2、ソーザ
序章編その2
〜ソーザ〜
耳元で無数の声が響く。
「そろそろ起きようよ!」
「もう魔法も切れてるころだよ!」
使い魔と妖精達は、かえかだけを起こす。
見慣れた天井。
左右の腕に重みを感じるのだが、かえかには見なくても分かっていた。
右腕には、抱きついたまま、ご満悦な表情とヨダレがセットになったソーザが寝ていた。
左腕には、すがりつくかのようにフィーレラナが寝たまま抱きついている。
ソーザの片目を隠すスカーフ以外、3人とも一糸纏わぬ姿である。
かえかは表情を変えないまま、すぐに理解した。
とうとうフィーも師匠に襲われた
心の中で棒読みである。
いつものことなのだが、この世界に来てから、かえかは本能で寝付けないことが多く、ソーザに睡眠魔法で寝かされるのが日課になっていた。
初めは疲れを取るために気を使ってもらってたのだが、美少女大好きのソーザが、そのまま何もしないはずはなく・・・
いわゆる優しさという名のソーザの趣味と実益のためでもある。
魔法で起きない間に好き放題していたことについて、かえかにしてみれば別に気にもしてなく、誰に身体をベタベタ触られナニ(ピー)されても、そちらへの興味は無頓着であった。
更に言えば、ソーザを師匠と呼ぶ信頼関係もあり、またソーザの趣味も理解していたので、自分が寝てる間にされる事など、たわいも無いと思っていたのだが。
昨日のフィーレラナとの指輪の共鳴と思えし時に身体を襲った味わったことのない快楽。
上半身を起こしても、まだ左腕にしがみついて寝息を立ててるフィーレラナの裸体を眺めて、普段は表情を変えないかえかの頰に、初めて抑え切れない欲情を覚えた赤みが浮かぶ。
しかしそれも数秒。
大きすぎるベッドからスっと2人を起こさないように降り、裸体のまま裏庭の水場へ歩き出す。
肩まで浸かった瞬間、気配を消したソーザが背中越しに抱きしめてきた。
「洗ってあげるよ〜ん!」
「フィーは?」
表情を変えないまま、かえかがボソッと尋ねると
「美味しかったよー!、初エルフだったけど、もう大満足だよ!」
舌舐めずりしながら、ちゃらけていた表情がスっと真顔になり
「だから安心して旅立っておいで!」
背中から回した手を、かえかの上と下の秘部で弄らせたまま、ソーザは話を続ける。
「その代わり全部終わったら、この『時代』に帰ってくるんだよ?」
「この時代?」
かえかが珍しく不思議そうな顔をしたかと思った瞬間、ソーザの横っ面に飛び蹴りが入る。
「師匠!!!わ、私の身体に何をしたんですか?!?!お、お嫁に行けなくなる事しましたよね?!!!」
スッポンポンのまま水場に飛び込んできたフィーレラナが赤面の顔でまくし立てる。
「良いではないか良いではないか!この先いつまた会えるのか分からんのだぞ?最初で最期かもしれぬ甘酸っぱい若いエルフの味見くらい」
頭にコブを作りながらソーザはだらしない顔で笑う。
妖艶な美女、台無しである。
「味見したのかよ!!!」
更に赤面したフィーレラナは、言葉が終わらぬまに飛び蹴りを放つのだが、あっさりと交わされてしまう。
水場の深いところに沈みゆくフィーレラナには目もくれず「さ、飯の準備じゃ!」
昨夜からご満悦なままのソーザは、そそくさとその場を逃げるのであった。
朝食を終えた2人は、改めてソーザからの話に耳を傾ける。
とはいってもソーザは声を出すことは避けていたし、2人も耳で聞いているわけではない。
それぞれの使い魔と妖精達がソーザの思考を頭の中に伝えてくれているのである。
他の者に聞かれるとか、秘密を共有する者は少ない方がいい。
また、この世界ではエルフ族は全員、耳が良いというのもあるのだが、誰も巻き込まないために内密にしたい場合などは必ず行うやり方でもあった。
もちろん普段は声に出して会話をするのだが、声の小さいかえかへの気遣いもあるのかもしれない。
話の内容はこうだった。
ーー それは『導きの指輪』という代物であり、時にはかえかたちの望む世界へ、また望まぬ世界へ導きし指輪だと言う。
渡る時期が来た時と指輪を受け取る人物が身近に居る事だけを教えてくれる。
また、指輪が7つというから、かえかを含めて7人とは限らないらしいーー
ソーザはあえて・世界を渡る・とは言ったが、それ以上の事は言わなかった。
時の狭間の女神が語った事実を全部受け入れる事が実はまだ出来ていなかったのだが、これからかえか達が、ひょっとしたら違う現実と世界を見るのかもしれないという期待もあったからである。
話はまだ続いていたが我慢しきれなくなったフィーレラナが質問を投げてくる。
「どうして師匠は時の狭間の女神と知り合ったの?何故150年続いた戦争の140年目で、かえかが、この世界に現れる事を知っていたの?女神様の予言?何故、明日の夜に私たちが旅立つって分かるの?」
矢継ぎ早である。
まあそうなるわな
ため息まじりの笑みをこぼしながら「私は罪人と最期のダークエルフの血を受け継ぐハーフだから選ばれたのだろうな」
別にソーザのことについてはフィーレラナも含めて、この国の者たちなら知っていることである。
150年戦争の1年目に現れ、決して戦いに慣れていないドワーフとエルフ達に、戦術を教えて導いた人物。
共通の敵を倒すために同盟を結ばせたのもソーザである。
そのソーザが「永き戦いになる!!後140年耐えよ!!さすれば、この状況を打開する救いの者が現れ、必ず平和を取り戻せる!!」
長寿であるドワーフとエルフにとって140年という時は耐えられないわけではなかったが、誰もがソーザを疑いもしなかったし、不平不満を言わなかった。
当時のソーザがそれだけ圧倒的な存在だったのである。
フィーレラナの質問は、長い歴史の中で初めてソーザに対してぶつけられた疑問でもあったのかもしれない。
屈託の無いフィーレラナならではなのだが、ソーザは聞いてくるのが当たり前だという表情になり、言葉をどう選ぶか少し悩んでいるようだった。
「時の狭間の女神・・・彼女が何故、私を選んだのかは分からない。が、この世界のバランスを考えたら少しの間の崩壊の足止め程度にはなるだろと思ったんだろうな」
「世界のバランス?」フィーレラナは、まさか戦争がバランスのために、これからも起こるのではと不安になったようだ。
その表情から悟り「残念だがフィーの考えてる通りじゃ」と、ソーザは言葉を続ける。
その後の長くなる話をまとめると、こんな内容である。
時の狭間の女神とは、修復の女神でもある。
世界が大きく変わろうとして修復不可能になった時のみ、傾いた方に手を差し伸べてくる。
だから決して正義の女神でもなんでもなく、たとえ滅びに向かおうと、それが緩やかなうねりであれば、滅びの道でも手は出さない。
つまり、その善でも悪でもない女神がソーザに話しかけてきたのである。
ソーザは、あり得ない女神との出会いに身震いと自分の魔力と知識を思う存分試せる喜び、そして急激に世界が滅びようとしている絶望感も覚悟したのである。
時の狭間の女神は、戦争が始まって140年耐えられたら黒い髪の少女が現れる。
彼女を見たらすぐに分かる。
その時に、これを使いなさいと本のような大きさの青く揺らめく石版を2枚渡たしてきた。
そして140年後に現れたのは、まさに予言通りの黒髪の少女、かえかであったのだが、その戦いぶりは、あまりに圧倒的であった。
昼も夜も絶え間無く続いていた罪人の攻撃を押し返し、3日目の朝、相手からの攻めが初めて止まったのである。
ソーザは、現れてから不眠不休で鬼神の如く戦い続けたかえかの身を案じ、睡眠魔法で無理矢理眠らせ休ませながら、再び力づいた同盟と共に体制を立て直していく。
その後10年。
この世界の2%ほどでしかなかった共和国の勢力は、罪人の発生源を潰しながら浄化していく。
そして予言通りの10年後にて、ほぼ全域を掌握したのである。