内職
一度、騙くらかしたせいで。ブルーノを引き離すのが難しい。
ルールを決めた。ブルーノは、日課というか仕事というか。やるべきことは続けて、彼を待つ人たちに迷惑を掛けないようにする。学校にも、いままでどおり通う。合間に、勉強会をする。講師、オレ。えー? だが、仕方ない。こういう時は、他者を巻き込もう。何か、薄まる気がする。目を付けたのは、図形好きの料理人。
午前一時くらいだったか。半ば命令という形で、ブルーノを帰した。
「ここに寝泊まりしてるから。な?」
納得させるには、それしかない。
早朝、水汲みをしていると、ブルーノが通り掛かる。偶然、のはずがない。
「おはようございます。朝のご挨拶に参りました」
もしかして、毎朝来るのか? 皮子たちの気配を感じとって、目を輝かせる。水汲み、手伝ってくれるのは助かるが。よそ見してる隙に拝んだろ?
ご機嫌で帰宅した、アーニャと鉢合わせ。
「ブ、ブルーノ先輩!? なぜ、ここへ」
「おはようございます。アーニャ。あなたこそ、こんな朝早くから、なぜここへ?」
朝早く、ってお前が言うか。皆に丁寧語っていうのは本当だったんだな。
「ア、アタシはここに住んでるから」
ガッ、と顎外れそう。
「もしや、リュウイチ様の細君が、このアーニャなどという恐ろしいことが?」
「ないない。大丈夫」
ぶーっと膨れてるが、根はまともなところもあるアーニャだ。
「立ち話もなんだから、中へどうぞ」
まだ、竈に火を入れてないから、茶は出ない。用途の違う器具で入れるのは禁止。食中りが怪我扱いとか、ちょっと付いて行けない。
結局、昨日の残りの湯冷まし。こんなもんで恐縮されても困る。
どこまでもマイペースな、アーニャが羨ましい。
「うぇー、勉強会。アタシはもうこりごり。まさか、ここでやるの?」
「何と、もったいないことを」
ブルーノは憤慨するが。オレは、アーニャに賛成。
「いや、強制するようなことじゃない。あれだ、宗教と同じ。ちょっとだけ暮らしをよくしたり、心安らかに過ごすためのもので。それのために生活があるわけじゃないだろ」
「深い、お言葉です。このブルーノ、恥ずかしながら慢心があったと認めざるを得ません」
打ち震えてるとこ、すまん。自分に都合よく解釈してるだけだ。
「というわけで、それは他所でやる。まあ、気が向いたら、アーニャも来たら?」
「このようにお声をかけていただけるなど。ありがたいことですよ、アーニャ。学ぶ機会を持つことは、生きていく上において、大変よろこばしいことだと」
学校の卒業生であるアーニャより、いまだ学生であるブルーノの方が偉そうだ。別に、威張ってるわけじゃないが。
「ブルーノ先輩はねぇ。卒業試験の前日に、担当の先生が儚くなっちゃったんだ。その分野で、ブルーノ先輩より学識のある人はいないし。以来ずっと学生のまま」
「そういうアーニャは、調香師として励んでいますか?」
「ぐぅ。ま、まぁ。ちゃんと仕事してるよね? ね、リュウイチ」
今日も空が青いな。
ブルーノっていう、神関係ではイッちゃってるが、常識人が現れたので。アーニャも、オレも、自分の生活を見直すことにした。
「まず、アーニャ。休暇は終わりだな」
「わかったよ。調香、定期的にする。新しい香もつくる。この子の餌代、稼がなきゃ」
「オレは、この向かいの部屋でも借りるか。実質の寝泊まりは、引き続きここでさせてもらうことになるが」
「それは、かまわないよ」
夜もフィルター付きで寝てるが、いつの間に取ってるんだよな。
この部屋には、それなりの防臭対策が施されていて。鼻のいいアーニャが、斜向かいの部屋で寝起きできるくらいの効果はあるっていう。実際は、窓全開で寝てたり。場合によっては防護スーツを着たり。彼女の我慢によるところが大きいんだが。ちっとも恩着せがましくない。
「それは、どういうことですか?」
「うーん」
ドクにしたのと同じような説明をしておく。
「そうだったんだぁ」
感心したようにアーニャが言うのは、おかしいだろ。
「そうでしたか。リュウイチ様ほどの方でも、苦心されることがあるのですね。私も、より一層の努力を」
「で、食事だが」
アーニャが、悲しそうな顔をするが。ここは、ブルーノが最も懸念を示した点だ。何でも盲目的に従うわけじゃなくて、ほっとしてる。
「リュウイチ様の教えを受けるのですから、食事の提供は自然な行いだと、私は思いますが。リュウイチ様が、罪悪感を抱かれているようなのが気になります」
ドクにも負けないくらい、悩み相談、受けてるだけあるな。
「アーニャがご相伴にあずかっているのは、あきらかにおかしいかと」
「ぐぅっ」
「まあ。オレも迷うし、間違うことだってあるから」
そんなことだらけ。
「おかしいと思ったら。その都度、指摘してもらえると助かる」
「もったいない。お役に立てて重畳です。より一層、励ませていただきます」
「ア、アタシだって稼ぎあるから。大丈夫なんだから。むしろリュウイチ、大丈夫?」
「駄目。わるいけど、お金貸してください」
「それならば、私が。リュウイチ様。そういうことこそ、早くおっしゃってください」
まだ、授業もはじまってないのに、生徒から金を借りる先生。確実にアウトだ。
「いや、やっぱ、なし。森に行けば、何かしらあるだろ」
「あ、アタシの分はいらないよ。食堂で、ちゃんとお金払って食べるから」
自炊って選択肢はないのな。
ブルーノも。変に気を遣わずに、ちゃんとした食事を摂りなさい。どの道、オレは公共の場で飲食はできない。
食堂を訪ねる。これからは支払いをする旨を伝えると。店主は、一時停止。あきらかに無理してる笑顔。
「そうだよね。リュウイチ君には、たくさん図形を教えてもらって。さすがにこれ以上は、覚えてないよね」
「店主殿は。リュウイチ様の教えを一早く受けていたのですね。なんと、羨ましい」
「祈祷師様。お越しいただき光栄です。そうなんです。これほど図形を知っている人、見たことがありません」
これまでの薄板を引っ張り出してきて、ブルーノと額を突き合わせるようにして、はしゃいでいる。店は混んでる。ああ、奥さんの額に青筋が。
三時頃に、また訪ねる。そう告げて、オレは撤収。ブルーノが何か言ってるが。まずは仕事だろう、と無職のオレが返しておく。
身体能力はあっても、サバイバル技術ゼロだったオレに。いろいろ教えてくれてありがとう。やっぱり、知識は大事だ。
オランウータンと齧ったイチジクが懐かしい。それなりに満腹になって、木の上で風に吹かれてると。このまま街に戻らなくてもいいんじゃないか、って気になる。怪我はしにくいし、病気にはならない。森には常に食べ物がある。前世みたいに、こせこせする必要はないのに。街にいると、つい顔を出す貧乏性。
気楽に。せっかく生き直したんだ。気のむくまま、生きてみよう。
まずは金だな。孟の簪が仕上がるまでのつなぎ。大金はいらない。内職でもするか。
そうと決めると、街に戻り。串焼き屋を探して、竹串の仕入れ先を教わる。まだまだ通ってない道、いっぱいあるんだな。様々な太さの竹が積まれた店先。孟より愛想ないって、すごい。
「なんだ、あんちゃん?」
うおっ、眼光鋭い。必殺しそう。
「あの、串焼きの屋台をやっている人の紹介でですね。竹串の作り方を教えていただけないかと」
ただで飯の種を教えろなんて。ふざけんな、と怒鳴られても仕方ない。
「おう、じゃあ。そこ座んな」
表情筋、動かないけど優しい人でした。
「妙な口の利き方、やめろ。むず痒くなるわ」
「は、うん。わかった」
道具まで貸してくれて、一から説明。作ってるのは、丸串だ。
「なんだ。やったことあんのか?」
下手の横好きで、ちょっとした工作くらいは。褒められれば、すぐその気になるお手軽な性格。プラス、黙々と作業するの好き。一心不乱に竹串を量産していた。
「おう。飯、食うだろ?」
「すんません。遠慮なく」
男だけの気楽さ。村を思い出すな。
豪快な男飯をかっくらいながら、屋台の男のぼやきを伝える。
「なるほどなぁ。売れたら売れたで、悩みはあるわけだ」
けっこう長い付き合いらしく。それまでの苦労も知ってるようだ。
「俺は、手先はまあまあなんだが。頭の方は不器用でな。あんちゃん、なんか思い付かんか?」
新しいアイデアなんか出ないが。見たままを伝えるだけなら。
「なるほど」
残りの飯を口に押し込むと。さすが職人。言った通りに、さっと仕上げる。
「単価は少し上がるが。まあ、勉強してやろう」
自作の鉄砲串を矯めつ眇めつして見る。
希望は、後追いの屋台との差別化。あきらかに劣るものと混同されるのはな。
「あっちに積んであるのは、使わないのか?」
「あー。生えすぎて困るって。街へ来るたび、置いてくんだわ」
使い勝手のいいものから使って。結果、握れる太さから細いものは放置。
相手が良かれと思って持ってくるのを断れない。気がいいだけじゃなく、じつは小心者か。親近感わくな。
「薪にもならんし、うっちゃりもってげだな」
探していたオレは、発見できなかったが。森の中、あるところにはあるらしい。そこに暮らす変わり者か。いつか、会ってみたい。
「ちょっともらっていいか? 括ってある紐も」
「好きにしてかまわんが。そんなもん、どうするんだ?」
「このくらいの長さかな。二本」
「あー、いい、いい。口で言われてもわからん。とりあえず、作ってみな」
鋸借りて。材料は竹と紐だけ。シンプル。
「なんだ、それは?」
「竹馬っていって。こうやって」
手本を見せると。面白そうだとチャレンジ。低めに作ったが。はじめてだとなかなか難しい。
「ん、くそ。難しいぞ」
ぶつくさ言いつつ、楽しそうだ。
「何、やってんだい?」
通りがかりの女が声をかける。厚い革の前掛けをしてるところをみると、斜向かいの鍛冶屋だろうか。
「これは、竹馬っつってな」
得意そうに説明をする竹細工師から、受け取り、さっと乗りこなしてみせる。
「へぇ。もっと高いと、もっと面白いんじゃないかい?」
地上でのアクロバットは、女に分がある。自分が苦労したのをあっさりクリアされて。意地になったか。
「よし、リュウイチ。もっと高いのをつくるぞ」
紐を巻く部分を増やしたり、足を乗せる部分に支えをつけたり。オレが作ったのより、ずっと凝った造りの竹馬が出来上がる。ちょっと、かっこいいんですけど。
「これ、売り物になるんじゃ?」
「そうだねぇ。いいねぇ。もっと高くてもいいねぇ」
「さっきから、何やってんの?」
別の女も寄ってきた。
「あれ、お兄さん。前に巾着、買ってくれた人だよね。ほら、紐長くした」
「ああ、あの時はどうも。大切に使ってるよ」
胸元を示すと、嬉しそうにする。隣では、鍛冶屋に煽られた竹細工師が、あらたな竹馬作りに挑戦している。あ、そこ押さえる?
「何これ」
「こうやって乗るんだって。簡単だろ?」
「へぇ。これ、楽しいっ」
「だろ、だろ?」
革職人の女もあっさり乗りこなして。持ち手もないほど高く設定された新作に口を出し始める。
「それさ。革のバンドで、脚に留めたらいいんじゃないの?」
あれ? それって、どっかで見たことある形状。
「先のところも割れないように、こう革で覆って紐巻いて。ちょっと待ってて、端切れ持ってくる」
これは、あれだな。湿地を歩き回ったっていう、実用的な竹馬。しっかり二人分作らされる。
「すっごーい、気持ちいい。回廊じゃまー」
「あははっ。いいね、男共を見下ろすのは」
近くの廂から乗るって荒業で。二人共、ちっとも怖がってない。
そう広い路地でもないのに。なんだ、なんだと野次馬が。
「あれ。リュウイチか?」
「ああ。こないだは、どうも」
エイト商会の従業員。
「何、騒いでんのかと思ったら、リュウイチが関わってたか」
なに、その納得の仕方。
「仕入れ?」
「それもあるが。面白そうなもんがあったら、とりあえず買ってこいって。常時、出てる命令でな」
「えーっ、持ってっちゃうの?」
女達は残念がるが。
「いくらでも作ってやる」
竹細工師の一言で口を噤む。そんなに気に入った?
有り物つかって遊びで作ったものが。一対、二千ミミで売れて。ちょっと、ぼーっとしてる職人たち。安心しろ。きっとエイトは、あれを三千ミミで売る。
「はっ。よし、皆の成果だ。わけるぞ」
ちょうど一人、二千ミミずつ。こういう時はつべこべ言わないのが流儀らしい。
「ありがたく」
「たくさん注文入ったりして」
「馬鹿。そう、うまいこと行くもんか」
「そうだけど。夢見るくらいいいじゃない」
「まあ、その時は、お前さんに革のパーツは頼むさ」
「えへへ。楽しみ」
「その時は、こっちの子にも払うもん払わないとね。楽しんでただけの私が言うのもなんだけど」
「いや、それはいいよ。それより欲しいものが」
「何だい?」
気風の良さそうな鍛冶師に、駄目元で頼んでみる。
「焼き印? 何に使うんだい、そんなもの」
さっき、仕上げられたばかりの鉄砲串を示す。
「なるほど。家畜に押すばっかりが能じゃないんだね。それにしても、細かい注文だ。待ってな、得意な奴を呼ぶから。あんたー!」
「なんだ。うるせぇな。さっきから遊んでると思や。人を呼びつけて、なんだ?」
「いやぁ、遊んでるだけで臨時収入、入っちゃってさ。この子のおかげで。あんた、一肌脱がないかい? 男だろ。こんな細かい仕事はあんたにしかできないよ」
「急に気持ちわりぃな。なんだ、ここに焼き印? また、難儀なことを。こんな細かいのは、聞いたことないぞ。ほかに何か使い道でもあんのか?」
「そうだな。革製品に飾りで、とか。作り手の印として入れるとか」
「え?」
別のところが反応してる。
「あとは、饅頭か」
「饅頭?」
「どういうこった?」
なに、この食い付き。夫婦、だよな?
「ええと。売ってる店の印としても使えるし。餡子とか、中に入ってる具材が何かの印に」
「あんたっ」
「おうよっ。大きさはわかった。後は形だ。どうする? 番号か? 丸か、バツか、四角か?」
さあさあさあ、さあ。って感じで迫られて。デザインを決めさせられる。
名前か。串焼き売ってる男の。そういや名前知らん。共通の知人、竹細工師に尋ねる。三文字か。よかった短くて。雰囲気、考えると平仮名だな。続け字で。
「なんだ、この赤紐虫がのたくってるみたいな。まあ、いい。やってやる。こりゃあ、鋳造か、彫金の方がいいか? そうだ。饅頭の方も考えてもらっとけ。菓子屋に売りつけて使わすんだ」
「がってん」
えーと。この夫婦は。旦那がこし餡派、奥さんが粒あん派で。けして安くない饅頭をたまに買ってきて。自分の好みと違う方に食い付いた時の悲しさったらないそうだ。割ってから、なんて饅頭の食べ方じゃないって。
知ってる限りの文字と、良さそうな図案を描いたが。結局、奥さんが選んだのは、外国人が着てる残念なTシャツみたいな。
「何これ、かわいい」
「だろ?」
えー? コシ。ツブ。だよ。
「私も、作品用に作ってもらおうかな」
「今回の臨時収入つぎ込めば。それで何とか作らせるよ」
「わーい」
思いっきり仕事の邪魔をしたが。竹細工師は、細めの竹を持てるだけ、あと、よく手入れされたナイフをくれた。
やばい。職人が集まると楽しすぎる。時間がっ。三時過ぎてる? 急いで食堂に向かう。重さは気にならないが、長いから。皆さん避けてください。
あ。太陽が真上にあるから、すれ違いざまにとはいかず。竹をばらけさせる。まとめるのを手伝ってくれた占い師に、握手を求め。影、回収。
濃い。まあ、光源が頭上だから、まっすぐ立ってれば目立たないはず。フードを目深に被り、竹の束に注目してもらって。逃走。




