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やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
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ドク先生


 診療所に行くと。シスターが二人に増えていた。思わず、二度見。顔がまったく同じ。白黒映画の女優の顔。呼び名も、その名字と名前を分け合って。二人共、ここの医者の奥さんだ、って。(のち)に判明するんだ。こんちくしょう。

 待合室で待つ間。聞く気もないのに。診察室から声が響いてくる。

 その患者は。上の階の住人の足音が気になって眠れず。隣の部屋の洗濯物のにおいで食欲が失せ。猫と(はと)糞害(ふんがい)にも悩まされてるらしい。気さくに相槌(あいづち)を打ってるのが、医者だろう。

「先生。お時間です」

 外から扉をノックして、シスターが告げる。三十分単位でカウンセリング?

「これ、産みたてよ。食べて食べて」

 鶏卵(けいらん)六個で、お支払い。(やす)らぎのお茶なるものを処方されて、すっきりした表情で出ていく女。

 予約する段階で、おかしいな、とは思ったんだ。ああ、でも、呼ばれてる。

「次の人」

 医者は、アロハシャツ姿だった。呼び名はドク。わかりやすくて大変よろしい。

「リュウイチさんか。はじめてだな? 秘密は守るから、安心して話してくれ」

 だだ()れてたが? ドクは、ばつが悪そうに説明する。

「さっきのご婦人は、うちの音()れ対策を受け入れるより、聞かれるリスクを選んだんだ。皆が皆、あんたみたいに耳がいいわけじゃないし」

 二人のシスターに、扉()しに声をかける。

「頼むぞ」

 (おだ)やかな返事が(かさ)なったと思ったら。ツィッ、ツ、ツ。ヴヴヴヴ。耳の奥にきた。二人交互に、超音波に乗せて歌ってる。片方、オペラ。片方、アニソン? 範囲は限定的だが、後者は探知の妨害(ぼうがい)までしてる。

 うわぁ。すごいし、上手(うま)いけど。全然、話に集中できない。

「ドク先生は、心を()る医者なのか?」

 頑張(がんば)ってみる。

「いや。(なん)でも()るよ。ただ、皆、あっちの人みたいに」

 指さすのは天井(てんじょう)

「病気はしないし。怪我(けが)も、ほぼ自力で治すから。話を聞くくらいしか、僕の出番がないという」

 いや、ここで落ち込まれてもな。

「なぜ、医者に?」

「僕を育てた人が医師で。その時は理解できなかったが。こっちに戻って、学校に通ってる間に興味を持った。それで、皆の役に立てたらってね」

 真面目だ。服装で損してる。花柄、腰布(こしぬの)姿のオレが言うのもなんだが。

「リュウイチさんは、街に来て長いのか?」

「いや。昨日、来たばかりで。アーニャの紹介で、ここへ」

「ああ。アーニャさんの知り合いか」

 ドクは、世間話からアプローチすることにしたらしい。

 仮にも医師を名乗ってる。学校にも行った。一般の連中よりは、危機意識が高くて。知識は豊富なはず。情報は引き出したいが、どこまで話したもんか。

(じつ)は、アーニャと出会ったきっかけでもあるんだが」

 時々、誘引の気らしきものが()れ出して困っている。その原因を知りたいし。それを一時的にでも(おさ)える薬があるなら欲しい。と、虚実(きょじつ)()()(うった)えた。

「なるほど。それは、困るだろう。今日は、大丈夫なのか?」

「はい、まあ」

「その状態の時に()たいもんだが」

 あ、そこはかとなくマッド(しゅう)が。わざとらしい咳払(せきばら)い。

「失礼。アーニャさんのことだから。その」

「ああ。サンプル()られた」

 そわそわしないでほしい。

「リュウイチさんの許可があれば。僕も、ぜひ調べてみたい」

「医師の観点から、意見を言ってくれると助かる」

 医師、ってところを強調。アーニャが暴走しそうになったら止めてほしい。

「ああ。僕の医師としての良心を信じてくれ」

 本当に頼むよ、先生。

「じゃあ、今日のところは。現時点での、僕の考えを話そう」

 ドクは席を立ち、戸棚から紙の(たば)のようなものを取り出した。

「本?」

 思わず立ち上がる。

「リュウイチさんは、あっちのことをよく覚えているんだな。残念ながら、違う。わるいな」

 着席。よく見ると、自分で()じたって感じ。妙に波打って。羊皮紙?

「気分が悪くなるようなら、言ってくれ」

「はぁ」

 見せられたのは、動物の解剖図(かいぼうず)だ。信じられないくらい細い線で、(みつ)に描かれてる。

「これは、先生が?」

「そう。学生時代に共同で。これは、(にお)いリスの。見ろ、ここに(にお)(ぶくろ)があるだろ。こっちは四角クジラの腸だ。ここから()れる石は、非常によい香りがする。だが、人間にはこういったものは見当たらない」

 わー。まあ、白黒だし。いろんな映像にさらされて育ったし?

「あ、これはちゃんと生前、本人の同意を()て。街の許可も()てだな」

「はい。それで、結論だけど」

「あくまで僕、一個人の意見だが。誘引の気を(おさ)えるのに、切り取る等の外的な処置はできないということだ」

 よかった。こっちの連中が、ホルモンと生殖器の関係とか、知らなくて。

「もしかして、過去にも。似たような人が?」

「直接、知っているわけじゃない。僕の師にあたる人から聞いた。師は、その師にあたる人から聞いたと言っていた」

 何百年。下手すれば、千年以上前の話?

「誘引の気は、攻撃のために出すものではないし。結果的にできてしまった石とも違う。リュウイチさんの場合は、目的を()たした(あと)の残り()だと考えられる」

 実は、絶賛、本番中。

「自然に消えていくだろう。でも、リュウイチさんは、いま困っている。発生させない薬をと考えるのは合理的だ。だからこそ、あえてはっきり言う。僕は、そのための薬を知らない。これから(つく)ろうにも、すぐ(なん)とかなるとは、とても言えない。薬師にも当たってみるが」

「いえ。オレだけじゃないって、話を聞けただけでも」 

「大変、申し訳ない」

 こっちこそ。自分が何者なのか、わからないのは不安だが。あまり、知られすぎてても怖い。いまのところ何とかなってるしな。

(ほか)に、何か役に立てることがあれば。時間もまだあるし。あっちの記憶が多いと、違いに戸惑うこともあるだろう」

 そうか。ドクは長期間、むこうに居たんだ。

「この世界、いや、こっちに帰ってきて。皆、同じ年齢なのが、不思議で」

「そうだよな。それに気付く人自体、なかなかいなくて。すまない、仕事なのに。こういう話ができて、わくわくしてる」

 かつて、老婆になった女の話を聞いたことがあるらしい。彼のお師さんの、お師さんの、お師さんが。

「ずっと昔は、寿命がなかったという話だよ」

「へぇ。でも、それじゃ」

「そうなんだ。いま()きてないという矛盾が(しょう)じる」

 ドクとの話に夢中になっていた。たまには脳を活性化させるのも、いいな。

 ん? なんだ、皮子。そうだ、それも聞かないと。

 BGMが途切れる。

「すまん、リュウイチさん。急患のようだ」

「どうぞ。話は(あと)でもできる」

 邪魔(じゃま)にならないようにと、待合室に出て。思考停止。

 ダイニングキッチンのテーブルの上に、患者が座っていた。肩口を(しば)ってあるが。()()う男達のシャツも血に()れてる。

「これくらい、大丈夫だって言ってんのに。かかあが先生に()てもらえって、うるさくてよ」

 腕が千切(ちぎ)れかけてプラプラしてるのに。本人は時々、顔を(しか)めるくらい。(しき)りに()んでる切れ(はし)。ゴボウにしか見えんが。痛みより、味の方に辟易(へきえき)しているようだ。う、気分わる。

「また、キノコ()りか?」

 ドクは患部を()ながら、ゆったり話しかけてる。

「こいつ。まーた、一人で」「案の上、太足(ふとあし)と出くわしたってよ。よく逃げ切れたもんだ」

「うるせぇ。近頃、幌馬車(ほろばしゃ)頻繁(ひんぱん)に行き来してるから。森も安全だと思ったんだよ」 

 テーブル囲んで。人口密度、高いわ。不潔だわ。うるさいわ。そんな中で、シスターの差し出した(びん)の中身を、傷口にぶちまける。アルコール臭。まず、骨の位置を合わせる。

「リュウイチさん。そっち、持っててくれないか」

 なんで、オレ? 診療所で取れかけの手と握手、とか。とんだヒーローショーだ。よし、数でも数えていよう。

 (ひじ)側は本人に(ささ)えさせて。血管だの神経だの、肉だの皮膚(ひふ)だの、ざっと縫い合わせる。元の位置に戻すのが目的って感じで、ほんとに(あら)い。でも速い。

 もう一人のシスターが差し出した(つぼ)から。透明な皮を取り出して、傷口を(おお)う。使ったのは、二枚。端から出してた、さっき縫ったばかりの糸を慎重に引き抜き。三角巾(さんかくきん)()って。おしまい。

一応(いちおう)、痛み止めを出しておく。一週間は、腕を振り回さないようにな」

 (せん)(ぐすり)()いで()したように見えるが。やっぱり、ゴボウ?

「おう。世話かけたな。お代は、なかなか()れんキノコ、()ってくるからよ」

「こいつあほだ」「こりてねぇ」

 仲間に小突(こづ)かれながら帰って行く。

 はっ。と、(われ)(かえ)る。皮だ! おぅ。腹が痛痒(いたがゆ)い。

「ごめんなさいね」「とんだ(さわ)ぎで」

 シスターのどっちがどっちやら。

「診療の途中で、本当に申し訳ない。協力、ありがとう」

「いや、オレは急ぎじゃないし。それより先生。さっき治療に使った、透明な」

「ああ。イリのことか」

 イリ?

「それって。どこかで買えるものなのか?」

「あー。(じつ)は、僕しか(あつか)っていないんだ」

「え?」

「見た通り。皆、あれくらいの怪我(けが)は、気にもかけない。(ほう)っておいても、一週間(ほど)で治るから」

「へ、へぇ」

 鵜呑(うの)みにできないが。実験する気にもなれない。

「一人で遠出する人が、用心のために買うくらいだな」 

「オレも、ほしいんだが」

 そのイリ。つまり、皮を防護服代わりにして、フィルター付けたらどうだろう? ドクは真剣に聞いている。

「そういうことなら、治療ってことで。分けてやりたいけど。さっき使って、あと一つしか」

 そうだよな。あれを見て、無理に(ゆず)ってくれとは言えない。

「いや、いいんだ」

 皮子、ごめん。こういうのは予備が必要だから。オレ達はまた、餌場(えさば)で地道に探そう。

「リュウイチさん。よかったら、明日の早朝。夜が明ける前に、ここに来られるか? イリ釣りに行こう」

「はい?」

 皮子の、エルボー。

「ぜひ、(うかが)います」

 柱時計が鳴る。ちょうど十二時。あ、次の人来てる。

「それじゃ会計を。おいくらですか?」

「ああ、それは。ある時に、あるもので。気持ちだけもらえれば」

 にこやかに手を振るドクを、涙目で(にら)むシスター達。先生、患者にとってはいい人なんだが。

「これで()りますか?」

 巾着(きんちゃく)の中身をあける。割符(わりふ)(もど)す。

「お、お金」「(ひさ)しぶりに見ました」

 (せつ)なすぎる、ステレオ。

「診療が二十分間でしたので」「二千ミミ、いただきます」

 銅貨と鉛銭(なまりせん)は返される。

「お大事に」

 よほど銀の光がうれしかったのか。 

「これ(もら)い物ですけど、どうぞ」「どうぞ、()()がってください」

 遠慮する()もなく、麻袋(あさぶくろ)ごと渡された。何? けっこう(かさ)あるよ。

「じゃあ。リュウイチさん。明日の約束、忘れずに」

「はい。お世話さまでした。あと、ごちそうさまです?」

 勢いに()まれたまま、診療所を出る。えーと? トウモロコシだ。昼飯、使ってしまったから丁度(ちょうど)いい。

 アーニャの所で焼く、()でる? あ、調理のにおい(ただよ)わすのはアウトか。手が離せないのは、集中する(ため)もあるが。他のにおいを移さないようにだよな。

 お、屋台発見。焼き鳥か? 昼時なのに客がいない。うまそうに焼けてるが。周囲を見回す。防護服の鼻の(あた)りを、やわらかな襞状(ひだじょう)にして、吸う。醤油(しょうゆ)だ。眠気が吹き飛ぶ。

「一本いくらだ?」

「お、おう。らっしゃい。百五十ミミだよ。さっき(さば)いたばっかりで、調味料も手間がかかってるから。ちょっと高いと思うかもしれないが」

 売れずに自信喪失(そうしつ)? 説明が言い訳がましい。

「五本くれ!」

 かぶせるように注文すると、目を見開き。

「おう、串焼き五本な。せっかくだから、新しく焼くよ。ちょっと待ってな」

 サービス精神を見せる。うぉー、早く食いたい。

 ただ待ってるのも(なん)なので。

「うわー。串焼きって、こんなにおいしかったんだ? この、醤油(しょうゆ)って調味料。焼くと香ばしくって、肉の旨味(うまみ)を引き立てるな。食べるの止まんないなぁ」

 三文芝居(さんもんしばい)をやってみた。防護服、穴()じてるから、食えないんだが。()れるもんだね。こっちの人たち純粋だから。

「そんなにうまいなら、試しに一本」「こっち三本」「確かににうまい。もう、五本くれ」

 実際口にして、また並ぶ人も。これを機に、広まれ醤油(しょうゆ)味。いきなり天手古舞(てんてこまい)の兄さん尻目に。呼び込みを続ける。

「わるいが。そこの(おけ)で手、洗って。(さば)いてある肉、一口(だい)に切って。(くし)()してくれねぇか」

「はいよ」

 (なつ)かしの竹串(たけぐし)。どっか()えてたっけ? 緑は、あっても鉢植え。小果樹(しょうかじゅ)や茶の木が多い。

「いやぁ。人を呼ぶわ、手際はいいわ。助かったよ。お客なのに、こき使ってわるかったな」

 一段落しても、興奮気味の男。

「いやいや。お礼なら、このトウモロコシ焼いてくれれば」

「ははっ。(まか)せとけ」

 じっくり焼いて。彼が工夫したっていう、たれを()ってさらに焼く。

「何、それ」「とっても、おいしそう」

 匂いにつられた女達が足を止める。色味(いろみ)もいいもんな。

「焼きとうもろこしだよ。醤油(しょうゆ)で甘みが引き立っておいしいよ」

 結局、販売。六本じゃ()りなくて。

「そこの(かど)曲がったところに、八百屋(やおや)があるから。この(ぜに)で買えるだけ、買ってきてくれねぇか」

「あいよ」

 いや、商売って。売れると面白いよな。

 材料を何度か買い足し。特製だれが底を()いたところで、早仕舞(はやじま)い。焼き鳥には有り付けなかったが、バイト代を(はず)んでくれた。

「串焼き五本と、焼きとうもろこし六本、借りな。だいたい、この通りにいるから。いつでも食べにきてくれ」

 代済(だいすみ)じゃなかったし、トウモロコシは(もら)い物。普通に買いに来るよ。

 鼻歌まじりに、街を散策。黒の区画は、ほとんどが宿屋だった。一階に併設(へいせつ)した店で、酒と食事を提供する。地元民もそこで楽しむわけだ。

 (のぼ)ったり、()りたり、渡ったり。角度が変われば、見え方も変わる。まったく()きないが。飯時(めしどき)に、食堂に行くのもわるいか。あ、方角わからなくなった。屋上に続く階段を探して。角の花屋が目に()まる。

「あら、お兄さん。いい人にプレゼント?」

「いや。世話になってる人にお礼。食堂やってる人なんだけど」

 センスも何もないから、素直にプロに(まか)せる。

「それだったら。水替(みずが)え不要な、こういうのがお(すす)め」

 花籠(はなかご)か。(こま)かな水苔(みずごけ)を固めて、オアシスにしてる。

(こけ)湿(しめ)らせておけば、一週間。五日は楽しめるわよ。食べ物屋さんだったら、匂いのきつくない花で」

 水桶(みずおけ)から次々と花を抜き取り、手で(たば)ねて感じを見せる。

「これで、三千ミミ」

 うっ。バイト代が消えるが。もっと食わせてもらってるし。やっぱり、それくらいかけないと見栄(みば)えがしない。

「それで、お願いします」

「はーい。お(まか)せあれ」

 ちゃきん、ちゃきん。(はさみ)を鳴らして、あっという間に仕上げる。

「初心者さん価格で、二千五百ミミ。また、いらしてね」

 見抜かれるのは、格好(かっこう)のせいか。洗濯も楽でいいんだが。そろそろ服でも作るか。

 食堂を経由して。あえて違う道を選ぶ。

 路地裏で、大量の(まき)を割る男。銭湯(せんとう)だって! そりゃ、あるよな。あの温泉が当たり前だった男共が、行水(ぎょうずい)で満足するはずがない。四百ミミ? ()りる。迷わず突入。すまん、アーニャ。あとでちゃんと銭湯代、分けるからな。

 村のものほど広くはないが。カウンターも(たな)も、湯船も。岩を()()いた野趣あふれる造り。居合わせた男によると。こんな銭湯が、街のあちこちにあるらしい。ちなみに、ここは男専用。

 生き返ったぁ。もう今日は、防護服は着たくない。(あと)は、帰るだけだからいいよな。屋上に上がって、路地を一本、飛び越える。アーニャの家に無事、帰着。

「ただいま、アーニャ。ちょっと金入ったから、早めに飯食って。銭湯にでも」

「何が銭湯だ、リュウイチのばか。なんで、さっさと帰って来ないのよ」

 レザースーツを腰まで()いで、髪を振り乱してる。下はビキニか、そうですか。

(なん)か問題あったか?」

「大ありだぁ」

 パンチ、キック。いちおう手加減してるのか、痛くはないが。確実に(けず)られるものが。

「ふう」

 気が済んだようで何より。

「八つ当たりしちゃって、ごめんね。とりあえず、ご飯にしよう」

 実験用具で茶を入れるのは、世界は違えどお約束か。(てら)いがないのが、アーニャの強みだな。

「あ。昼休み利用して、ドクが来たよ」

 さすが隠れマッド。行動が速い。

「で?」

「でぇ。抽出(ちゅうしゅつ)はうまくいったんだけど。三十分()つと、効果が消えちゃうの」

「へぇ」

「もう、ねぇ。リュウイチの腹、()(さば)いて。におい袋でも取り出すしかないと思ったんだ、アタシは」

 恐ろしいことを、さらっと言うな。

「でも、ドクに止められた。人間にはそういう器官がないんだって。だから、リュウイチを原料にするんじゃなくて。成分の分析をして、他の材料で再現することにしたんだ」

 ありがとう、ドク。さっそく、いい仕事してくれて。マッドとか思って、ごめんなさい。

「あとね、リュウイチ。これは、アタシの仕事とは関係ないけど。爪から、毒が出たよ」

「誰の?」

「リュウイチの」

「は?」

「それ自体は、そう珍しいことでもないんだけど」

 アーニャによると。男でも、女でも、たまに。二十ある爪のうち、どれか一つに毒を持つ者がいるそうだ。

「本当に微量だから、普段は。頭()いたりしても、大丈夫。自分の毒にやられるやつもいないしね」

 においで気付いたアーニャは。知り合いの薬師に、成分を分析させたそうだ。

「これは、薬師も驚いてた。(なん)と四種類の毒が検出されました」

 じゃじゃーん。とか、効果音いらないから。おかげで、全然深刻にならない。

「そこで実験。はい、サンダル()いで」

 手足の爪。見た目には、何の問題もないが。

「猛獣に遭遇(そうぐう)したって、想像して。はい、あなたはどうしますか?」

「逃げる」

「うわ、即答。アタシもそうするけど」

 アーニャは、爪から目を()らさず続ける。

「リュウイチ。これはあなたの武器なんだからね。攻撃しようと思ってみて」

 えー、あの虎に? 無理。

「あ。うっすら、出た」

「え?」

「ほら、右手の人差し指から、小指まで」

 確かに。親指を(のぞ)く、四本の指の爪が黒ずんでる。

「これ、本当は真っ黒になって、鉤状(かぎじょう)に伸びるはずなんだけど」

 自分のチキン具合を、爪の状態で悟られるとは。

「えーと、毒の種類は。一つが(はち)

(はち)?」

「あ、これだ」

 思考に左右されるのか。小指の爪が真っ黒に。

「次は、蛇」 人差し指。

「カサゴ」 薬指。

「マンタ」 中指。

「なんか、凶悪だね」

 だな。ああ、もう。引っ込め、引っ込めー。危険なんかどこにもない、って納得すると。元に戻る。こんなの役に立つことがあるのか。

「ところで、リュウイチ。ふつうに一緒に、ご飯食べてるし。におい通さない君、着てないよね。どうして?」

「あ、えーと」

「なのに、放出してないよね。なんで?」

「帰りに銭湯、見付けて。先に、わるい。アーニャにも金渡すから、この(あと)

「そういうことじゃない。成分分析しなきゃって、言ったでしょ」

「や、でも。すでにサンプルは」

「肝心なものが消えちゃったんだってば。もうっ。リュウイチは、しばらく銭湯禁止!」

 腹()かれるのとどっちがいいか、って。どんな二択だ。

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