銀貨
あいかわらずな広報をくり返してる男。区切りのいいところで、声をかけると。懐中時計を取り出し、応答。愛想がないが、不親切でもない。不審がる様子もなし。
あと、一時間弱。初心者の証でも貰ってくるか。借金はしたくないが。医者にかかる金がない。
目抜き通りを歩いていると。人だかり。野次馬根性で前へ。馬車の車輪が外れそうになって、止まった? 御者、ファインプレーだが。素人目にも、ここで直せないのはわかる。車輪が鉄で、車軸が木か。
けばい、失礼、フルメイクの女が。昇降口から身を乗り出し、喚いている。降りて歩け、って野次に。さらにヒートアップ。
乗り合わせた客はとっくに降りて、野次馬側に立ってる。何でも、出発時間まで間があったのを。後から乗り込んだ彼女が、強引に出発させたのだとか。
へぇ。無料なのか。その割に乗客が少ない。馬車が入れる道は限られるし。縦移動の多い街だからな。
「早くなんとかしなさいよっ」「そんなこと言われても」
縮こまってる御者。前世の自分を見てるよう。間に立って、視界から女を消すと。少し落ち着いたようだ。
「あちらの。目的地は、遠いのか?」
「いえ。議員の旦那さんに忘れ物を届けるとかで。議事室のある建物まで、あと二区画ってところで」
外れそうなのこっち? いや、こっちか? 馬車の後ろにまわって、荷台を掴む。駄目なら、周りに助てもらおうと思ったが。持ち上がる。
悲鳴も上がった。馬車の中。ちょっと揺れたかもな。そのまま座席に寝ててください。
「ゆっくりお願いしまーす」
「あ、はい」
御者は手早く扉を閉めて、出発。平らに削られたの岩の道でも、埃は立つ。防護服、着ててよかった。
遠ざかる騒めきの中に、気になる言葉が。男なのに? そうか。怪力出せるのは女、って相場が決まってるのか。これは早く終わらせねば。
両の後輪を路面につけないように、早歩き。走っても行けそうだが。無理して他が壊れても困るし。議事室だっけ? ほんとに近かった。
ぷりぷりしながら馬車から降りる女。こちらを見ようともせず、建物に駆け込んで行く。元気で何より。怪我でもされたら、よけい面倒なことになってた。御者が、腰折れるほど頭下げたので十分です。
数珠繋ぎに出かけたものを。ないないしながら、歩いていると。
「すみませーん」
さっきの御者が、息せき切って追いかけてきた。何? 旦那からチップ? くれるものなら遠慮なく。銀色の硬貨、三枚。どれくらい価値があるのかわからんが。
駄賃とはいえ、落としてもつまらない。せっかくだから、買い物してみよう。馬車の往来に注意して、道を渡る。
街灯のある通り。閑散としてるかと思いきや。路上販売する者。それを冷やかす者。夜とは違った活気がある。決まりがあるのか。売り手は、半畳ほどの簀の子に商品を並べてる。お。これなんか、よさそう。置き方からすると、布より、革の方が安いのか? 何の変哲もない豆巾着。
「三百ミミだよ」
何、そのかわいい通貨単位。試しに硬貨を一枚、差し出す。売り子があきれたように、笑い出す。
「お兄さん。証はつけてないけど、初心者だね。こういう時は、形だけでも値切るもんだよ。そしたら、私が二百五十ミミにまけて、交渉成立。わかった?」
「ああ。教えてくれて、ありがとう。じゃあ、値段はそのままで構わないから、紐を長いものに替えてくれないか? 首から下げられるように」
「そうそう。うまいじゃないの」
手早くばらし、長めの革紐を通す。
「あいよ。商品と、七百五十ミミのお返し。紐はサービス。また来てね」
手持ちの硬貨は、銀色が二枚。赤銅色が七枚。灰色が五枚。順に一回りずつ小さくなる。
畑なんか見当たらないのに。新鮮な野菜がある。生きた鶏や、モルモットみたいのも、売ってる。それ、食うの? 小ぶりの林檎が、百ミミ。
議員をしてる旦那っての。太っ腹だったんだな。私腹、肥やしてなきゃいいが。




