イリの正体
午後七時。街門は閉じられる。
白の区画の店もクローズ。住人の大半は、自宅に引き上げてる。
建物を隔てて、西側の道では。街灯が、浮かれた人々の顔を照らす。
オレは暗闇で、昼間と同じ位置に座っていた。相変わらず賑やか。
役所の屋上で、遠距離の伝聞。どちらの村も、問題はないようだ。対象オレの注意報は、まだ解除されない。他に話題がなくて、くり返してる節がある。地震や鯨って単語は聞こえない。移動した時の体感からざっと計算。少なくとも、あの揺れは届かない距離だ。
意外なのが、エイト達からの伝聞。街宛に、明日、到着することを知らせてる。予想より二日遅い。これなら、街で遭遇しても、とぼけられるか。
わざわざ知らせるくらいだから、繋がりは深そうだが。いまのところ、街に鯨製品が出回ってる様子はない。他の幌馬車はノンストップで通過させて。最後の一台分だけ、街で捌くのか?
酔い醒ましに表へ出ている連中の、話の断片を拾う。
長い航海を終えたばかりの者。砂漠を渡るキャラバンの一員。一攫千金を狙って坑道に潜り続ける連中。想像以上の環境。そこに身を置く人々。
生活に倦んでるわけじゃない。ただ時々、帰りたくなるらしい。なぜなら、街には嘘吐きがいないから。
十二時すぎたぞ、看板だ。店主らしき男の声が聞こえて。次第に静かになる。
飛び交うコウモリの遣り取りと。遠い海で鯨が鳴き交わす声。だけだと思ったら、いたよ。個人的なやり取りしてる奴ら。約束事の確認が多いが。一組だけ、愛を叫んでる。ひーっ、他人事ながら恥ずかしい。
穴掘るかわりに。水路の蓋を外して、もう一度チェック。愛の賛歌に紛れて、探査すると。蓋掛りのすぐ下に、罅を発見。極わずかな隙間が、奥へと続いてる。これを追うのは、なかなか骨だ。
え、皮子、行くの? 勇気あるな。何かあったら、すぐ知らせろよ。
皮子がぎりぎり通れる隙間。進んでいく気配を、地上から追う。建物の角をかすめ、路地に入る。深くもぐられると、追えなくなりそうで怖い。幸い、浅い位置を蛇行していく。
お、出た? 十メートル程の距離を、十五分もかかってない。すごい! 速いぞ。入口を探して、オレの方がもたつく。皮子と感動の再会。
なんだ、ここ? 奥の祭壇らしき場所で。最後の蝋燭が燃え尽きるところだった。
夢中で開けてしまったが。鍵がないってことは。誰でもどうぞってことだよな? 両開きの扉が、ぎこちない音を立て、閉じる。どちらにしても、真っ暗闇。背筋がひやりとする。並んでいるのは、どう見ても石棺。左右の壁の横穴にも納められて、というより。岩から削り出されて、床や棚と一体になってる。
墓所か。街の只中に、ふつうにある。
床にみっちり、いた。
おぅ。踏んでた、ごめん。五枚ほど死滅。皮子は、弱っち過ぎる、と新たなる配下、括弧予定にご立腹の様子。下ろしてやると、すぐに取り込みはじめる。はじめて現場を見た。触れる端から境目がなくなり、すべてが皮子になってる。倍々どころか、同心円状にすごい速さで支配していく。
ぷつぷつ文句も止まらない。確かに、こいつら存在が希薄すぎる。これじゃ、隙間から這い出したところで。日に当たったり、水に落ちただけで消えそう。強い個体だけが残って釣り上げられたのか。
根性叩き直す? それで、何とかなるものなのか。そりゃ、気力は大事だが。
皮子が無双すれば、足場も確保される。オレは歩き回って、周りを調べた。うん。やっぱり、墓だな。ただ、空っぽのものが多い。花が手向けられているのが二、三。一つを除いて枯れている。
萎れた花の棺から。じわじわ出ていた。ぎゃぁ。皮子さん、ストップ。時すでに遅し? 数珠つなぎに、皮子が石棺内まで侵入してる状態。
よし。見なかったことにしよう。かつて人だったものか、蛆的なものかなんて。キニシナイ。いまは皮子だからな。
皮子曰く、覇気のないやつばっかり。一山、一枚分とカウントするしかなかったようだ。
死後まで役立たず呼ばわりされるなんて。身につまされる。誰にともなく手を合わせる。何か、いろいろすみません。成仏してください。
一瞬、闇が薄れた気がした。瑞々しい花を頂く蓋の下から現れる。数は極端に少ないが、皮子も認める存在感。
一枚足りない? 恨めし気に言うのは、ちょっと。
隅々まで探し回り。水路まで戻って、もう一度亀裂を辿ってみたり。皮子の諦めがつくまで付き合っていたら。夜が明けた。
両開きの扉の間から光が差す。
「お参りの方でしたか。お祈りの邪魔をしてすみません」
青い目の坊さんだ。ただし、墨染に十字やら星やら、他宗教の印があちこちに。
「いいえ、違います。何の施設かなと。こっちこそ、すみません。興味本位で」
「いえいえ。興味本位でも何でも。お越しいただいて、故人も喜んでいるでしょう。ここは残念ながら、忘れ去られた墓所なのです」
十字を切って、合掌。いろいろ混ざってるな。コーラン朗誦しても驚かないぞ。
「おおっ。無事すべての方が、天に召されました。これで、私も肩の荷が下りました」
思わず首を傾げる。
「ああ、若い方は不思議に思われるでしょう。もう、廃れましたが。百年ほど前まで、残っていた信仰で。千数百年前には全盛を誇っていたそうですよ」
坊さんが言うには。遺骸をそのまま石棺に安置し、蓋を開けずにそれが消えるのを待つ。なぜ、そうなるのかはわからないが。それで上の世界へ転生できると信じていたそうだ。
「転生? できるんですか?」
「信じる者は救われます」
あ、断言しないんだな。
「もう少しかかると思っていましたが。残っていたお三方も。無事、転生されたようです」
まずい、気配を感じとれる人だ。皮子、逃げろ。オレは注意を引こうと、ずいと前へ出る。
「和尚様は」
「和尚などと、とんでもない。言葉もふつうでけっこうです。私は、神について学んでいる身。こちらへも勉強がてら、時々、寄せていただいている次第で。不肖の墓守とでも思っていただければ」
ブルーノという名の学生だと自己紹介する。
「リュウイチです。今日はいろいろ教えてくれて、ありがとう」
皮子は、祭壇下の割れ目から退却中。大きくなった弊害はあるが、速度は段違いだ。よし、もう大丈夫だろう。
「じゃあ、オレはこれで。あなたに、神のご加護がありますように」
口から出任せだったが。ブルーノは目を輝かせる。
「私こそ。理解ある方に出会えて幸いです。また、ご縁があるとよいですね。悟りを求めるあなたに、神のご加護がありますように」
ああ、うん。何でも祝える国の出だから、大丈夫。
人通りが増える前に、割れ目から皮子を回収。腕にぐるぐる巻きつけて。うわっ、大きくなったな。ひとまず抱えて、帰路につく。
広報、ちょっと変わった。腹穴の部分がなくなって。本日、十時から、エイト商会の即売会を中央広場にて行います。だって。
さっそく人型をとる皮子。イメージが定まらないのか、顔は微妙な凹凸があるだけ。体は完璧オレ好み。って、なんで女型? 雌ですから?
いやいや、やめて。ダッチなアレみたい。大事な皮子さんをそんなことに使いたくない。人間、中身が大事でしょう、って一生懸命、説得する。
??? 訳わかんないながらも、くちゅくちゅまとまる。よかった。
結局、皮子本体は臍に戻り。部下一から百六十でスーツを構成。スケスケの全身タイツだが、なにか? 肌に触れてる感覚ないから、ストレスフリーだ。
呑み込まれそうで、ちょっと怖かったのは内緒。
何、髪型が変? 仕方ない。後ろに流して固めるか。




