情に素直なのは確かだ。

「俺も、もうちょい若くて身軽ならな。共に旅してぇくらいだ」

「え、あ。ありがとう?」

 遅れて照れが来た。スパニッシュー。こっちは、ばりばりの日本人なんじゃぁ。

「その代わりと言っちゃなんだが。支店には顔を出せ。珍品はもちろんだが。ありふれたもんでも、ちょいと手を加えれば役に立つ。そういうの得意だろ。馬車の貸賃(かしちん)はそれで勘弁してやる」

 ゆるい(ひも)付きの旅。街に居続けるのと、何が違うのかと問われれば。正直、答えに(きゅう)するが。呼吸が楽な方がいいよな。頼れるバックが付いたと思おう。いまのところ。

「わかった」

「わかったって。考えとくって、ことか?」

 え? さっき、けっこう()めた話してたよな? あくまで仮定として受け取られてたのか。

「いや。出るって方向で、準備を進めておいてくれ」

 さすがに即決するとは思っていなかったらしく。口を開いたまま数秒固まる。珍しいエイトが見られた。

猶予(ゆうよ)はどれくらいあると思う?」

 すぐに立ち直って、答える。

「一週間ってとこだな」

 議会も役所も悠長(ゆうちょう)だな。と、考えてるオレが、いちばんの暢気(のんき)者。そもそも、こんな事態ははじめから想定できたわけで。

「まあ、それくらいに思っておけば安全ってこった。二週間かかってもおかしくねぇ」

「そうか。それなら、いろいろ片付けて行けるな」

 あ、でも、こっちの一週間って、五日だっけ。

 大波の時と(おんな)じだ。(あわ)てず急ごう。

 とりあえず、役所に行って。住居の手続きかな。

 部屋の借り方を訪ねると、エイトはあきれたように笑ってた。

「まあ、向こうを油断させるられるか」

 いや。そこまでは考えてなかった。ただ、(あと)で細かいところ(つつ)かれたくない。

 手続きは簡単だった。役所の窓口で、希望の部屋番号を告げる。数年分でも、数カ月分でも、一日分でも。家賃をその場で払うだけ。あくまで自己申告。一応、薄板に部屋番号と払った金額、書いとくみたいだが。これじゃ、誰が借りてるのかわからない。職員もいちいち覚えてられないって感じ。退去時の申告は不要だから、と面倒臭(めんどうくさ)そうに言われた。

「ひとまず、一月(ひとつき)分の家賃を納めます」

 微妙な罪悪感もこれで消える。

「九千九百九十ミミだ」

 安っ。半分は捨てることになるが。そこは、エイトの(げん)じゃないが。偽装工作ってことで。

 ぎりぎりまで秘密にしておくべき。そう考え、すぐに思い直す。せっかくの(にせ)の名目。話さない方が不自然だ。

 いちばんの問題。西の街門が、まだ見えない。修学旅行と(おんな)じだ。準備してる間に、段々とその気になることを祈ろう。

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