アーニャの取調べ
オレが朝飯を終える頃。アーニャが起きてきた。日照時間が活動時間の、彼女にしては珍しい。
「なんだ、うまくいってないのか?」
「分析はすんだよ。材料が、二ぁっつばかり足りないの」
恨めしそうに、厚切りベーコンを咀嚼。いつもの革一式は脱いでいて、ビキニ姿だ。ここのところ、窮屈な格好をしていた反動かと思ったが。落ちない染みを落とそうとする労力が惜しいんだ、と力説された。まあ、見せてくれるなら、見とこう。
ちなみに、オレの防護スーツが見えないことについて。アーニャは端から、いいように解釈してる。
己の姿を風景に溶け込ませる能力は存在する。蛸、由来? 銭湯で一緒になった男は、輪郭はわかるが、そこそこうまく擬態していた。本人に言わせると、したくてしてる訳じゃない。気を抜くとそうなる。持ち物までは変えられないし、中途半端。だそうだ。
アーニャも、そこまで自由自在なのははじめて、って。少しは疑おうか。
「そういえば。さっき公報で、エイト商会の即売会があるとか」
「え、ほんと?」
勢いよく立ち上がったアーニャは。しおしおと椅子に座る。
「どうした? 買いたいものがあるんだろ」
「お金がない。あそこ、品揃えはいいけど。初心者でも、付けは利かないんだ」
白の区画にある本店は小規模だが。各地に支店や倉庫があって、取り寄せられないものはないらしい。
「もう二週間。いや、もっと? お店は休業してたから。きっと、混むよ。アタシは関係ないけどね」
やさぐれ気味のアーニャ。
「そんなに休んで、よく客が怒らないな」
「会頭自ら従業員率いて、素材集めに行っちゃうからね。でも、その後は。珍しいものが手に入るって、皆、知ってるから。黒の宿屋辺りでも、休暇延ばして、待ってる連中が多いんじゃないかな」
「アーニャの欲しいものって何だ?」
買えない、と悔しがりつつ。口にするだけでも、うれしそうだ。
「うーんとね。香り猫と、い」
激しく扉が叩かれる。
「あ、アタシいないよ」
テーブルの下にもぐったところで丸見えだ。仕方ない。
「はい。どちらさま?」
細めに扉を開けたのに、勢いよく踏み込まれた。いや、刃物向けられたら、無条件でホールドアップ。後ろに下がるよ。
「アーニャ! なぜ、役所に出頭しない? 私に足を運ばせるなんて、いい度胸じゃないの」
槍を構えた衛兵の間から現れたのは。ヴィヴァンディエールの軍服姿。いかにも、できる女だ。
「あ、あ、アタシは、なんにもわるいことしてないから」
テーブルの脚にしがみついたところで、無駄だと思うが。案の上、自分よりずっと小柄な女に、片手で引きずり出されてる。
「無実だというなら。正々堂々、自ら出向いて釈明するべきでしょう」
それ以上、力に訴えることはせず。アーニャを椅子に座らせて、その向かいに腰を下ろす。大きなため息。
「副役所長の権限で、ここに、公認調香師アーニャの取調べを略式で行う」
「立会人、コンスタンティン」「同じく立会人、ブブ」
え? 思わず衛兵に尋ねてしまう。
「ブブって、ハインツが名前付けた?」
「あ? ああ」
「そこ。関係ないことは後にしてちょうだい」
すみません。衛兵共々、戸口側に寄る。
「こういったことは、初めてのようね。あなたは誰で、アーニャとどういった関係ですか?」
「友人です。リュウイチと言います」
「わかりました。あなたが立ち会うことを認めます。正式な立会人ではないので、いつ退去してもかまいません。ただし、アーニャが取調べを拒んだり、逃亡した場合は、役所に出頭してもらいます。拒否すれば、身柄の拘束、連行もあり得ます」
オレ、人質か。アーニャが応じれば問題ないわけだが。もしもの時は、まず逃げる。決まっているから不安はない。
「お、横暴だぁ」
「私だって、こんなことしたくないわよ。あなたが騒ぎを起こすたびに、なぜか私のところにお鉢が回ってくるの」
好戦的な話し合いの内容を要約すると。
まず、誘引の香の過剰使用が取りざたされた時。真っ先にアーニャが、関与を疑われた。もともと異臭を漂わせたり、実験動物を逃がしたり。強く出られないこともあり。役所での尋問を大人しく受けている。
街には、製作者を保護する制度があって。定められた期間、製法を伏せ、独占販売できるらしい。アーニャ、オリジナルの誘引の香が、登録されたのが三年前。期限が切れて、アーニャは素直にレシピを公開した。アーニャ自身も販売を続けるが。粗悪品が出回るようになる。
「材料費をケチったか」
「そう、そうなんだ。あんな安い値段で売り出せること自体おかしいよ」
「あなた、余計な口を挟まない」
「すみません」
「とにかく、アーニャ。あなたは、レシピを間違えて公開した疑いあり、とされている。私の前で一度、公表した通りに調香して、問題ないことを証明しなさい。そうすれば、くだらない言い掛かりなんて退けられるのに。なぜ、やらないの?」
あ。無茶、言ってる訳じゃなかったんだ。むしろ味方?
「アタシが、調香のことで間違えるわけない。もし、間違えたとしたら、ちゃんと作れてる人がいるのは、どういうわけ? 向こうがおかしなことやってるのに。どうしてアタシが、そんなことしないといけないの? その前だって、やってもいないことで疑われたんだよ?」
ああ。意地になってたか。これもわかる。わかるが。
「あの、すみません。友人として、アーニャに聞きたいことがあるんですが?」
きちんと発言を求めれば、簡単に許可は出た。まあ、単純にお疲れなんだろう。
「どうぞ」
「アーニャ。問題の香を調合できるだけの材料はあるか?」
「それは、あるよ。腐るほどある」
嫌疑が晴れない限り、同製品の調香を禁止されているんだとか。それで、金が尽き。新たな香の開発を焦ってたのか。
「だったら、調香して見せてやれ」
「リュウイチまで、そんなこと言うんだ」
やめろ。涙目。こっちまでうるっとくる。その悔しさ。半分はオレのせいだし。
彼女の才能は本物だ。鼻がいいってだけじゃない。調香に対する情熱と知識、そして直感。お偉いさん達が頓珍漢な情報を流す中。オレにたどり着いてる。
どうやら、オレの発する物質は強烈すぎて。近接で、誘引の香を連想したのはアーニャだけ。男女関係なく、わずかに好感度をアップさせるものだからな。
アーニャは、オレの言い分を信じてしまう可愛いところがあって。尚且つ、それを言いふらさない分別もある。
まるっと人を自然体で受け入れるなんて、なかなかできない。これでも、恩義を感じているんだ。
どうやったらアーニャは、やる気になるんだ?
「それができたら。さっき、アーニャが欲しがってたものを買ってやる」
「ほ、本当? あれ、すっごく高いんだよ」
アーニャが口にした金額。あ、やっぱり、それくらいするか。前世なら、血統書付きの子猫を買っておつりがくる。
「お、男に二言はない」
「やる! やります。ほら、調香するから。さっさと来て」
武器を手にした衛兵を押しのけ、隣室に走っていく。空き部屋使ってるの、秘密じゃなかったか? まあ、いい。
「ちょっと、アーニャ」
副役所長とやらの背中を見送って。立会人兼衛兵の二人と、顔を見合わせた。
「仕事とはいえ、いろいろ大変だな」
「いや、そっちこそ。話が進んで、俺らはよかったが」「また無駄足だろう、って言ってたんだよな」
アーニャに調香させないのも議会なら。早く香をつくらせろ、と。こっそり責付く議員もいるんだとか。小声の打ち明け話。
「俺らも、早くつくって欲しいんだ」「アーニャは、調香の腕はいいからな」
「じゃあ。アーニャは、もう大丈夫か?」
「ああ。後は任せろ」「俺たちがちゃんと立ち会うから。がんばれよ」
「え?」
ますます小声になる二人。
「これから、金策だろ?」「女のためとはいえ、給料二月分はきついよな」
男前な奴だと褒め称え。低金利の金貸しまで教えてくれる。
「ありがとう」
逃げるように部屋を後にする。確かに金が必要だし。品物も、早く押さえないとならない。
あと。短槍、怖い。




