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時渡りのかえか  作者: 塩引鮭
消えゆく戦国編
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46、許される居場所

消えゆく戦国編その4


〜許される居場所〜


まさかの千代からの息子の嫁になれ宣言で、うやむやになってしまったが、その後、葵に乱暴しようとした3人には、忠久がキツくお灸を添える形で済ませ、改めて葵に頭を下げた。

自分が不甲斐ないばかりに家臣がご迷惑をかけた。本当に済まなかったと。


佐次郎と治郎と貞右衛門は、額に血が滲むほど自ら地面に擦り付けていたが、やよいが納得せず暴れ兼ねないので、葵が、もう責めないで欲しいとのお願いで不問とし、その場を離れてもらった。


葵がやよいの腰の辺りに抱き付いて抑えていたが、威嚇モード全開で、まだ唸っているやよい以外、その場のみなが微妙な空気になっていた。


何処から来たのか?ここは何処なのか?聞きたいこと。話さなければいけないこと。互いに切り出す間を欲している。


「ねえ、なんでみんな、そんな変な格好なの?映画の撮影?」

空気に耐えきれなくなったのか、切り出したのは、やよいだった。


「撮影?撮影とはなんだ?」逆に聞き返したのは忠久だ。

どちらかといえば、やよいが口にした変な格好という言葉にムッとしたのかもしれない。

しかし、やよいも負けてはいない。大好きな姉への仕打ちを忘れるわけにはいかない。忠久にも怯まず「だって平和な日本で、そんな刀を持ち歩いてるなんて、カッコイイの?時代遅れじゃん!おまわりさんに叱られるんだよ?」


この童は何を言っている?映画?撮影?知らぬ言葉だ。

日本?この国のことだろう。だが決して平和などではない。未だに藩と藩での争いも多いのだが、こんな田舎の山の中までは攻める価値もないと思われているだけに過ぎない。たいした得も無いので、どこの武将も興味が無いというだけである。

いや、存在そのものが忘れられているのかもしれない。

美濃国からも納税すら納めさせてもらえない。来るなと言われているようなものだ。


ただそれだけのことで、決して平和などでは無い。それが刀を持ち歩かない?武士の魂であり、身を守るための刀を要らぬと申すのか?

いや、言われてみれば女子でも懐中に短刀などを忍ばせておくのが当たり前なのに、この姉妹は武器と思えるような物は持っていなかった。

襲われた時、抗う事が出来なくても、せめて身を汚されるくらいなら、自害するためである。

それを時代遅れと言う。そんな殺し合わない国があると言うのか?叱られる?おまわりさんとは何者だ?


やよいから発せられた聞いたことのない単語の波に、一同は忠久と同じような疑問に襲われていたのだろう。

やよいを大人しくさせるために、葵は自分のお腹の辺りに、やよいの頭を抱き寄せた。「ううー、苦しいよお」


「あ、あの、私からもすみませんが、今は何年何月何日なのでしょう?そしてここは何処なのでしょう?」





「信じられん」そう呟いたのは千代だ。

葵の話を信じるのなら、この姉妹は600年後から来た事になる。

ただ、歴史と言っても何やら食い違う事が多く、葵の言う、この時代に居る筈の武将や藩主の名など、聞いたこともない。

争いや合戦のあった月日や場所は、ほぼ合っているのだが、そんな武将は存在しない。

それは別にしても合戦場所や勝敗など、上に立つ立場の藩主でないと知らないような事を、葵は見てきたように知っている。歴史の人物こそ違えど、大まかな話は合っているのだ。


また、葵の持ち物であろう、大きな紐の付いた袋を小百合が持ってきて葵に返すと、中から出てきた物に全員が驚く。


肩掛けタイプのショルダーバッグは、図書館の帰りにスーパーで買い物をする事も考え、選んだ大きめの物だ。

バックの上、折り返しの部分をめくるとファスナーが現れる。

そのファスナーを引いてバックを開けるのだが、その仕草にすら、一同は驚く。

「なんじゃ、それは?」金色の細かい金具が開いたり閉じたりする。見た事も無い細工だ。


たぶん説明しても理解してもらえるかどうか?葵もまた、上手く説明出来る自信が無かったので、その場は微笑みで誤魔化す。


中の物は全て取り出して見せた。親切にしてくれたこの場の全員に信頼される為にも、持ち物は全て曝け出すべきだろうと考えたからだ。


取り出したのはノートが3冊。ペンケース。中にはシャープペンが3本と消しゴム。3色ボールペンが1本に赤と緑の蛍光ペンが1本ずつ。

大きいバックだからこそ入る長めの30cmの定規。


いつの間にか囲炉裏の周りに居たみんなは全員、葵を取り囲むように集まっていた。距離感が近い。


千代や利光は片っ端から葵が取り出した物を手に取り眺めている。今にもかじりそうな勢いだ。


写真付きの学生証と自分達を見比べ、何故か千代は真っ青な顔をしていた。

言いたいことは、なんとなく分かるので触れないことにしておこう。


光沢のある長財布の中には、1万円札が1枚と千円札が4枚。小銭も一円玉から五百円玉まで、一通り揃っている。

祖父から渡されたクレジットカードも入っていたが、葵は出来るだけ現金で買い物をするため、使ったことはない。

レシートが1枚も入っていないのは買い物をしたら、その日の内に家計簿に貼り付けて書き込むからである。

電子マネーも交通系が1枚のみだった。


そして葵とやよいのスマートホンが1台ずつ。

当然、圏外なので2台あっても通話は出来ない。

アプリもネットに繋がらないため使えない物がほとんどで、開くことも出来ないのだが、音楽を聴かせてみたら、全員が壁まで飛び退いたので、スクショも撮って見せようと考えていたが、止めることにした。

きっとカルチャーショックが大きすぎて、妖術だのと騒がれ、せっかく縮んだ距離感を台無しにするのもあれだ。


横からやよいがバックの中に手を突っ込み出す。

中に残っていたお菓子が目当てらしい。

未開封のポッキーの箱を取り出し、開けると1本ポリポリと食べ始める。


興味を示して再び近寄ってきたのは小百合だ。やよいは「ん!」と箱ごと小百合に突き出して見せた。食べろという意思表示らしい。

小百合は、恐る恐る手を出して1本、引き抜いた。

クンクンしてみるが、たいして匂いなどはしない。

ただわずかに嗅いだことの無い、甘い香りがするような気がする。


思い切って口に入れてみた。カッと目が見開き、1本が口の中に消えていくのは一瞬であった。

嬉々とした表情で、もう1本良いか?と無言で要求しているのが分かる。

やよいは箱ごと小百合に渡すと、そこへ全員が群がった。


口にした全員が驚いていることなどお構いなしに、やよいはバックの中を漁っている。

ビスケットにチョコレート。全て分け与え、あっという間に無くなった。


バックの中に残っていたのはハンカチとポケットティシュが2つ。

簡易の裁縫道具と化粧ポーチ。とは言っても17歳の葵には手持ちの化粧品は決して多くは無い。

薄めの赤のルージュとリップクリームが1本ずつと化粧クリーム。薬局で買っておいた未開封の絆創膏が1箱。

そして青色のシュシュと髪留め。ヘアブラシだけだった。


もうありませんとバックをひっくり返して見せられ、お菓子が無くなったことに落胆しているようだったが、それと同時に葵とやよいの物を全部、遠慮無しに食べ切ってしまった事に、みなが今更気づき、忠久と源次郎が大袈裟に済まないと頭を下げた。


葵はクスクスと笑うのみで、やよいは立場が完全に逆転したと勘違いをすると、腰に手を当て満足気だった。


まだ頭を下げたままだった全員に「いえ、こちらこそ。もう何処に行くのか、当ても無い姉妹ですが、皆様、どうかしばらく、よろしくお願いします」

少し後ろに下がり、正座のまま葵は両手を前に置き頭を下げた。


千代や忠久達もまた再度、頭を下げて返してくる。

ポツンと浮いていたやよいは姉に習って横で頭を下げた。


葵とやよい。

美濃北での生活の始まりだった。

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