あらたなるもの
皮子は二日間、それを観察してた。気泡の多いガラス瓶の中身。
夜中に、起こされる。何? その中に自分を入れろ? え、ちょっ、ここじゃ。
真夜中の崖上り再び。
「うー、眠い」
コルクを抜いて。言われるままに、つまんだ皮子を投入。二つあった気配が、一瞬で一つになる。眠気が吹き飛んだ。
「皮子?」
じわじわと這い出てくる。心配いらない? できるって確信したからやった?
あ。大きさ、倍になってる。厚さの方を倍にすることもできるらしい。
日頃のおっとり具合からは考えられない。部下にした、って言ってるけど。もしや、丸呑み?
「それは、同化って言うんじゃ」
おおっ。分離できるんだ。離れても、思い通りに動かせる? なんかすごいことになってる。
これから部下を増やします、って。世界征服でもするのか。え? オレの目標?
「この体質、何とかしに。街へ行こうかと」
急ぎたいけど、怪しまれたくないから。幌馬車隊の出発を待ってたんだよな。
ぷつっ。それ、ため息か。最近、ぬるくない? だって。
飼い猫に説教される、って。嘆きつつ喜んでた奴、いたな。
「じゃ、じゃあ。武器もつくる」
不合格をしぶしぶ許された感じ。これからは詰め物なしで、へそカバーしてくれるとか。ほんと、ありがたいです。
皮子に発破をかけられて。迷ってたことを実行する。
夜の海。サメ先輩が乱獲、いや、対処してくれたおかげで。門まで比較的、安全に行くことができる。出会ったら。その時は、その時か。
寝てる奴が多い。逆に活動してる奴もいる。それは陸と同じ。歩いて四十分程。体力温存、って考えたけど。泳いだ方が速いし、楽だったな。
海藻林に待機している生き物の数。あきらかに減ってる。経験のある村人たちは、気にしてない。一月ほどで元に戻るんだとか。
巨大な水槽の中。沈殿、もしくは漂ってるひしゃげた卵。大ぶりなものが目立つ。小さなものは流れに乗って、どんな打撃も避けるんだろう。
腕を押し出す。静電気を覚悟して金物を触る気分。何の抵抗もなく、通った。
ずっと考えてた。この施設は何のためにある? 上へ行く。行って、卵を得る。どちらも成し遂げてないオレは、もしかして。
二十五歳だから出られて、二十五歳なのに入れる。イレギュラーな存在なんだ、って思い知る。
黒いものがぼよぼよ。体にまとわりついてくる。完全につぶれて、端の破けた卵をさらに裂いてみる。黒い。殻とひとつながりにやわらかな塊。こんなものから、どうやって生まれてくるんだ。
抗議する声が、頭に響く。あ、皮子! 門の外で必死に。それ、泳ごうとしてんの? 外に出て、掴む。自分から剥がれたらしい。あの鯨の頭。思えば、ぞっとする。本当に、ごめん。門柱に貼り付いて、待っててもらうしかないんだが。
オレは、殻と、駄目になった卵を集めながら。一口ずつ食った。塩味。うまいとは思わない。チョコレート菓子のシールを集めるのと同じ。目指せ、コンプリート。でも、そろそろまずいかな。
海水で膨らむ。その都度にぎり固めてたら、勝手に欠片が寄ってくるようになった。ソフトボール大から、あっという間にバスケットボール大に。これ、どうやったら止まるんだ? 恐れをなして、数歩下がる。見る間に、見晴らしがよくなっていく。正常な卵を残して、すべてが一塊になった。白鯨の卵どころじゃない。こんなにあってもな。ドーナツ型に抉り取って、肩から斜め掛け。どう加工するかは、あとで考えよう。
残りに両手を当てる。無駄に凝りたい、あほな性分。全力で念じた。黒いアクアリウム。海藻っぽいもの。サンゴっぽいもの。岩っぽいもの。高低差をつけて、海底の山と森と窪地みたいな? まあまあ、うん。それなりにできたんじゃないか?
舞い戻ってきた眠気にダウン。
目が覚めた。真っ暗だ。二十四時間たったわけじゃないよな? 弾性のある黒い塊。疲労感の残る背中を、押し付けると気持ちいい。
新しい能力が定着してた。全身で感じる塩辛さ。近くを通るイカのにおい。ぐっ。何か腐敗して。すごい、何百キロ先だ? 鳴き交わす重低音。泳ぎながら眠る小魚の群れ。立ってる巨体。跳ね上がる情報量に、脳みそ焼き切れそう。出力おさえるつまみはどこだぁ? こ、こんなもんか。
そのまま外に出ようとして、荷物が引っかかった。
『うーん』
思い浮かぶことに脈略がない。とりあえず、通れればいいんだ。
『ゴム?』
文句たらたらの皮子を腹に貼り付ける。泳いで帰った。かかった時間は五分程。
「くったびれた」
砂を踏む足が重い。脱いだばかりの、足ひれを取り落とす。
「あ」
砂に溶け込むように、消える。え? まてまてまて。両手で探るが、何もない。うえーっ。これじゃ、何のために苦労したのかわからない。
いや、待て。落ち着け、オレ。
うっすら明るくなってる空。足元には薄い影。そこに手を入れる。入った? 砂に埋まったようにみえる指。探ると、ゴムの感触。指を引っ掛けて、引きずり出す。
「あった」
よかった。ざりざりと引っかかるような感覚はあるが、出し入れできる。心配で、何度も試す。消えたりしないよな?
影に入れて移動しても問題なし。木や石の影も利用できるが。それぞれ独立してて、別の影からは取り出せない。自分の影に仕舞っとこう。他と重なった場合は、こっちが優先。あ。これも忘れちゃいかん。チャリ用のスリックタイヤが四本。
体が乾く。風呂でもいくかな。一応、身支度をして。ぼんやり浜辺に座ってた。
この格好で、街に出ておかしくないか? そんなことを思うあたり、狙いは定まってる。
傍らに立つ人影。
「おはよう」
「おはよう、ハインツ」
決心が鈍る前に宣言する。
「オレ、街に行くことにした」
「いつ?」
「今日」
「いいんじゃない?」
「買い物に、とかじゃないんだが」
「わかってる。いつ言い出すかと思ってた。リュウイチなら、大丈夫だろう」
陽だまりの猫の目。世話になった、なんて薄っぺらなことを言えないくらい。当たり前に人の面倒を見る奴ら。
「湿っぽいのは、やだな」
「あはは。皆、慣れてるから。そうはならないよ」
「そうか」
誰もが通ったか、これから通る道。
「いい天気だね」
「もともと雨、降らないだろ」
ここは、いい所すぎるから。旅立ちの日は、晴れがいい。
「街に行くのか」「早かったな」「まあ、リュウイチだからな」
朝食の席。いつもの活気に、ほっとする。
「仕事あるから、見送りとかしないぞ」「そうだ」「勝手に出ていけ」
「そうする」
別れの挨拶すら、させない雰囲気。よかった。送る会とかされたら、どうしようかと思った。
「あ、餞別もらったか?」「そうだよ」「ハインツのことだから、忘れてんじゃないか?」
ばつが悪そうなまとめ役。
「ごめん、忘れてた」
「餞別?」
「俺の時は、銛。獣相手なら役に立つが。街じゃ無用の長物だ」「ヤシの実、一籠。重かった」「気付けの実の材料なら、雑貨屋で売れるぞ」「干物。宿屋に二泊できた」
村の共有財産から、常識の範囲内でもらえるらしい。
「そうか。じゃあ、あれがほしい」
オレが示したのは海亀の甲羅。こいつら、食用にした残骸や、流れ着いたのを無造作に積んどくんだ。せいぜい、果物の採集に使うくらい。あとは、ベベ達の玩具だな。
「あんなもん、どうするんだ?」「どうせなら、いちばんでかいのを」
それ、俺の背丈くらいあるやつだよな?
「いや。俺がほしいのは、もっと小さい。黄色味がかって、黒い斑点のある」
「あれ、食えないやつだろう」「毒がある」「あぶねぇ」
味とか、大きさにしか興味ないのな。わかるけど。
「オレが欲しいのは甲羅だ」
結局、その種類でいちばん大きなのを選ばされた。紐で背中に括り付けると、いかにも修行中。
「エイトたちが通った後だから。獣に襲われることは、まず、ないと思うよ」
あの幌馬車に乗ればよかった。なんて、誰も言わない。馬が暴走するからな。活魚輸送って手もあったが。そこまで奴らを信用してない。
荷物が少ないって、楽でいいな。甲羅、重いけど。
ほんとに誰も見送りに来なかった。真っ暗な洞窟を歩いていると、少しだけ不安になる。何? そうだな、皮子がいる。ここに来る前は、一人と一枚でやってきたんだ。また、よろしくな。ラジャ?
森の入口。錠を下したことを指差し確認。
ハインツがいた。採集に来てました、って格好。
また、会えるか? 思えば、ぐっとくるものがある。
ハインツは、いつも通りに笑ってる。
おかしいな。前世には、すべてを置いてきたのに、何の感慨もない。オレ、いまを生きてる。
「リュウイチ。気楽にね」
「ハインツもな」
ハグをして、笑ってわかれた。




