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時渡りのかえか  作者: 塩引鮭
消えゆく戦国編
63/65

63、闇の足音

消えゆく戦国編その21


〜闇の足音〜


「へぇ〜っ、まるで、どこぞの忍者だねぇ」

薄手の淡い桃色の着物を着た妖艶な女性が、その豊満な胸を、まるで下から支えるかのように腕を組み、仁王立ちで赤星と佐々木を見下ろしていた。


美濃北の忠久の屋敷へと連れて来られた2人は、玄関の土間で、二段高い位置に居る千代に、頭から足先まで、全身を舐め回されるかのように、ゆっくりと観察されている最中だった。


「まあ、いいさね!忠久達の事も助けてもらったそうだし、おかしな格好の訪問者には慣れているからねぇ、その身に付けている、いろんなカラクリも、外さず、そのままで構わないよ」

そういうと千代は、唐揚げ追加だよ!と奥に向かって叫びながら消えて行った。


唐揚げ?この時代にもあるのかと、その言葉に赤星と佐々木は顔を見合わせたが、上がって楽にしてくれと言う源次郎の言葉に従い、屋敷の居間へと上り込むことにしたのである。


露骨に警戒されているわけではなかったが、さすがにサブマシンガンだけは、2人とも源次郎に預ける事にした。


この屋敷に来るまで、源次郎から、一方的に自己紹介を受けたり、あんたら夫婦めおとなのか?と聞かれて、2人同時に「違います!」「違うわ!」と否定したことを、「呼吸も夫婦なんだな」と、もう完全に夫婦だと決めつけられたり。

赤星も佐々木も、どうもこの大男の屈託ない人柄とペースに主導権を握られっぱなしだった。


先程の妖艶な美しい女性の言葉から、もう1人の若者は忠久と言うのだろうと察しはしたが、まさかその女性が忠久の母親なのだとは、この時点で赤星も佐々木も、夢にも思ってなどいなかった。


何か思うところがあるのか、その忠久は、刀を向けて来たあの時から、一切、何も一言も発してはいない。

赤星達2人を、横目でチラリと見ることはあっても、その後はまた何か考え込むように、すぐ目線を外してしまう。


その様子を親友である源次郎にも、忠久が何を考えているのか?迷っているのか?察することは出来なかった。



見事なリビング用のローテーブルとでも言うのだろうか?

1枚作りで切り出されたと思われる立派なテーブルは、それぞれ大の大人が対面で5人ずつ並んでも、横に余裕のある大きさであり、その角の隅に佐々木が、その隣には赤星が正座をする形で座った。


その様子に最年長と思われる人物が「脚を崩して楽にしてくだされ」と酒を持って来た。

人当たりの良い、優しいシワだらけの老人から2人は、ぐい呑みに注がれた酒を見つめながら、赤星は流されるままの状況を、どうしたものかと考えていたのだが、気がつくと老人は佐々木の角横に座るや、背中に背負っていた赤ん坊をあやし始めたのである。

余りにも大人しすぎて、佐々木も赤星も老人が赤ん坊を背負っていたことに、まったく気づかなかった。


そして間もなく山盛りの唐揚げが乗った皿を抱えた千代は、その皿を佐々木と赤星の正面に置くと、そのまま2人の前の位置へと腰を下ろす。


大きな米窯こめがまを抱えた源次郎が「お兄い!お兄い!窯はそこに置いて」と黄色い着物の少女にせがまれる。

この2人は兄妹なのだろうかと佐々木が考えていると、源次郎は米窯を千代の横へと置くと、そのまま回り込んで赤星の隣の位置へと腰を下ろした。

その角横には、あの無口になった若い侍、忠久が座り込む。

黄色い着物の少女は老人と千代の間の角横に陣取った。


この時になって初めて赤星は、しまった!とまでは思わなかったが、和やかに見えて、しっかりと強者たちに囲まれる形になっていたことに気が付いたのである。


源次郎や忠久もしかり。佐々木の隣の老人も只者では無いのだと判るのだが、何よりこの中で一番ヤバイかもしれないのは、目の前で、こちらを値踏みするかのように見つめながら薄く笑っている、先程の桃色の着物の女性ではないのか?


そんな赤星の空気を、佐々木も少なからず感じ取っていた時。

奥から更に2人の姿が現れる。


薄目の紫の着物を上品に着こなし、されど、この時代には似つかわしく無い緩くウェーブのかかった茶色の髪は、決して着物姿に似合わないどころか、これ以上無い女性としての雰囲気と色気を表している。

全ての女性が求める、安らかな幸せを手に入れたかのような少女の瞳が、目の前に座る赤星と佐々木の姿を見るや、表情とともに凍りついた。


手に持っていた味噌鍋を、なんとか落とさずに堪えていたが、横に立っていたもう1人の少女が察して、すぐさま、その手を支える。


こちらは少し日に焼けたのだろう。健康的な日焼けをした中学高校生の部活少女のような、さわやかな印象を思わせた。

青い着物にポニーテールという格好なのだが、佐々木は、その少女の髪留めが、現代で普通に使われていても、この時代には無いはずのシュシュだということを見逃さなかった。


この2人が、かえか達が捜している、フェルシーが観せてくれた映像の姉妹に間違いないのだろうと確信する。


大きな味噌鍋をテーブルの上に置いて、忠久の角横に座るや、葵の眼からは自身でも止められないほどの大粒の涙が溢れ出し、両手で顔を覆っていた。

その様子を不思議と周りの誰もが慌てず、ただ横の忠久だけが、そっと自分の手拭いを、葵に差し出す。


赤星と佐々木を見て凍りついた葵には、2人との面識などは、もちろん無い。

しかし赤星達の格好、腰や背中に備え付けられた拳銃にナイフなどを見れば、何処から、いや、どの時代から来たのか?およその想像は付く。


それは、あの朝霧から無意識に雷を放ち倒れた日、夢の中で改めて知らされた自分の僅かな運命の終わりが近いことを、そしてあの優しい声に教えられた通りに運命が進んでいることを意味していた。


「ごめんなさい。ちょっと思い出してしまって。ささ、どうぞ遠慮なさらず」


忠久からの手拭いで涙を拭いた顔が、どこか痛々しかった。

なんとか気持ちを立て直し、絞り出した声は震えていたが、とても優しい声だった。


その後は誰も話すことなく、ただ、穏やかに酒を交わし、食べながら時間だけが流れる。


一通り全員の自己紹介が終わった後、赤星と佐々木が未来から来たのだという、信じてもらえなくて当たり前の話を、誰も驚かなかった事が驚きだった。


静まり返った空気をなんとかしようと言うわけではなかったが、佐々木が意識せずに呟いた「なんとなく味付けとか揚げ方とか道代さんに似てる気がする」という言葉に、葵とやよいは驚き、顔を見合わせてしばらく固まっていたのだが、どちらからともなくクスッと笑い合うと「その方は岡本道代さんですか?」と葵が聞いてきた。


その言葉に応えるように佐々木が核心へと切り出していく。

改めて「村上葵様とやよい様ですね?道代様からの依頼も含めて救助に来ました・・・のですが」と確認を取りながらも戸惑う。


佐々木が言葉を詰まらせた理由は2つあった。

この2人の姉妹が望むにかかわらず、何から救助するのか?どこまで理由を説明すべきなのか?


見たところ、とても不自由で苦労しているようには見えない。

誰がどう見ても、村上姉妹はもちろん、この屋敷の人達は、ささやかではあるが、穏やかで幸せそうに見えるし、そんな家族から、この姉妹を引き離し、現代へ帰るのを、互いに望むのだろうか?

そしてフェルシー・フェルモンドが鏡で観せてくれた、これから起こるであろう惨劇を、どう説明すべきか?しても良いのか?


言葉に詰まってしまった佐々木よりも先に、しばらく考え込んでいた葵が、すっと立ち上がると、目の前の家族たちを見回し、何故か千代の腕を両手で掴んで立ち上がらせた。


じっと千代の目を見つめて「お願いします」その一言だけを静かに言う葵に、仕方ないねと千代は優しい笑みで葵に手を引かれるまま、二間、奥の座敷へ。

そして葵に招かれた赤星と佐々木も一緒に進み出した。


やよいも立ち上がりかけたが「あなたはそこに居なさい」という姉の静かな言葉に何かを感じたのか、やよいは黙って従い、その場に座り直した。



その後、奥の間で葵から語られる言葉は、全て、これから起こる、赤星と佐々木がフェルシーの鏡で観た、あの惨劇とまったく同じ出来事だった。


その言葉を聞いた3人の中で、ただ1人、千代だけが信じられないと、真っ青になった顔を覆い、葵の膝元へと泣き崩れ、覚悟を決めて全てを受け入れると笑う葵を強く抱きしめると、周りを憚らず嗚咽混じりで泣き崩れる。


離れた居間に居ても、忠久達には千代の泣き声が聞こえていた。

父親が亡くなった日ですら、気丈に振る舞い、決して人前で泣くことの無かった母親が、今は何も憚る事なく、ただ悲しみに打ちしがれている。


あの者達は、ただ葵達を迎えに来たのではないのだということは理解していた。

今日、襲ってきた人間ひととは思えない者達の秘密とも関係しているのだろう。


今まで、時折り何かを思い出しては悲しみを堪えている葵の姿を、忠久は、そっと気づかないフリをしていたのだが、葵は、その悲しみを今日、自分にではなく、母上に打ち明ける事を選んだのが、どこか複雑な心境だった。



しばらくして4人が居間へと戻ってきたのだが、誰もあえて何も聞かなかった。


葵もなのだが、泣き腫らした千代の目元は真っ赤で、この訪れた2人の客人がどういう存在なのかも、その理由も、千代の涙のことも、居間の全員は何も聞かなかった。


それが、この屋敷に住む家族たちの強い信頼の絆と優しさなのだろう。



そんな空気を無視して再びテーブルを囲んだ全員のど真ん中。

つまりテーブルの上に、いきなり使い魔の末っ子が現れる。


突如現れた小人のような姿に、忠久や源次郎はもちろん、赤星と佐々木を除いた全員が、腰を抜かす形で後ろへと飛び退き、のけぞっていた。


そんな状態の周りなど気にも止めず、いや、慌てているのだろう、末っ子は身振り手振り、必死に何かをアピールしている。

その姿を、赤星や佐々木以外に隠そうともしていないほどだからなのか、両脇には使い魔の姉、2人も姿を現し、両側から末っ子を落ち着かせる。


念波で伝わってくる遠巻きに罪人に囲まれた映像の状況を「来たのね」と佐々木が確認すると、使い魔の長女が佐々木に向かってコクリと頷く。


使い魔の長女は、フワリと浮くと、そのまま佐々木の肩へと乗っかり襟口にしがみ着いた。

次女も同じく赤星の肩へしがみつくのを待ってから「源次郎さん、みなさん、済まない」

そう言いながら赤星は、サブマシンガンの置いてある場所へと素早く歩み寄り、そのうちの1丁を佐々木へと投げ渡し、土間から靴を履いて外へと出ようとする。


「奴らか?」赤星の背中へ問い掛けるように、ようやく口を開いてくれた忠久に「ああ、奴らだ。ただ、数が多過ぎる」と赤星は苦笑いの顔で応えた。


それぞれ予備のマガジンがいくつかあるが、囲んでいる数は、およそ1,000人以上は居る。

かえか達が来てくれないと弾薬の補充も出来ないこの状況は、絶望的と言ってよい状況に等しい。



テーブルの皿の上に残っていた自分の頭よりも大きい唐揚げに齧り付くと、口で唐揚げを咥えたまま、フワリと末っ子は、やよいの肩口へと乗っかって来た。

器用に着物の襟の中に片足を突っ込んでバランスを取ると、そのまま一生懸命に咥えていた唐揚げをムシャムシャと食べ始めたのだが、周りが物怪モノノケと腰を抜かしているままのそれを、やよいは不思議と嫌ではなかった。


この時代に来て、初めて友達になってくれるのは君なんだね?

そんな事を考えていると、末っ子は木の実を頬袋いっぱいに溜め込んだリスのように、口の中に唐揚げを溜め込んだまま、コクコクと頷いてみせた。

そして末っ子の見えているモノの映像が、鮮明に頭の中に流れ込んでくる。


やよいは、そっと小さくつぶやいていた。


「奴らなんだね、お姉ちゃんを泣かせに来るのは」と。



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