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やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
26/87

釜なめさん

     7


 街いちばんの不思議スポットは、西の(はし)ある。目抜き通りの突き当たり。岩の壁にしか見えない。馬車が消え入り。人が歩いて現れる。

 自分にだけそう見えているのなら、迂闊(うかつ)(たず)ねるわけにはいかない。しばらく躊躇(ためら)っていたが。

 衛兵は、自前の服の上に革のプロテクターを着け、短槍を持っている。穂の光。相変わらず苦手。内心びくびくしながら、近付く。

「岩の壁にしか見えないが、何を守っているんだ?」

「知らぬのなら、言って聞かせよう」

 慣れた様子で説明してくれた。

「まず、これは西の街門(がいもん)である。村から来て、街へ入るのが東の街門(がいもん)だ。ここまではわかるな」

「ああ」

「この街から、他の場所を目指す者が通るのが、この西の街門である。出ることを(しん)に望めば姿が見え。外に興味を示さぬ者には、壁として目に映る。実際、通ることも(かな)わない。試しに、手を当ててみよ」

 確かに、岩の感触。押してもびくともしない。すぐ隣で、すいっと溶け込むように消える人。うおっ。説明聞いた後でも、びびるわ。

「決して人を閉じ込めるものではない。いまは、この街を居心地よく思っているのだろう」

「うん、そうだな」

 門扉の形状とか、外の様子とか。興味はあるが、それくらいじゃ姿を現してはくれないらしい。ちょっと、はじめの門を思い出す。

「いずれ、出てゆく日がくる。また、帰ることもあるだろう。ただ、不埒者(ふらちもの)は街に入れぬから、留意されたし。以上だ」

 犯罪者ってことかな?

「ありがとう」

 軽く(うなず)いて、見えない門に寄り()うスタイルに戻る。仕事とはいえ、ご苦労さまです。


 糸豆(いとまめ)が出来上がるのは、仕込んで一日から二日、と伝承(でんしょう)にはあるらしい。アーニャは、カオの寝床(ねどこ)に六本の藁苞(わらづと)を並べ、小さな(むしろ)を掛けた。二十四時間後から、四時間ごとに一本ずつ中を(あらた)めて、香作りに適した熟成時間を割り出す作戦。

 まだ、数時間あるのを待ちきれずに、うろうろするから。カオの尾っぽが(むしろ)を叩いている。

 オレが空き部屋をノックしたのは、そんな時だ。

「アーニャ、(きり)とか(のこぎり)とか、木工に使える道具持ってるか?」

「持ってるけど」

 持ち出してきた道具箱は、充実の品揃(しなぞろ)えだ。

「お、すごいな」

「何でもかんでも人に頼んでたら、お金かかってしょうがないよ」

 器具類を納めた(たな)はもちろん。漏斗(じょうご)を支えるロート台、試験管立て。各種架台(かだい)も、すべてアーニャの手作りだそうだ。感嘆の声を上げれば、ますます胸を張る。

「じゃあ、こんなのは簡単にできるな」

「なに、なに?」

 廊下に放ったままになってた竹を切り。構造を説明しながら作り上げる。アーニャが追随(ついずい)。子供の玩具(おもちゃ)だが、何もしないで待ってるよりは、気が(まぎ)れるだろう。

「できたー! って、何これ? どうやって使うの?」

「これは、竹トンボって言う。こうやって」

 手を()り合わせて飛ばすと。奇妙な悲鳴が上がった。

「な、な、な、なぜ飛ぶのー?」

「と、とりあえずやってみたら?」

 説明なんてできないよ、オレは。アーニャは、あちこちぶつかるのもかまわず。飛ばしては拾い。拾っては飛ばし。ああ、あぶない。ここには壊れるものがいっぱい。カオも、いまにも逃げ出しそうだ。

「オレも、やっといて(なん)だけど。室内で飛ばすの禁止な」

「はーい。ね、ね。ちょっと屋上(おくじょう)行って、やってきていい?」

「どうぞ。行ってらっしゃい」

「わーい」

 急に静かになって、カオも落ち着いたので。

 オレは竹細工の続きに戻る。本当は竹編(たけあ)み、教わりたかったんだが。竹細工師が作っていたのは、シンプルな造りのカトラリー。後はコップだな。そこに竹馬が(くわ)わったが。

 動画で見た記憶を頼りに、とりあえずやってみる。さすがに皮子じゃ痛いだろう。卵手袋の、指先を強化。

 小一時間かけて、出来上がったのは不格好な(ざる)? 前衛作品と、言い張ろう。自分の不器用さを再確認して、早々にあきらめる。

 材料だけは、たっぷり。ふと、思い付いて。これも適当に、竹簡(ちくかん)なるものを作ってみる。絵や大きな図柄(ずがら)を描くには向かないが。文字を書けるようになれば、重宝(ちょうほう)するはずだ。紙には(およ)ぶべくもないが。薄板よりは、場所を取らない。誤字を(けず)ったり、順番を入れ替えられるのもいいよな。

 今回は、竹を(くく)ってあった(ひも)をばらして使ったが。これが、植物の繊維なのか、動物の毛なのかすら、オレにはわからない。凧糸(たこいと)ほしい。より丈夫というなら、革紐(かわひも)の方がいいのか?

 あとは、羽根ペンで書けるのか。

「アーニャ、は上か」

 事後承諾になるが、机から拝借。書きづらくはあるが、まあ、何とか。問題はインクだよな。博物館で見たのか、社会科の資料で見たのか。もっと濃かった気がする。墨か。墨といえば孟だが。まだ、屏風(びょうぶ)が仕上がったとは聞いてない。

 屋上にアーニャを探しに行く。なんか、増えてた。もともと、通り掛かっただけの女達が。順番待ちしてまで、竹トンボで遊んでいる。落ちてくるのを横っ飛びでキャッチ。オーバーランしても、足場を見付けて、すぐ戻ってくる。竹馬といい、竹トンボといい。ここまでスリリングな遊びになるとは、想定外です。

「リュウイチ。全然、数足んないよ」

「はいはい」

 全員に一つずつ行き渡るように。アーニャと二人で、せっせと作る。終わりが見えない。途中から、興味のある人には自分で作ってもらおう、と。材料と道具を運び上げた。合間に(たず)ねたところ。

「墨?」

()る、うーん。水に溶いて、筆って筆記用具で、数字とか絵とか描くんだ。黒い色が出る。それ作ってる人とか、売ってる人知らないか?」

 アーニャは、首を(かし)げてる。いまかいまかと、自分の分が仕上がるのを待ってた女が答えてくれた。

釜舐(かまな)めさんのことだと思うよ」

 家々を回って、お(かま)についた(すす)(こそ)いで行くという。なんか、妖怪みたいだな。道案内は、この上なく簡単な指差し。屋上から見えるところに住んでてくれて助かった。

 さっそく(たず)ねてみる。

「ごめんください」

「はーい」

 真っ黒な両手を、そこらに触れないように(かか)げて、足で扉を開ける女。

釜舐(かまな)めさんですか?」

「ああ、はい。墨のご購入ですか? いま、ちょうど()ってるところで。すみませんが、切りいいところまでやっちゃいたいんで。中入って、商品選んでてもらっていいですか?」

「あ、はい。商品もですけど、作業を見学させてもらっても?」

「どうぞ、どうぞ。あーでも、御召し物がよごれちゃうかな?」

「あ、それは、気にしないんで」

 たぶん、汚れないと思う。いや、汚した方がいいのか。

 甚平(じんべい)から(のぞ)く手足は細いのに。作業は、重労働だった。全体重をかけて、()りに()った墨を千切(ちぎ)りとり、木型に入れて、万力で締め上げ、取り出す。ひたすら、くり返し。

 やっと一息。オレ、息止めてたわ。

 結論からいうと、墨汁(ぼくじゅう)はなかった。材料の(にかわ)がすぐ(いた)んで、ものすんごい臭いがするそう。

面倒(めんどう)でも毎回、墨を()ってもらうか。退色(たいしょく)、覚悟でインクを使ってもらうしかないですね」

 ちなみに、カンテラや街灯の(すす)を集めて作った墨は、手に握り込めるサイズで、蜂蜜(はちみつ)一瓶(ひとびん)より高かった。

「どんな奴が買うんだ」

 思わず口走る。嫌な顔ひとつせず、答えてくれた。議会に納めるのが少々。あとは孟など職人の一部が使用。大半は、輸出用に商会が仕入れていくそうだ。

 目的のものがなかったと言えばそれまでだが。仕事の邪魔して、懇切丁寧に説明までさせて。いちばん安い墨でも買って行くべきかと思ったが。オレ、金持ってなかったわ。

「あの、さっきから気になってて。()(つか)えなけれ。脇に抱えてるの、(なん)だか教えてもらっていいですか?」

「あ。これは竹簡(ちくかん)といって」

 場合によっては試し書きしようと思って、持ってきた。用途を説明すると、ぜひ欲しいという。

 演出として飾ってある(すずり)文鎮(ぶんちん)が、いかにも高そうで。素人としては恥ずかしい限りだが。必要とあらば本職に、これを参考に作ってもらえばいいわけで。そこのところを強調して渡すと。

「え、いいんですか? あなたの専売では?」

「とんでもない。試しに作ってみただけで。当然、お金なんて取れません」

「でも、いくらなんでも。(ただ)でもらうわけには」

 相手を困惑させるだけだと気付き。開き直って、適当な価格の墨と交換した。

 龍の筆置きについては、聞くまでもないが。他の道具がどこで手に入るかも、教わる。

「また、どうぞ」

 はい。次は、ちゃんとお金持ってきます。


 いやぁ、(すずり)って高いのな。

 道具屋では、完全に冷やかしと()して。あからさまに()な顔をされた。すみませんね。

 裏通りをてれてれ歩いていると。戸口の脇に壊れた陶器が寄せてある。水がこぼれた跡があるから、水差しか(なん)かだった? この街じゃ、どこでも落とせば割れるよな。しゃがみ込んで観察。見事な欠け方。底のところ、丸くきれいに残ってる。他は釉薬(ゆうやく)が掛かってるけど、底の裏は違う。残ったギザギザ、その辺の岩で()げば、使えるんじゃないだろか。

 丁度、扉を開いて出てきた女に。

「これ! もらえませんか?」

「ど、どうぞ」

 ちょっと前のめりすぎたか。変な奴って思われたのは確実。ま、いいか。事実だ。帰ってさっそく試してみよう。

 ほくほくしながら帰ると。アーニャが、藁苞(わらづと)を前に思案顔(しあんがお)

「どうした?」

「カビてる」

「どれどれ。おーっ、できたな」

 豆の表面が白っぽくもやもや。一見、膜のようでもある。

「え、ええ? 前みたいに、びちゃびちゃはしてないけど。カビてるよ? だいいち、糸出てない」

「赤とか、青とか、黒じゃないだろ。糸は」

 器に移して()()ぜる。

「お、おーっ!」

 途端に復活。

「や、やったー! できた。ありがと、リュウイチ。約束だから、それあげるね」

「研究用だろ」

「そ、そうだった。思ってたよりずっと強烈。とりあえず、その半分もあれば()りるかな」

「じゃあ、半分もらおう」

 準備はしてある。(はや)る気持ちを(おさ)え。黄色い種をすり(つぶ)して、日向水(ひなたみず)()き。小分けにしておいた醤油(しょうゆ)を掛ける。

 うん。納豆。味より、(なつ)かしさだな。やっぱり、米あってこその旨さなんだって、実感。

 そう思いつつ、取り分けておいてくれれば食う。オレには、どれも同じだが。アーニャの実験結果では。丸二日、発酵させたものがよい。ということだった。

 これが香の材料。同じか、それに近い物質を自分が発散してるなんて、信じたくない。よし、忘れた。

「豆の煮方が絶妙だな」

「え? えへへ。それほどでも」

 アーニャのやつ。やれば料理も、たぶんうまい。その(さま)は、確実に実験だろうが。

 陶器の欠片(かけら)で、墨も()れました。

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