香り猫
中央広場は街の中心、三層にある。所々に岩の柱があって、すべてを見通すことはできないが。こうした催しには打って付けだ。
忙しく出入りする従業員。向こうが先に気が付いた。
「おう。やっぱり街に来たか」「おかげで助かってるぞ」
薄い板を掲げて見せる。商品を簡略化した絵のことらしい。
「忙しいところわるい。エイトに会うことは可能か?」
「ああ。ボスならその辺に転がってるから。探してみてくれ」
「あ、ああ」
あと一時間は、関係者以外立ち入り禁止とのこと。
奇を衒った演出はしてない。小物は台の上に、大物は敷物の上に並べられ。食品のエリア。素材のエリア。生きた動物のエリアと、大まかに分かれている。
オレはにおいを嗅げないが。皮子の合図。
「これが香り猫か?」
何か、想像してたのと違う。狸っぽい。
「ああ、そうだ」
近くにいた従業員が、答える。
「香の材料って聞いてるが」
家猫のかわいさはなくても、腹掻っ捌かれるなんて不憫だ。
「ああ。尻の近くを絞ると、分泌液が採れるんだ」
よかった、のか? 何か、他人事とは思えない。
ボスは? 尋ねると、あっちかな。と、皆がばらばらの方角を指す。かなり歩かせられたが。梱包材に紛れて、本当に転がってた。
「何やってんだ?」
「何だ? リュウイチか。儲け話なら聞くぞ」
ふらふら立ち上がる。くっさ。
「そんなんで目利きできんのか?」
普段より二割増し、目付きがわるい。
「酒抜いてくるから、ちょっと待ってろ」
階下に降りていく背中。誰も心配している様子はない。
「吐けばすっきりするんだ」「金勘定はできてるし」
素材集めの旅に出る。意気揚々と帰る。奥さんが愛想尽かしてプチ家出してる。飲んだくれる。以上がエイト商会、奥の恒例行事らしい。
「で? 何か売れるもんでも持ってきたか」
「売れるかどうかは、そちら次第だが。見てほしいものがある」
アルコール臭は如何ともしがたい。目の光はいつものエイトだ。
衝立で囲ったバックヤード。
「まあ、掛けろ」
簡素な椅子を勧められる。
机の上に、大量の薄板が、角を揃えて積んである。その合間に、小箱を置いた。
蓋を取ったエイトは、表情一つ変えない。視線を外すこともしない。
「直に手に取ってみてくれ」
表、裏。数秒ずつ凝視し、持った感じを確かめる素振り。
「虫封じの石、じゃねぇな」
琥珀のことか? それより軽い。材料については、とりあえず知らぬふりをしておく。
「誰の細工だ?」
孟の名前を出すと。
「あの妙な生きもんばっかり彫ってる奴か」
認識してるってことは、評価は高い? 男のオレでも見惚れる、いまにも羽ばたきそうな蝶。体温で手になじむ感じも、認めたはずだ。
「いくらだ?」
「それで、別のものを購いたいんだが。可能か?」
「ものによる」
「香り猫」
「いいぞ。売った」
即決。スムーズすぎて不安になる。
「その代わり」
ほら、来た。
「うちのもんを一人つけるから、孟と顔をつないでくれ」
「いいけど。知ってるんじゃないのか?」
「まあな」
歯切れが悪い。自分の失敗を認めるのは、誰だって嫌だ。つまるところ。他のモチーフを彫らせようとして、臍を曲げられたらしい。
「この素材か。頑固な作り手を、その気にさせるだけのもんがある」
孟とエイトの因縁を聞いたら。よけい、言えなくなったな。
この簪をいくらで誰に売ろうが、孟は気にしてない。同じ素材が手に入るかだけを心配していた。村の連中が街に使いにくる。ついでに運ばせたら、と提案はした。オレを間に挟む必要はない、とも。
エイトに素材の調達や、完成品の販売を任せれば、段違いに儲かるはずだ。ただ、好きなものだけ彫るわけにはいかなくなる。龍をモチーフにした作品は見事だが、売れてない。美術品の手入れや、装飾品の修繕で、食ってるようだ。そのくせ、絹にしか見えない布を覚え書きに使ったり。どう見ても金に無頓着。
今回は、新しい素材だ。好きなものを彫るための肩慣らし、ってことで。孟の中で、折り合いがついただけだろう。
「龍は、そんなに人気がないのか?」
「龍?」
孟にしたのと、同じ説明をエイトにもする。
「神様なぁ」
あまり宗教色を出すと敬遠されるのか。
「こっちの人間、いや。村の連中も、ハインツの話を聞くのが楽しみなようだった。そういう話の中に、出てくる生き物だったら。部屋に置いたり、身に付けたりしたくならないか?」
「また、面白そうなことを考えやがったな。たかが作り話、されどだな。街でも好まれる。他所の酒場なんかでも、聞きたがる奴は多いぞ」
エイト自身は、説教臭いのは苦手らしい。
娯楽、ないんだよな。いきなり演劇でもないだろうし。龍の姿を覚えさせるのが目的だから。紙芝居的な? いや、大きい方が受けるか。
紙がないって、きつい。布は高そうだし。薄い板を連ねて。持ち運びを考えれば、屏風みたいな形がいい。その辺にある薄板を借りて説明すると。エイトは、すぐに建具師の名前をあげる。
絵は、孟が描くのがいちばんいい。昔の有名な彫刻家だって、天井画とか描いてたし。他ならぬ龍だ。描くだろ。顔料、高そうだが。何、資金はエイト商会が出す? ガンガン行こう。
「対象を大きく描いた絵と。あとは、話し手だな。これは、他の商品にも使えるぞ」
看板やCMの効果を、エイトが即座に理解したことが驚きだ。
ノックと同時に人が入ってくる。ペコだ。
「リュウイチ?」
近くに立っても平気なことに、怪訝な顔をしながら、会釈はする。
「エイト。客が早く入れろって、騒いでる」
「しょうがねぇ。ちっとばかし、挨拶かましてくるか」
「顔くらい洗ってから出てよ」
話しながら、必要な薄板を探し出す。
「わかってらぁ」
ペコが、簪に見入っていた。はっと我に返って、頬を赤くする。エイトはしたり顔だ。
「よし。これは、競売に回せ」
「了解」
「それから、香り猫はこいつに売った。別に避けとけ」
驚いた顔で肯く。ペコを呼ぶ声が聞こえる。エイトが顎をしゃくるのを確認して、駆けて行った。
「忙しいところ、わるかった」
「なぁに。売るのなんか、あいつ等に任せておけばいいのさ」
どうも、ハントするまでが楽しいタイプのようだ。新しいもの、珍しいもの好きでもある。それでも、何かあれば、責任者の出番だ。
競売、見たかったが。エイトが酔ってるうちに、話を進めてしまった方がいいだろう。
ご推薦の話し手は、アーニャの住居の近くに住んでいた。訪ねると、運よく在宅。ベレー帽を被った、ぽやんとした雰囲気の女。
「エイトさんのご紹介なら」
とりあえず話を聞く姿勢。学校で教師もしているらしい。五分程の話を、二千から覚えていて、さらに作り続けてるとか。
借りてきた孟の作品に驚いていた。怖がってもいるようで、畏怖という点では問題ない。うろ覚えの龍の特徴を伝え、昔話をする。
「うーん?」
身近な生き物から変化する。これが呑み込めないらしい。そういや幽霊とか、化物の話、聞かないもんな。そもそも雨降らないし。水は過不足なくある。水神の出番はないわけだ。仕方ない。
玉を集めると、龍があらわれて願いを叶えるっていう、アレをだな。これなら、龍はあくまで副次的な存在。場所や登場人物を変えて、いくらでも話ができる。案の上、創作意欲を掻き立てられたらしく。冒険譚から恋物語まで、次々、吐き出しはじめた。後はまかせて大丈夫だろう。
建具屋と、屏風の素地を孟のところへ運んでいくと。こちらの説明が終わるか終わらないかのうちに。墨を磨り始めた。スペースがないから屋上で描く、って。はいはい、運びますよー。日除けも必要かな?
どうも、孟は。エイトのことを覚えてないようだ。龍関連の話をしないと、オレのこともわからないかも。赤銅色の肌をした建具師とは、馬が合ったらしい。
翌々日、様子を見に行ったら。絵の具が乾くのを待つ間。二人して縁に彫刻したり、彩色を施したり。もう、看板じゃない。美術品だ。
極彩色の、迫力ある絵が五日で仕上がる。
ちなみに、鼈甲の簪は。オレが想定した、三倍の値で落札された。




