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侯爵家婚約物語  作者: 高岡未来@4/9最愛姫発売
六章 婚約者の気持ち
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2


◇◇◇


 同じ日、ライルは待ち望んだ客人の訪問を受けた。

「まあ、ヘンリー! あなた一体どこに行っていたの! もうずぅぅぅっと連絡を取りたくて仕方なかったのよ」

 玄関広間で客人を出迎えるのはその家の客用使用人や執事であるが、エイリッシュは昔から堅苦しいことを抜きに物事を進めたがる。そういう自由すぎる母を見て育ってきたライルのほうが母を反面教師にお堅く育ってしまった。

 直接ヘンリーを出迎えたエイリッシュを追いかける形でライルも玄関広間まで出ることとなった。


「いや、すまない。そちらの動向は一応部下から報告を受けてはいたんだが、いかんせん秘密裏に行動をする必要があったもので」

「言い訳ならあとでたっぷりと言いたいところですけどね。コーディアがあなたの本当の娘ではないだなんて酷い記事まで出ているのよ」

 エイリッシュとしてはここが一番許し難いようだ。この記事が出ていらい機嫌が悪い。


「はあ。そうですか……」

「はあ、そうですかってなんですかそれは」

 ヘンリーの反応にエイリッシュがいちゃもんを着ける。


「いや、彼女は私とミリー、いやミューリーンの娘ですよ。紛れもなく。そっくりでしょう、あの頃の彼女に」

 ヘンリーの事実をそのまま告げる物言いにエイリッシュも鼻息を荒くする。

「当たり前じゃない! 目の色はコーディアの方が濃いけれど、顔立ちは本当にそっくりだしふとした表情も似ているわ。ずぅぅっとミリーのことを見つめてきたわたくしが断言するのよ。あの子はミリーの娘だわ」


 エイリッシュがヘンリーへの対抗心をむき出しにした返しをすると彼の方がなんとも言えない顔をして、「一応私に似ているところもあるにはあるんだがね」と小さく付け加えたがエイリッシュには黙殺された。


「それで、娘は部屋ですか?」

「ええと、そうね。本でも読んでいるのではないかしら」

 呼んできてもらえる? とエイリッシュは手近な使用人に言いつける。

 三人は応接間に腰を落ち着けた。


 ヘンリーのするべきこととは要するに自分の兄一家の過去を洗いなおすことだった。

 自分の老いを感じることが多くなった近年、ヘンリーの悩みの種といえば何かにつけて金を無心してくる兄一家だった。

 兄の長男ローガンが裕福なロルテーム貴族の娘を妻に迎えることが決まって、一安心していたのにそれが破談になった。

 ローガンの借金がばれたからだ。

 とにかく自分に万一のことがあった場合、一人残されたコーディアを一族が狙うのは火を見るよりも明らか。

 ヘンリーは自分がまだ健康なうちに後顧の憂いを無くしておこうと実家の侯爵家の膿を出しつくすことを考え実行に移すことにした。


「いえ、それはわかるけれどね」

 話を聞かされたエイリッシュは額を押さえた。

「こちらにも一言言っておいてほしかったわ」

「余計な心配をさせたくはなかったもので」

「あなたね……」

 エイリッシュはあきれ顔だ。


「それで、具体的には何をするつもりなのかしら?」

「ああそれは……」

 ヘンリーが口を開いたとき、応接間の扉がばたんと開かれた。

 客人が訪れているのにずいぶんと無作法だ。


「大変です、奥様!」


「まあ。何事ですか」

 さすがのエイリッシュも声を固くする。

「それが……」

 エイリッシュに用事を言いつけられた使用人が口ごもる。代わりに後ろからメイヤーが現れて頭を下げた。


「申し訳ございません。コーディア様がおひとりで出かけられました」


 ライルは立ち上がった。

 このパターンはこれで二度目だ。

「おまえがついていながらどういうことだ?」

「申し訳ございません。コーディア様は部屋で読書をしていたため、使用人部屋におりました。コーディア様は誰にも告げずにおひとりで屋敷を出て行かれた模様です」


「大変じゃないっ!」

 エイリッシュが悲鳴を上げる。

 コーディアの読書好きは屋敷の者なら全員が知っている。特に一度本を読み始めると私室にこもりっきりになる。そうすると専用の侍女であるメイヤーらもこまごまとした仕事が終わると手持ち無沙汰になるため、使用人専用の休憩部屋で小休憩を取っている。


「あの子ったら……」

 エイリッシュが額を押さえた。

「屋敷近くの公園に人をやっています」

「そう」


 結局近所の公園にもコーディアの姿はなかった。ライルの眉間の皺が深くなる。

 コーディアが外出をするときはかならず誰かが一緒に付き添うし、淑女は一人で出歩くものではない、と彼女もきちんと理解をし実践していた。

 その彼女が屋敷の人間に黙って外へ出かけた。


「行き先はマックギニス家でしょうか、母上」

「それしかないのではなくて」


 おそらくはそういうことだろう。

 彼女なりに思うことがあって出かけたのだ。

 ライルは応接間の暖炉の上に置かれている時計に目をやった。

 時計の針は午後四時を回っている。冬に近づくこの時分、外はすでに薄暗い。


「すぐに出かける」

 ライルはいてもたってもいられなくなり応接間から出て行った。

「ちょっとお待ちなさい。真正面から乗り込んで相手が素直にコーディアを返すと思いますか」

「同感だな。娘の身柄を拘束したのなら、何かしらの交換条件を付けてくるに決まっている」

 エイリッシュとヘンリーの方が幾分冷静だった。


「これがゆっくりしていられますか!」

 ライルにしては珍しく大きな声が出た。

 それだけ切羽詰まっていた。


 コーディアが単身ローガンの元に赴いたかもしれないのだ。

 彼はコーディアに対して敬意など持ち合わせていない。どんな目にあうかわかったものではない。


「私はこれから一度事務所に戻って色々と準備をします。マックギニス侯爵家の様子も知る必要がある。娘を取り返すのはそのときだ」

「しかしそんな悠長な」

「いい機会だ。今日中にでも片を着けようと思う。ライル殿、きみは私と一緒に来なさい」

「じゃあわたくしも」

「いや、夫人は留守番を頼みます。代わりに彼女を借りてもよいか?」

 自分も行くと言おうとしたエイリッシュはその言葉をヘンリーから止められて頬を膨らませた。


「ちょっと! どうしてわたくしを抜きにして話を進めていくのよ」

 ライルは母の抗議の声を無視してメイヤーを連れ出した。


◇◇◇


 コーディアが次に気が付いたとき、彼女は馬車に揺られているところだった。

 ガタガタと車輪が走る振動が体に伝わってくる。コーディアは馬車の上に横たえられていた。座席からひんやりとした冷気がただよってくる。コーディアは外套を羽織っておらず、マックギニス侯爵家を訪れたときのドレス姿のままだった。


「ああ、薬の量が少なかったか」


 コーディアは自分の身に何が起きたのか把握しきれなくて、とりあえず体を動かそうとしたが自由がきかなくて焦燥感に駆られる。

 馬車の中には角灯が設えられてあり、室内をぼんやりと照らしている。角灯の明かりが必要になるくらい外は暗いということだ。一体どれくらいの時間が経過しているのだろう。

車内にはコーディアともう一人。ローガンが足を組んで座っている。


「暴れられたら面倒だからね。一応拘束させてもらっているよ。腕と足。僕はほら、優雅な身の上で育ったから荒事は苦手なんだ」


 おまけに口には布巾を押し込められ声が出せないようになっている。

 コーディアは正面に座るローガンを精一杯睨みつけた。でないと怖くて涙がこぼれてしまいそうだったから。

 この男の前でそんな姿を見せたくなかった。

 ローガンはコーディアの抗議の視線に鼻で笑っただけだった。

 コーディアは意識を失う寸前のことを思い出す。たしか、屋敷の使用人が入ってきて、コーディアは薬品の香りを嗅がされた。ほどなくして意識を手放した。

 そうして気が付いたら馬車の中だった。


「きみはこれから病院に入るんだ」


(わたしどこも悪くない)

 コーディアの無言の訴えを遮るようにローガンは右手を軽く持ち上げた。


「わかっているよ、きみは健康体だ。しかし、きみは心神喪失をしていておまけに虚言癖がある。自分が貴族の傍流だと言いふらして、あげくの果てにはデインズデール侯爵家のライルの婚約者にまで収まってしまった。どこの誰かもわからない娘の幸運もこれまでだ。きみは、専用の病院で養生するんだ」


 ローガンの説明を受けたコーディアは恐怖で震えた。

 彼は真実がどうであろうとどうでもいいのだ。ただコーディアを偽物にしておきたいだけ。

 既成事実をつくって、世間から隔離をしておけばそれでよいのだろう。


「もちろん、きみの返事次第だ。ヘンリーだって、長年自分の娘だと思って育ててきた娘に情の一つでも沸いているだろうし。きみが自分のことを偽物だと認めたら面会くらいは許してあげるよ」


 おそらくローガンはヘンリーに対してはコーディアを盾に取るのだろう。

 コーディアの無事を願うなら言うとおりにしろ、と。

 それきりローガンは口を噤んでしまった。

 コーディアはこれからのことを考えると不安になる。

 どうにかして逃げることを考えないと。



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