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やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
2/87

女村に生まれて

     2


 いま、ちょっと認知力が上がった。

 オレは、リュウイチ。ストーンサークルの中にいる。そうだな。直径五十メートルくらい。かなりひろく感じる。なにしろ体が五歳ていど。気を付けないとすぐ転ぶ。

「あぎゃあ」「ピィョ」「ブモー」「ミャウ」「キュー」

「グワァ」「ヴヴ」「メェーッ」「ンニャー」「アウゥ」

 騒がしい。かわいくはあるけど、()でる余裕がない。オレは()(ぱだか)だし、腹も減ってる。

 あちこちにある、黒い(かたまり)。片手に乗りそうなのから、その何百倍もあるものまで。とにかくたくさん。つつくとゴムみたいな弾力。

「はやく、かえれー」

 オレは、よだれを()らしながら応援する。

 (まゆ)型の黒い卵。その一つが震えて、(さや)(はじ)けるように(たて)に割れた。

「キュァ」「アー」「クー」「ギュン」「ワァァ」

 ぬれた子犬が五匹、あふれ出る。

「いただきまふ」

 オレが用があるのは(から)の方。たとえるなら甘くないマシュマロ。口にふくんでいれば溶けて飲み込める。でも、オレはそれも待てずに一生懸命かむ。

 三分の一ほど食べると、少し落ち着く。毛の乾いた子犬たちが、(すね)に身を押し付けていた。目も()いてないのに猛烈(もうれつ)抗議だ。

「ごめん」

 残りを五等分する。ちぎってるとまた食いたくなる。がまん。

 あっちの子牛。こっちのひよこ。芋虫みたいに極小のやつからも。ちょっとずつ頂戴(ちょうだい)して、やっと満腹。

 ねむい。人肌ほどでも石は石。せめて枕がほしい。

 目をつけていた子羊。

「メェー、メェー」

 かなりうるさい。なでてなだめて、頭を乗せる。やりとげた。ひたる間もなく。そいつはあわく光って消滅。

 ごちっ。

「いたい」

 そろそろ消えるのはわかってたけど。タイミングが悪い。

 自分の腕を枕に、ふて寝。

 うなり声がして、オレはびくっとする。

 いつの間にか現れた女が一人。卵、産んでる。動物はともかく、これは見ちゃいけない。

 グロい、ってのもある。案外すんなりすむんだけどね。あ、終わった?

 いつもそう。人も動物も、ぼんやりした顔。なんのためらいもなく、橋をわたっていく。

 人恋しくて追いかけたこともあった。でもオレ、成体には不人気。どうも、こわがられているみたいだ。なんで? 柱と柱のあいだに透明な何かがあって、オレは外に出られない。

 悲しくなるから、楽しいことを考えよう。

 大量の子亀が(かえ)る。大興奮。このフォルム、たまらなく好きだ。殻を少しずつちぎりとる。


 一足飛(いっそくと)びに成長していた。九歳だ、って自覚する。前より少しだけ、複雑にものを考える。前世ってことばの概念(がいねん)も持ってる。でも、何か大事なことを忘れている。

 見ていてわかったこと。とうとつに現れる、黒い(きり)(かたまり)。中には大人の人や動物がいて、霧が晴れるにつれておなかが大きくなる。ならないのもいるけど、卵は産む。殻の色と関係ありそう。卵は勝手に(かえ)る。

 たまには人の赤ちゃんもいた。思わずだっこ。

「なに子ちゃん?」

 なつかしい感じがする。

「あー」

 かわいい声を上げるようになると、金色の光に包まれて消える。

「あーあ」

 気候は温暖ですごしやすい。でも、()()はな。衆人環視の状況がつらい。前は暗闇がこわかった。いまは夜になるとほっとする。

 太陽の位置は(つね)に真上だ。どんどん小さくなって日が暮れる。少しずつ大きくなって夜が明ける。月はない。星もない。夢は見ない。

 食料確保がうまくなった。大きさは関係ない。厚みのある(から)は、食べ残しがでる。つついて確認。先に目星をつけておく。干涸(ひから)びたら、さすがに歯が立たない。

「キュキュキュッ」

 食い足りないやつはほかにもいる。

「お前の殻、ぺらぺらだったもんな」

 しがみついてくる子猿。ひとりじめする気にはなれない。

「うぅ」

 味がしないって、まずい。必ず食べられるようになったがゆえのわがまま。だんだん腹が立ってくる。ぐしゃぐしゃと両手で握り込んだ。食べないって選択肢はない。強く、強く念じる。

「これは米。飯。にぎり飯だ」

 気でも違ったか、オレ。確かにさっきまでとは違う。丸くまとまっている。(うわ)(つら)()いてみる。

「え?」

 中が白いつぶつぶ。米っぽい。おそるおそる口にする。味はあいかわらずしなかった。でも気のせいか、いつもよりしっとりしている。うん、絶対してる。オレ、泣いていいよな?


 十六歳になると、いままで以上に腹が減る。

 アワーマークを思わせる石柱。内側に水路。水生のやつはそこで卵を産む。傷だらけのやつも、体はぷっくらしてる。産卵後も元気だし。

 空腹と味なしのコラボに耐えかねて、生食(なましょく)に挑戦。水に腰まで()かり、狙いを定める。つかんだ! と思ったら、全身がしびれていた。仰向(あおむ)けに浮かなかったら溺れてた。逃がした魚がたてる音。

「くっ」

 山羊(やぎ)でも、結果は同じ。この(せま)い領域。捕食者と被食者が一緒で平気なわけだよ。でも、乳吸うくらいよくないか? 三回、失敗してオレはあきらめた。

 (にせ)パン作って脳をなだめる。けっこう疲れる。よけいに腹が減る。でも、食感はいい線いってる。ほんのちょっと味がする。気がする。

「ゴッゴッ」「アー」「ジュ」「ミューン」「グヒヒヒヒッ」

 シュールな光景に(たましい)を開放する。パンツ一丁のオレ。食うか、()くか。どんな野生児だ? 手足はすらっとしてる。腹筋は割れてる。顔は、うーん。絶世の美男子か、ど平凡。どちらかのはず。なんでそう思うのかは不明。

 いまも、女たちにチラ見されてる。

 つるりとした石の柱。手足をペタペタ貼りつけてのぼる。落ちたらやばい高さ。ひやっとするけど、なんだろうな。青春()(さか)りの、オレ異性になんか興味ないよ、(てき)な行動? やっぱり横石より上には行けない。

 開き直って堂々見返そう。髪の色、()い方、(ほり)の深さも、肌の色もまちまち。服装の趣味もだいぶ違う。全体的に質素。皆きれいだけどね。歳は二十五、六?

 村っていうか、集落っていうか。中心にオレのいる場所があるから、互いによく見える。人は二十人も住んでない。背丈の何倍もある崖に囲まれてる。そこに横穴を掘って、ドアをつけてだな。外で煮炊きをしているから、たぶん中は広くない。牢屋みたいなところで家畜を飼ってる。小さな畑もある。

 時々、(にわとり)つぶしたり、小川で魚をとったりしている。あれ、オレが逃がしたやつかな。

 ぐう。

 葬列らしきものも見た。オレもこのままの速度で育ったら、あっという間に死ぬよな。


 たとえるならエレベーターの浮遊感。いきなりの感覚に気をとられる。

「うおっ」

 腹の大きな象に、踏まれそうになってた。横に跳ぶ。望外のジャンプ力。水路を飛びこえ、外に転がり出る。

 え、外?

 腕とか(もも)とか太くなってる。目線が高い。オレ、二十五歳。

 女が一人、(むか)えにきた。虎を。オレのことは、ものすごく警戒している。ふつう逆じゃないか?

 頭を()でて話しかけてる。よくがんばったね、とか。新しいおうちに連れてくよ、とか。

 耳に入ってくる、知らない言語。意味はわかる。違和感。でも、すぐ慣れた。字幕で話せる気になる、あれに近い。

 ちらちらこちらを振り返る。ついて来いってこと? 来られると困るってこと? ああ、勝手にするから気にしないで。

 井戸に行って水を飲む。洗ってあった野菜をもりもり食った。これが人間ってもんだよ。

 一言ことわりたかったけど。女たちは、オレが近付くと逃げる。追いかけたい衝動にかられたけど、やめた。オレは変態じゃない。ないよな?

 大鎌(おおがま)やピッチフォークを手にした女たちに追われる。あっち行け、だって。しかたなく虎の後を追う。

 広い洞窟(どうくつ)裸足(はだし)でもなんとかなりそう。ゆったりとしたのぼり坂。途中で枝分かれしてる。女の足取りに迷いはない。

 五千歩は歩いた。道がだんだん狭くなってくる。ランタンの()はオレまで届かない。大丈夫。妙な確信をもって、足を踏み出している。

 そんなに(おび)えなくていいのに。女の足がどんどん速くなる。前にもこんなことあった? いやいや。怖がられるような容姿じゃない。彼女の一人や二人、いたことも。

「あれ?」

 一人だっけ、二人だっけ。黒塗りの人型。やめよう。思い出すのやめよう。

 曲がり角の向こうから。あれは外の光? 見えた時はほっとした。

 出口は、虎にぴったりなサイズ。(わき)に立った女は、(まばたき)きもせずにオレを見る。大型猫につづいて出たよ。ペットドア。

 ちょっとした空きスペース。周囲はジャングル。空気が濃い。

 女はしゃがんで格子(こうし)越しに、虎に何か食べさせてる。食い物。凝視。しかたなさそうに、オレにも投げてよこす。

 黄色いあんこ玉。うまそうだけど。虎、吐き出してるよ?

 女の目付きがすごい。虎にはそれ以上、無理()いしない。一度口に入れれば、ぺっ、してもいいってことか。なめらかな舌(ざわ)り。()め?

「ぐわっ」

 全身の毛穴が開いた。脳みそがびりびりする。

 ぼんやりしていた感覚、思考、記憶が鮮明になった。

 のびた(ひげ)が気持ち悪い。こんな邪険(じゃけん)な女のいうこときいてていいのか。オレの名前は、中野龍一だ。死んだ。()まれた? 満子(みつこ)

「ガウッ」

 虎が、右に左にうろうろしている。伝わってくるのは、食う、って意志。

 やばいやばいやばい。素早い駆け寄り。ど迫力の爪。目をそらさず、よける。どうする? 手の平をパンツでぬぐう。暴力きらい、とか言ってられない。なんか武器。(かた)い。とがった。ナイフ! ふるちんで(かま)えた刃物は、先がべよべよしてる。オレの造形(ぞうけい)。あいかわらず役立たず。やぶれかぶれに投擲(とうてき)

 かわすまでもないコントロール。でも、虎はくやしげに(うな)っている。重いものを引きずるように、四肢に力が入る。でも、動けない。なんだかわかんないけど。

 洞窟(どうくつ)に戻ろうとする。外側にしか開かない格子(こうし)がなんだ。オレは人間だ。引っぱって、持ち上げれば。あ、鍵かけられた。わかったみたいに(うなず)いて。帰るの?

 違うよね。村案内して、いろいろ説明するとか。料理だして歓迎とか。いちゃこらして、いい思いするとか。なし? なしなんだ。

 虎の影に刺さったナイフ。少しずつ抜けてきている。理解するより先に駆け出した。大丈夫だ。オレはやつより速く走れる。

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