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ディザスター -Roots of Calamity-  作者: loL
第一章 異世界で
6/10

5話 生きる理由が見えないんだ

 コトッ、と、テーブルの上に本日二度目の温かそうなスープの入ったマグカップが置かれた。俺の目の前には、間が悪いといった感じで身をすくめ、うつむいてちょこんと椅子に座る少女の姿。どう見てもサイズが合っていないその椅子は、背もたれの部分が大きく少女の頭上から大きくはみ出していて、お子様チェアが用意されていないファミレスに来た子供みたいになっている。そして机の上に置かれた蝋燭、に火はついていないのだがなぜか明るいのは、この少女が指先から閃光的なものを天井に放ち、シーリングライト代わりにしているからである。家に入った途端、また何かよくわからないこと(たぶん呪文)を少女が言うと、こうなっていた。

 先ほどの戦闘から所は変わって、ここは少女の家のリビング。あの後、何やら弁明に忙しい様子の少女は、「とっとりあえず家に戻りましょう!」とグイッと強引に俺の手を引き、呆然としていた俺は、力なく少女の手に引かれるまま、家まで戻ってきたというわけである。

 リビングには、小さい丸机ではなくリビングにふさわしい大きさのテーブルが置いてあったが、どう考えても一人暮らしには大きいのと、なぜか椅子が二つ分あり、それらは向かい合うようにして置かれていた。


 そして今、俺と少女はその椅子に座って机を挟んで対面していた。


「....」


「....」


 とは一段と重苦しさをました沈黙が流れた。

 時間が経つにつれ委縮する少女の両腕は、その間に挟み込まれた胸が感覚が狭まるごとに強調されて、エロい。因みに、会った時も思ったが、かなりでかいぞ。


「....」


「なあ」


「はい?!!」


 またしても沈黙に耐え兼ねた俺の突然の発言に、うつむいていた少女の顔が一瞬にして上がり、素っ頓狂な声をあげた。


「なんで俺を助けたんだ?」


「え?えっと....だって....」


 考えるような素振りを見せる少女の顔が、また申し訳なさそうにうつむいていく。


「おまえはさっきから勘違いしているようだが、俺のことを、そのーなんだ....十字軍ってやつらだと思って警戒してるだろ。なんでそんな奴を助けたんだ?」


 十字軍という名詞が、如何にも中二病臭くって、一瞬ためらわれる。

 この少女はずっと俺のことをその十字軍とやらの兵士だと思っていて、彼はそれをはやく弁明したいと思っていたところなのだが、とりあえず置いておいた。


「だって....だって苦しそうだったから!死んじゃいそうだったから!もう敵とか関係なく治してあげようと思って....」


 ばっと顔をあげた少女は、後半威勢をなくしてまた元の体制に戻った。さっきよりもうつむいているように見える。その顔を見ていた俺は、顔に水滴のようなものが滴るのを見たような気がして、一瞬たじろぐ。


「それなのに....それなのにあなたは、死にたかっただなんて....ぅぅどうしてそんな悲しいこと言うんですかっ?」


 やはり、泣いていた。最後の言葉で再度顔をあげたが、その顔の両頬に涙の跡が残っていた。


「そんなこと…おまえに関係ないだろ…!」


さっきと同じ文言を、さっきよりも冷たさを増して言う。

 女の子を泣かせてしまったことで、ばつの悪い顔をしているだろう俺はそっぽを向いた。

 しかし、そっけない返事をされた少女は、


「なんで!ぅうっなんでですか!私だってずっと一人で生きてきたのに!辛いことあっても、頑張って生きようって、思って、生きてきたのに....」


「うるせえ!!おまえに俺の何が分かるってんだよ!どいつもこいつも、『生きるって素晴らしい』『生きてりゃなんとかなる』って御託並べやがって嘘つきが!!生きてるのなんて俺にとっては地獄でしかねえんだよ!おまえなんかよりよっぽど辛いこと受けてきたんだよ……!生きる理由なんて、どこにも見えねえんだよ!!!」


「はっ....ぅぅ....」


「っ!」


その瞬間、俺はハッと我に帰った。カッとなった俺はいつの間にか彼女の胸倉をつかみ、首を絞めつけるようにつるし上げていた。

無意識のうちにした行為に呆然としてしまった俺は、引き上げていた右手をパッと放す。


「きゃっ!!」


足がついていなかったのか、彼女の体はドタッ!と勢いよく床に打ち付けられた。

一瞬俺の中に背徳感が芽生えたが、すぐに「どうでもいい」と切り捨ててしまった。

俺のことなど何も知りもしないやつに、説教される義理はない。

たとえ俺のことをよく知っているやつがいたとしても、そいつにそんな権利は存在しない。寧ろそんなやつがいてくれるなら、俺が自殺することを黙認するだろう。


「....悪く思うな。俺とおまえは違うんだ。おまえは生きることを選んだ、それだけだろ」


そう、俺とこいつは違う。こいつが言った通り、こいつがいくら辛い経験をしてきたところで、それは俺に関係ないことだ。

俺は部屋の出口のところまで歩きかける。


「違う...違います!人間は、生き物は、生きるために生まれてきたものなんです!どんな理由があっても、自分から死ぬなんて、自分から命を絶つなんて絶対にいけないことです!」


まだ言うかこいつ...。


「そんなのきれいごとなんだよ!!なんなんだよ....さっきから!!俺のことなんか何も分かってねえくせに!!」


あれ...

なんでだろう、頬に何かが滴り落ちるのを感じた。

ああ、そうか。俺は泣いているんだ。

どうにもならない感情を、まるで知ったかのように否定されて。

女の子の前で女々しく感情的になって。

生きることに後ろ向きな、ダサい恰好までさらして。

俺は泣いてるんだ。


「生きることに意味なんてねえんだよ!!生まれてきて、散々苦しんで大人になって、大人になってからも辛いことだらけで、気づいたらもう死んでて、そんな人の人生のどこに意味があるんだよ!!」


「お、落ち着いて!!大丈夫、大丈夫だから。」


急に敬語ではなくなった少女。

彼女の両手が、取り乱した俺のなで肩に優しく添えられた。

女の子、でなくても、誰かに身体を触れられるということがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

いや、忘れていただけだろうか。安心感が俺の心と体を包み込んでいく、そんな感覚だ。


「何が、大丈夫なんだよ....。何が、俺の生きる理由なん....だよ....。なあ、教えてくれよ....!」


生きる理由が見えない。

そう俺がこぼした瞬間、彼女はその華奢な両手に力をこめ、自分のもとへ引き寄せたかと思うと

俺を力いっぱい抱きしめてきた。

体格も大きく違うはずなのに、俺を全部包み込んでしまった彼女は


「ごめんね....ごめんね....!!」


何がごめん、なのだろうか。

ただただそう言って、俺の頭を何のためらいもなく撫でる。少女の口から洩れる吐息を聞く限り、彼女も泣いているようだった。

俺は、そんな彼女の優しさに甘えてしまって、返す言葉もなく、ただ彼女の小さな肩を穢れた涙で濡らすだけだった。

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