森から街へ
5
枝から一度、落ちたが。甲羅の重さに慣れてきた。パレオを短く着直し。腰に回した紐にサンダルを挟んでいる。
エイトたちを捕捉するのは簡単だった。ほぼすべての生き物の意志。別個の気配。音になるかならないかの振動も、何となく感じとれる。
ペコの警戒網の三歩手前。風下から枝葉を透かし見てると。肩をつつかれる。
なんだよ? さっきから亀の甲羅に興味津々。顔にでっぱりのある、立派なオランウータンだ。何か渡そうとしてくる。
悪いがこれは、やれんのだ。え、違う? どうやら見物料らしい。むしろオレが通行料、払うべきだが。くれるというなら、貰っとこう。仲良く果物をかじりながら観戦。
集団から一人だけ遅れてる。あきらかに誘いだよな。物陰から襲いかかる一匹の狼。群れを追われたのか、やぶれかぶれだ。
エイト達は、鞭で牽制、誘導し。投げ縄で搦め捕る。自由を奪われた狼の唸り声。
なんだ、あれ。小さな香炉? エイト達は、顔に布を巻き付ける。これは、まずい。オランウータンと即、移動を始める。ペコの発する音波が一瞬、強まった。
「どうした?」
遠くの声もよく聞こえる。
「赤猿みたい。捕る?」
「逃げられんのがおちだろ。獲物は十分。こいつ眠らせたら、出発するぞ」
助かった。むこうの経験の浅さ? こっちに連れがいたのも大きい。
ありがとな。気にすんな? わかれた後も、一度戻って、果物を置いていく。くれ好きなおばちゃんか。
腹は減ってない。無理に食べるのもな。亀の甲羅。ランドセルっぽいけど、大きな穴があいてる。
影に仕舞えないか? 端から見れば、木の幹にそっとイチジクを押し付ける、奇妙な男。カラスの鳴き声。負けるかぁ。
実体は駄目でも、影はどうだ? イチジクの影を自分の影に重ねて。仕舞った、と思う。日向に出したイチジクに影はない。おおっ。だからなんだって言われると困る。それで運搬できるわけでもなし。
影がないと、存在感がない。確かに手に持って、見えてるのに。気を抜くと、ない気がする。味もしない。食べた分の影はどこへ? 食べ残しの皮に、影を戻すことはできる。影を戻せば、ほんのり甘い。うーん。これが元の味だっけ? 実験しながら、四つとも胃袋に収納。
大回りにエイト達を追い越す。荷物も人員も、どんどん送り出して。あれが最後の幌馬車。なお積み荷を増やしてる。長めに休憩とっても大丈夫だよな。
苦労して手に入れた素材。いよいよ加工、何作ろ。武器つくる? 言ったか、そんなこと。わぁ、言った、言った。だから、腹くすぐるのやめて。
銛とか手斧の扱いは、てんで駄目。皆、はっきりとは言わなかったが。オレ、びびりだし。素質がないんだろう。ああ、ナイフも。剣なんかもっとだ。
エイト達が使ってた鞭。あれなら、ぐさっとやらずに済むから、いいんじゃないか? まあ、甘い考えだって、すぐ思い知る。
影に仕舞ってた、素材を引っ張り出す。
あの質感。皮、だよな。編み方わからんが、こんな感じ? 持ち手にどう固定すればいいんだ? 結局、想像をそのまま形にする。訳もわからず、先端を紐状にして。うん、まあ。なかなか。
さっそく振ってみる。重い。痛い。気分的に。
鋭く振ろうとすればするほど。だわんだわん。その気もなく、なんとなく腕が動いた時に、いい音出たり。何百年か振れば、ものになるのか?
いやいや。素材の形状、変えられるなら。意志で動かすこともできるはず。狙った葉っぱを打ち落とす。地に突き立てた棒を引き抜く。ホーゥ! 格好いいぞ、オレ。数分後。猛烈な眠気が。かろうじて鞭を影に仕舞い、木登り。
操った後、いちいち寝てるんじゃな。対策、考えつくまでお蔵入りか。
もちろん、ふつうに振れば問題ない。振れればな。
次ぐ日は、移動に専念。街が見える所まできた。地平線も、直線かぁ。
森が途切れて、草原が広がる中。黄土色の一枚岩がでんとある。それが街らしい。
人口、二万? 生まれ育った町を思い出す。なぜって。田舎には、広報ってものがあってだな。外に立ってるスピーカーから。時報をはじめ、火事の発生・鎮火。迷い人のお知らせ。電話での詐欺や、逃げた猪豚に注意。なんて放送する。
耳を澄ます。喧騒にまじって、あちこちで同じ内容を呼びかけてる。さすがに拡声器はなく。地声のようだ。腹に穴のあいた男に注意。誘引の香を過剰に使用しているとおぼしき男に注意。影を操る男に注意。
全部、オレのことじゃ? 木の上に、身を隠していながら。なお息をひそめる。それにしても、注意って。通報しろとか、捕まえろとか、退治しろとかじゃないんだな。
日が暮れるまで、二時間くらいか。
木陰に下りて、サンダルを履き。木の影に、自分の影を仕舞う。イチジクを弄ってて、思い付いたこと。この木の特徴、覚えておかないとな。よし。
轍から離れて歩いた。突き当たったのは、ドレープのある急斜面。上ってもいいけど。分厚い木製の門扉は開いている。審査はないが。人も馬車も、速度をおとして出入りしてる。
「街は初めてか?」
クルタ姿の女が、声を掛けられてる。オレは五歩ほど後ろで見ていた。女が不安そうに周囲を見回すので。さらに三歩さがる。
女が肯くと。衛兵らしき男は、腕章を渡す。くすんだ黄色と緑のそれは。
「初心者の証だ」
淀みなく続く説明。それを付けていると。周りが積極的に世話を焼く。食堂や宿屋では、付けが利き。仕事の斡旋もするそうだ。
オレが通りかかっても、衛兵は何も言わず。目さえ合わない。
「街は初めてです」
試しに言ってみたが、無反応。これでいいわけなんだが。気持ちのいいもんじゃない。念の為、足音を忍ばせて、通過。
一枚岩って印象は、間違ってなかった。微妙に色合いを変えていく地層。それを刳り貫いてつくられた街。
建物は五層? 捻じれたり繋がったり、頭でっかちだったり。規則性がない。窓はあるが。板戸を閉じると、室内は真っ暗だろう。
大通りは馬車がすれ違える幅。そこに面した一階は店舗だな。それぞれ色の違う日除け。隙間だらけの商品棚に、誰も文句はないようだ。匂いで客引きしてる所もある。ビストロかな? たまらん。
村と比べて。女の装いも、いくぶん華やか。ちょっとした差し色や、刺繍をして楽しんでる。男はパレオ姿も見かけるが。ベストや、丈の短い上着を羽織っている。あとはゆったりした長衣とか。お、スーツ発見。
人の密度は、朝七時のオフィス街ってとこ。ぶつかる心配もなく、のん気に見物。眺めるだけで、こんなに脳が喜ぶのにな。女達が足を止め、不愉快そうに辺りを見回しはじめる。慌てて、目に付いた石段を上がる。それは折れ曲がりつつ、屋上へ。
「おおっ」
物干し台や、ベンチ。鳥小屋もある。通路としても利用されてて。うわっ。けっこうな距離、跳んだな。高い場所を移動するのは、たいてい女だ。オレは風下を選んで、彼女たちをやり過ごす。
外周、十キロメートルってとこか。ほぼ楕円形。建物の外壁がそのまま街を囲む壁になってる。
不規則に掛かる空中回廊。目抜き通りすら折れ曲がって、放棄された区画も目立つ。
なんの計画性もなく。各々やりたいようにやったら、こうなった?
不完全なまま、完成した。面白い街だ。




