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侯爵家婚約物語  作者: 高岡未来@4/9最愛姫発売
六章 婚約者の気持ち
36/58

3

 しかし、病院から逃げ出してもコーディアには土地勘がない。そもそも連れて行かれる先がケイヴォン市内かどうかもわからない。

 馬車はコーディアの心情とは裏腹に馬車は止まることもなく軽快に道を進んで行く。一定の速さということはもしかしたら田舎道なのかもしれない。


 コーディアはますます怖くなる。

 大した抵抗もできないまま馬車はやがてスピードを緩めた。

 目的地が近いのだろうか。寝かされているため窓の外をうかがい知ることはできなかった。


「さあついたよ。ここが今日からきみの新しい家だ」


 ローガンは楽しそうに笑った。

 コーディアはぞくりと粟立った。

 馬車は停車をしたが、扉はなかなか開かない。

 ローガンは次第に苛立ちを増していったが、自分から開けるという発想はないようだ。


「ちゃんと連絡を入れておけといっておいたのに。仕えない奴め」


 もしかしたら病院に連絡がいっていなかったのかもしれない。外からは男性たちの声が聞こえてくる。どうやら意見の相違があるようで、談笑しているという気配ではなかった。

 コーディアが馬車の外に神経を集中させていると、やにわに扉が開いた。


「おい、驚かすな」

 ローガンが開口一番に文句を言う。

 なんとなく察していたが、彼は使用人にも当たりが強いようだ。


「驚かせたのならなにより、だ。我が甥っ子殿。娘を返してもらおうか」

 聞こえてきたのは、仕事で飛び回っているはずの父の声だった。


(お父様……どうしてここに)

 コーディアはどうにかして身を起こそうと体を動かす。

 が、うまくいかない。


「おまえ、ヘンリー! どうしてここに」

「話は出てきた後だ」

 ヘンリーはそう言うと、車内から素早くローガンを掴みだす。

 ローガンとヘンリーを比べるとヘンリーの方が体躯はしっかりしているのだ。

「おまえ、僕に向かって何をするんだ! いくら叔父とはいえ僕は次期マックギニス侯爵だぞ!」

 馬車の外に強制的に出されたローガンの喚き声が聞こえてきた。


「大丈夫か、コーディア!」

 続いて車内に入ってきたのがライルでコーディアは心底安堵した。


 もう大丈夫だと思った。

 ライルが来てくれたから安心できる。コーディアは自分の体から力が抜けていくのを感じた。

 ライルは素早くコーディアの拘束を解いていって、コーディアを横抱きにして馬車から降り立った。


「言いたいことは色々とあるが、今はきみが無事でよかった」


 前半の部分で、コーディアは黙って屋敷を抜け出したことに関してライルが相当に怒っていることを察した。

 たしかに、一言相談はするべきだったと思う。けれど、相談したら絶対に、きみは何も心配する必要はないと言うはずだ。

 わたしだって、当事者なのに。あなたと一緒に考えたいし自分のことだから自分でどうにかしたいと言いたい。


「ご、ごめんなさい」

 しかし、彼の声があまりにも頼りなくて、本当にコーディアの身を案じていることがわかってしまったので、コーディアの口から言い訳が出ることは無くて。

 代わりに出たのは心配をかけたことに対する謝罪の言葉だった。


「くしゅんっ」

 コーディアは空気の冷たさにくしゃみをする。そして今更ながらに体が震えてくる。馬車の中でもずっと冷気を感じていたのだ。


 ライルの傍らに控えていたメイヤーが大きな肩掛けをコーディアにかけてくれる。相変わらず横抱きにかかえられていて、くしゃみをしたあと、ライルはコーディアを守る様に自身の胸に押しつけた。

触れ合った場所からじんわりと彼の体温が伝わってきて、コーディアは顔を赤くする。


「あ、あのどうしてここに?」

「ヘンリー氏が、マックギニス侯爵家の従僕から聞き出した。そのあと列車で先回りをした」


 聞けばこの病院はケイヴォンから少し離れた街の外れに建てられており、列車も近くまで通っているとのことだった。

 人知れずコーディアを病院へ運ぶには馬車を使うしか方法はなく、ライルらは列車で先回りをしたと聞かせてくれた。


「さて、娘を誘拐してどうするつもりだったのか……。まあ聞くまでもないが」

 コーディアとライルがぼそぼそと話している傍ら、ヘンリーはローガンへの詰問を開始する。


「ぼ、僕は叔父上を救って差し上げようとしたんだ。可哀そうに、租界で騙されて偽物を本物の娘だと信じ込まされていた叔父上を」

「この期に及んでまだそんな馬鹿な話を持ち出すか。コーディアはどこからどうみても私と妻の娘だ。間違いない」

「そんな事実はどうでもいいんだよ!」

「そんなに私の財産が必要か」

「おまえ、侯爵家の生まれのくせに、侯爵家に尽くす気もないのか!」

「今まで散々おまえたちのしりぬぐいをしてきたがね。もうこれきりにすると、誓ったから最後に金を用立てたというのに。その言葉はどこへ行ったのやら」


「こっちだってそのつもりだったさ! ただ、事情が変わったんだ」

 ローガンは大きな声で喚いた。

「どうせ胡散臭い賭けに乗ったか、もしくは投資で失敗したんだろう」

「違う! 僕は優雅な侯爵家の人間として、名前を貸してやっただけだ」


 ローガンの言い訳にヘンリーは嘆息した。

「もういい。あとは警察も交えて部屋の中で話そうか」


 ヘンリーはそう言って病院で働く下男に責任者を呼ぶよう言いつけた。

「な、なんだって?」

 警察と聞いたローガンは顔色を無くした。

「少し長い話になるぞ、甥っ子殿。貴様にはほとほと愛想が尽きた」


◇◇◇


 それから二時間ほど時間が経ったところで病院に現マックギニス侯爵、エイブラムが夫人と共に到着をした。部屋の中にはヘンリーと一緒に同行した警察の人間もいる。

「おい、ヘンリー。ローガンを警察につき出すとはいったいどういうことだ?」

「ローガン、お母様たちが来たからにはもう安心ですからね! ちょっとヘンリーあなた、一体どれだけ我が家に迷惑をかける気ですか!」

 夫妻はそれぞれ開口一番にヘンリーに向かって叫んだ。


 コーディアにとっては初めての伯父夫婦との対面である。金切り声をあげる婦人の剣幕に肩を小さく竦ませたが、すぐに察知した隣のライルによって引き寄せられた。

 彼との距離が近くてそれもさっきから落ち着かない。


「そのままの意味だ。我が甥は娘を誘拐した」

「誘拐なんてしていないね。そもそもそっちから訪ねてきたんだ」

「その後の行為についてはどう説明をする?」

 コーディアは薬をかがされ意識が無くなったところを屋敷から担ぎ出された。そこに本人の意思は少しも介入してはいない。


「それは、叔父上を助けようとしてあげたんだ。この娘は叔父上の本当の娘ではない!」

「まったく作り話でももう少しましなものを作れないものか。コーディアとミリーはそっくりだろうに」

「そんなことはどうでもいいんだ! 僕の話と租界で騙された叔父上とじゃあ、みんな僕の主張を信じるに決まっている!」


 ヘンリーはそれ以上は追及せずに背後に控えていた彼の秘書のほうを振向いた。

 秘書は心得たように書類を取り出してヘンリーに手渡した。

「御託はいい。ここにローガン・マックギニスの廃嫡に関する要望書と承認書がある」


「なんだって」

 ローガン親子が顔色を変える。

「どういうことよ! わたくしのローガンを廃嫡にしようだなんて。よくもそんなことを言えたものね!」

「そちらこそ、長男の躾はしっかりとしておくべきだったな。大方の親族の同意は取り付けてある」


 ヘンリーは書類をぺらぺらとめくって同意書に書かれている名前を読み上げて行った。コーディアが初めて聞く名前だが、ヘンリーが読み上げた中には時折どこそこ男爵だとか子爵という名前もあって、それらの名前が出るたびに親子の顔は蒼白になっていった。


「貴様……いつのまに」

「ローガンのこれまでの所業と現在の借金の額、また領地の収支に関する書類を突きつけたら皆、やむなしと同意を示した」

「領地の収支だと?」

 エイブラムが眉を顰める。

「わたくしのローガンが何をしたというの? これは陰謀だわ!」

 伯母が金切り声をあげた。

 ローガンは一言も発しない。


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