49、葵の改革
消えゆく戦国編その7
〜葵の改革〜
小さな農村のような美濃北では、葵とやよいの姉妹の噂が広まるのに、時間は1日もかからなかった。
最近のやよいは元気になったのは良いが、以前のように、べったりと付いて来ることは無くなり、いつも野山へ木刀を抱えて走り回っている。
食事時には戻ってくるのだが、どこかしらスリ傷などで擦り剥いていたりするのだけが心配だった。
それでも少し逞しくなってきたのは嬉しい事だ。
元々、運動神経も良く、動く事が大好きだったのに、自分の側にいてくれようとすることが嬉しくも心配だった。
本当はやりたい事とか我慢しているのではないだろうか?と、ずっと思っていた。
手がかからなくなったのは良い事なのだが、はたして世話をしていたのはどちらなのか?自分がやよいからようやく独り立ちする時なのではないのかと考えたら、おかしくて笑えてしまうのだ。
葵は忠久に、焼き物と刀鍛冶が見たいとお願いをしてみた。女子なのにか?と言われたが、男女平等ですよ!そう言ってみたら、納得はしてなさそうだが黙ってしまった。
どうやら千代の言う通り、忠久は身分や差別、上下関係を毛嫌いしている事や、男女平等に扱うとこは当然だと思っているらしい。先程の女子なのに?というのは、自分が刀を振り回す事が危ないのではという気遣いからだろう。
母親には頭が上がらないこともあるのだが、普段は女性がもともと苦手らしく「怒らないから、なんでもワガママを言うと良い。忠久には内密だぞ」と葵は千代に聞かされていたからだ。
連れて行かれた場所が釜焼きと鍛冶屋が隣同士だというのは都合が良かった。
しかも同じ職人同士、仲も良いのだそうだ。
さっそくどちらからお邪魔しようかと思っていたら、仕事場の間に置かれた薪木の束の上に職人と思われる2人が腰掛けている。
忠久が近づいても、わざわざ立ち上がり、挨拶をすることなどはしない。
「おお、忠久殿。」忠久も気にした様子は無い。それだけ美濃北の民と忠久が親しい距離感だという証でもあるのだ。
美濃北、唯一の刀鍛冶で鍛治師の佐左衛門と、陶器を作る釜焼きの藤吉郎だ。
決して忠久の横から前には出ず、葵は初めましてと挨拶をする。
噂通りの、めんこい女子だなと言われるや、もう1人が「とうとう忠久殿も嫁を取る気になっか」とけしかける。
分かりやすいくらいの慌てぶりで、真っ赤になりながら忠久は「ち、違うぞ!まだ早すぎる」と否定をするのだが、「そうか、まだ早いだけで、いずれは、その女子を嫁にするんだな」と畳み掛けてくる。
いくら相手が若いからとはいえ、藩主に対して容赦が無い。横で聞いてるだけの葵まで赤くなってしまった。
さすが年の功。とても太刀打ちなど出来そうにもない。
葵は2人が揃ってくれていることを好都合と、早速ノートとシャープペンを取り出した。
2人は出された上質な紙と、その丈夫で薄い事だけでなく、すずりと墨も無いのに書き物が出来るその細い枝のような棒にも驚いた。
しかも目の前の女子は細く難しい線の太さを変えないまま、絵を描いていく。
ただシャープペンで、そのまま描いているだけなのだが、筆しか知らない2人には刺激が強すぎるようだ。
先程まで忠久を笑いながらイジリ倒していた勢いは全く無い。
大工が材木に墨で糸引きをするかのような線で葵は、あっという間に2つの絵を描きあげた。
「鉄で、こういう物が欲しいのですが、作り上げる事は出来ますでしょうか?美濃北の自慢の鍛治師だと千代様も仰っていましたので」
最後の煽ては千代からの受け売りだ。妾の名前を出して持ち上げれば、大抵の無茶もやり遂げると。
「大きさは?」明らかに職人の顔つきに戻っている。目の色が違う。
「熱が通り易すく薄ければ嬉しいです。大きさは、このくらいの物が欲しいです。こちらは、このくらいで。出来る限りでお願いします」
数字の単位が分からないので、葵は身振り手振りで説明する。鍛治師の男は座っていた薪の束から何本か抜き取り、長さと幅、深さを採寸して葵に、このくらいか?と聞きながら渋い顔をしていた。
「今のままの作業台では無理だな。利光殿と源次郎に相談出来るかい?忠久殿」
思ったより大事になりそうだ。しかし何故、利光様と源次郎様?
葵が不思議そうにしていると、美濃北で大工仕事を仕切っているのは2人なのだと忠久が教えてくれて納得した。
「無茶を言ってすみません。是非、よろしくお願いします。」そう言うと葵は描いたノートのページを破いて鍛治師の男に渡した。
ああ、なんと勿体ない!葵以外の3人が、残念な顔をしたのだが、葵は「そういうために使う物ですから」と笑顔で笑ってみせた。
「先ほどのはなんなのだ?」忠久は葵が鍛治師に描いて見せた2つの図面の事を聞いていた。
葵は、フフッと笑うだけで「出来上がってからのお楽しみですよ?」と答えるだけだった。
美濃北の食事情を知った葵は、やはり現代とは随分と違うのだということを思い知らされたのだ。
当然、電気が無いのだから冷蔵庫や電子レンジなんて物はない。
蔵などに保存出来るような物が主役になるのは仕方ないことなのだが、やはり米には力を入れているので困らない。
民達が食べていける分はもちろん、味噌や酒作りにも充分なほどの量は、年間を通して安定しているそうだ。
大根、サツマイモ、白菜、ネギ、玉葱といった主力の野菜も安定して取れるだけでなく、山菜なども豊富に取れるのは美濃北の強みだ。
椎茸、タラの芽、ふきのとう、竹林があることから竹の子や山芋なども取れる。
そうなるとやはり肉や魚が欲しい。それほど大きくは無いが美濃北の水源としている渓流があるため、ヤマメやイワナ、マスなども取れるのだが、決して多くはない。
限られた資源を乱獲しないためにと冬場に備える保存食の干物にするためにだけ取るのだという。
肉については鶏と豚を飼育しているが、どちらも決して数が多いわけではない。
将来、やよいと田舎でのんびりと暮らすのも良いかもと農業と建築の両方を志望していた葵には考えがあるようで、忠久にお願いして、どちらも飼育しているとこへと連れて行ってもらう。
豚を飼育している場所へ来ると若い男が駆け寄ってくる。
養豚をしている吉丸だ。「おう忠久!」
随分と馴れ馴れしい。2人の顔を観察していると、どうやら親友っぽい関係に見えるので聞いてみたら同い年だと分かった。
忠久、源次郎、この吉丸の3人で揃って、千代によく怒られた仲なのだと言う。
葵を見るや、吉丸はポカーンと固まったままだったが「なんだ?嫁自慢か?」と矛先を忠久に向けていた。
慌てる忠久を見て、何かデジャブっていると葵は思ったが、話が長引きそうなので、出しゃばって割り込み、豚をどう飼育して食肉にしているのか聞いてみた。
豚に興味があるなんて変わっているねと吉丸に言われたが、これには忠久が苦笑している。
葵が何か、やらかしてくれるのだと確信しているからだ。
飼育している場所。食べさせているエサと量と回数。
いつ、どのタイミングで食肉にするのかなど。
なんでそんなことを知りたがるんだ?吉丸の疑問に、葵が嬉しそうに語る。
「塩漬けにしたのだけではなく、美味しい豚肉が毎日たくさん食べれるようになるかもしれないと言ったら信じます?」
これには吉丸だけでなく、忠久も驚く。「真か?」
「早急には無理ですけど、いろいろ手直ししてやり方を変えれば1年から2年で、ここに居る豚さん達が、倍以上の数には増やせると思います。更に年月をかければ、もっと」
それは美濃北の民の食料事情が豊かになるだけではなく、刀鍛冶の佐左衛門が打つ刃物など意外にも、外貨を稼ぐ産業が拡大するやも知れぬということだ。
葵は飼育されている小屋と敷地を見ながらノートにペンを走らせ「ただ改善しなきゃいけないことが多いので、利光様と源次郎様にもお願いしないといけませんけれど」
気がついたら、いつの間にか忠久が、葵の両肩をガシッと握りしめている。顔が近い。
葵は顔が赤くなりながら唇が半開きになり言葉にならない吐息を漏らす。
ああ、こんなとこではダメ。
吉丸はジト目のままやり取りを見ている。忠久は自分が何をしているのか、ようやく気づいて顔が真っ赤だ。
「なあ、簡単でいいから、どうするつもりなのか教えてくれるよな?」
「あ、はい」吉丸の問いに夢から戻され、葵は説明を始めた。
「まずは環境ですけど清潔な寝床を用意してあげると成長が早くなります。大変ですがストレスを与えないようにいつも清潔にするために」「すとれす?」すかさず吉丸から突っ込まれる。
「あ、あのですね、綺麗な寝床を用意してあげると気持ちよくなるので早く大きくなります。嫌な気持ちにさせないよう、気をつけると、お肉も美味しくなるんです」
「なるほど、人と同じで、のびのびと育てれば元気になるということか」忠久は1人で勝手に納得して頷いている。
でも毎日、汚す寝床を綺麗にするのは大変なので、こんな風に川から水を引っ張ってくる水道を作り、水を溜めておく大きな樽を、この高い場所に設置します。そこに枝分かれをさせて豚さん達の水飲み場と、シャワーで洗ってあげる場所、寝床の清掃に水を引き込んで洗い流せるようにすれば掃除も簡単に」「しゃわー?」
いちいちツッコミが入るのは仕方ない。葵は苦笑いするが慣れてきた。
エサなども、やり方を工夫するようにした方が良いと提案してみる。
なんでも食べてくれるのだが、出来る限り選んだ物を食べさせると豚の肉が甘くなるのだと説明をする。
これについても忠久と吉丸が、真か?と驚いていたが、山菜取りのついでに、木の実やドングリなどを食べさせると良いと説明する。落ちているのだからか拾ってくるだけでいい。
美濃北の子供達に手伝わさせれば、遊びも兼ねて良いので、手間にもならず人手で、それほど苦労もしないだろう。
葵には子供達をやる気にさせる策があるようだ。
そして木の実などをあげる時は、決まった場所でエサをあげるのではなく、広い場所に放し飼いにしてバラ撒けば、豚さん達が歩き回りながら落ちている木の実を探して食べるので、運動もさせることが出来る。
どれもこれも美味しい豚肉を美濃北の人達に多く食べさせるためなのだ。
吉丸と葵、そして見つめる忠久。3人の嬉々としたやり取りは、しばらく続くのだった。




