第1話 『ゴブリン襲撃』
洗濯が終わり、僕たちは今座っている。
「ようやく終わった」
「そうだね」
「これでようやく遊べるな」
立ち上がり、こっちを見てエルザは笑う。
楽しそうにしてるが、もう夕方だ。
遊ぶ時間などないだろう。
「でもエルザ、もう夕方だよ?」
「ラングは真面目だな。いいだろ。少しくらい」
「ダメだよ。誰かにさらわれるかもしれないし、魔物に襲われる可能性だってある」
「………そうか。わかったよ。今日はもう行かない。友達の言うことくらい守らないとな」
微笑みながら話すエルザを見て、心が温かくなる。
この時間が永遠と続けばいいのに。
今日は他に何もすることがないから、そのまま家に戻ってご飯を食べて眠った。
「起きなさい。朝よ」
僕を揺さぶり、起こしているこの女の人は、僕の母さん、マリカ・ガンデイルだ。
若く見えるが、四十歳だ。
魔人は老いが遅いから年をとっても若く見えるんだ。
僕は黒髪だけど、母さんは銀髪だ。
角は少し大きいがバレてない。
父さんはいない。
母さんが言うには、急に姿を見せなくなったらしい。
神隠しと言うのか?
街に物を売りに村を出て、そのまま。
帰ってはこないし、街にいるという情報もないしと、まるでフッと消えたような、そんな感覚だ。
「……うーん…あ、おはよう。母さん」
「あんたもう五時よ。朝食とったら明日の食料をとってきなさい。私たちは掃除をしたり、洗濯したり、
物を売りにいったりするから」
僕の朝は早い。
僕にとってはこれが普通だ。
「わかったよ、母さん」
起きると、私服に着替えて、朝食をとった。
「エルザと行ってきなさいよ?」
「わかってるよ。いちいち言わなくても」
「じゃあ、行ってくる」
外に出ると、真っ先にエルザの家に向かった。
僕は木の実をとって、エルザは動物を狩っている。
僕は魔人だから本気を出せば動物なんて容易いが、そんなことしたら、魔人ってバレるから、狩りはエルザに任せている。
「エルザー!いるー?」
すると、扉を開けて出てきたのは、斧を持ったエルザだった。
斧を持ってたから一瞬びっくりしてしまった。
「お、驚かさないでよ」
「わるい、びっくりさせてしまったな」
「もう準備できてる?」
「見たらわかるだろ?ちょうど行こうと思ってたところだ」
「じゃあ、行くか」
僕とエルザは村の近くにある森に行った。
森の奥まで来たけど、動物が見当たらない。
いつもはすぐ現れるのに。
「おかしいな。いつもはいるのに……」
踵を返し、こちらに視線を移すエルザ。
だがその視線が僕を捉えた瞬間、彼は不自然に硬直してしまう。
全身をわなわなと震わせ、僕を凝視したままエルザは茫然自失と立ち尽くしていた。
そこでふと気づく。
エルザは僕を見ているのではない。その背後に潜む何者かに戦慄しているんだ。
僕は彼と目が合ってからほんの数秒間の思考でそこまで結論づけると、地面を踏み切って振り返った。
それは人間と呼べるものではなかった。
僕ら二人とは頭一個分ほど小さい小柄な体躯。
右手には粗雑な棍棒が握られ、そのあまりにも特徴的で血色の悪そうな真緑色の肌はこれも粗悪な革鎧が纏われている。
耳は鋭利に尖り、黄ばんだ牙は唾液で濡らしながら剥き出しにし、そして深紅の双眸は獰猛な獣の如く炯々と滾らせ、その表情の醜悪さをより強調させる。
僕は鋭く息を吸いこむ。
――ゴブリン!
身体の芯が冷え、思考力すらも薄れていく中、僕はその言葉を発しようとして嗄れた吐息だけを漏らした。
凶相という表現が似合うほどの獰悪な異貌は、矮躯であるにも拘わらず人間二人を恐慌へ陥らせるほどの威圧感を持っていた。
「ああああああああああ!!」
ゴブリンは虎視眈々と僕たちを交互に睥睨すると、敵愾心を露に咆哮を上げながら猛然と襲い掛かる。
「うわあああ!」
腰を抜かしたのか、悲鳴を上げながらそのまま後ろにへたり込む。
「逃げるぞ!」
ゴブリンに襲われる寸前のところで、エルザは僕の肩を組んで逃げた。
後ろからはゴブリンが吠えてる音が聞こえる。
追いかけてるのは確かだ。
すると、横からまたゴブリンが出てきた。
まさか、遠回りしてきたのか?
と思い、よく観察してみると禿頭だった先刻の個体とは異なり、薄汚い蓬髪が生え後ろに結わえている。
それでもゴブリンの凶悪さには変わらない。
後ろを見ると、ゴブリンがいまだに僕たちを追随している。
二匹いるってことか?
すると、次々に木の陰からゴブリンが姿を現してきた。
合計で七匹。
気づけば僕たちはゴブリンに完全囲まれていた。