2話 優しい金髪少女
コトッ、と、小さな丸机の上に温かそうなスープの入ったマグカップが置かれた。目の前にいるのは、さっき道で会ったと思われる少女だった。水色の服、(ベルベットベストというやつか)の下にはアイボリーホワイトのブラウス、レイヤーの付いたロングドレス、といった、見た感じ中世ヨーロッパを彷彿させるような服装だった。
そういえば、この時期は夏コミがあっていたような気がする。俺は、コミケから帰る途中のコスプレイヤーに拾われたってわけか。
小柄で細身だが、その身体は比率が整っていた。右のこめかみに特徴的なくせ毛。腰まで伸びているその金髪は、両側が三つ編みにされていて、一方は肩から垂れており、もう一方の先端は胸に乗っかっていた。
因みに胸はかなりでかい。
その豊満な胸とは対照に引き締まった腰。ベルベットベストがコルセットのように腰を締め上げているのか、もともとそうなのかは分からないが、少し力を入れて抱きしめれば折れてしまいそうだった。
また、締め上げられているせいか、さらに胸が強調されている。
胸元から目をそらすよう努力しつつ、少女の顔を横目で見る。
整った顔立ちをしている。見た感じは日本人ではないようだが、ハーフかクォーターなのだろうか。
その瞳は、各々違う光を反射しており、右目が青、左目が緑をしていた。碧眼というやか。たぶんカラコンんでもいれたのだろうな。
とても、可愛らしい少女だった。
「ん.....」
「ああっ、あのっ!コーンスープです!」
そう言って目の前の金髪碧眼美少女はビクッと体を揺らして答えた。何をそんなにおびえているのだろうか。
人差し指を突き合わせ、もじもじしている。
今は夏だというのに、何故か手袋をしていた。
俺がコーンスープの入ったマグカップを手にかけようと、手を伸ばすと
「ああっあの!ご、ごめんなさいぃ!!」
「?!」
少女はダンゴムシのように身を丸めて命乞いのように謝り、耳をふさいだまま動かなくなった。
俺がマグカップに手を伸ばす動作が、手をあげようとしたように見えたのだろうか。
一瞬俺の手もすくんでしまったが、構わず手をかける。
「あー...ここは、どこだ?」
俺は、スーっと足を下ろして体を起こすと、ありきたりな質問をした。
「ああああのっ、ここはそのっわ、わたしの家です!」
「家?ここが、おまえの...?」
うずくまったまま少女が答えた。見るからに広そうで、内装もきれいに整っているこの家を「自分の家」だと称する少女。
少女は涙目で、うずくまった顔を膝から半分だけ出してこちらを見た。
「は、はい!ここには私一人しかいないです!だ、だからその....殺さないでください!!」
いや、なんでそうなる....
誰かに命でも狙われているのだろうか。そういえばさっきも殺さないでくださいと言っていたな。
少女が何も言わなくなったので、間が持たない俺は机に置かれたコーンスープに口を付けた。
ズズズッ、ズズッ
おいしい。
レトルトで作ったコーンスープのように、スープの素が残っていて「底の方だけ味が濃い」なんてことはなく、均等に味がしみ込んでいて、口当たりもよかった。たぶん、牛乳とかバターを絡めて一から作ったものだな。
半分ぐらい飲んだところで一息つき、再度机の上にマグカップを置いた。
「いや、殺すとかそういう気はないんだけどな...」
むしろ俺が殺されると思ってたし
「え...?いっいや、うっ嘘です!あっあなたは私を殺すために、パラタインから来た十字軍でしょう?」
......え?
いやなんかこの娘パラタインとか十字軍とか言わなかったか、今。
「は?なんだそれ、そんなの知らねえぞ?」
「あ、そ、そうやって不意を突くつもりですね?!うぅ、お父様....ここまでするなんてあんまりですよ....」
お父様て。漫画やアニメの見過ぎで話し方にも影響を来たしているのだろうか。
「あ...」
とここで、全ての合点がいった。
この娘はたぶんコスプレイヤーだ。レイヤーの中には、自分がコスプレするキャラが出てくる物語の世界観にのめりこんでいる人も少なからずいるわけだ。
つまり殺すなんてこともその一部。さっきからのうずくまったり、泣き目になったりという行動も全て演技なのだ。不思議な力も、俺が瀕死だったから幻覚的なものと混ざって見えただけ。
実際は土の上に落ちたことで衝撃が和らいで死には至らなかったけど、高いところから落ちたことに変わりはないから怪我とかしていて、そこで通りかかったレイヤーに助けてもらったと。
まあ、その風貌とか言動からして、変なやつだとは鼻から思っていた。
「えーっと....」
言葉に詰まった俺は、俺がさっきしようとしていたことが何かを思い出す。
そう、自殺だ。俺はビルの屋上から飛び降り自殺するつもりだったのだ。それが何ゆえか助かってしまっている。
つまり俺の自殺は未遂に終わっているのだ。
途端、俺の中で根拠のない焦燥感が発生した。
「あのな、その...助けてくれたのはありがたいけど」
そこで俺は、普通の人が言わないようなことを口にする。
「俺は、死にたかったんだよ」
「え...?」
少女が目を丸くし驚いた顔で、こちらを見た。
まあ無理はないだろう。目の前にいる人物が自殺願望を語っているのだ。誰だって奇妙に思うし、驚くだろう。
一刻も早くこの場所から抜け出し、今度こそ死のうと脳が足に信号を送り足が動き出す
「世話になったな。ありがとう、レイヤーさん。じゃあな」
ひらひらと、手を振りバイバイのジェスチャーをする。
すると、
ガシッと、少女の華奢な右手が俺の左手首を掴んだ。
気づかなかったが俺の左手には、包帯が巻き付けられていた。
「なんだよ」
俺は目を細めて、少女のほうを見て言った。
精一杯力を込めて掴んでいるつもりなのだろう、プルプルと震えているが、それはすぐに振りほどけそうなほどに弱い力だった。
久しぶりに人のぬくもりを、しかも、女の子の、ぬくもりを感じたというのに、俺の心はひどく落ち着いていた。
「なんで....なんで死ぬなんて言うんですか....!!そんな悲しいこと言わないでください...」
手首を掴んだ手が震えていた。目が潤んでいる。
「うるせえ!おまえに、関係ないだろ」
そういって少女が掴んできた手を強引に振り払った。
「きゃっ!!」
強引に払ったせいか、少女は衝撃で後ろに体制を崩し、両手をついて床に尻もちをつく形になった。さすがにやりすぎたかという後悔の念が頭をよぎったが、気にも留めなかった。
俺は少女を一瞥すると、踵を返して廊下へと向かった。
廊下に出ると玄関はすぐにわかった。
木造といったが、和風というわけでもなく、ログハウスのような大して手の込んでないような作りで、玄関も段違いになった石畳の床がそこにあるだけの質素なものだった。
その先にあるのはやはり木のドアで、鍵は学校のトイレにありそうなスライド式の簡素なものだった。
少女が追いかけてきたのだろう、ドタドタと足音が聞こえてきたので、俺は足早に鍵をスライドさせ、外へ出た。
外は真っ暗だった。代わりに街はずれなのか、文明による妨害がなくなった星々の光で、夜空は明るかった。
「ん...」
星空と目が慣れてきたおかげでうっすらと見え始めた視界に、森のようなものをとらえた。
とりあえず、あそこで首でも吊って、今度こそ死のう。
首つり自殺は成功したことがないが
俺はそう思って、森のほうへと歩き出した。