64、美濃北炎上、その1
消えゆく戦国編その22
〜美濃北炎上、その1〜
外へ飛び出すと、ヘッドギアの暗視スコープをONにする必要が無いほどに、月明かりで周囲は明るかった。
お陰で遠くの地形まで確認出来るのは良い事なのだが、まだ距離があるとはいえ、既に村全体を囲まれている状況では、逃げる場所も隠れる場所も無い。
手榴弾が、どれほど効果的なのか定かでは無いが、山火事などと躊躇している場合でなくなるのは目に見えている。
とはいえ村の家屋や畑などの生活への被害にならないよう、出来る限り爆破による火災に巻き込むようなことだけは避けたい。
まずは手遅れになる前にどこかを突破して、どれだけの村人を逃がせるか?
訪れた時間帯が夕方だったこともあるのだが、周囲の地形を確認しているヒマがなかったのは痛手と言うしか無い。
「村人は何人いる?何処かに集められるか?」
後ろを振り返りながらの赤星の問いかけに源次郎は、既に肩口に大太鼓を抱えていた。
いつも子供達が囲む庭先のテーブルの上に大太鼓を横向きに置くと、もう片方の手に握りしめていた鉢で激しく連打で打ち鳴らす。
すると見渡せる全ての家の戸口から、あっという間に住民達が飛び出してきた。
男達だけではない。お年寄りから女も子供も、全員が何かしらの武器の代わりに使うつもりなのだろう。鎌や木刀などを手に、こちらへと駆け寄ってくる。
どう見ても普通の喉かな農村にしか見えないのに、これ程までに統率が取れているものなのだろうか?
民達の集まってくる姿に、赤星と佐々木は驚き感心するばかりだ。
屋敷の裏にある蔵からは、子供をあやしていた利根ヶ原利光という老人が、小百合と呼ばれていた黄色い着物の少女と、やよいと共に、次から次へと庭に日本刀や長槍を放り出している。
集まってきた村人達は、手に持っていた、それぞれの獲物を、予め決められていただろう場所に投げ出すと、やよい達が放り出した武器を、次々と手に取り直していく。
縁側には腰紐で着物を襷掛けに縛り直した千代が、日本刀を杖代わりに仁王立ちで構え、そして叫び出した。
「突然の招集すまぬ!敵が来る!ただの敵と思うな!」
そう言い放つと、千代は忠久に目配せする。
忠久は頷くと、集まった村人達に短く「この者達の言う事をよく聞いて信じてくれ」と力強く静かに言って、横に居る赤星と佐々木へ黙って頷いて見せた。
見たことのない格好の自分達を、村人らは明らかに怪しい2人を見つめる目で睨んでいる。
決して好意的な物ではなかったが、ここは女性の自分の方が良いのではないか?と佐々木が買って出た。
「みなさん!これから襲ってくる相手が、例え小さな子供でも、力の弱そうな老人でも、掴まれない!噛まれないようにしてください!出来るのなら首を落とすか、顎を砕いて、そして無理に戦わず逃げてください!おそらく襲ってくる全ての相手が、女子供、老人だとしても、ここに居る源次郎さんよりも力は強い筈です!」
実際に目にしている忠久と源次郎ですら、改めて驚いているのだから、集まった村人達から、あり得ないだろうと騒めきが起こるのも不思議ではなかった。
「それほどなのかい?」千代の問い掛けに、佐々木は頷きながら、「とにかく絶対に噛まれないでください。噛まれたら最後、同じ人を襲うだけの罪人になって、彷徨う存在になってしまいます」
村人達からは、まだ理解されていないようだったが「よいか!奴らは人ではない!呪いのかかった死人と同じだ!無理して戦わず、先ずは逃げる事を考えよ!よいな!?」
すぐさま忠久がフォローしてくれた事で、村人達は黙ってくれたが、実感が無いのだから、致し方ない。
このことにより佐々木には、1つの不安が浮かび上がる。
領主の一族に対して、忠義が高すぎると、果たして自分の身を第一に、安全に逃げてくれるのだろうか?
戦国の世なればこそ、身を挺して主君を守るというのが美徳と考えているのではと、先程の統率力からも思い描ける。
主君が民を。民は主君を。その互いの想いが強いほど歴史物語は悲劇を招くのだと、自衛隊に身を置く佐々木は考えてしまうのだ。
おそらくカリスマ性ならば、あの若い主君よりも千代と言う女主人の方が高いのだろう。
そう思うと佐々木は千夜の元へと近づき、自分達の武装を持ってしても、このまま持ち堪えるのは恐らく無理だろうこと、女子供を守りながら戦うべきでは無いゆえ、集団をまとめて相手にせず、少数で迎え撃てるような両側の狭い谷のような場所か、あるいは高台のような逃れられる場所は無いかと尋ねる。
民達のことはともかく、自分自身は迎え撃つ気で満々だった千代は、何を弱気なと佐々木の顔を真っ直ぐ見つめていたが、この女子の言うことは冷静で正しい判断なのだろうと理解した。
しかし残念なことに周りを山々で囲まれ、今で言う富山と岐阜を結ぶ街道が1本のみの美濃北では、200人余りの民達を戦いながら移動させるには、佐々木が望むような地形の場所は程遠い。
越中へも美濃へも何日もかかるのだから準備も必要だ。
なにより
屋敷のすぐ裏側には数十体の罪人が現れていたのである。
「いつの間に?」そう叫び、現れた罪人に驚きながらも佐々木は、やよいの元へと駆け寄っていた。
かえかから預かった物をズボンのポケットから取り出すと「頼まれたの!あなたにこれを必ず渡すようにと」そう言いながら、やよいの左手を取ると、見た事も無かったずなのに何故か、かえかやフィーレラナと同じ中指の位置へ、青白く揺らめく指輪をはめた。
淡く優しい光が少し増したかのように輝き、ゆっくりとやよいの指を包み込んでいく。
何故その指輪を受け取らなければいけないのかも分からないのに、やよいは佐々木に対して「ありがとう」と呟いていた。
その言葉が自然に自分の口から出たことも驚きだった。
チカラノツカイカタニキヲツケテ
頭の中に語りかけてくるのが肩口に捕まっている使い魔の男の子だとすぐに理解すると、まるで数十メートル上から360度、周りを取り囲む罪人の位置が映像として鮮明に頭に流れ込んでくる。
それは、やよいに希望と絶望を同時に与えるものだった。
すぐさま屋敷の裏手へと走り出すと、1体目の顎の先端を短槍で正確に打ち抜く。
顎が左右に割れ落ちたのを確認する間も無く引き抜くと、その引き抜いた反動で身体ごと回転させた勢いで、隣の2体目の顎を目掛けて、柄の部分で横殴りに振り抜く。
やよいが短槍を3体目に振りかぶったのを確認すると、佐々木は自分が護衛しなくても大丈夫だと判断した。
何より使い魔の末っ子くんが付いていてくれる。
屋敷の正面の坂へと近づけないよう、赤星、忠久、源次郎の3人は高台になっている位置より少しでも離れた場所で押し返すように打って出るため駆け降りて行った。
その巨体を活かすように、源次郎は太さが大人の頭程もある長さが2m程の木のバットのようなものを振り回していた。
先が太く、持ち手が握りやすい細さになっているそれは、まさに長尺の木製バットだったのだが、相手の顎や頭を潰せば良いのなら、これが一番だろうと持ち出していたようである。
元々は自分自身の素振りの鍛錬用に削り出した代物なのだが、その大きさと太さをモノともしない勢で、次々と罪人の顎や頭を宣言通りに潰していく。
方や忠久は、素早く無駄の無い動きで罪人の顎や首を鮮やかに刀で切り落としていく。
赤星はいつの間にか、やや後ろでサポート役に徹する形で、2人が捌き切れなくなった囲まれる状況にならないよう、サブマシンガンのMP7で撃ち抜くという連携が出来上がっている。
それでも多勢に無勢。まとめて薙ぎ払う源次郎よりも、1体ずつ相手にしている忠久の方が囲まれる回数が多くなる。
自然と赤星は忠久寄りにサポートする形になり、源次郎の方が孤立する事と、あの得物を振り回す体力の心配をし始めていた。
そんな所へ佐々木が後ろから駆け寄り合流。すぐさま状況を判断し、佐々木は源次郎のサポートへと回る。
押し寄せる大群の数は終わりの先が見えず、ある程度の罪人がまとまった所へ赤星が手持ちの手榴弾を1つ、とうとう堪え切れず投げ込んだ。
「伏せろ!!」およそ50mほど先で何十体かの罪人が轟音とともに弾け飛ぶ。
その威力と凄まじさに「そんな隠し玉があるのなら何故・・・」と言いかけて、着弾地点で燻り燃える木々や草を見て忠久は押し黙る。
「なるほど、そなた達は後々、我らの生活の事まで気を遣ってくれてたと言うわけなのだな」
そう誰にも聞こえない大きさで、独り呟き納得する。
同じ想いに至ったのだろう、源次郎が「あまり使いたくは無いのだろうが、それは後、何回使える?」と聞いてきた。
罪人の顎を頭ごと砕く手は休めないままだ。
「取り敢えず俺は後2発、そちらの佐々木が3発って所だ」
赤星の言葉に源次郎は満面の笑みで「なるほど!つまり全然、楽は出来ないという事だな」と返してきた。
恐らくひとりで3桁の罪人を打ち砕いているだろうに、疲れた様子を見せようとはしない。
肩で息をし始めた忠久を見れば、きっと源次郎も無理をしているのだろうことは想像出来る。
そんな時、別方向を5人がかりで受け持っていた一角が崩れた。
「吉丸が噛まれた!!」
それは忠久と源次郎と同い年の親友の名だった。




