商会の男たち
浜辺には、見知らぬ男たちがいた。一人は砂浜に面した石垣に座ってる。格好は、銃を持たないカウボーイ。あとの三十人は、オーバーオール姿だ。
「よう、ハインツ。ブツはどこだ?」
口調はチンピラだが。すでに男たちを使って、流木を数カ所に集めさせてる。何もかもが、びしょ濡れ。はじめは足の踏み場もなかっただろう。
「着いて早々わるいね。心配いらないよ。一時間もしないうちにくる」
「なら、いいんだがよ」
遠巻きにしてるオレたちに、帽子を上げて見せる。
「俺はエイトだ。ハインツに呼ばれて来た。頭数は多いが、中身が足らん連中だ。力だけはあるから、うまく使ってくれ」
狡そうな八つぁんか。まあ、ハインツの紹介だしな。統率のとれた人手は、いま何よりほしいものだ。
「寝るのはその辺で適当にやらせてもらう。飯だけは食わせてくれ。一応、芋とちょっとした野菜は持ってきた」
「わかってる、助かるよ。風呂も好きな時に使って、清潔にね」
一先ず着替えて、片付けに加わるが。冷たい。染みてきた海水のせいだけじゃない。もし、鯨がたどり着かなかったら。この人数に無駄足踏ませた責任を、ハインツに押し付けることになる。
何の迷いもなく、村を整える男たち。そうか、ここの出身か。井戸や竈の復活。あらたに手洗いを設置。砂に埋まった畑は二の次として。壊れかけた作業小屋を洗い流す。
最後の地揺れで、寝室の扉も水を被った。床にも濡れた跡。膝の高さにくぼみが掘られてたおかげで、寝具は無事だ。
「エイト。荷下ろし、まだなんだから。何人か寄こしてくれよ」
テンガロンハットは他にもいた。後から知ったのだが。彼らは、五台の幌馬車を護衛してる。襲いかかる獣は、生け捕りにするそうだ。
船倉では男が二人。一台の幌馬車をUターンさせてた。
六人は、森の入口にいる。引いてきた枯れ木と、幌馬車で馬を囲う。大波が長引いたことで、間に合わせに作った設備もあるが。そこで野営するのか?
作業員たちは、村の空き地にテントを張り始めてる。
「せめて、洞窟の中で寝るとか」
「そしたら、誰が馬を守るんだよ」
いくぶん高めのかすれ声。背も少し低めだ。
「いいから、これ運べ」
次々、投げてよこす。柄も刃渡りも異様に長い。カバーは付いてるけど。こわっ。おとなしく言うこと聞こう。空樽を運ばされてる連中も、たぶん同じことを思ってる。
平和ボケしたオレ達の頭。これから班分けして、夜通し作業することになる。薪はいくらあっても足りないし。通路をあけておくのは基本。怒られて当然だった。
鯨は頭共々、浜に流れ着いた。近隣の海の物たちを、満足させたのは間違いない。それでも、もとの大きさからすれば損失は軽微。六百頭以上いる牛のうち、十三頭がやられたくらい。不完全燃焼のサメ先輩と、浅瀬をうろつくサメ達。むしろ、釣果が増えたか。
エイト達は、必要な道具は運んできたが。いわゆる何でも屋。すぐに、コック長の指導が入る。食材を雑に扱う奴は、鉄拳制裁の対象だ。こんな大物は、誰もが未経験。しばらくすれば嫌でも慣れて、作業スピードは上がっていく。
ひたすら赤身を短冊状に。塩をして干す。干し続ける。日暮前から、篝火焚いて。祭りの会場か? 村中に干し肉のカーテン。ここまで一昼夜。
「うまそう」「ばっか。ハインツに言われてるだろ」「これは目の前にあっても、ないものだ」
涎垂らしそうなのが多い中。オレは無性に、蜂の子食いたい。
作業小屋は、二軒を燻製用に改造。幌馬車がピストン運行で、村と街を行き来する。油を入れる樽もまだまだ足りない。こんな無茶、いつぶりだ? 生き生きしてる自分がイヤ。
丸四日たって。肉の加工が一段落。あとは具合を見て、荷造りすればいい。ツナギの集団は、皮を煮て、骨を煎りつづけてる。村中が焼き魚くさい。
三々五々、風呂に行く十七人を、エイトが呼び止める。街から運んできたものを並べて見せた。
「ハインツから、金はいらんと言われてる」
そういう条件で呼んだからな。分の悪い賭けだが。まあ、なんとかなった。
「だが、これだけ労働して、何もなしってのもな。大して高価じゃねぇが。好きなもんを取ってくれ」
門を汚さず、素材を無駄にせず。それだけでもいいわけだが。ちらちらと向けられる視線。ハインツが肯く。
「いただこう」
細工が施されたナイフならまだしも。衣類やアクセサリーを欲しがる奴はいない。大半が、白鯨の干し肉か、燻製を要求。
「駆け引きじゃねぇんだよな。外にいると忘れるぜ、この感覚」
エイトは苦笑いしつつ、承諾。
ベベ達、一年生は飴玉の入った缶。砂糖は貴重なようだが。オレの感覚からすると、入れ物の方が高そう。コック長がさっそく交渉してる。容器が空いたら、揚げ菓子四個と交換。こういう生活送ってると、貨幣いらないよな。
オレはそろそろ、活字が恋しい。あとは酒。どっちもないか。
「どうした、リュウイチ。決まんねぇか?」
なんだ? 隣に立ったエイトの持ち物が気になる。
「それ」
「なんだ。これはやれんぞ」
ナイフじゃなくて、革袋を押さえるか。酒?
「いや。そっちの小さい」
拳大の瓶がベルトに固定されてる。
「これかぁ」
笑ってるけど、用心してる顔。
「ハインツ。ちぃっと、こいつ借りるわ」
「どうぞ」
どうぞって、おい。首根っこをつかまれて、井戸端に連れて行かれる。目付き悪すぎ。誰も近寄ってこない。
「お前、これが何だかわかってんのか?」
隠すつもりはないらしく。伏せてあった盥をかえして、中身をあける。水だな。ただ、有るか無しの気配。皮子は、さっきから警戒しっぱなし。
「皮だ」
「ふぅん。やっぱりただの新顔じゃねぇな」
いえ、ただです。べらぼうに安いです。
「これ、どうするんだ?」
「なんだ。使い方までは知らねぇのか」
エイトは、拍子抜けしたとばかりに腰を下ろす。
「火傷や切り傷なんかに貼る」
「何度も使えるのか?」
「面白いこと考える奴だな。そうだったらいいんだが。残念ながら、一遍こっきりの使い切りだ」
それでも、傷が瞬時に治る。実際には、治るまでこれで保護するんだろうが。すごいことだ。最後は肌に同化して、消えてしまうらしい。
「高価なんだろう?」
「いいや。扱ってる奴が変わりもんで。いつもお手頃価格だ。ただ、数が少ない。いつ入るって保証もねぇ」
盥の中をじっと見つめる。動いてる。確かに生きてるのに、意志がない。似てるけど、皮子とは全然違う。安心しろ。皮子は皮子だ。
「こいつがほしいか?」
「うーん」
皮子、どうする? 皮子はおずおずと。ほしい、と伝えてくる。
「ほしい」
「そうか。なら、やろう」
「いいのか? なかなか手に入らないんだろう」
「気にすんな。怪我なんざすぐ治る」
強がってるわけでもなさそうだ。じゃあ、なんで持ってんだ?
「そのかわりと言っちゃなんだが」
「なんだ?」
「今回みたいな儲け話があったら、真っ先に連絡してくれ」
「はぁ」
「お前な。お前が提案したそうじゃねぇか。白鯨一頭。特大で欠けも少ねぇ。どれだけ利益が出るか、わかってるか?」
オレの計算では、とんとんだが。やりようによるか。
「エイト達がむこう一年、働かなくてすむか?」
「あほう、三年だ」
どれだけ低く人件費、見積もってるんだ。いや、商品が高く売れるのか。
「まあ、もともとオレのじゃないし」
「それでも儲けるチャンスだろうが。取り分よこせって、俺なら言うぞ」
「まとめ役がいいって言うんだから。いいんじゃないか? あんたら、よく働くし」
エイト達がいなかったら。ごくわずかな肉と油を得るだけで。腐った鯨を前に、途方に暮れてた。村中に積もった、砂や貝殻を掻くだけでも重労働だ。
「あいつらみたいに、ものを知らんわけでもねぇ。とぼけた野郎だ」
エイトの視線の先。ヤシの実で、キャッチボールを始めたベベ達がいる。風呂はどうした、風呂は。
「ともかく、何か売れそうなもんがあったら、知らせだけでも頼まぁ」
「知らせって、どうやって? オレ、ハインツみたいな能力ないぞ」
「何言ってやがる。確かに俺とは無理なようだが」
犬でも呼ぶように、口笛を吹く。すぐに駆け付ける、少しだけ小柄な人影。初日に鯨包丁、投げてよこした奴だ。呼ばれてきたのに、五歩は離れて立ってる。オレを見る目。前にもまして嫌そう。あれ? その前にもこんなこと。
「女?」
頭を叩かれる。
「ばっかやろう、声がでけぇ。建前ってもんがあるだろが」
いや、村が女人禁制ってことも知らなかった。こっちでは珍しいファニーフェイス。人のことは言えないが。
「ハインツは知ってるんだよな?」
「さぁ?」
「さぁ?」
「あいつの考え読める奴がいたら。そいつも間違いなく狸だ」
そうは言うけど。こいつ等、どろどろしてない。村の連中やエイト、女村の住人でさえ。恐怖や怒りは感じてる。憐みの気持ちも持ってる。相手の出方をうかがったり、警戒はする。ただ、人を責めない。後を引かない。恨むことがないんじゃないか。って、推測の域を出ないけど。
「こいつとなら伝聞できんだろ?」
あ。これは、確信してるな。聞こえない鼻歌でも歌ってたか? オレ。やばいんだ、単純作業。
ピィティピィティ。耳の奥で鳴る音。ペコ? それが名前なのか。オレはリュウイチ。礼儀上、テストを兼ねて伝えたんだが。知ってることを無駄に飛ばすなって、怒られた。用がなければ、使わないけど。いざって時に離れてたら? どれくらい遠くまで届くんだ? あほ、とか。すごい響くんですけど。同じ能力持ちか、コウモリに中継させる?
わかったけど、わからん。できなくても困らないと思う。一応、ペコの気配は覚えておく。それで済んだと思ってた。
警戒音に取って代わる、がさがさ声。
「あんた。腹に穴のあいた男を知らないかい?」
「どうした? ペコ」
一見。エイトの方が驚いてる。
「いや。こいつ見てたら、なんとなく」
これだから、女の勘ってやつは。堪えきれず、自分の腹を見る。大丈夫だ。近頃、皮子はディテールに凝ってる。微かな気配はあるが。エイト達は何も感じてないようだ。
顔を上げると、ペコのふくれっ面。馬鹿にしたわけじゃないんだが。
「だよな。元が、見間違えか何かじゃねぇか、とは言ってんだが。一応、俺の方にも回ってきてるからよ」
「どうかした?」
見守ってたらしい、ハインツ。薄情、とか思って、すまん。
「いや。腹に穴のあいた男に注意、っての。伝聞の説明になんだろ?」
「ああ、中央からきてたね。そんなひどい怪我してるなら、助けてあげないと」
「誰か賞金でも懸けるかと思って、話回してっけど。何も引っかからねぇ。ガセだろ」
「そんなわけのわからん奴、あぶないだろ。見かけたら、速攻逃げなきゃ」
同じ伝聞とやらを聞いても。ここまで反応が違う。
「リュウイチ。お前も、知らせよこす時は。ペコ宛だってことと、売りもんの名前、現在地は絶対忘れんなよ」
聞こえるものだけが、聞こえた音を次々伝達していくわけか。自然、簡潔に。意図は伝わりにくくなる。
「中央って?」
「街にある議会のことだよ」
「何もできないし、しないってやつか」
「お。言うじゃねぇか」
「いや、言ったのはハインツだ」
「あはは。よく覚えてるね、リュウイチは。あれも様式美として、認めてはいるんだよ」
「俺は。わけのわからん伝聞流すの、やめてくれりゃあ、それでいい」
皆、けっこう振り回されてる? 鯨情報。よく遣り取りできたな。コツでもあるのか。稼ぎたいエイトの執念か。
「俺が知りたいのは、儲かる話だけだ。少なくとも四方向。念を入れて八方向に発音しろ」
えー、めんどくさ。そう思うのは、繋がりすぎた社会を知ってるせいか。
「オレは。エイトんとこの従業員じゃないんだが」
「わかってる。そん時は、割高の報酬出す」
能力の由来は、ハインツさえ知らない。ただ、ペコは。女もしくは雌だけで伝聞してきた経験から。何だかわからないけど違和感、ってとこか。女村と独自のやり取りをしてないとも限らない。
「そういう機会があったらな」
エイトもペコも。ハインツの手前、猫被ってるが。村を出たら、どう出るか。人の脳は、いつ閃くかわからんからな。
もたもたしてられない。




