釣り
皮子があまりに興奮して、寝付かれない。剥がして、水差しに突っ込んでおいた。いつの間にか、腹に戻ってる。起こしてくれて、ありがと。
まだ、真っ暗。夜釣り? 朝マズメ? アーニャも寝てるようだし、別に断らなくていいよな。
ドクは、カンテラを灯し。準備を整え待っていた。なんか、手ぶらですみません。
「リュウイチさんは、目もいいんだな」
お手製だっていう、釣り竿。五十センチくらい。竹、じゃない? 葦だって。オレ、ザリガニ釣ったことくらいしかないんだが。あとは各自、手桶とバールを持って、出発。さすがに人通りは皆無。
白の区画に入ってすぐの水路。蓋も当然、岩を加工したもの。会議テーブルの天板サイズだ。厚さは十センチを越えてる。一枚を引っ掛け、移動させる。このためのバールか。
「こんなこと、していいのか?」
「んん。まあ、内緒」
水深は浅いが、思いのほか勢いよく水が流れてる。おっと、糸が絡まないようにしないとな。指の先ほどの塊が、ぷらんと揺れる。
「何で岩塩?」
「たいていの動物は、舐めにくるから。いけると踏んだら、これが大当たりだ」
魚なんていないのに。並んで釣り糸を垂らしてる。
音で逃げることは、ないらしい。周囲に配慮して、小声でおしゃべり。
「村にいた時から。銛は苦手でな」
「先生もか? あれ、難しいよな」
「ああ。それに加えて、魚の位置を察することができないから。よく一人で釣り糸を垂れてた」
「いまは趣味で?」
「ぼーっとするのに、丁度いいんだ」
いろいろ溜まってそうだもんな。それにしても。
「なんでまた。水路で釣りしようなんて考えたわけ?」
「患者の一人に。清掃中、蛇が泳いでるのを見た、と聞いた」
「うへぇ」
「上水道だから、餌を仕掛けるのは自重して。ふつうに、釣り針で」
ふつうって、何だっけ?
「その頃は、まだ仕事も暇だったし。釣れるかどうかは、気にしてなかった。結局、蛇は行方不明のまま。透明な膜が引っかかったわけだ」
ゴミではない。生き物かどうかもわからない。あれこれ試した結果、いまの使用法に落ち着いた、と。釣り方も、当然オリジナル。
「誘っておいてなんだが。釣れる保証はないぞ。一つ獲れたら、いい方だ」
ドクによると。チャンスは夜明け前から一時間くらい。明るくなって三十分もしたら、もう望みはない。
「不思議とここだけなんだ。街中、あちこち試した。森の方も探してみたが」
「オレに、教えてよかったのか?」
「別に、隠してないぞ。ここで釣られなければ、どこかへ流れ行ってしまうのか、何かに食べられてしまうのか。結局、手に入らないわけだし」
街の許可をとって、あちこちに網を張ったりもしたとか。
「集めるのは大変だろうが。リュウイチさんのアイデアは、面白いと思う。ただ、少し工夫が必要だろう」
ドクによると。イリは、まれに繋がるものもあるが。大抵は、ばらばらなままだそうだ。
「縫い合わせるとか?」
「そうだな。塩水を塗った部分は、くっ付き合う。しかし、持続するのが一時間程度だ」
「へぇ」
「その上、直に纏えば、すぐに肌と同化してしまうだろう。イリは金気を嫌う。あとは、クローメの汁だな。先に肌に塗るといいかもしれない」
「クローメ?」
極小さな、橙色の果物だそうだ。言われてみれが、その辺の鉢植えにあったような。
「なるほど」
さすがに、よく調べてる。
まあ、オレには皮子がいるから。当の本人は、やきもきしっぱなし。はいはい。真面目に釣りもしてるよ。だから腹、圧迫するのやめて。
オレは、エイトとのことを話す。ドクは当然、奴を知っていた。
「数がまとまれば、商売の仕様もあるのに。と、残念がっていたよ」
いかにも、エイトらしい。
手応えより先に、かすかな気配を感じた。
いきなり現れた感じ? 皮子でさえ、そうだ。発するものが微弱すぎて、距離があるとわからない。
力はいらない。見た目も、何も掛かってないみたい。小石ごと掴んだことで、やっと、ドクも気付いた。
「お。釣れたか。良かったなぁ」
誘った手前、ぼうずは困る。プレッシャーを感じていたらしい。しばらくして、ドクも一枚、釣り上げる。
人目に付く前に撤収。
「竿と桶はあげよう。頑張ってくれ」
目標枚数を聞けば、誰だって苦笑する。
「ああ。いろいろ、ありがとう」
ドクは、八時から診察だって。アロハな背中に礼。
「よかったな」
いちばん喜んだのは、皮子だ。すぐに物陰で、水桶へダイブ。って、オレがつまんで入れたんだが。また、見逃した。同化だけは異様に早い。
子分一とニに、臍カバーを任せて。自分は、自由に動き回る。速度は、カタツムリくらいになったか?
「お疲れ」
同じ所を、ずぅーーーーーーっと回ってるなんて。オレだったら、発狂するわ。
お礼は、さらなる部下探しへの協力でいい? 任せろ。何。あと、たったの百五十九枚だ。
朝食、昼食、検体を渡して、アーニャを黙らせた後。
件のポイントから、流れを遡ってみた。気配を探りながらで、そう速くは進めない。行き着いたのは、赤の区画の街壁に接する空間。誰でも入れる。
ごうごうと水の流れる音が反響し。そこに木材の軋む音が重なる。直径二十メートルはある水車。半ば岩盤に埋もれる形で、延々、水を汲み上げてる。全部で八基。
思わず探査。地下水脈だ。枝分かれし、また合流しながら、街の真下を通ってる。街の南側、つまり上流側で汲み上げて、街中に行き渡らせてるのか。
枝分かれしていく上水道を、無作為に辿る。いまさらだが、下水道がない。そうか。用所ごとに穴をあけて、地下水脈に捨ててるんだ。水場での落とし物に注意だな。
肝心の皮については。何の収穫もなく、釣りポイントに戻る。
縁石に腰かけ、昼飯を食う振り。ちょっと行儀の悪い奴って感じで。それ以上の関心を示す者はいない。
あらためて水路内を探る。いないよな? もしや、夜行性か。あの時間帯のみ、掛かる理由は謎。
一旦引き上げて、夜に備えよう。ようするに、昼寝。




