27、初めての採血
現代編その24
〜初めての採血〜
まさかの官房長官に、佐々木はその場で敬礼をするのだが
「ああ、そんな堅苦しいのは、そちらのお嬢さん達の前では不要にしよう」と部屋の中央にあるソファーへと、うながされる。
入り口から1番奥へ佐々木が、続いてかえかとフィーレラナの順に並び、2人がお辞儀をして座ったのを確認。
官房長官の坂本が正面に座ってから佐々木もようやく、かえかの横に座る。
「まずは、ようこそ我が日本国へ。お嬢さん達は我々、人間には無い素晴らしい能力があるようだが、どうだろう?君達のことを出来る範囲で構わない。いろいろ調べさせてもらえないだろうか?」
「何をすればいいの?」
感情の乗らない声のトーンでフィーレラナが聞き返す。
そのすぐ後で「そこの壁の奥、、8人、、、後ろの壁の向こう、、16人、、、上、、、4人」
姿勢は動かさないまま、かえかが言う。
フィーレラナが不機嫌っぽく気乗りしなかった理由はこれだった。
しかし正面の坂本は、感動しているようで
「おお!!、本当に君達は凄いんだな!いや、悪気は無いんだが、私の立場上、要らないと言っても、こうして大袈裟なことになってしまうんだ。まるで君達を試したみたいで本当に済まない」
そうすぐに謝罪をする姿は、普段テレビでマスコミに向けてニコニコと説明をする人当たりの良い政治家、そのままであったが、そんなことはフィーレラナにもかえかにも分からないことだ。
坂本は目の前のテーブルに無造作に置いてあった通信端末を手に取り
「大丈夫だ!何も問題ないので撤収してくれ!誤解を与えるな!」と何処かに話しかけている。
静まり返った室内。一切の物音がしない中で、佐々木は自分の心音が周りに聞こえるのでは無いかと思うほど緊張していた。
渡されたインカムからは、何の指示もないままだ。
「居なくなった」小さな声で、それでもはっきりと聞き取りやすいのか、かえかの呟きに、おお、それも分かるのか!と坂本は、ずっと感動しているようだ。
配置されていたのは本日、防衛省に在籍しているベテランの精鋭28人と、別室で室内の様子をモニターしている5人。
撤収して行く時にも足音を立てていくようなヘマをする28人ではない。
武装しながら音も無く行動するからこその選ばれた精鋭なのだが、この黒髪の少女には、それが分かるのだろうか?
それとも報告書にある小さき使い魔とかいう者の力なのか。
別室で部屋の映像を見ている5人もまた、全員嫌な汗をかいていた。
モニターのかえかが官房長官の方を向いたままなのに、ずっと目だけはらこちらを見ている。
いわゆるカメラ目線なのである。
部屋の入り口側の壁ににかけられた絵画の額縁には、装飾が施され、仕込まれている豆粒ほどのレンズのための穴など、あの位置からは分からないはずなのだ。
しかし年端もいかないはずの少女にしか見えないのに、そのモニター越しの眼差しからは、まるで心の中を全て見透かされていて、その上でまだまだ見つめられていたい、何か言い表せない色気や妖艶さがある。
別室のモニター組の中には、見た目が同い年くらいの娘を持つ父親も居たのだが、例外ではなかった。
そのかえかの目線に気づいたのか坂本は額縁に一度、首を向けると、また、屈託無く笑い出したのである。
「いやいや、お手上げだな」独り言のように話すと、坂本は先程のテーブルの上にある通信端末を手に持ち「先生を頼む」と短く端末に話しかけた。
直後、ドアのノックがしたかと思うと側近と思える男が、後ろに医者と看護婦を従え、坂本の許可も待たずに入室してきたのだが、男は坂本の側まで近づいて、なにやら耳元でささやくと大きな紙の手提げ袋を渡したが、坂本はそれを受け取ると中身を確認もしないでテーブルの脇に置く。
立ち位置を看護婦と交代するかのように入れ替わり、看護婦がテーブルの上に、4本の注射器や医療セットと思える物が入ったトレーをテーブルの上に置いた。
「回りくといのは無しだ。いや、本当に申し訳ないが、こう見えて私も余り時間がなくてな。せっかくの美しいお嬢さん達とずっと話していたいんだが、単刀直入にお願いをしたい」
そう言うと坂本は上着を脱ぎ出し、自分の左腕を二の腕辺りまでまくり斜め横へ突き出す。
打ち合わせでもしてあったのだろう。看護婦は黙って横に付き、いつのまにか薄手の衛生手袋をはめていたその手で坂本の腕の一部分を消毒液で拭き取り、テーブルのトレーにある4本の注射器の1本を取ると、無言のまま坂本の腕から採血を始めている。
その様子を見ていた佐々木は、緊張したままではあったが、ようやく今朝から今まで、いかに凄いことになってるのか自覚したのである。
そう、今更なのだが。
まず、何より今日は朝帰りなのだ。自宅にまだ帰ってはいないのだが。
そして昨日の今日、あのしゃべる箱に聞かされた情報を求めて上官に相談してみたのだが、それは今朝の話であり、今はまだ午前中である。
ここまでの上官の深野の対応と手回しの早さもなのだが、よく考えてみたら目の前には今、坂本正が居るのだ。
官房長官なのに。
明らかに何かしらのスケジュールを、いくつかキャンセルして来たに違いない。
そして先程、無造作にテーブルの上に置かれた紙袋。
あの中に、かえか達が欲しがってる物が用意されてるのだと想像は付くのだが、やはり早すぎる。
いかに最優先事項にされてるのか考えて、改めてブルブルと緊張していたとこを
「はい、そんなに緊張しなくても大丈夫ですからねー」
いつの間にか自分の左側に立っていた看護婦が、自分の左腕をガシッと掴み、袖をまくっていく。
意外に力が強い。
こ、この私に気づかせる事もなく横を取るだと?
何故かテンションがおかしくなりかけたのを自分で独り厨二病ギャクを心の中で唱えて落ち着かせる。
道代の店で働き出して、もういろいろと染まっているのだなと自覚はあった。
手遅れなのは気づいていない。
そして、、、ああ、、官房長官だけでなく私からも採血する事で、かえかやフィーレラナの緊張を解す当て馬の役目なんだな。
どうせ私の血なんて使われないんだろうに。
「ちゃんと佐々木さんの血も使いますからねー」
エスパーか!!?
私と同い年くらいだろうか?場慣れしていると思われる看護婦とは恐ろしい物であったが、その看護婦さんも含めて、前に座る坂本、横に立っていたお医者様、そして何より私が驚いた。
「「「「ええーーーっ!?」」」」
横のフィーレラナとかえかが、自ら注射器を手に持ち、ブスッと自分の腕に突き立てていたのである。
しっかりと消毒液も使用していたようで、初めて見ただけなのに2人とも片手で器用にこなしていく。
簡易血糖測定のように、わずかな血液で済むというわけではないようだ。
決して大きいわけではないが、色々と検索に使うためなのだろう。
普通サイズと思われる注射器の半分以上に赤い血が収まって刺さったままの左腕を
「ホイ!」フィーレラナが。
「ほい!」かえかが。
2人揃って、それぞれの腕の上でブランブランと揺れている注射器が刺さったままの腕を私の横に居る看護婦さんの方へ向けていた。
全員、あんぐりである。
エルフの血って、赤いのね。
この場で彼女たちを除いて今、冷静なのは私だけに違いない。
なぜか佐々木は勝手に勝ち誇っているのであった。