再会
6
孟が、屏風絵に掛かり切りの間。オレは所持金、百五十ミミという体たらく。
見かねたアーニャが、小遣いをくれた。新しい香の開発は進んでいない。材料が一つ足りないことを理由にしてるが。じつのところ、香り猫のカオちゃんに夢中で。尻の所をぎゅっとできないだけだ。元の香をつくるだけでも、それなりに稼げるらしい。
女に小遣いもらって、昼間からふらふらしてる。ヒモみたいだが。皮子のリクエストで、墓所探し。二カ所発見したが、空だった。
定職に就いてない身で、こう言うのもなんだが。オレ、ちょっと働きすぎだよな? 酒でも飲みたい気分。これまでは金がなくて、自重してた。人前で飲むのは無理。雑貨屋で、瓶入りを買ってみる。
路地裏で後悔。前世の発泡酒の方が、なんぼかうまい。もっと高い酒もあるはずだが。もともとワインとか、ブランデーとか、味わかんないんだよな。
気の抜けた、妙な香りのする、ぬるい酒。ひそかに落ち込こんでると。ホームレスの男と再会した。視線に応えて。口付けたのでよければ、と渡す。
「はじめて飲んだな?」
「ああ」
「安酒の飲み方、教えてやるよ」
なんのことはない。水車が汲み上げたばかりの水に、しばらく浸けて置けばいい。さっそくもう一本買って、先に渡したものと交換。
冷やしたものは確かに、ずいぶんましだ。
「そういえば、街のこと、何でも知ってるって言ったよな?」
「ああ。これの分は答えよう」
聞きたいのは、旧式の墓所の位置。先日訪れたのと、さっき見て回ったのと、他には一つしか残っていないらしい。
流れで、近頃の墓事情を尋ねる。女の間では鳥葬、男の間では水葬。あとは樹木葬が流行りなんだとか。
「へぇ」
「死んでしまえば、何だって同じだ。他所じゃ、遺体から手足を取って、生きてる奴につけるなんてことも、するらしいぞ」
男はご機嫌で去っていった。酒代分はしゃべったということだろう。
さっそく教わった墓所に行ってみる。廃れたというのは本当だった。
皮子は、気にしなくていい、と言っているが。オレのせいで自由に動けないのはかわいそうだ。
報告がてら診療所を訪ね、頼んでみる。ドクはあっさり、残りのイリを譲ってくれた。何から生じるのか、うすうす気付いていたようだ。
「黙っていてわるかった。違うといい、などと探求者らしからぬ願望があってな。いまの話を聞いて、確信した」
確かに。現代医療を知らなかったら、いくら皮子の為とはいえ、受け入れ難かっただろう。
「リュウイチさんが聞いたのは、鉱石の町のことだろう」
いくら治りの早い体でも。落盤でつぶされたら、どうにもならない。現場の医療従事者の苦肉の策。
「僕も、若い頃は知識欲にまかせて、解剖なんかもやったが。治療のためにそこまでやる踏ん切りがつかなかった」
他の生き物に食い荒らされない環境であれば。動物のそれからも、イリは生えるだろう、とドクは言う。
「いい機会だから、体のことは本人の治癒力に任せて。心のケアに専念するよ」
「釣りの楽しみを奪って、わるいな」
「そんなことはない。今度は、本物の魚を釣りに行こう」
「ああ」
新たな部下、百六十一と百六十二を従え。晴れて、皮子は自由の身。
皮子とこいつ等って。同化してるんだがら、同じもののようでいて。皮子だけに、自我がある。肉とか魚料理に興味を示したことはない。皮子も、何か別の生き物。もっとえば、人だったりしたんだろうか。
どう思う? 出会った頃、記憶がないとか悩んでたし。わりとシリアスに尋ねたんだが。
ぷつっ。ため息吐かれた。え? オレが言った?
皮子は皮子。そうだった。人気がないのをいいことに、その辺の鉢植えへジャンプ。
「おお。そんなこともできるようになったんだ」
それがクローメの木だったらしく、直後、悶絶。慌てて救出する。苦い、渋い、すっぱい? 味もわかるようになったのか。
果物ジャム、っていうよりソースだな。買って、中を泳がせてみる。おいしい? よかった。さすがに固形物は無理だが。スープや果汁なんかは、楽しめるようだ。
そろそろ銭湯にでも。考えたところで問題発生。フィルターが壊れた。
皮子さん。とっさに穴、閉じてくれたのはありがたいけど。このままじゃ、オレ死ぬから。
屋上の風下へ避難。ああ、びっくりした。壊れ方が尋常じゃない。ぐずぐず砂みたいになって、消えた。心当たりといえば、毎朝、影を仕舞ってたこと。夕刻、人前で別の光源に当たった時も、そうした。
一先ず、もう一つのフィルターで対処。これが壊れる前に、新しいのを買わねば。無精をせずに、どこかの時点で影を戻せばいいのか?
夜中。蝋燭の灯りの元で実験。といっても、フィルターを使うわけにはいかない。拾ってきた岩の欠片。小枝。箍の外れた桶。卵由来のフィン。
黒い殻からつくった足ひれは。何度、影を仕舞おうと、何の影響も受けない。これでフィルターつくれればいいんだが。見た目は模倣できても、性能が追い付かない。
その他のものは、十回から十五回。影を取ると、崩れて消えた。だんだん弱くなるってことじゃないのか? 本当に突然、壊れる。桶をばらした板に、いちいち影を戻してみたが。やはり、十二回目で消えた。うーん? 気持ち、オレの影が濃くなってるような。いやいや、そんな。
やばっ。オレ、他所に影、仕舞ったままだ。もう、一週間は経ってる。寿命、だいぶ縮んだ? いや、実験結果の通りなら、問題は回数で。影を戻そうと戻すまいと関係ないのか。わからん。とにかく回収はしよう。このままじゃ、気持ちがわるい。
明け方まで、まだ間はあるはず。闇に紛れて街壁を這い、途中から飛び降りる。確か、この辺。やけに低い位置から、にょっきり枝が出ている樹を探す。あった。あったが。なぜ、こんなことに?
幹には、しめ縄。お供え物までしてある。御神木か何かだった? なんか、もう、すみません。闇の中。境目なんてわからない。この辺だろうという所で、影を戻そうと思うだけだ。お、ちょっと調子が上がった。影って大事なんだな。
え、何? そんなに調子がいいなら、鞭振ってみたら?
皮子のアドバイス。つまり、命令に従って。一振り、二振り。相変わらず下手だ。影があるとおぼしき場所に当たれば、枝も動く。枝自体を打つこともできる。ただ、狙った通りにいかない。
意志を込めろ? 頭上の枝に巻き付け、自分の体を引き上げる。ターザンごっこで、その辺を一周。できた! さほど疲れもしない。と、思ったらきた。おやすみ。
おはよう。周囲は、すでに明るい。腹の減り具合から推測。一、二時間で目が覚めた。進歩してる。
ただ、何? この状況。御神木の前で、一人の男が、身も世もなく泣いている。墨染姿。どこかで、会った?
「あ。ブルーノか」
数本離れた木の上で、つぶやいただけ。言い訳するなら、オレは寝ぼけてた。勢いよく顔を上げる、青い目の坊さん。しまったと思うが、もう遅い。
「リュウイチさん?」
しっかり、認識されてる。仕方なく地上に降りると。手を伸ばし、ふらふらと近付いてきた。
「ど、どうしたんだ?」
「神が、神が去られてしま」
滂沱の涙を流していた、目を見開いて。オレを凝視する。
「神よ!」
縋られそうになって、思わず避けた。
「あ、ごめん」
「神よ」
ヘッドスライディングしてもめげないのな。
「一週間ほど前。あちらの樹に、神が御座すを感じたのです。私は毎日、お参りして祈りました。しかし、今朝、参ったところ気配は消え失せ。私の信心が足りないばかりに、神は去られたのだと嘆き悲しんでいたのですが。何のことはない、私の目が曇っていただけのこと。この気配、存在感。あなたこそが神です」
大丈夫か? 瞳孔開いてるぞ。
それは、たぶん、アレだ。回収した影の分と、ちまちま仕舞った影の分と、卵の殻の分もあるか? あと、皮子たちの気配。言えるか。
「気のせいじゃないかなー」
己の影の濃さに、ぎょっとして。木陰に移動する。ぐいぐい距離を詰められた。
「いいえ。確かに私は未熟者ですが。この感覚は気のせいなどではありません」
最初の印象。もっと、理性的な奴かと思ったが。相変わらず、気配を感じとれるのが厄介だ。墓巡り中は、気を付けてたのに。
「もし、あなたが神ではないというのなら」
「ないです」
「神の御使いに違いありません」
「とにかく。一度、深呼吸を」
少し距離はあるものの、街道を行く人がこちらを気にしてる。
ほんとは逃げたいんだが。大声出して追いかけられそうで。そしたら余計目立つだろ? 名前、叫ばれたくないし。
ブルーノが身を寄せるようにして囁く。
「御身分を隠しておいでなのですね」
まあ、いろいろ隠してるけれども。
「考えが及ばず、失礼いたしました。このブルーノ。これより誠心誠意お仕えし、祈らせていただきます。ですから、ここから去られるのだけはっ」
興奮して声、大きくなるわ。鼻水出てるわ。
まあ、とりあえず。
「わかったよ」
他の答えはノーサンキューなんだろ。
「ありがとうございます」
平伏されて、立ってるなんてできない。小心者は、体育座り。これから、どうしよう。
何、皮子? おめでとう、再び、おそろい?
そうか。会社で、年上の部下ができたと思えばいいのか。以前のオレの立場。部下の方な。
「まずは、祈りを捧げましょう。どんなお経がお好みですか?」
般若心経とでも答えればいいのか。はははっ。やっぱり、やりにくいよ。




